第十九話 魔獣との戦い
「オオキナ ミズノタマ ツクレ」
精霊さんの言葉が頭の中で鮮明に響く。
その精霊さんは数歩離れた位置で、フワリと浮かんだままの状態で、草原を抜けたところにある岩肌と大きな幹のスギの木ある方へ視線を向けていた。
「ハヤク!」
また精霊さんの声が頭に響いた。
それと同時に精霊さんの周りに魔素が集まりだし、人の頭ほどに大きな水球を2つ作り出した。
私も慌てて水を作り出す魔素、大きな魔素1つと小さな魔素2つを集める。
その時………
私が腰にかけたベルがチリンと鳴った気がした。
それを合図に大きな岩がひとりでに動き出したのだ。
それはゆっくりとまるで膨らんでいるかのように、その全貌を現す。
「グ、グレーターベア!」
私は自分の目がおかしくなったのかと考える。
自分はつい先ほどフェンリルと言う伝説の魔獣に出会ったばかりのはずだ。
それが今度はグレーターベア? そんな魔獣も一生に一度、出会うかどうかのモノのはずなのに。
先程のフェンリルとの出会いが、私の恐怖心を狂わせているのだろう。
相手の動きが正確に分かる。
あの腕、太さは馬の胴回りはある。
背丈は山小屋より大きいと思う。
魔獣特有の目は赤く染まっており。
その目は、私を………補足してる。
巨大な咆哮と共にグレーターベアが突進してくる。
口からヨダレと、決して小さいとは言えない足元の石を撒き散らしながら。
あっという間にそれは私の前に立ちはだかった。
グレーターベアがその巨大な腕を振り上げる。
まるで現実味を帯びない、ゆっくりした景色が迫る。
( ああ、私は死ぬんだ)
私は目を閉じることさえできないまま、巨大な爪先を眼前にとらえていた。
急に視界がぼやけたと思ったら身体が揺さぶられる感覚と、そのすぐ後に痛みが走る。
その時に我を取り戻し、事態を把握せんとする。
私は目を見開いた。
眼前にはもがき苦しむグレーターベアの姿が飛び込む。
そのグレーターベアの顔面は濡れ、水球が張り付いていた。
「ミズヲ ハヤク」
精霊さんの叫びが頭の中で響く。
見るとグレーターベアは両腕を振り回して、水球を破壊している。
そのすぐ近くで精霊さんは立ち回っていた。
周りの木の幹や岩の砕けた破片などが飛び交うなか、小さなキノコの精霊さんは水球を作ってはグレーターベアの頭に貼り付けようとしていた。
グレーターベアからは精霊さんは小さすぎてよく見えないのだろう、見当違いな方向へ腕を振り回す。
だけどその腕が確実に精霊さんの作り出す水球を破壊して行った。
私も水球を作り出さんと意識を集中させる。
「きゃっ!」
だけどグレーターベアの振り回す腕と共に、木の枝や小石、水滴などが飛礫となり襲いかかって術がなかなか発動出来ない。
その時いきなり私の感覚にヒビが入ったような衝動が起こる。
痛みは無い、だけどこの感覚は分かる。
これは私の、私に起こったことでの感覚では無い。
「精霊さん!」
グレーターベアが近くの岩を砕き、その破片が精霊さんを襲ったのだ。
破片によって吹き飛ばされた精霊さんは、草やぶの中に飛ばされてしまう。
精霊さんの元へ駆けつけたいが、グレーターベアは2、3度咳き込んだだけでこっちに顔を向ける。
それは明らかに怒りを含んでいた。
体から瘴気が溢れんばかりに怒りをあらわにしたグレーターベアが、ゆっくりとその体を私に向ける。
私は半歩だけ後ずさる、その時精霊さんの声が響いた。
「ミズヲ」
同時に再びグレーターベアに向かって水球が打ち出される。
だけど数は前より少なく、大きさも小さい。
感覚で分かる精霊さんは弱っている。
でも術を使えそうに無い、グレーターベアがまた暴れ始めたからだ。
私は周りに小川か池、ううん水たまりでいい、とにかく水を探す。
その時、さっき転んだ時に落としたのであろう、紙の束が目に飛び込んだ。
その紙にはお爺さんから教えてもらった、お爺さんの国のいろんな言葉が書かれている。
私はなるべく小さな動作で、なるべく早くそれを拾い上げる。
そして………
脳裏にお爺さんの笑顔が浮かぶ………
私はつぐむ、言の葉を
私はかなでる、言霊を
我は言葉の意味を探りしもの
我は言葉の存在を探りしもの
言葉よ言葉! 体現せよ! それをもって意味をなせ!
「 水 よ !」
急ぎ我の名に従え!
紙に書かれている「水」の文字が一瞬光ったかと思えば、そこから大量の水が溢れ出してきた。
もはや川のようだ。
それがグレーターベアに襲いかかる。
だがグレーターベアは体のバランスを少し崩しただけですぐに立ち直ると、飛沫を上げ流れに逆らいこっちに向かってこようとしている。
(まずい)
私は溢れ出る水の制御でいっぱいで、身動きひとつ出来ない。
「ヨイ」
精霊さんの声………
そう思った時、突如私とグレーターベアの間に巨大な水球が出現した。
それがそのままグレーターベアを包み込む。
グレーターベアはそこから逃れようとするが、水球はまるで生き物のように動き、グレーターベアをとらえて離さない。
水球の中のグレーターベアは口から大きな泡を吐き出すと、やがて動かなくなった。