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2章 第四話 ニコ村の宿屋

 ご主人との話が済み、私たちは食事を続けているけど正直に言えば味を感じない。

 宿屋の中にあるこの酒場は、私たちだけの貸し切りようになっている。

 それもどうやらバンシーが原因であるらしく、以前は門兵さんらが毎日のように仕事帰りに寄っていたみたいだ。

 バンシーが現れたのが3日ほど前で、一昨日からパッタリと客足が途絶えたそうだ。


「メテル、冷めるぜ?」


「うん……… ごめんなさい」


 リュトに言われそこで気づく。

 スープをよそおった木のお皿に匙を入れたまま考え込んでしまっていた。

 あの家に住む人のことが、どうしても気になってしまう。

 それはリュトも同じなようで食事を口に運ぶ回数がいつもより極端に少ない。

 リュトがつぶやくように口を開く。


「姐御、バンシーの叫びから死を逃れられた者っているのか?」


 シェランさんのジョッキを傾ける手が止まる、だけどすぐに口をつけるとゴクゴクとエールを流し込み、それを飲み干すとジョッキをタンッとテーブルに置いた。

 同時に口を開く。


「いるにはいるらしい。だよな、嬢ちゃん」


 い、いきなり話を振るんですかシェランさん。

 もう………

 

「はい。バンシーが現れても誰も死なずに済んだ事例はあります………」


 私の言葉にリュトの顔にほころびが見える。

 だけど、ごめんリュト………


「ですが、どんな状況でどんな条件であったのかなど、具体的な解決法などは知られていません。私も村の長老から“その時の状況次第だ”とだけ教わりました」


「それじゃあ、何も分からないのと同じじゃん」


 見るからにガッカリした表情のリュト。

 うん……… そうだよね。

 だけどそれ以上に、“バンシー”には極力関わるなって言われているんだ。

 その理由もわからないけど。


「悲しみを背負える者」


「えっ?」


 突然ダレフさんが呟く。


「昔、ロイと旅をしておるときに“バンシー”の話をしたことがあってな。ロイが言いおったわい、“バンシーの悲しみ、嘆きを背負える者”が救いをもたらすと、あやつも人伝てに聞いただけじゃったようだが、そんな事を言うておったわい。じゃが、それがどう言う意味か、何を言っとるかは分からん」


 バンシーの悲しみ………

 死にゆく人を嘆き悲しむバンシーの悲しみを背負うって言っても、どうすれば………


「いずれにせよ。明日、あの屋敷に行って中を覗くよ。少しはどういう状況かわかるだろう」


 そう言うと、シェランさんはジョッキを傾ける。

 気は重いけど、いまさらバンシーを見ていないことには出来ない。

 シェランさんの言う通り、対策を取ろうにもまずはあの屋敷に行って中の人に話を聞いてからだ。


「酔えねぇなぁ」


 気の重さはシェランさんも同じのようだ。

 いつもの陽気にお酒を飲むシェランさんじゃない。

 口数少なく静かに食事をしていたリュトがその口を開く。


「姐御、飯食ったら俺はもう休むぜ。メテルもしっかり食べておけ。受けた仕事はまだ終わって無いからな」


「うん………」


 そう……… だね。

 引っ越しの荷物を運ぶ仕事はまだ終わってない。

 明後日の引き渡しまでは、バンシーだけに気を取られ過ぎないようにしなくちゃ。

 そう思いつつ、私は味のあまりしないスープを口に運んだ。



 数刻後………


 私は宿屋のご主人と一緒にシェランさんを担ぐことになった。

 何が「酔えねぇ」ですか! しっかり酔い潰れてるじゃありませんか!

