2章 第十九話 準備
先週は熱風邪ひいて寝込んでた。
たぶん嘔吐下痢症、辛かった……
テーブルの上に並ぶ香瓶。
魔除けの香が三本に睡魔の香が二本。
それと一本の用途の分からない香瓶がある。
これらはシェランさんが、ほとんど一人で作ったものだ。
こうして香瓶を眺めていると、なんかシェランさんって魔法使いというより、薬師か錬金術師のように思えるんだけれど、まぁいいや。
昼近くからシェランさんの手伝いをしたけど、これだけしか出来なかった。
そのシェランさんは、他に準備があると言って、先ほど部屋から出て行った。
だから私は、今、一人なんだけど……
(私も何か用意しなきゃいけないよね。)
自分の事を忘れている感じがする。
けど、何を準備すれば良いのか分からない。
それで、何を用意すべきかを考えると、必然的にこれまでにあった事を思い起こして、どうしたら良いのだろうかと思い悩み、結局、答えが見つからないままに同じ思考を繰り返している。
(いけない、ちゃんと整理しよう)
こんな気持ちのままじゃダメなのは分かる。
今までの事をキチンと思い起こそう。
最初、この村に着いて遭遇したバンシーは、あの屋敷の近くに現れ、叫び声を上げに現れたのは確かだ。
そのバンシーが現れたあのお屋敷には、ご主人を亡くされたセシルさんがいて、彼女はご主人を亡くされたそのショックから心を病んでいた。
彼女には養女のキャロルちゃんがいて、メイドのフラルさんと三人で暮らしていたが、心配した彼女の義父にあたるシャムドさんとカーラさんが様子を見に来たのだけれども、彼らはこの地の元領主でとても偉い貴族の人たちだった。
そして、亡くなったセシルさんのご主人こそシャムドさんの息子さんにあたる人だった。
その人は騎士で、お屋敷には鎧が飾られていたけど、その鎧は鉱山で戦ったグールの騎士の物と瓜二つで、もしかしたら……
(いけない、確実な事だけ考えるんだ)
さっきからこんなふうに同じような考えを繰り返している。
バンシーだけの事を考えよう。
バンシーは嘆きの精霊とも言われ、それが現れた家には死者が出るとされていて、世間では死神や悪霊として扱われていることもあるが、実際は異なる。
私の村の伝承では、必ずしも死人が出るという事ではなく、バンシーが現れてなお生き残った人もいて、「救われるべき魂を知らせる精霊」と教わった。
ダルフさんの言った「バンシーの哀しみを背負える者が救いをもたらす」と言った言葉にも通じるものがある様に思える。
それが具体的にいったい何を意味するのか分からないけど、そこにヒントがあるのかも知れない。
だけど、何かおかしい。
シェランさんが得体が知れないと言った時から引っかかる。
それが何であるのかが分からずモヤモヤした気持ちがずっと続いている。
「ねぇ精霊さん、どうしたらいいんだろう?」
結局、私は自分の気持ちさえもまとめる事が出来ないでいる。
精霊さんはテーブルの上で、元のキノコの姿でポーションを作るのに使用した材料に触れている。
いくつかの植物に炭や鉱物をすり潰したもの、そんな材料の中で、精霊さんは小さな黄色い花を持ってユラユラと動かして私の方を向いた。
だけど、精霊さんからは声は聞こえない。
(精霊さんの声が聞こえる時と、聞こえない時があるけど何でだろうな)
そんな事を思いながら、精霊さんを見つめる。
精霊さんは変わらず花を揺らしている。
その可愛らしい姿に私は笑みを浮かべる。
「精霊さん、一応そのお花は毒草だから注意してね」
私の声にビクッと反応した精霊さんを横目に、扉をノックする音が聞こえた。
「はい」
「わしじゃ精霊使い殿」
扉越しにに聞こえる声は、ダレフさんみたいだ。
私のところに来るなんて珍しい。
扉に向かいそっと開ける。
「どうされました?」
「いや、ちょっと気になることがあってな」
「気になること…… ですか?」
何だろう? ダレフさんはどこか迷いと苛立ちを感じさせる。
少しの間のあと、ダレフさんは私に声をかけてきた。
「精霊使いどの、今宵の護衛を断ることは出来んのか?」
唐突に切り出されたダレフさんの言葉に驚くが、それはとても出来そうに無い。
「それは……」
私は力無く頭を横に振った。
そんな私を見てダレフさんはため息をつくと、静かに呟いた。
