2章 第十六話 夜明け
大まかな話のストーリーだけを思い浮かべて書いたら、やっぱり話が続かなくなるなぁ……
そうこうしている内にモチベーション下がって半年ほど放置してしまった。
次話はまだ考えていないー
朝が待ち遠しい、もうだいぶ時間は過ぎたはずだけど、窓から見える景色はまだ暗いままだ。
だけど月がだいぶん西の方へ向かったようで、部屋の窓からその姿を見ることが出来るようになっていた。
(明けない夜は無い…… よね)
私は心の内に呟いた。
あれから何も喋っていない。
私は蝋燭の灯火が造る影の中を、あちこちと目配せして探り、シャムドさんは背筋を伸ばしたまま静かに目を閉じているが、それは気配を探っているように思える。
全然眠たさは感じないけど、緊張のせいか疲れを覚えてきた。
「う…… ん……」
ソファーに横になっていたフラルさんの口から吐息が漏れる。
私は静かに彼女の側に駆け寄った。
「フラルさん、大丈夫ですか?」
まだ目をぼんやりとしたままのフラルさんへ呼びかけに対して、彼女は意識を取り戻すのにひと時の間だけ必要としたが、目を見開くと勢いよく起き上がった。
「だ! 誰!」
彼女は最初怯えた目で私を見ていたが、その目に同時にシャムドさんの姿も捉えたのだろう。
非常に慌てた様子でシャムドさんへ向けて言葉を発した。
「お、大旦那様……! もっ、申し訳ございません! 奥様は!」
フラルさんはシャムドさんにそう口走るが、それを落ち着かせようとシャムドさんは静かに言う。
「フラルよ、大丈夫だ落ち着きなさい。セレンなら横におるよ」
シャムドさんが顔を向けた別のソファーに横たわるセレンさんの姿を見て、そこでようやくフラルさんは落ち着いたようだ。
「バンシーの声に当てられたのです。体に不調はないですか?」
私の呼びかけに、フラルさんは弱々しく首を横に振る。
そして怯えるように小さく言葉を発した。
「はい、あの…… 、キャロルお嬢さまは……」
「大丈夫です。今はカーラ様が見ておいでです」
私がそう言うとフラルさんは毛布を跳ね除け、ソファーから起き出した。
「フラルさん!」
私の呼びかけに対してはフラルさんは反応せず、彼女はシャムドさんの前に立つと静かにお辞儀をした。
「大旦那様、ご迷惑をおかけしました」
フラルさんの声に主従関係と言われるものをはじめて知った気がした。
私の声が届かないようで、どこか寂しさを感じるけど、これは彼女の立場を思えば正しいことだろう。
「フラルよ、セレンのことを頼む」
どこか厳めしさを含むシャムドさんの言葉に、フラルさんは泣きそうな顔で「はい」と返事をすると、シャムドさんは小さく頷き、椅子から立ち上がり静かに彼女の肩に手をかけた。
「もうすぐ夜も明けよう。カーラの様子を見てくる。ここを頼んだ」
「かしこまりました、大旦那さま」
頭を下げ続けるフラルさんの横を、シャムドさんが通り過ぎるのを私は静かに見つめていた。
そしてシャムドさんがこの部屋から出た後でフラルさんの顔がこちらに向く。
そして今度は私に向けて深々と頭を下げた。
「お客さま、申し訳ありませんでした」
その声は先ほどより儚げで、か細い。
「いっ、いえ!」
貴族の客人としての対応ではフラルさんの行いは正しいのだろうけど、私はただの村人のようなものだ。
ハッキリいってフラルさんは言葉使いも作法も全てが洗練されていて女性としての憧れを少し抱いていた。
それこそシェランさんの対極にいるような人と思えるほどだ。
だから貴族の対応なんかされたら、とんでもなく気恥ずかしく思えてしまう。
「あっ、あの! 気分はどうですか」
そんな自身の気持ちを隠すように声をかけるとフラルさんは少し微笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。もう、大丈夫です」
だけどその言葉とは裏腹に表情に曇りが見える、無理もない……
