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2章 五話 2通の手紙

「朝メシの準備しておく。メテルは姐御を起こしてきてくれ。もう大丈夫と思う」


 何が大丈夫なんだろう? と思いつつ返事を返す。

 

「はぁ〜い」


 “ダレフのオッサンは食べるかな”などと言いながら紙袋からパンや野菜を取り出していくリュトを尻目に、私はシェランさんのいる部屋へ向かった。


 扉を開けて中を覗き込む。

 その時、私は目を疑うような光景を目にする。


 午前中の淡い日が差し込む窓辺で、シェランさんが祈りを捧げていた。

 両手を組み、目を閉じ、両足の膝を床にひざまずいている。

 

 差し込む光りに当てられた細かな塵さえ、彼女の周りでキラキラときらめき。

 まるで神さまから祝福を受けているようにさえ感じる。


「綺麗………」


 私はその光景に見惚れ、つい口から言葉が漏れてしまう。

 私の呟きに気づき、シェランさんが私の方に顔を向けた。


「ああ、嬢ちゃんか。どうした?」


 それに対し私は慌ててしまう。


「あ、あの、朝ごはん………」


「ああ、そうだな。いただこう」


 先程の光景のせいだろうか、シェランさんに対し自分でも緊張しているのがわかる。

 そんな時、何を思ったのかシェランさんは私に近づき、耳元でとんでもない事を言った。


「お嬢ちゃ〜ん。今朝は早くからリュトと2人っきりでお手〃繋いでどこ行ってたのかなぁ〜?」


「なっ! 手なんて繋いでません!」


「へ〜、ふ〜ん、やっぱり2人っきりだったんだ」


 へ、変な勘ぐりはやめてほしい。

 

「あうっ! べ、別に変なことなんてしてませんから!」


「変なことって何? 何かなぁ〜?」


「………」


 もう! どうしてこんなこと言うかな、この人は!

 気恥ずかしさから顔が赤くなっていく。


「あれれ〜。顔が赤いなぁ〜」


「赤くなってません!」


 私は声を張り上げる。

 まるでシェランさん、酒飲みのおじさんのようだ。

 いや、おじさんなのだろう。

 さっき綺麗と思ったのは私の気の迷いだ。

 言葉を返せ……… このヤロー

 

 そんな時にリュトが部屋の入り口に現れた。


「メテル、姐御は起きたか?」


 私の名を呼んだとき、ドキリとした間が悪い………

 そこにシェランさんはリュトに声をかける。

 

「リュト〜、お嬢ちゃんとお散歩楽しかったかい?」


 リュトはチラリと私の方に目を向ける。

 それに対し私は思わず視線を落とし、視線を避けた。

 はっきり言って気恥ずかしい。


「楽しかったぞ。犬の散歩みたいで」


 ガンと頭に響くリュトの声………

  い、犬!? 私、犬!?


「そ〜か、そ〜か、そら結構。カカッ!」


「手ぇ洗えよ、姐御」


 カラカラと笑いながら、酒場の方へ向かうシェランさんの背に向かって声をかけるリュト。

 さっきのリュトの言葉が頭を離れない。

 自分でもボーゼンとしてしまうのが分かる。

 そんな私にリュトは声をかけた。


「姐御の言葉にいちいち反応したら疲れるぜ?」


 う!? それはわかるけど……… 犬は酷いと思う。

 そう思った時、リュトの腕が伸びて私の頭にポンと乗る。


「まぁ、気にせず飯にしようぜ。な!」


 そうやってニッと笑うリュト。


「うん………」


 その笑顔を見ながら、私はどこかリュトの事をズルいと思った。


「うん? どうした、メテル?」


「別に!」

 

 そう言ってそっぽを向く私の態度に戸惑うリュト。


「???」


 どうやらリュトはわかってないらしい。

 ふーんだ。

 その時、酒場に向かう廊下の壁から覗き込む、シェランさんの顔があることに気づく。

 手を口に当て声を殺すように笑うその小悪魔の表情に、まるで心を覗かれているように感じた私は赤面する。


「はっ、早く食べましょ!」


「おっ、おう!?」


  私はうつむきながらリュトの背を酒場の方へと押しやった。



ーー数刻後。


 食事を終えて私たちはいま丘の上の家に向かっている。

 今朝からダレフさんの姿は見えない。

 よっぽどバンシーが嫌いなのだろう、私たちは合流を諦め3人と1匹で向かっている。


「宿屋の主人の話とほぼ同じなんだが、養子を取った理由は2人の間に子供が出来なかったらしい」


「ふーん。それで? 子供は喋れないのだろう? 虐げられていたのかい?」


「いや、それは無いみたいなんだが、それと………」


「それと?」


「そのキャロルって子は孤児院の出かどうかは分からなかった」


「そうか」


 そう言ってシェランさんはため息を吐く。


「孤児院の出であるか無いかで何か問題でも?」


 何か問題があるのだろうか?

