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2章 第二十八話 貴族の世界の天国と地獄

 誰かの喧騒で眠りから覚める。

 

(うるさいなぁ、誰だろう?……まぁいいや)


 そんな事を思いながら、まどろみに再び誘われそうになった時、近くで声がした。


「あ〜リュトか? まぁ、あの感じじゃ大丈夫だな」


 声色でシェランさんとすぐに分かったが、リュトの名前を聞いた途端目を見開き、あらゆるこれまでの記憶が蘇る。


 ガバッとと起きおいよく両手で体を支える形で起き上がると、そこは豪華絢爛な寝室の中だった。


 そして声の主、シェランさんはシルクのドレスのような姿を見せている。


「あ、あの、シェランさん? その格好は……」


「間違いなくお前が知っているシェランだよ! 着ている服で良いって言っても聞きゃしねぇ」


 私が一瞬誰か迷ったのをしっかりと感じとったらしい、シェランさんは強い口調で言った。

 しかし、改めて見違えるほどだった。

 元々綺麗なんだけど、セクシーさが強調されていている。


「凄く…… 綺麗……」


 見惚れていたら、思わず声に出た。


「オゥ、ありがとよ。ちょっとスースーするけどな」


 シェランさんは恥じらうことも無く、ストレートにそう言い放つ。


(堂が入っているというか慣れているよね……)


 そう思った瞬間、部屋の扉が開きフランさんが現れる。


「おはようございます。良くお休みになられたでしょうか?」


 シェランさんは即座に答える。


「おはようフランさん。ありがとう、問題無いよ」


 その答えに笑顔で答えるフランさん。


「それはようございました。当家はお客さまをもてなすお部屋も人数分は用意できませんでしたし、お召しものも窮屈とかございませんでしたか?」


「いや、そんな感じは無かったけど、良かったのか? これセシルさんのだったのだろ?」


「はい、確かに奥さまの持ち物ですが、一度も袖を通されたものではございません。大奥さまからも許可を頂いていますので、問題は何もございません」


 笑顔のフランさんはそう言うと、次に私の方を見つめた。


「メテルさまはいかがでしょうか?」


「はい! 問題無いでしゅ」


 「さま」なんて使われるから気恥ずかしくて思いっきり口を噛んでしまった。

 恥ずかしさのあまり、布団の中に潜り込んでしまう。


「メテルさまのお召しのものは、実は私のここに来た当時のものでして…… サイズが合うものがありませんでしたので…… 誠に申し訳ございません……」


 何を勘違いしているのか私に謝罪のような言葉を並べる。

 確かに胸の辺りはブカブカだけど…… いや、そうじゃない…… そうなんだけど、そうじゃない……


「クックッ! メテルは慣れない貴族のベットで寝違えでもしたんだろう、しばらくすれば治るさ。それよりこれからどうすればいい?」


 シェランさんが軽く笑いながらフランさんにそう言う。


「それでしたら、朝食の前に湯浴みをお手伝いさせて頂きたく思います」


「分かった。私が先に入ろう。その後すぐに入れよメテル」


「メテルさまには再度迎えに伺いますね」


 フランさんの気品のある言葉が流れると、扉が閉じる音がして人の気配は無くなった。

 ゴソゴソと動き出し布団の上でペタンと座り直して周りを見る。

 改めてとんでもなく豪華な部屋だった。

 客室みたいなことをフランさんは言っていたけど、数々の装飾品や美術品が並んでいて、ベッドも大きく四隅に柱があってそれぞれを綺麗な布で結び囲っている。


天皇(てんがい)って言うんだっけ……」


 布団は柔らかくまるで雲に乗っているようで、ふわふわしている。

 こんなの宿屋だったら路銀なんかあっという間になくなるだろう。

 そう考えると壊したり汚したりしたら大変な事になると思い下手に動けなくなってしまった。


「どうしよう……」


 そんなことを考えていると、お腹がクーと小さく鳴った。


(こんな場合でもお腹は減るんだね……)


 我ながら随分と神経がずぶといのだろうかと思いつつ、何か食べ物がないかあたりを見渡す。


 すると豪華なタンスの上に果物を乗せているような麻で組んだようなカゴがある。

 もしそうなら一つ失敬しようかと中を覗き込んだ。


「あっ……!」


 出そうになった声を止める。

 そこにはキノコさんと小さな毛玉…… あの子猿が丸くなって寝ていた。

 一度、キノコの精霊さんがムクリと起き上がったが、私がシーと言うと子猿をチラリと見た後、再び横になって動かなくなった。

 再び扉が開く。


「メテルさま、どうぞこちらへ」


 優しく笑顔で語りかけるフランさんの言葉に、ただ素直に従う事だけが自分に出来ることだった。


 その後……


 お風呂には一人で入れるのにお手伝いするって譲らないフランさんと一悶着あったけど、バラとかいろんな花を浮かべた湯船に浸かると、天国ってあるんだとしみじみ思う事になった。


「お(ぐし)を洗わせていただきますね」


 もう抵抗はしない、湯船から上がると素直にフランさんに従う。

 私の髪を洗いながらフランさんは言った。


「皆さまには、奥さまとお嬢さまをあのような怪異から救って頂き、本当に感謝しております。ありがとうございます」


 そう言うフランさんにこちらも頭が下がる思いがする。


「あ、あれはシェランさんが凄いんであって、私は何も……」


「いえ、確かにあの方は素晴らしいですが、あなたもあの怪異に正面から立ち向かいました。私は逃げることばかりを考え、バンシー…… ではなく、お嬢さまを敵であると見誤ってしまい……」