「奥さまの容態を……」
仕えるべき主人の様子を知れないことは、彼女に得体の知れない不安をもたらしているようだ。
フラルさんは主人であるセレンさんの近くに寄って、腹部に置かれたセレンさんの手と自分の手を重ねる。
「大丈夫です。小さな怪我も一つとしてありません」
私が声をかけても彼女の耳には届いていそうに無かった。
フラルさんの肩が彼女の嗚咽を隠している。
私はそれ以上の声をかけることは出来きそうにない。
ーいや、出来ない。
私は二人の姿を静かに見つめていた。
そのとき、窓辺に変化が出ていることに気がついた。
東の方が明るい、もうすぐ夜明けだ。
(やっと、朝日が昇る……)
闇の者は陽の光を嫌う、太陽が昇れば彼らは現れないだろう。
だけど、気を抜くことは出来ない。
欠伸をしそうになった口を閉めなおし、目をきつく閉じて頭を振って眠気を振り解こうとした時、フラルさんから声をかけられた。
「お客さま……」
「ヒャい!」
い、痛い…… 口の中を噛んでしまった。
「大丈夫ですか、いきなり話しかけて申し訳ありません」
「ひえ、らいじょうふれす……」
目の前には申し訳なさげなフラルさんの表情。
いけない油断した。
けど、おかげで目が覚めた。
血は出ていないようだけど、痛いよう……
ほっぺたに手をやろうとする私に対し、フラルさんは正面に向き直りその頭を深々と下げる。
「改めてあなたに感謝を申し上げます」
「あ、頭を上げてください!」
私は慌ててフラルさんに頭を上げるように求めた。
「いえ、あなたがいてくれたからこそ。奥様がご無事でいられました。そして私も……」
見ればフラルさんの手が小さく震えている。
「あのような恐ろしい存在が本当にいると思うと……」
無理もない。
私も、あんなにハッキリと姿を現した「人ならざるモノ」は初めて見たんだ。
私の精霊さまもキノコに宿る前は、キラキラと光るだけだった。
今は髪留めの姿だけど、普段はただのキノコにしか見えない。
その時、髪留めがピクリと動いた感じがしたら、目先に煙のような小さな埃がゆっくり降りてきた。
(粉?)
そう思うと同時にそれを鼻から吸い込んだら、可憐な少女がすべきでは無いクシャミが私の口から飛び出した。
「ビエックッション!!」
慌ててフラルさんが声をかけてくれる。
「大丈夫ですか」
「ず、ずびません。大丈夫れす」
顔に手をやりながら心の中で精霊さまに謝る、この粉、精霊さまの胞子だ。
ただのキノコなんて言ってごめんなさい…… だけど精霊さま、精霊さまの胞子って鼻だけでなく目にもくるんですけど。
「知らん」という精霊さまの意識が流れてくる中で、私はそれまで以上に急激に、そして強く目を瞑った。
強烈な光を感じたからだ。
それは衝撃的といっても良い。
だけどそれはとても暖かに感じ、身にまとわりつくジメジメした得体の知れないものを一瞬にして吹き飛ばした。
それは、ごく普通の当たり前に訪れること。
瞑った目蓋からでもわかる…… 朝日だ。
待ち望んだ太陽の陽がようやくその姿を現した。
「メテルさま、大丈夫ですか」
ゆっくりと目を開くと、そこには陽の光に包まれたフラルさんがいる。
嬉しさで涙が出そうになるのを堪える。
「大丈夫です。太陽が昇りましたから」
そう言って私は半分振り返り、窓に視線を向けた。
私の言葉にフラルさんも反応して窓の方に視線を向ける。
「はい…… 」
彼女は太陽に顔を向けたまま、一言そう言った。
言葉と共に一雫の涙が彼女の頬を伝う。
安堵が彼女の身体を満たしたのだろう。
その姿を私は綺麗だと思った。
「す、すいません」
私の視線に気付き、慌ててかしこまるフラルさんは急に口調を変えて言う。
「すいませんお客さま。朝の支度がありますから、奥さまをお願い出来ますか」
その時はもう、貴族に仕えるメイドとしての気品を持ち合わせていた。
つよい女性だ…… 本当にそう思う。