 私はシェランさんにたずねた。


「ああ、まあね」


 空を見上げながら答えるシェランさんはどこか気だるけで覇気がない。

 そこにリュトがこたえる。


「メテル。孤児院の多くは劣悪な環境の場合が多い。そこでの扱い次第で声が出なくなる子供もいるんだ」


 聞いたことは……… ある。

 孤児院の多くはわずかな寄附と自活でギリギリの生活を送っていると………

 それがどんなものであるか想像は出来ないけど。


「でも、そのキャロルって子は………」


 孤児院にいたかどうかは分からない。

 それならと思った矢先にリュトの口が開く。


「うん、だから喋れないのが生まれつきなのかどうか分からないって事だ。ただ………」


「ただ?」


「口が聞けないような子供を養子として向かい入れる事はほとんど無い。特別な事情でも無い限りな」


 そこで、それまで黙っていたシェランさんが口を開いた。


「相手は騎士だ。少なくとも位は貴族以上だからな。その特別な事情というものが有るのか無いのかさえ分からないうちに不用意な発言をすれば、いらぬ問題を誘発させる。だからお嬢ちゃんも………」


「?」


 急に黙りこむシェランさんに顔を向ける。

 シェランさんはジッと前を向いていた。

 私はシェランさんの視線を追う。


 その視線の先には私たちの向かっている場所である、あの家とその家の門の前に一台の馬車があった。

 豪華絢爛というわけでは無いが、貴族の乗るものだ。

 その馬車から人がいま降りようとしている。

 そして、その人を私たちは知っていた。

 肩に乗っていた精霊さんは、ピョンと頭に飛び乗り髪留めに変わる。

 あれは………

 

「奇遇ですね。まさかこんな形で会いますとは」


 シェランさんが声をかける老夫婦、それは運んだ荷物の持ち主だった。

 ココ村で会った時はどこか身綺麗に感じてたけど合点が入った、このお爺さんとお婆さん貴族だったんだ。


「ホッ、バッカス(酒の神)の眷属がもうおいでとは驚いた。トロンの風は速いと見える」


「これは手厳しい、それに今回はスレイプニル(馬の神獣)の力添えがありましたから」


 スレイプニル? 確か馬の神獣の名だけど………

 そこにリュトが耳打ちする様に言ってきた。


「貴族独特の言い回しだよ。ポルコ(ロバ)の事さ」


 ああ、なるほど。

 そこでクスリと笑いが込み上げそうになった時、代わりにお爺さん紳士の笑い声が上がった。


「ホッホッホッ! 面白い御仁じゃて」


「しかし本当に驚きました。私たちが運んだものが空高く舞う者でしたとは」


「なに、田舎貴族の末端よ。家督も譲った故にいまはただの爺いじゃて、飛ぶことはもうあるまい。這う者の言葉でも一向に構わぬよ」


「配慮に感謝いたします。慈愛の御心をもつお方で助かります。差し支えなければ恩名をお聞かせ願いたい」


「我が名にさほど力は残っておらんよ。だが聞かれれば答えねばなるまい。シャムド・エルラ・ファムルこれがわしの名だ。家内はカラン・エルラ・ファルム」


 従者の手を取りながら、馬車からゆっくりと降りてくる婦人はシェランさんに微笑みを浮かべ会釈する。


「カーラとお呼びください」


「はじめましてカーラさま。ファルムと言えば綿とお茶の産地でしたね。あそこのお茶は香りが良いです」


「ホホッ、嬉しいことを言うてくれますね」


 その様子を見て呆気に取られてしまう。

 シェランさんが、あのシェランさんが貴族を相手に会話が成立している。


「凄いだろ」


 横にいるリュトの言葉に、顔を向けることなくその場で無言でコクンと頷いてしまう。


 お酒を飲んでいるときの………

 イビキをかいているときの………

 いや、根本的に普段のシェランさんの行いから目の前の光景が結びつかない。

 普段、さんざん貴族の悪態をついているし………


「ねぇ、リュト。私……… 夢を見ているのかなぁ」


「気持ちはわかるけど現実だ」


 そんなやり取りをしているさなか、私はカーラ夫人の表情に気がついた。

 つい先程は笑顔を浮かべていたのに、いまは暗く思い詰めるように落ち込んだ様子を見せている。

 

