第六話 オババ
朝霧立ち込める中、小さな魔女はその霧の中に消えていった。
「行きおったか…… 」
何度、ワシはこの光景を見たことだろう。
村の掟とはいえ、年端もいかない娘達を何人も送り出していった。
そして、帰ってこなかった者もいる。
遠い国で暮らしていると便りがあるなら、まあ良い。
ワシも昔に旅に出たクチじゃぁ。
その過酷さはわかっておる。
じゃが、その旅を終えねば、魔女としてはやってはいけぬ。
世は魔法というものを安易に求める。
メルよ、そこでお主は苦しみ、もがくであろう。
旅の先でいくつもの選択を強いられる事じゃろう。
じゃが……
それが魔女として生きていくための糧となる。
聖地に赴いた時、そこで精霊様をお返し出来てから初めて魔女となるのだ。
願わくば、あのお守りが使われることなく、村に戻って来ることを祈るばかりじゃ。
「うむぅ?」
霧で霞む視界の中、わずかにボンヤリと光る部分がある。
風で霧が流れていく。
霧の中から現れたもの。
それは村にある運命の女神像だった。
「ホッ! 爺さんも見送りにきたか?」
ワシはあの子を育てた、東洋の魔術士の事を思い出す。
確かあの爺さんがメルを拾ったのが、女神像の前と言っておったな。
(あやつは普通の魔女とは違う道を進むかも知れんの)
「爺さんや大丈夫じゃろうて、あの子はお主の教えもちゃんと受け継いでおる。無事に戻ってくるじゃろう」
ワシは女神像に向かって言った。
あの子の父親代わりとなった爺さんは、凄腕の魔術士じゃった。
爺さんの顔を女神像に重ねて思い出す。
魔力でいえばワシの足元にも及ばぬ。
じゃがマナを込めた紙切れで一つで、ワシの魔術を躱し、受け止めワシを翻弄させた。
ワシを魔術で上回っていたのはお主だけじゃった。
それよりもワシが恐れたのは、目よ。
鋭く、それでいて静かな目。
お主の目は、ワシの心さえ見透かしているような目じゃった。
「ワシもあと七十も若ければ、お主に惚れとったかもしれんのう。ヒョッヒョッ」
ワシはひと笑いすると、もう一度ジッと女神像を見据える。
(爺さんもあの子を見守っておくれ…… )
ワシは心の中でそう呟くと、村の長老としての決意を改めて女神像に向かって語る。
語るのじゃ。
「それからな爺さん.メルの残していった食いもんは全部、ワシが引き取ってやるからの。なに遠慮はいらん。ツボの下に隠してある、木の実の塩漬けなどもぜ〜んぶ引き取ってやる。あれはなかなかに酒が進むんじゃ。これも村の長のつとめじゃからな。ええの?」
埋もれる〜w