 宿のベットにドサリとシェランさんを置くと、途端に大きなイビキが響き渡る。

 リュトが食事が終わって自分の部屋へ行くときに、ポケットから小さなコルクを2つ取り出して私にくれた理由がわかった。

 耳せんだ………

 

「それじゃあ。ごゆっくり………」


 逃げるように部屋から出て行く宿屋のご主人。

 その気持ちは分かる。

 酔っ払ったシェランさんに同じことを何度も聞かれていたのだ。

 とりあえずバンシーが現れはじめたのが3日前らしいけど“その他に何か変わったことは無いのか”とか“人の出入りはあったのか”などシェランさん(酔っ払い)から散々問い詰められていた。


「ふう………」


 ともあれ、ようやく腰を落ち着かせる事ができそうだ。

 小さな暖炉のそばに水の入った桶がある。

 身体を軽く拭いてから休もう、ドッと疲れが出てきた。

 もう休もう、だけど身体だけ拭こう。


 暖炉の炎に当てられた揺らめく影が衣服を脱ぎ去り。

 部屋に置いてある椅子の背もたれに服が掛ける。


 私は荷物の運搬で疲れた身体を(ぬぐ)う。

 欠伸と共に疲れがドッと出た事を感じる。

 バンシーのことは気になるし、シェランさんのイビキもうるさい。

 だけど、すぐに眠れるだろう。

 そう思いながら、私は手拭いを首すじにあてた。



ーー翌日。


 窓から差し込む陽の光が目をつむったままの私に微笑みかける。

 だけど微笑みを返せそうにない、私はまだ眠かった。

 それでも起きようと、とりあえず目をつむったまま布団を片手ではいで起きようとはする。

 だが……… 即座に布団をかけなおす。


(寒い!)


 心の中で大いに叫ぶ。

 もう冬も間近に迫ってきているから当然といえば当然だけど、寒いものはやっぱり寒い!

 ここで極寒の世界に飛び出せば、風邪をひいてしまうかも知れない。

 お爺さんが言っていた。

 敵を知り己を知れば百戦危うからずと………

 この(寒さ)は凶悪かつ凶暴だ。

 ここは戦略的に布団の中で防衛した方が良いだろう。

 今しばらく“なり”をひそめ、しかるのちに………

 そんな事を考えていたが、戦況が変わってきた。

 どうも先程の寒さによる敵の攻撃で“もよおしてきた”のだ、おのれ卑劣な負けはせぬぞ!

 絶対にこのぬくぬくで温かな布団は死守するのだ。

 だが敵はその温かな布団の僅かな隙をつき、足元などからじわりと攻めて来る。

 布団の中で身をかがめ、必死の抵抗をするも敵は巨大かつ狡猾であった。

 もうそろそろ我慢の限界だ。

 その時、頭の中で声が響いた。


「オキロ オキロ」


 精霊さんだ。

 なんという事だ。

 敵は精霊さんをも味方に付けたようだ。

 いやだ! もうちょっとぬくぬくしていたい!


「う〜ん」


 私は毛布を抱きかかえ、精霊さんがいるであろう方向に背を向ける。

 我ながらに素晴らしい戦術と思う。

 これでもう少しだけこのままで………


 そんな事を考えていたら、背中の首すじのところの毛布が動いている。

 精霊さんだろうか? 大きさもそれくらいに感じる。

 そう思った瞬間、冷たいものが背筋を伝う。


「うきゃぁ〜!?」


 ゾクゾクとした感覚と余りの冷たさにベッドから飛び起きる。

 精霊さんが小さな氷の魔法を使ったんだ。

 見ると精霊さんはテーブルの上で笑い転げている。

 ムカッ! 酷い!

