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2章 第十三話 お爺さんの口癖

 小さな寝息をたてて眠るキャロルちゃんと、それを見守るカーラさん。

 私は音を立てない様に静かに会釈すると部屋から立ち去ろうと扉の方に向かった。


 部屋から出て扉を閉めようとしたとき、もう一度だけ中を覗くとカーラさんはまったく変わらずにキャロルちゃんを見守っていた。


 私はそれを見て、そっと扉を閉める。


「……」


 閉じた扉の前で思い悩む、私はどうすれば良いのだろうかと……

 その時に階段から人が登ってくる気配がして振り向くと、階段からシャムドさんの姿が現れた。

 背筋を伸ばし老齢を感じさせないその姿は、最初に会った時とはまったく印象が異なるように感じる。


 剣を携えたその姿に、どことなく緊張感を受けてしまう。

 それはもしかしたらカーラさんの話の後だから、なおさらそう思ってしまっているかも知れない。

 いや、それを抜きに考えたとしても今のシャムドさんは間違いなく貴族だと、そう思えるだろう。


 お昼のシェランさんとの会話の時、私は楽観視しているつもりはなかったけど、シェランさんは私の不用心な態度を感じ取ったんだと思う。

 その様に思ってしまうと、いままでシャムドさんに対して私は何かしらの失礼な態度をとっていたのでは無いかと思ってしまう。

 その気持ちが膨らんで気が気でない。

 だけど、とりあえずは報告だろう。


「シャムドさま、奥さまとキャロルお嬢さまはご無事です」


 声を出す中で、私は自分が緊張している事を自覚する。


 私は次に、カーラさんはキャロルちゃんの部屋で見守り、その為に睡魔の香は使わない事を告げた。


「カーラさまはお起きになってお嬢さまを寝ずに見守るおつもりです。ですので睡魔の香は使わずにしております」


 報告の中でシャムドさんも先程のカーラさんみたいに、もしかしたら私たちに対して不信感を抱いているかも知れないと思うと恐れを抱かずに居られなかった。


「家内が起きているならば私も少し話してみよう。頼みたい事がある。きみはここで少し待っていなさい」


 シャムドさんは軽く頷きそう言うと、一つの部屋に入っていった。

 待つ間、私はどうしようか、何を言えばいいのかと考えあぐねいていたけど、結局、何の考えも言葉も浮かばなかった。

 あまり時間を置かず、扉が開いてしまう。

 部屋から出てきたシャムドさんの手には毛布があった。


「きみにはこれを下まで運んでもらいたい」


 そう言ってシャムドさんは毛布を私に差し出す。

 セレンさんとフラルさんの為のものだろう。


「はい」


 返事をして毛布を両手で受け取ると、シャムドさんはキャロルちゃんの部屋へと身体を向ける。


「あっ、あの」


 私の声にシャムドさんの歩みが止まる。


「ダレフさんの事も申し訳ありませんでした」


 言葉と共に頭を下げる私は少し震えていた。

 何を言えばいいのかもハッキリ分かっていないのを、口が開いた時に気付いたぐらいに感じたからだ。

 ただ、カーラさんの言葉がずっと残っていて、ダレフさんの事を放っておいてはいけないと思ったからだ。

 

「家内に何か言われたようだね」


 シャムドさんの声は低く感じる。


「家内の言葉に何かを感じいれることが出来たのならば、今は何も言うまい。夜はまだ長いのだ。さぁ、それを持って行きなさい」


 だけど、どこか柔らかくも感じた。

 そのように感じるシャムドさんの言葉に、どこか安堵する自分がいる。

 この感覚はどこか懐かしいと感じる。

 ああそうだ。

 私が昔、悪いことしてお爺さんから叱られた後で、お爺さんからなぜ叱られたのかを諭された時の感覚に似ているんだ。

 厳しさの中に優しさを含まていると感じる。

 そのとき、私はお爺さんを思い浮かべていた。


(お爺さんならこんな時、どう言っただろう)


 そう思うと、お爺さんの口癖を思い出した。

 お爺さんはよく囲炉裏の前で、独り言のように小さな笑みを浮かべて話していた。


 私はその火に照らされた横顔を鮮明に思い出す。


(礼じゃよ、人や物事には感謝せねばならん。何故か? それはのぅ、人はひとりでは生きてはいけないからじゃよ。『ありがとう』と言う気持ちが大事なんじゃ。生きていく上で自分に関わる物事の大部分が『頂き物』じゃよ。それには感謝せねばならん)