 そう言うと顔をうつむかせ涙を流す。


「ほ、ほら!だけど皆んな無事だし。怪異もいなくなっちゃったし! そ、そろそろ上がろっかな」


「…… はい」


 フランさんは指で涙を拭うと、小さく返事をして頷いた。


ー ー ー

 朝食を摂ると言う部屋に入ると、もう何も考えられなくなった。

 緊張して動きがカチンコチンになっているのが自分でも分かるけど、どうしようもない。


「メテルさま、そんなに緊張する事はありませんよ」


 優しく声をかけてくれるフランさんを見上げて言う。


「わ、私、作法なんて分からなくて……」


 言っている途中で涙が出そうなほどに不安に駆られる、だってこれって絶対貴族のお食事だもん。


「わしが変にもてなそうとしたのが悪かったかな? 名はメテルだったね。気にする事はない、これは私からの感謝のつもりだ。君らの出はだいたいわかっているつもりだ、作法は関係ない普段どうりでいい、フラン」


 そうシャムドさんが言うと、フランさんは軽くお辞儀をして私を椅子に座らせた。


 そこで初めて気づいたけど、対面にリュトがいる。目新しいズボンとシャツ、そして髪型まで変わっていたから気づかなかった。

 (リュト)も緊張しているようでガチガチに固まってテーブルの上の一点をじっと見据えていた。

 その斜め後ろの壁に、微動だにしない騎士が一人ついていた。


 私の隣はシェランさん冷静に静かに座っており、それでいて非常に落ち着いている。

 だけどこの場にダレフさんの姿は見えなかった。

 小声でフランさんに聞く。


「フランさん、あの、ダレフさんは?」


 その質問に答えたのは対面のリュトだった。


「ダレフさんはいねぇぜ。「ドワーフのわしが言ったら格式が下がるじゃろ。気にすることは無い、わしは皆の下男のようなものじゃし、これは要望じゃ」とか言ってさ、部屋で食べてるよ」


「はっ、うまい言い方だな」


 隣のシェランさんが静かにうつむいたまま笑うと、シャムドの隣りにいるカーラさんは残念そうな顔を浮かべた。


「さて、食事を待たしても悪い。これは私からの感謝も含まれている。今回の働き見事であった。それでは食事としよう」


 シャムドさんの言葉を合図に食事が始まる。


 内容は普通だけど豪華だ。

 お皿のせいだけじゃ無いだろう……

 スープにパンに果物を絞ったジュースにたまごとハム、この野菜は生だ。このまま食べても良いのだろうか……


「こちらのサラダはお好きなものをおかけして召し上がってください」


 フランさんが即座に教えてくれた、それで気がついたが胡椒があるではないか!

 こ、こんなにまとまった量机にポンと置いて大丈夫なのだろうか……


 それにスッと影が伸びる。

 それはシェランさんの腕だった。

 金と同額と言われる胡椒を指先で摘むと、それをパラリと生野菜にかけ、済ました顔のまま口に運んだ。


(あ、あれだけの量を……)


 私が愕然としているとフランさんが声をかける。


「気がつきませんで…… いくつかに分けてそれぞれ気に入ったものをお召し上がりください」


 フランさんはちょっと小さめのお皿を用意すると、そこに生野菜を入れ、塩やレモンそして胡椒をかけたものを用意した。


「どれがお好みでしょうか?」


「で、で、出来れば…… レモンだけをかけたものを…… 」


 塩も貴重なのに胡椒なんてありえない!

 私は食べる事なくそう言った。

 その時、シェランさんは口に運んでいたスポーンを置き、シャムドさんに話しかける。


「前に話した通り我々はこの村にあと二、三日滞在し、その後旅を続ける予定ですが、できれば話しと言うかお願いを……」


「ほう、聖女どの何かね?」


 聖女と言われ、一度大きなため息混じりの深呼吸をすると続けてこう言った。


「はい、今回の件は貴族というものを知るに非常に有意義なものと私は思っております。特に若い彼らにとってはこの先のことを考えるとありがたいものでしたが、まだまだ経験が足りません。そこでお願いがあります。我々が村を出るまで食事などの基本的なマナーで良いので、それを彼らに教えてもらいたいのですが」


 ガシャ ブー!


 食器が大きな音を立ててしまって大いに慌てる、リュトにおいては吹き出してむせてしまっていた。


「シェ……シェラン……さん??」


 震える声で呼ぶが聞くそぶりがまるで無い。


「シャムドさんだからこそ言えるのです。今後、彼らが別の貴族に招待されたとき果たして恥をかかずに乗り越えられるかのと」


 こちらを無視して訴えかけるシェランさんに反応したのはカーラさんだった。


「素晴らしい!さすが聖女さまでございます。あなたの願いは(のち)に続く者の宝となるでしょう。この私めが直接にでもお教えします」


「ありがとうございます。ただ私めは聖女などの大それた人物などでは無く……」


(あっシェランさん自分だけ逃げに走ってる、ズルイ!)


「いいえ、セシルとキャロルを救い息子に会わせてくれた貴女は私たちにとって誰が何と言おうと聖女です。これは絶対に譲れないことですわ」


「分かりました。ですが、この村を出るまでは怪異はあくまでも騎士たちが討伐し、我々は冒険者としてお手伝いした事にするのをお忘れなく。噂は毒にもなりうるものですから……」


 いつの間にそんな話を…… それはなんとなくわかるけど……


「えぇ、それは分かってますわ。二人ともよろしくね」


「はい……」「はひ……」


 冷や汗を流し、震える声でそう返事する。


 人は笑顔で地獄を見せることもできるんだと、この後、身をもって知ることになった。

閑話みたいな話であとちょっと続きますが、だいたいこのお話は終わりです。

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