2章 第十四話 伝達
階段の方とソファーに横たわる2人、視線を一瞬だけ、それぞれに向けたあとダレフさんに向き直る。
そして声を潜めて話しかけた。
「今回の件、気を付けるべき点があります」
ダレフさんはバンシーが出た事以外は詳しい事を何も知らない筈だ。
「気を付ける点じゃと?」
私が声を潜めている事に気付いた様子も無く、ダレフさんはごく普通に言葉を投げてくる。
そんなダレフさんに、私はこれまでに起こった事をつぶさに伝えようとした。
「はい、バンシー出る前に私は黒い影のようなものを見ました。そしてその影に対して、ここに住むセレンさんという女主人の方が『あなた』と言ったのです」
「そりゃまた、変な話しじゃのぅ。そのセレンという人の本当の旦那さんはどうしたんじゃ? ここにはおらんのか?」
私は口に指を当て「しぃ〜」とジェスチャーを送ると、その事についての説明をした。
「ここの主人は騎士で先程の老貴族シャムドさんの息子さんなのですが、おそらく殉職されています。そのような手紙も届いているようなので……」
「そりゃお気の毒じゃが、気を付けなければならないとはどう言う事じゃ?」
私はダレフさんの言葉に対して家の一点を指差す。
その指先が示すものは、薄暗い中に飾られた甲冑の姿だった。
「あの甲冑がどうか……!?」
言葉を止め、眼を開き、驚愕の表情を浮かべる。
どうやら気づいてもらえたようだ。
「断定は出来ません。ですが、ほぼ間違い無いでしょう」
「あ……ああ、わかった」
それから、私はここで起こった全ての事をダレフさんに伝えた。
そして一通りの事を言い終わった後にこう言った。
「ダレフさんは戻って皆に伝えて下さい」
多分これが正しいんだと思う。
「精霊使い殿は戻らぬのか?」
出来れば戻りたいものだけど、そうはいかないだろう。
それにさっき覚悟したはずだ。
「約束がありますし」
シェランさんとの約束を守れば彼女も何らかの手助けをしてくれるだろう。
「ふむ、わしも一緒に残っても良いが……」
ダレフさんからの申し出を有り難く思う。
だけれどもカーラさんの事もあるし、隠し事を嫌うとされるドワーフのダレフさんは、鎧の件を隠したままでここにいるのは居心地が悪いだろう。
「いえ、大丈夫です。それよりあのお守りは大事なものではなかったのですか?」
ふと、気になっていた事を聞いてみる。
あんな素晴らしい装飾の施されたものはそう無い。
「いや…… 、たいした物では無い」
言葉少なげで普段らしからぬ態度のダレフさんの様子から、やっぱり大事なものだろう。
「誰かからの贈りものとかでは……」
「良いのじゃ! 最後に返してくれれば良い!」
気になることを問いかけただけのつもりだったが、出過ぎたことを聞いてしまったみたいだ。
ダレフさんはちょっと気を悪くしたように感じる。
謝ろうかと思ったその時、階段の方から声がした。
「どうされた?」
声の主はもちろんシャムドさんだった。
「申し訳ございません。見送るところだったもので……」
私が頭を下げている間にシャムドさんはダレフさんの方に近づき、そしてダレフさんに対して言葉をかける。
「もうだいぶ夜もふけた、このまま朝までいても構わぬが」
私がシャムドさんの申し出を断ろうとした時、ダレフさんが素早く声を出す。
「いや、わしがここにおっても何の力にもなれぬよ。それよりメテル殿の言うとうりに仲間に話して対策を立てた方が良いじゃろう。わしは戻らせてもらう」
そう言うとダレフさんは一礼して玄関の方向へ歩いて行く。
それをシャムドさんは無言で見送っている。
私は申し訳なさげにシャムドさんの横を通り過ぎて、ダレフさんを玄関まで見送る事にした。
外は先ほどのイヤな感じの風は無く、ガーデニングテーブルの上に置かれた退魔の小瓶から真っ直ぐに細い煙が立ち昇っていた。
玄関から出たダレフさんの足が止まる。
「誰じゃ?」
突然のダレフさんの声に慌てて周囲を見渡す。
バンシーかあの黒い影が現れたのだろうか?
湧き立つ恐怖心と共に四方の暗がりに視線を飛ばす、その最中で恐怖心は聞きなれた声が吹き飛ばした。
「俺だよダレフの父っつあん」
垣根の影から現れたのはリュトだった。
「リュト!」
その姿を見て思わず声が飛ぶ。
「誰が父っつあんか!」
リュトの物言いにダレフさんが腹を立ててしまったようだ。
だがリュトに悪びれた様子は無い。
「悪かったよ。でも宿でしきりにメテルを心配する姿は子供を心配する父親の様だったぜ、酒も飲まずに『渡すものがある』っていきなり出て行くしよ〜。で、その後、出たんだろ? 声が聞こえたもんな」
ダレフさんは髭を逆立て「何を言っとるか」と小さく文句を言っている。
照れているのだろう、それには触れずにしておこう。
私はとにかくリュトの質問に報告も兼ねて返事をしようと思う。
「あ、うん…… それで……」
だがすぐ私の声はリュトの声にかき消されてしまった。
「だろ? 俺、飲んでたスープを少し吹きこぼしたんだ。ビックリするっつーの!」
リュトの言いように思わず笑ってしまう。
ごく普通に当たり前の様に話すリュト。
バンシーに対して恐怖心は無いのだろうか?
