2章 第二十八話 歌
「精霊使い殿!」
とっさに目を瞑ったけどリュトは私を通り越して……
「こちらへ、シェラン殿も」
ダレフさんはドワーフの体型からは考えられないスピードと持ち前の腕力で私たちを抱えると、その場を離れ大きな長椅子の裏に運んだ。
「小僧のあれはいったい……」
リュトはセシルさんに取り憑いてろ獣にへばり付いているように見えてそうでは無い。
体から立ち昇る白いモヤのようなものが巨大な獣を形どり、セシルさんに取り憑いた獣に噛み付いているように見える。
ギィギィギャッギャッ
獣の叫び声と共に思念が流れ込んでくる。
それはもう絶望と呼べるほどの恐怖。
絶対的な死を感じさせるその恐怖が流れ込んでくる。
「キャァァァ」
思わず目を背けて声を上げる。
「精霊使い殿!」
ダレフさんが私をかばうが、その恐怖は消えることはなくただガチガチと震え、耐えるだけだった。
ダレフさんの腕の中で震えていたとき、あの獣とは違う別の思念が混ざっているのに気付いた。
「ナカマ……ヲ マモル ってこれ」
そんな言葉が聞こえてきたと思ったら、その声の主であろう方向に震えながらも顔を向ける。
そこには黒いモヤのようなものを噛み砕き引き剥がしたものを咥えた、白い巨大な獣の影があった。
セシルさんと数匹の取り憑いていた獣は倒れ、多くの獣は窓から一目散に逃げ出している。
その白い影は大きく首をもたげ、モヤを引き裂くとその牙をバンシーのいやキャロルちゃんの方向へ向ける。
(ナカママモル…… テキ タオス)
思念が流れ込んでくる。
「リュト!やめて!それは、その人は敵じゃ無い」
リュトは聞こえていないのか、グルルと唸りながら四つん這いになったまま一歩一歩とバンシーの、いやキャロルちゃんに方へ近づいてく。
チャッ
ダレフさんが戦斧を構える。
「ダレフさん!」
「小僧は正気じゃない……これをもっても勝てるかどうか分からぬ……」
そうかもしれない、けど、だからって……だからって
どうしてよいか分からず、ただ涙を流す。
ダレフさんの服の端を掴むのがやっとだった。
その掴んだ方の腕が引っ張られる。
(お願い…… お願いだから、それ以上……)
声なき声でダレフさんを呼び止める。
ダレフさんはこちらに顔を向けたが、すぐに前を向きまた一歩前に進んだ。
「アッ……」
手が服から外れ、その場で項垂れた瞬間。
どこからともなく、微かな旋律が流れ込んでくる。
「川のせせらぎ 小鳥のさえずり 草木のざわめき……」
「春の日差し 薫風の風 秋の恵み 雪の静寂……」
この声はシェランさん?こんな時に歌なんか……
「月の光 星の煌めき 夜明けの光明 流れ星の軌跡……」
でも、まぶたが…… 眠いわけじゃ無いのに……
そして、なぜだろう…… とても安心で……
あぁ、これ魔力を含んでいるんだ……
けど、なんか違うな……そんなこと……
どうでもいいように思えてきた……
目の前はキラキラとした細かな金色の雲に覆われ、まるで誰かに優しく抱かれている気分になる。
それでもキャロルちゃんやセシルさん、リュトの事が気になり、そちらに目をやる。
セシルさんはキャロルちゃんと一緒に重なるように座り込んで寝ているようで、二人とも僅かに肩を上下に揺らしている。
あの獣は一匹も取り憑いておらず、キャロルちゃんも元にの大きさに戻っている。
リュトはその場で丸くなって寝ているようだ……
(よかった……)
「これは…… この歌は……」
ダレフさんはその場に留まりキョロキョロと周りを見渡す。
戦斧は構えているものの、戦うそぶりは無さそうだ。
そう思えた時、周りの金粉にようなものが人型であることに気づく。
それは、特徴的で見覚えがあるようでなぜか懐かしく感じる……
その時ハッと気づいた、思い出したと言っていい。
「おじいさん……」
返事はない、だけどその金色の影は、ゆっくりとうなづいてくれたように感じる。
強く抱きしめたい衝動にかられるけど、体のどの部分も力が入らない……
ただ嬉しさと安堵感の幸福に包まれ、涙を流して微笑むことが全てだった。
やがてその影はサラサラとしたゆっくりとした感じで、ひとつの方向を指差した。
その方向の先にはセシルさんとキャロルちゃん、 そして、そこにも金色に輝く影があった。
死の影は優しく二人を包み込んでいる。
「おぉ! お前なのかい!」
その影に向かいカールさんが呼びかける。
その影はゆっくりとユラリト動く。
男の人の……影みたいだ……
二人の傍らで立ち上がった雰囲気を受ける。
「わかっておる。二人は必ず守る。当たり前じゃっ……」
シャムドさんがそう言うとその影とおじいさんの影は動き出した。
「まって!行かないで!」
だけどその影はどんどん上に登っていく。
最後にユラリと動いた時に、その影は…… 優しく微笑んだ……ように、感じた。
