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第二十六話 トロンの女魔法使い

 豪華な装飾がされた扉の前でロイは直立不動のまま、静かにたたずんでいた。

 その扉の両側には、全身をプレートメイルで固めた兵士がいる。

 その兵士もまた彫像のように身動きひとつしない。

 そして双方の持つ槍を扉でクロスさせていた。


 ガチャリと扉から音がするとクロスさせた槍は、同じ速さ同じタイミングで動き、兵士の正面で垂直に構えられる。

 大きく豪華な扉が無造作にと言える挙動で開かれたと同時に、部屋の中から明瞭な図太い声が響いた。


「ハッハッ! よく来たロイ! 久しぶりだな」


 年齢の程はロイよりやや年配だろうか、背の方はロイより低いが肩幅はあり、精力的な人物に見受けられる。

 手には複数の宝石をあしらった指輪がはめてあり、着ている衣装は金糸、銀糸を散りばめたいかにも貴族の衣装というものであった。


 アビリアム・トロン


 この街……… いや、正確にはこの地域一帯の領主である。

 その男は気さくな態度でロイを迎えるが、だがロイは逆に対と思えるほどに厳格な態度で挨拶をした。


「アビリアム様、魔獣の件で報告に参りました」


 それを聞き、アビリアムは口の片端を小さく曲げる。

 目はチラリと扉を警護する兵士へと向けられたかと思えば、澄ました表情を浮かべて口調を変え部屋へと誘った。


「ふむ、では部屋で聞こうか」


 〜〜〜


 トロンの街の中心街と言える場所に、小さな喫茶店とも言えるお茶の飲めるお店がある。 

 ギルドの建物のちょうど向かい側にあり。 

 その店の入り口に置いてある鉢植えからは、(いろど)りゆたかなパンジーの花が顔をのぞかせていた。

 その中、お茶の置かれたテーブルを前にシェランは考えこんでいた。


 (解せぬ)


 それは先ほど山であったことである。

 ギルド依頼の魔獣退治。

 大きなクマだと聞いていたが、あんなバケモノだとは思わなかった。

 それ以上に()()がすでに死体だった事と、その原因が溺死である事がさらに彼女を混乱させていた。

 シェランは目の前に拳大(こぶしだい)の水の球を作り出す。

 指先を右に左に動かすと、それに合わせて水球もフヨフヨと空中を漂う。


「動かし続けるとしたら、こんなモンだよなぁ」


 あの魔獣は大量の水で溺死させられているとしか思えない。

 1人の魔法使いの水魔法でやれる事など、このくらいであまり大差はないはずだ。

 素早く動く魔獣のそれも頭部に固定し続ける事など不可能だ。

 近くに川など無く、別の場所で倒してあの場所に放置したようにしか考えられなくなってきた。

 

(じゃあ何故? あの場所に?)

 

 考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 それにギルマスであるロイの自分への扱いである。

 囮扱いだったと思うと、またイライラしてきた。

 その時、ふと外を見るとサーシャがこの店に入って来るのが伺えた。


 パシャッ!


 お茶を買いに来たサーシャはお店に入ると同時に、何処からか現れた水に顔面を洗われる事になる。


「!? ゲホッ! ケホッ!」


 気管に入ったのだろう、サーシャは盛大に咳き込んだ。


「よう、サーシャちゃん」


「いきなり! ケホッ 何するんですか!」


 咳き込みながらもサーシャはシェランに文句を言うが、シェランはしれっとした態度で答えた。


「いや、水魔法で溺死とか出来るものなのかなと」


「人で実験しないで下さい!!」


「まぁ、怯ませる事ぐらい出来るのはわかったよ。あんがとな」


「ふざけないでください!!」


 シェランは冒険者の中では数少ない女性で、魔法使いであったのだが、その容姿に見合わぬデタラメな性格の持ち主だった。

 黙っていれば美人の部類である。


「ふざけてなんか無いぜぇ? グレーターベアについて考えてたんだ」


 澄ました顔の店員が何事もないようにおしぼりをサーシャに渡す。

 お店側も慣れたものである。 


「討伐対象の魔獣ですね。もう討伐は完了されたとの報告は受けましたけど」

 

 サーシャは膨れっ面で顔を拭きながらシェランの言葉を返した。


「ああ、でもギルドの討伐隊が倒したわけじゃない。ロイは領主のところか?」


 サーシャは討伐隊が倒したものと思っていたので、シェランの言葉に驚きを覚えた。


「え? あ……… ええ、領主様のところへ報告しに行きました」


「帰ってきたら美味しいお茶でも淹れてやんな。ヘコんで帰ってくるはずだ」


 サーシャはいまいちシェランの言っていることが理解できていないが、とりあえず返事をした。


「……… はい」


 そんなサーシャにシェランは再び声をかける。


「あんな領主に『さま』なんか付ける必要なんか無いぜぇ。それにふざけてんのはロイの方だ」


 シェランの言葉にキョトンとした表情で答えるサーシャ。


「私はロイから囮役をさせられたのさ、あの魔獣のな」


 そう言うとシェランはサーシャから見て斜め後ろを指差した。

 サーシャは指先を追って、振り返る。

 彼女の目に写ったものは、複数の屈強な冒険者達が息も切れぎれに運んできた巨大なバケモノ、グレーターベアの姿だった。

 あまりの大きさにアゴが外れるくらいに口を開き、目は点になって固まってしまった。

 

「あ、あんな………グレータ………」


 ようやく首を動かし、シェランに語りかけようとしたサーシャだったが………

 そこにシェランの姿は無く、テーブルの上に1枚の伝票が置かれてあった。


「ああぁ〜!?」


 グレーターベアの姿に驚く住民達の声と共に、サーシャの泣き声が響く。


「たかられたぁ〜!!」

しばらく主人公不在………

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