「そうか……」
逃げ出したい気持ちはある。
だけど、同時にセレンさんたちを助けたいという気持ちもあるんだ。
「うまく言えんのじゃが、今回の件、何かおかしく思える。わしの感覚がそう言っておるんじゃ」
私が感じる違和感をダレフさんも感じているようだ。
「はい。私も何か違和感を感じています。それが何であるかは分かりませんが…… ただ、私はこの件に関して逃げてはいけない。というより、関わるべき案件のような気もするんです」
「何故じゃ?」
「分かりません。ですが多分…… 私が「精霊使い」と呼ばれる部分がそうさせているのかも知れません」
「それは……」
普段、私のことを精霊使いと呼ぶダレフさんが言い淀む。
私は慌てて言葉を繋げた。
「いえ、決してダレフさんの言葉に責を持たせるものではありません。これは私の気持ちの問題なんです」
私はキノコに宿った精霊さまと一緒に旅に出ている。
それは、側から見れば精霊使いと言われてもおかしな事ではないだろう。
私の精霊さまと嘆きの精霊は違う、だけど精霊と言われる存在に対して逃げていたら、私は私で無くなるような気持ちになるんだ。
「力になれなくて、すまぬ」
「いえ、ダレフさんには助けてもらってます」
憮然とした、それでいてどこか気落ちしているダレフさん。
それは自身に対する憤りの表れなのだろう。
「『バンシーの哀しみを背負える者が救いをもたらす』ですよね」
そんなダレフさんに向かって、前にダレフさんから聞いた言葉をそのまま投げかけた。
その言葉にダレフさんは目を大きくさせる。
「お、おう……」
「それが答えになると思います。ハッキリとは分かりませんが、何となくそれが正解だと思えるんです」
これは強がりだ。
だけど、この強がりが身近にいる人を安堵させるのなら、私はその強がりを何度だって言うつもりだ。
「すまぬな、いらん世話だったようじゃ」
ふくよかな髭を震わせるダレフさんに向かい、私は笑顔を返す。
「いえ、ありがとうございます」
ダレフさんは身を翻して背を向けると、何事もなかったように離れていった。
ダレフさんの姿が視界から消えると、私は部屋の椅子に腰掛け大きなため息をついた。
あと数刻すればまたあのお屋敷に行かなければいけない。
そう思うとまた気が重くなる。
ダレフさんにあれほどの事を言っておいてこんな具合だ。
だんだんと自分自身に腹立たしい気持ちになってきた。
だいたい、シェランさんは何処に言ったのだろう。
「世間知らずのお嬢ちゃんに貴族というものを教える」とか、それらしい事を言う前に酒癖の悪さをどうにかしてほしい。
まったく大人の人って、何でお酒なんて飲めるのだろう。
一回、水と間違えてお酒の入ったカップに口を付けた事があるけど、喉はヒリヒリしてむせるし、味も全然美味しいとは思えなかった。
そういえば私のお爺さんもお酒は好きだった。
あんまり作れないから、収穫祭とか何か大事な催しの時にしか飲んでいなかったけど、ニコニコしながら飲んでいるお爺さんの姿を見るのは嫌いじゃなかった。
お酒くさいのは苦手だったけど。
その時、扉の向こう側から人の歩く気配がする。
たぶんシェランさんだろう。
「うおぃ、嬢ちゃん! 帰ったぞ」
扉から現れたシェランさんの姿を見て、言葉を失う。
「…… あの、シェランさん…… 飲んでます?」
「飲んでない! 飲んでない! こんらの飲んだうちに入らにゃい」
し、信じられない、準備があるって言って…… お酒を飲みに行ってたんだ。
「ちょっとまだ時間あるらろ」
それだけ言うと寂れたソファーにそのまま横になった。
そして、女性とは思えないイビキをかきだす。
本当にこの人、まったく行動が予想出来ない。
ずいぶんと私のことをお嬢ちゃん扱いする癖に、でたらめな事ばかりして……
(いけない、こんな事で怒ってはいけない)
だけど、そう思えば思うほど、込み上げて来るものがある。
(これで起きれないなんて言わせないんだから!)
そう思ったと同時に、机の上にある材料の一つを掴み上げた。
そして、気持ち良さそうにイビキをかくシェランさんの前に立つと、笑いが込み上げてくるのを自覚しながら、その寝顔に近づいた。
ゆっくり気分で投稿させて頂きます。
次話はまだまったく考えていません。
物語を繋げるのって難しいよね……