 そう言って囲炉裏の火を見つめていたお爺さん。

 いまは何となくお爺さんが言った事が分かるような気がする。

 すると私の口から自然に声が出た。

 

「ありがとうございます」


 この時に私はたぶん初めて、シャムドさんの眼を見て話すことが出来ただろう。

 私が返事をするとシャムドさんは優しい眼差しを返し小さく頷いた。

 それが印象的だった。

 

 その後シャムドさんはカーラさんとキャロルちゃんのいる部屋の方に身体を向けていき。

 私は逆の階段の方へと向けてその場を離れた。


 階段を降りる中で自分の浅はかさと、貴族というものを同時に知ったように感じる。

 シャムドさんは立派な人だ。

 カーラさんも……

 トロンで知ったあの貴族とは全然違う、比べるのがおかしい。


 そんな思いの中、階段を降りて居間へ向かうと扉にダレフさんが立ってこちらを見ているのに気づいた。


「精霊使い殿……」


 ダレフさんの呼びかけになるべく笑顔で応えようとしたけど、それはうまくいかなかっただろう。


「ダレフさん…… ありがとうございました」


 言葉少なくお礼を言う。

 最初はバンシーとは関わりたくないと言い、行動を別にしていたダレフさんだったけど、私の安否を気にしてくれたのだ。

 その事を含めて感謝は送るべきだろう。


「いや、それより」


 ダレフさんの視線の先にはソファーに横たわるセレンさんとフラルさんの姿があった。

 私はうなずくと静かに近づき、毛布を掛ける。

 2人には申し訳ない気持ちになる、そして自分の無力感に打ちのめさる。

 実際に今なお手立てが何も思いつかない。


「今さら引き返す事も出来まいが、死者や亡霊、実体を持たぬ精霊などを相手にするのはかなりの分の悪い賭けじゃよ。死んだ者を殺す事などは出来ぬからの。わしらは生きておるんじゃ」


 それは…… そうだろう。

 人とは違い長い時間を生きるドワーフであるダレフさんの言葉は、なおさら正しいのだろうと思う。


 だけど、私を『精霊使い』と呼ぶのはダレフさん、あなたじゃないですか。

 

 そう思ったとき私は私自身に暗示にかける事を決めた。

 精霊という実態を持たぬものを身近に置き、その不思議な力を借りる事の出来る私が、精霊使いである私こそがこの問題を解決できるんだ。

 そう思い込む事にした。


 何より、私は魔女になるために旅に出たんだ。

 魔女は生ける者もそうでない者も、あらゆる物事、事象に目を向ける。

 この世を形造る森羅万象の理を解き明かす為の存在が魔女なんだ。

 少なくとも私は村で、オババからそう教えられたんだ。

 その魔女になるために私は村を出たんだ。


 自信など……ない。

 分からない事ばかりだ。

 だけど、分からないからと、それを理由に逃げていたら。

 私の旅は進むことも戻ることさえ出来なくなるだろう。

 何となくそう感じる。

 そしてそれは恐らく正しいだろう。


「分かってます。でも、私は大丈夫です。思い出しました」


「思い出したって何を……」


 ダレフさんは私に顔を向ける途中で自ら発した言葉を飲み込んだ。

 そして、それまでの気難しい顔から、いかにもドワーフといった陽気な顔を浮かべる。


「精霊使い殿、失礼しましたな。わしの心配性が出てしもうたようで」


 ダレフさんは私の顔を見て安堵したようだ。

 その時の私はどんな顔をしていたのか分かってはいない。

 けど、この時に心の内に聞こえた精霊さんの私への言葉。


(ヨシ!)


 それが聞こえた時はたぶん、一番の笑顔だったと思う。

 だって自然に嬉しさが込み上げてきたから。

 だからこの気持ちを、私はお返ししたんだ。


  「ありがとう 」と……

こんなストーリーにしようかなと言うのはあるけど、物語が破綻するかチープになりすぎるような感じがしてしまう。

小説家って凄いよね。

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