黄金の影は屋敷の、はるか上空に到達すると音もなく弾けキラキラとした粒子となって降り注ぎ、やがて消えていった……
しばらくして声が聞こえてくる。
「辺境伯のお宅はここでございますか!」
その声に反応してフランさんが起きて慌てる様子を見せる。
カーラさんもシャムドさんを椅子に座らせ一言何かを伝えると、シャンとした姿勢でフランさんの後に続いた。
カーラさんがこの部屋から出たとき、シェランさんがゆっくりと立ち上りシャムドさんのところへ向かう。
「失礼ながら、毛布と仲間が少し休める場所を提供していただきたく思います」
そうシェランさんが言うと、シャムドさんの方がかしこまり、その場でかしこまり片膝をつき頭を下げる。
「奇跡をもたらす聖女さまにおいてとんでもございません。館に、いえ……この村にあるものなら全て差し上げる所存でございます」
「いえ、あの、私は聖女などではなくただの冒険者で……」
「あのような奇跡、ただの冒険者には起こせませぬ。私はしかとこの目で見ました」
「あれは……たまたまと言うか偶然と言うか……」
しどろもどろに答えるシェラン、そこにガシャガシャと音を立てて鎧を着た騎士のような人たちがやって来た。
「怪異からの安全の要望により馳せ参じましたが、無事とはどう言う事で?それにあの黄金の光はいったい……」
それには背を向けてシェランさんが小さく呟く。
「タイミングが良いのか悪いのか…… 面倒なことになっちまったな……」
「うむ、ここにおわす聖女さまによる奇跡により怪異は排除された。あの黄金こそ奇跡であり祝福の賜物である」
シャムドさんの言葉に騎士たちは歓喜とどよめきを起こすが、当の本人は俯いて態度でそれを否定していた。
そのうち一人が毛布を持って来ると、シェランさんはそれを掴み取り私の元にやってきた。
「メテルまだキツかろう。リュトと休め。私はちょっと話すことが出来た」
「あのシェランさん腕は……」
あの獣に受けた腕の部分は血で真っ赤に染まっていたが痛がる様子もなく普通に動かしていた。
「ああ大丈夫だ。ほとんど塞がっている。痛みはちよっと残っているがな」
そう言って軽く腕を回す。
(アレは回復の魔法と言うわけでは無いと思うんだけど)
そんな思いの中、シェランさんが問いかける。
「それより、メテル。お前は、リュトをどう見てる? あの変化を」
「びっくりして怖かったけど…… 仲間を守るって言って、いまは平気。その時の荒々しさは感じない」
「そうか…… 声を発していたのか?」
「い、いえ。思念みたいなもので……」
頭を振り否定していると、何となく寝ているリュトの方向へ二人して顔を向ける。
リュトは静かな寝音を立てていた。
「起きたときにどうなるか……」
シェランさんがそう言った矢先、微かな不安と恐怖の思念が流れ込み、リュトのそばで何かそこまで大きく無い影が動いた。
キッ! ギキィ!
それはダレフさんが捕まえていた獣、小さな猿だった。
辺りを見渡し、震えている。
「魔物!?」
声を上げる反応するシェランさんに答える。
「いえ、ひどく怯えているだけで、黒いモヤに包まれていた時と全く別物に感じます」
「危険は無いんだな」
「はい、おそらく…… ただ、何であの子の気持ちが流れ込んで来るのかなと……」
そう言ったとき、その子猿がぎゅっと何かを抱き抱えているのに気づいた。
「精霊さん!」
そう、その子猿の腕の中には精霊のキノコがキツく抱き抱えられていた。
心なしか少しグッタリしている。
返してもらうつもりで、ほんの少し近づいて屈んで両手を広げると、子猿は警戒したが、私に敵意が無いことがわかったのだろう。
小さくキッと鳴いて両手に飛び移り片腕にしがみついた。
精霊さんを残して……
薄情者とか裏切り者とでも言いそうな残念な思念が精霊さんから流れ込んでくる。
今なら分かる精霊さんが教えてくれてたんだ。
「大丈夫なのか?」
「はい、この子もあの怪物に、インプに狂わされていたようですがいまは大丈夫です。邪悪なあの思念は感じません。ただひどく怯えていて……」
「害がなければいいが、魔獣でなくとも野生の動物は危険な場合があるからな」
「はい、でも子どもだからそれも大丈夫でしょう」
腕にしっかりとしがみつく子猿はクリクリした目をこちらに向けている。
その可愛らしさに思わず笑みが浮かんだ。
そこに騎士からの声が飛ぶ。
「聖女どの」
「ハァ〜、違うと言うに……」
シェランさんはため息混じりに立ち上がると面倒臭そうに騎士に向かい歩き始めた。
シェランさんと騎士たちの間でしばらく問答があったけど、納得がいく答えが出たらしくお互いに礼をしていた。
(シェランさんの顔はひきつっていたように見えたけど……)
その後、私たちはようやくゆっくり休めるようになった。
この章は後一話くらいかな?
今後はリハビリついでにゆっくり投稿するつもりです。