第十四話 山道
次話はちょっと時間がかかりそうです。
ゲルク爺と別れてしばらく進むと、分かれ道が目に入る。
その時、精霊さんが肩から飛び降り、私の方に顔を向ける。
表情の変わらないその顔から、私は精霊さんの気持ちを汲み取った。
「大丈夫ですよ」
私は言う。
「今の時期はほとんど雨は降りませんし、オオカミなどの動物もよっぽどの事がない限りは人を襲う事はありません」
精霊さんはジッと私の顔を見上げていたが、私の言葉を聞いて再び肩に飛び乗った。
「もう少し森の中に入ったら休憩を取りましょう」
この山はさほど高くない、だけど道は狭く馬車が通れる幅が無いところもあり、多くは遠回りにはなるが街道の道を利用する。
それに天候が悪くなれば街道の方が早く、そして安全に通れる事から、この山道を通る人はほとんどいないと言う。
昔はこの道が次の町と村を繋ぐ唯一の道だったらしいが、私が生まれた頃に街道が出来たらしく、それ以降はあまり使われていないと言う。
私が街道を使わなかった理由はいくつかある。
まずは私が若い女であること。
よこしまな考えを持った男たちの対処法はいくつかあるが、まずは人目につきたくは無い。
善意であれ悪意であれ人との関わりは、なるべく避けるようにしたい。
そして私は魔女であること。
実際は未熟でまだ魔女を名乗る事は出来ないけど、魔術を使うことを知られるだけで人の目は見方を変える。
そしてそれの多くは良い方向では無い。
オババはそれを踏まえて、魔術を使うタイミングを図ることが出来れば、旅は楽に進む事が出来ると言っていた。
だけど旅を始めたばかりの私には、そんなタイミングなど分かるはずもなく、必然的にそのような状況にならないようにする事、つまり人目に付かないようにしたのだ。
そんな事を考えながら私は山道に入って行った。
山道は荒れてはいるものの、道をふさぐほどではなく思ったよりも歩きやすい。
道に沿って生える木々もほどよく日差しを遮ってくれていた。
小鳥がさえずり。
リスのつがいが枝の上から覗き込む中を、私は精霊さんと進んでいった。
「ここで少し休憩しましょう」
小さく「ふぅ」と息を吐くと、私は肩に止まった精霊さんに語りかける。
精霊さんは肩からピョンと飛び降りると、近くの大きな切り株の上によじ登り、テシテシと私を見ながら切り株を小さな両腕で叩く仕草をする。
どうやら私に「ここに座れ」と言っているらしい。
「はい、ありがとうございます」
私は精霊さんに笑みを浮かべ、その切り株に腰を下ろした。
そしてポーチから小さな包み……… クッキーを取りだすと、小さな祈りを口にした。
「(いただきます)」
これはお爺さんから教えてもらった言葉。
そして感謝の気持ちと共に、私はクッキーを口に運んだ。
サクッとした歯ごたえとともに、ハチミツとバターの風味が口の中で広がる。
おいしい
こんなに美味しいクッキーははじめて食べた。
あっという間に2つのクッキーを食べてしまった。
3つめに手を伸ばし口に運ぼうとしたとき、ふと視線を感じた。
精霊さんがジッと私を見ていたのだ。
「あ、あの……… ひとつ食べますか?」
もの欲しそうに見つめる精霊さんに向かって、私は気恥ずかしさを感じながらそう言った。
精霊さんは頭をフルフルと横に振り、いらないと言う素振りを見せると、次に精霊さんの気持ちが流れ込んできた。
私の体調を気づかっているらしい。
「はい、大丈夫です。疲れはありません。それに私たち魔女は基本的に少食なのです」
そう言うと私は、3つめのクッキーを手に取ること無く、ハンカチに包み直すとポーチにしまった。
「大事に食べよう………」
私は自分に言い聞かせるように呟くと、ゆっくりとその場で目をほそめる。
髪の毛が膨らみ、髪の毛と髪の毛の間で小さな稲妻が走ると、目の前の空間が歪んだ。
その歪んだ空間に向かって、2種類の魔素が集まってくる。
1つの大きな魔素と2つの小さな魔素、それが小さな歪んだ空間に向かって集まると、やがて小さな水滴を作り出し、拳の大きさの水球を作り出した。
「ちょっとしたお参りです」
ジーっと見ていた精霊さんにそう告げると、次に腰に小さなベルを取り付けた。
これはクマ避け。
ここら辺で最近クマが出たとかは聞いたことが無いが、念のため。
これを付けておけば音を聞いた動物は、私から距離を取ってくれるはずだ。
そこ時、精霊さんからちょっと離れたところで草が揺れた。
私は手を草の揺れた方向に差し出すと、水球がそっちに向かって飛んでいく。
ギャウッ!
そこから飛び出したのはアナグマだった。
おそらく精霊さんをキノコと思って(いや、キノコなんだけど)狩るつもりだったのだろう。
アナグマは濡れた頭部のまま、慌てて逃げて行った。
「水球はこんなふうに使うんです」
私は得意げに精霊さんに言う。
「だから安心して下さいね」
精霊さんはわかったとばかりに、肩に飛んできてちょこんと座った。
再び新しい水球を作ると、私はまた山道の奥へと歩みを進めた。
私が座っていた切り株の近くの木の幹が、大きな鉤爪で傷つけられていた事に気付かないまま。