第六十五話 繭
リュトは繭に近づいて行くと、しゃがんで下の部分にナイフを入れた。
「姐御、これそんなに古くない、力をあまり入れなくても刃が通るよ」
「みたいだね、けど注意しな。あまり雑に扱うと値が下がる」
そんな2人の会話を覗き込むように聞いていたら、シェランさんが教えてくれた。
「こいつは肌触りが良く、丈夫でね。高値で買い取ってくれるものなんだよ。ただ、なかなか遭遇しない上に危険だからね」
あんな化け物の糸なんか、気持ち悪くて身につけるとか考えられないんですけど………
そんな事を思っていたら、リュトが私に喋りかけてきた。
「! メテルはちょっと離れてくれ。姐御、来てくれ」
うげっ、シェランさんの予想が外れたようだ。
「どうしたぁ? リュト」
シェランさんは面倒臭げに繭に近づくと、リュトと一緒に覗き込む。
離れた位置からだとよく分からないが、繭から人の足のようなものが見える。
私はそれを視界に入れないように、二人を見ていた。
その時、私はオババに教えてくれたことを思い出していた。
前に、村で冒険者と言われる人のことをオババから学んだ。
冒険者は魔獣退治といえば聞こえは良いが、死肉に群がる連中だとオババは言っていた。
確かに、いまの彼らを見ればそう言われてもおかしくはない。
だけど………
その時に感じていた思いと、今では違う。
彼らも、生きて行かなくてはならないんだ。
私はリュトとシェランさんを見つめながら、少し申し訳ないような、寂しい気持ちを抱いていた。
ふと、精霊さんが私を覗き込んでいるのに気づく。
「ごめんなさい。大丈夫です」
私の気持ちを汲みとったらしい。
いけない、いけない、精霊さんに気を使わせてしまった。
私は冒険者になろうなんて思っていない。
けど、彼らと旅ができたら楽しいだろうな………
いまなら、そんな風に思える。
そのことに気付いたとき、私は私自身に驚いた。
私はーー彼ら冒険者を受け入れている………
ダメだ! 気を強く持たなきゃいけない!
こんな気持ちでは旅を続けることなんて出来ない。
私は魔女にならなきゃいけないんだ。
すぐに人を頼る事は、自分が弱い証拠だ。
私は鬱積した気持ちで、自分を見つめていた。
そのとき、突如シェランさんの声が坑道内で大きく響いた。
「退避! 距離をとれ!」
何事かとシェランさんの方を見ると、後方に飛び跳ね距離を取る2人が見える。
それと同時に奇妙なものが視界に入った。
繭が……… いや、繭の中身が動いている?
リュトが繭に視線を送りつつ、ナイフを構えたまま私に近づき、前に立つ。
「メテル! 動けるか!」
声をかけながらも焦っているリュトに、私の中で不安が押し寄せてくる。
「う、うん。なにが………」
なにがあったのか聞こうとした時、獣のような唸り声と共に、繭が内部より引き裂かれていく。
細かく引き裂かれたクモの糸は、埃となって巻き上がり、霧のように漂い、中にいるその存在を曖昧な影に仕立て上げる。
人影のようなものが写る………
だが、けっして人では無いだろう………
だんだんとその輪郭が定かになると、目の前には吐き気をともなう奇妙な存在があった。
あまりに細い皺だらけの身体と生気を感じさせない眼光、何より立ち込める瘴気が彼が人間ではないことを表していた。
リュトが呟く。
「ーーグール」