 私は枕を片手で掴み、腕を上げる。

 もう少しで布団が大変な事になるところだったんだ。

 今後のためにも、殴っておいた方が良いだろう。

 そう思いながら、枕を構えてキノコににじり寄っていたら、窓の外からリュトの声が聞こえた。


「メテル〜! 起きてるか〜」


 リュトの声だ。

 私は手に取った枕を投げ捨て、部屋にある上着掛けにあった膝掛けを、肩掛けにして部屋の窓を開ける。

 吐いた息が白くなるほどに寒いけど、天気は良く爽やかな朝だ。

 そして声の主であるリュトはいつもの姿でたたずんでいる。


「おはようリュト。どうしたの」


「おはようメテル。いや、あの家に行く前にこの村の下見をしておこうと思って声を掛けたんだ。どうせ姐御は酔っ払って起きそうにないんだろ?」


 リュトの声で部屋のシェランさんのベッドの方を見る。

 リュトの言う通りシェランさんは未だにイビキをかいて寝ており、とうぶん起きそうにない。

 近くの枕の下敷きになって足をピクピクしている精霊さんもだ。


「うん」


「一緒に行かねえか? そんなに時間は取らないと思う」


「う〜ん」


 考えるフリはするけど、答えはもう決まっている。


「行く。すぐに準備するね」


「慌てなくていいぞ。俺はポルコ(ロバの名前)の世話してるから」


 慌てたくても慌てられない。

 私はなるべく音を立てないように準備する。

 だってシェランさんが起きちゃうかも知れないもん。

 あうっ、寝癖がついてる。

 このままじゃあ流石に恥ずかしい。

 ついた髪を指でとかしながら“精霊さんも早く起こしてくれれば良いのに”と思ってしまう。

 だけどなんとか格好はついた。


「行ってきます………」


 私は囁くように寝ているシェランさんに言うと、そっと部屋から出ていった。



「おまたせ」


 ロバさんの頭を撫でているリュトに向かって声をかける。

 部屋から出た後も手洗いなどして時間がかかってしまった。

 

「ああ、行こうか」


 けど遅れた事に対して、リュトは気にしていないようだ。

 笑って返してくれる。

 あれ? 何かちょっと顔が熱く感じる何でだろ?


「どうした?」


「あっ、いや別に………」


 リュトが気遣ってくる。

 ほんとにどうしたんだろ? 私。


「姐御はあれからも呑んでたんだろ? 悪いな付き合わせて」


 リュトのその言葉で何か自分を少し取り戻したように感じる。


「そうだよ。『酔えない』とか言うくせに酔い潰れるまで呑むんだもん。宿のご主人と一緒になって部屋まで運んだんだから」


 頬を膨らませたようにして言う私に、リュトはククッと声を殺して笑う。


「似てるぜ。姐御にそっくりだ」


「笑いごとじゃ無いんだから」


 ロバのポルコは無関心に飼い葉を食んでいたが、このとき私に同調するかのようにブルルと言いながら首を縦に振った。


「ほら、ポルコもそうだと言ってる」


「ハハッ、悪い! 悪い!」


 そう言いながらリュトはポルコの首すじをポンポンと叩くと、この村の通りに身体を向けて言った。


「下見ついでに朝メシも買ってこよう」


 ここの宿は朝ごはんは別途にお金が掛かり、結構な金額だった。

 まぁ、街のような人が多い所ならまだしも小さな村では朝食を出す宿屋の方が珍しい。


「うん!」


 私は返事をすると小走りにリュトの背中についていった。



 朝はだいぶ寒かったけど、日が昇るとポカポカして気持ちが良い。

 門兵さん以外にも衛兵さんもそれなりにいるみたいで、貴族の別荘地としての村というのもうなずける。

 村の警備などは普通は引退した冒険者がやってたりするもので、その人の素行でだいぶ村の印象が変わったりするけど、この村は安心出来そうだ。

 だけど道行く人の顔はどこか暗く感じる………

 やっぱりバンシーのせいだろう。


 昨日、私たちが通った門の門兵さんや花屋さん、パンを買ったパン屋さんなどに話したところ、やはりバンシーが現れたのは3日前で、それまで以前に現れた事はないみたいだ。

 その日の前後に特別に何かがあった訳では無さそう、ただ定期的に来る手紙の配達員が来たみたいだ。


「宿屋のご主人の話とおんなじね」


「う〜ん。変わった事と言えばオレらがこの村に来た事ぐらいだな〜」


 パンと野菜の入った紙袋を抱えたリュトが頭を抱えていた。


「まあいいや。姐御もそろそろ起きてくるだろう。宿屋に戻ってこれ食ったら(あの家に)行こうぜ」


 不思議な事にリュトが言うと、気が重かった“あの家に行くこと”が苦に感じられなくなる。


「うん」


 風は少し冷たいけど日差しは暖かに感じる。

 紅葉する木々の中で、私はリュトに向かって返事をした。

以前の作品の手直しの編集も含め。

のんびり書かせていただきます。


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