今までどれほどの不安な夜を過ごしてきたのだろう……
「はい、わかりました」
フラルさんに笑顔で答えると、彼女は私に向かって一礼し、台所の方へ向かおうとする。
夜は明けた、もう大丈夫だろう。
フラルさんが部屋から出ようとしたタイミングで、彼女は廊下に向かって頭を下げた。
同時にシャムドさんの声がする。
「キャロルも目が覚めたようだ。間も無くカーラと降りてくる」
「はい」
返事と共に姿勢を正し部屋を出るフラルさんの入れ替わりに、シャムドさんの姿が現れる。
シャムドさんが先ほどと同じソファーに座ろうとした時、
シャムドさんの顔色が良くないことに気づいた。
「大丈夫…… ですか?」
「いや、二人とも問題はない」
低い声で言葉を返すシャムドさんに続けて話しかける。
「顔色が良くないようなので……」
私の言葉にシャムドさんはゆっくりとした笑みを返した。
「私は大丈夫だ。それより君も食事をとったら休みなさい。まだ一晩をこえただけだ。今後のことを考えなければならない」
「はい」
そう、まだ何も解決していない。
新たにバンシーとは別の脅威が現れたことをシェランさんにも伝えなければならない。
そう思い悩んでいるとカーラさんが姿を現す。
そして傍には目を擦っているキャロルちゃんの姿もあった。
朝日を浴びたキャロルちゃんの髪はをキラキワと光を帯び、まるで光の妖精のようだ。
ウチのキノコと全然違う……
そう思うと、また急に鼻がむず痒くなった。
「ビエックッション!!」
精霊さんの胞子だ。
私のクシャミに驚きキャロルちゃんはカーラさんのスカートに隠れてしまう。
「あらあら、明け方に冷えたのかしら」
カーラさんの笑顔の気づかいが、どことなく心苦しい。
精霊さま無垢な少女の言葉に反応しないで下さい。
「いえ大丈夫です。ちょっと鼻先がむず痒くなっただけです」
「そう…… 、主人から聞いたのですけど、あなたの見立てでは昨夜のアレはインプだと言うのですか?」
声は落ち着いているが神妙な顔つきでカーさんは私に尋ねた。
私はしばらく息を止め、精霊さんの胞子が無くなるのを待つ。
そしてカーラさんに向かい口を開いた。
「はい(ハァ)、私の村の伝承と一致しています(ハァ)」
私の答えに、より心配な表情をカーラさんは浮かべた。
「まぁ、あなたも怖かったのね。こんなに息を荒げて…… 可哀想に…… 」
いえ、精霊さまの胞子を吸い込みたくなくて息を止めていただけです。
ごめんなさい……
「あなたみたいなお嬢さんに頼らなくちゃいけない自分に歯痒く思います」
そう言ってこともあろうにカーラさんは私に向かい頭を下げた。
「いえ! 私は何も!」(痛っ!)
フラルさんだけでなく、カーラさんにまで頭を下げられるとは思いもよらなかった。
そして驚いたタイミングでまた頬を噛んでしまう。
「いいえ、あなたのその表情を見ればどんなに恐い思いをしたかわかります。呼吸も乱れているわ」
私は心の内に叫ぶ。
(いいえ! これは息を止めていたからです。このキノコのせいなんです。だからやめて下さい)
いたたまれない、とてつもなく立つ瀬がない気分にかられる。
それどころか罪悪感のようなものも感じ始めた。
「こんな涙を浮かべて……」
(いえ、違います。ほっぺた噛んで痛かったからです)
言うにいえない言葉を内に秘めていると、横からシャムドさんの一撃が入る。
「私からも礼を言おう」
違うと言いたい。
誤解を解きたい。
何か言わなくちゃと思うけど、言うべき言葉が思い浮かべることが出来ずに、アウアウと口だけが音を発さず動く。
そうしているとシャムドさんは続けてこう言った。
「すまぬが、今夜も頼もうと思う」
その言葉を聞いた時、時間が止まったように感じる。
その中で自分の口の動きが止まったことを自覚したとき、発するべき言葉が頭に浮かんだ。
「はい……」
まだモチベーションは下がったままどす。