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第三十九話 領主のイヌ

「気付いたか? 老人ばかりだろ」


「なんで…………」


 私の言葉にシェランさんは1つの方向を指差す。

 その指先は、遠くにある3本の煙突を指していた。


「鉱山さ、この街の若い連中は皆あの鉱山で働かされている。女もな」


 そこに突然、馬のいななきが響き渡ると豪華な装飾が施された馬車が、メテル達の真横を凄まじい勢いで通り抜けていく。


「チッ! 来やがったか!」


 シェランさんの舌打ちは、相手が何者であるかを知っている様だ。


「誰、なんですか?」


 私の問いにシェランさんは言葉を吐き捨てる。


「ハン! 犬さ! 領主のな! そしてこの街を離れた方がいい理由だ」


〜〜〜


 豪華な装飾が施された馬車の中。

 陰気な顔をした長身の男が、色白く無愛想な表情を浮かべている。

 馬車の中から覗いた外の景色は、慌てふためく老人達と泣き叫ぶ子供たち、だが男は一向に気にした様子は無かった。

 男の名前はビルツという。

 この男はこの街の領主であるアビリアム・トロンの甥にあたる。

 この男も領主と同じ頃この街にやって来た。

 

「ビルツさま、まもなく到着します」


 馬車の手綱を引く御者(ぎょしゃ)の1人が馬車前方にある、伝達用の小さな小窓を開けて報告するも、ビルツは不満げに答える。


「わかっておる。コホッ! 臭い、開けるな。コホッコホッ!」


「も、申し訳ございません!」


 大きく怒鳴られたわけではないが、ひどく怯えた御者(ぎょしゃ)は小窓を慌てて閉める。


 中のビルツは刺繍の入ったハンカチを口に当てていたが、やがてゆっくりと離した。

 ハンカチは口を付けたところが、少し赤く(にじ)んでいた。


「……… ふん」


 ビルツは不満げに小さく呟くと、馬車の窓に顔を向ける。

 窓に写る景色に冒険者ギルドの建物が現れると、やがて馬車は馬のいななきと共に停車した。


 その馬車に向かって数人の冒険者を共にロイは近付いて行く。


「お待ちしておりました。ビルツさまこのた………」


 馬車から降りたビルツにロイは言葉をかけるが、ビルツは手のひらをロイの方に向け、その言葉を拒んだ。

 そしてビルツはグレーターベアの解体を行った業者の内から出てきた2名と、何処からか現れたのかコートをまとった2名の冒険者風の者たちの前に立つ。


「報告を」


 あえてロイに背を向け、お前の報告など必要ないと言わんばかりである。

 その態度に冒険者の1人、アベルトが一歩踏み出そうとするが、ロイはその彼の肩を押さえ首を横に振った。


「私は大丈夫だ」


「しかし………」


 アベルトは納得いかない様子だったが、ロイがそう言うならと肩を落とし、ビルツの方に目を向けた。

 その時、ビルツの乗って来た馬車の野次馬かと見られた集団の中から、1人の老婆がビルツに向かって歩みより、何かを訴え始めた。


「不味いな」


 ロイは冷めた目でそう呟いた。

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