「もう消えてるみたいだな。嫌な雰囲気もしないし」
リュトの言葉に安堵しつつも、あまり長話は出来ないと、私はこれからの事を手短に伝える。
「リュト、ありがとう。それでね、詳しい話はダレフさんから聞いて欲しいのだけど、別の問題も出ているの。それでシェランさん含めて皆で話して欲しい」
バンシーだけでは無く黒い影が現れた事、魔除けの香からバンシーが現れた事、シャムドさんの奥さんであるカーラさんが少なからず私たちに不審の思いがある事など、思いつくことはダレフさんに伝えている。
リュトは私の早口な報告と態度に疑問を感じたのか「なぜこんなに焦っているのか?」といった表情を浮かべていたが、屋敷の方をチラッと見てそれだけで理解してくれたみたいだった。
「ああ、わかった。そうだな、俺らはまだここに馴染んでいる訳でもない。貴族の家の周りをこんな時間にうろつくのは不味いもんな。この家の人でなくとも不審に思うかも知れない。メテルが無事ならいいさ、すぐ戻るよ」
さすがリュト、貴族との距離の取り方も心得た上で、私の意図を汲んでくれる。
私は最初、冒険者なんてガサツで野暮な印象ということ以上に、他人の気持ちを汲み上げる事は出来ない人種だと思っていた。
だけどリュトやシェランさんに会ってその考えは切り捨てた。
シェランさんがリュトをここまで引き上げたんだろうか?
シェランさんはあれで高い教養の持ち主に思える。
この村に着く直前の事といい、厳しいところもあるけど、シェランさんは人を育てるのがうまい感じがする。
もしかすると相談役とか教職者に向いているかも知れない。
そんな事を思っていた私にリュトは言う。
「明日も来るけどよ。姐御は酔い潰れているから、昼ぐらいになるぜ」
前言撤回、やっぱり反面教師にすべき人だ。
明日になったら空になった退魔の小瓶を投げつけてやろう……
「ではの」
ダレフさんの声を合図に2人は戻って行く。
私は最後まで見送りたかったけど、急ぎ館に戻り鍵をかけると居間の方へと向かった。
「シャムドさま。見送った後、鍵をかけました」
「わかった」
シャムドさんは短く答えると、目を閉じて大きく深呼吸した。
そして、ほどなくして目を開けて静かに口を開く。
その目は蝋燭の灯火を見つめたままだ。
「そなたは先ほどの黒い影が何であるか分かるか」
シャムドさんはバンシーでは無く、その先に現れていた黒い影の事を聞いてきた。
わからない、それが本当の答えだ。
だけど、その答えを言ったところで何も変わらない。
今はどうすればこの状況が良い方に動くのか、どうすれば理解できるようになるのか、それを探ることが求めるべき事なんだと思う。
けど…… 、それもどう探ればいいのか……
私は何気なくシャムドさんを見る。
高齢であるにもかかわらず、背筋を伸ばしたその姿はさすが貴族の人だ。
だがやはり疲れた印象を受けてしまう。
どんなに気丈な人でも、未知なるもの前に無力感を持てばそうなるのが普通だろう。
その時になぜかお爺さんの姿が思い浮かんだ。
お爺さんは静かに言ったんだ。
(わしの…… 爺の国では『良い知らせは寝て待つべし』という言葉がある。じゃが、物事は動いてなんぼよ。いく道で大きな壁に当たり、その向こう側に行こうにも行けない時にどうすれば良い? 寝ていても何も変わらんよ。動くんじゃよ、壁に沿って横に進めば門に出るかもしれん。弱い壁なら壊すことも出来よう。石や木を積み上げて乗り越えていける事も十分あり得る。つまりは、物事を色んな角度から見ることじゃ、荒唐無稽な話が真実に繋がる時もある……)
そう言って囲炉裏の横で藁を編んでいたお爺さんの横顔と蝋燭の火に照らされたシャムドさん横顔と重なった。
まったく似ていないのに……
お爺さんが言っていた時は何を言っているのかよく分からなかったけど、今は何となく分かる。
あの黒い影が何であるのかは分からない。
けど似たようなものはオババから聞いた事があった。
見当違いな事を言うことになるかも知れないけど、私はそれを伝える事にした。
「私の村に小さな伝承があります」
相変わらず話をテンポ良く進めるのが苦手です。
大まかなストーリーは出来てる(つもりだ)けど、うーむ……