「して、ここに会うはただの偶然かな?」


「いえ、しかし言葉を続けるとなると休息が必要かと」


 シェランさんもカーラ夫人の様子に気が付いていたのだろう、シャムドさんに休憩を持ちかける。


「では私がこの家に招待しよう」


 シャムドさんはそう言うと、例の家の門に手をかざす。

 すると門がほのかな光りを一瞬だけ放ち、門を支える支柱に取り付けられている大きなベルがカランと鳴った。

 そして、それと同時に門がゆっくりと開いていく。

 解錠の魔法の一種だろう、門を開く魔法って初めて見た。


 そして門が開ききったとき、家の敷地内から声が聞こえる。

 声は2人で、いずれも女性のものだ。


「困ります、奥さま。ここは私が」


「いいから、いいから」


 その声のする方向の家の壁裏から人影が現れた。

 凄い綺麗な人だ。

 髪は腰まであり。

 陽の光に当てられた黄金の髪がキラキラと輝く。

 そして………


「まあ、お客さまはお義父さまでしたか。ごきげんよう」


 柔らかな笑みをたたえるその女性は、どこか物語に出てくるような神秘的な雰囲気をまとっていた。


「大旦那さま!」


 そしてもう1人は従者(メイド)のようだ。

 赤茶の髪をまとめ上げ、アバタ顔のいかにも村娘といった雰囲気を持つ、リュトよりかちょっと歳上ぐらいの女性(ひと)だ。

 シャムドさんの存在に気づくと彼女は慌てて深々と頭を下げる。


「おおセレン、久しぶりだな」


「はい、あら? 他にもお客さまが?」


「ああ、わしらの荷物を運んでくれた旅の冒険者たちだ」


 そう言ってシャムドさんは手を私たちの方へとかざした。

 それを合図にシェランさんが口を開く。


「私の名はシェラン、あとの2人はリュトとメテルと言います。トロンの街の冒険者です。あと1人いるのですが、朝から不在でして一応名前だけでもお教えしておきます。ドワーフのダレフという者です」


「あらあら、私はセレン。そして従者(メイド)のフラル」


 セレンさんの紹介と同時に私たちに頭を下げるフラルさん。

 だけどなんか不安げでオドオドしているように感じる。


「そして………」


 セレンさんはそう言うと辺りを見渡したあと、一つの方向へ手を差した。

 その方向にはフリルのドレスを着た小さな女の子が家の扉の影からこちらを覗き込んでいた。

 だけど私たちが顔を向けるとたちまち扉の奥へ引っ込んでいった。


「あれが娘のキャロル。ごめんなさい。娘は人見知りが激しくて………」


「いえ、可愛らしいお嬢さんですね」


「ウフフ、ありがとう。でもね、あの子喋れないの」


 セレンさんがそう言ったとき………

 明らかにその場の空気が変わった。

 

「セレン、お客さまにお茶の席を用意しなさい。フラルも一緒になさい」


 低く重い声が響き渡る。

 

「はい、お義父さま」


「は、はい」


 セレンさんは変わらぬ笑顔で、フラルさんはやはり酷く怯えた様子で返事をすると、家の中へと消えていった。

 そして私たちは庭のテラスにへと案内される。

 

「お前は席を外しても良いのだぞ」


 シャムドさんは奥さんに声をかけたが、カーラ夫人は悲しげな表情のままゆっくりと数回、首を横に振った。

 それを見たシャムドさんは、一度目を(つむ)り大きく深呼吸をするとシェランさんに向き合う。

 

 そしてシャムドさんは懐から2通の封の空いた手紙を取れ出し、ティーテーブルの上に静かに置いた。

 1つは赤い縁取りをした、いかにも貴族といった感じの立派なものだ。

 その手紙を見たとき、何故かシェランさんが少し動揺したように感じた。

 そして、それを前にシャムドさんの口が開く。


「これがわしらがこの村にきた理由になる」


ちょっとスランプ気味………というか、話がつながっていくかが心配。


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― 新着の感想 ―
[一言] シェランさんって、実はお貴族様だったのかな? 何か訳アリ? そして、今回のことと関連しているのかな? 続きが気になります。
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