2章 第二話 ニコ村
ニコの村が見えてきた。
この村が今回の依頼(罰則)の目的地になる。
ちなみに依頼を受けた村の名はココ村と言った。
「3日と聞いたが2日半で着いたな。まぁまぁの内容だったな」
リュトの声に同意すると共に、無事に着いたことに安堵する。
この内容というのは、もちろん荷物の運搬のことではあるが、他にも理由がある。
もしこれが冒険者ギルドの依頼としての仕事だったら、どの様に進めて行くかをリュトはシェランさんから「やってみろ」と言われたのだ。
「天気で良かったね」
結果は上々だった。
夜は冷えたが天候は崩れる事はなく、足止めを受ける様なことが無かったことと、何より荷馬車を引いたロバさんが頑張ってくれた。
老夫婦の引っ越しの荷物とあって、量があるという程では無いが、ちゃっかり一人の女性が荷馬車に乗ってたのだ、それはもちろん私では無い。
リュトは適時にロバさんを休ませ、一定のペースで歩んで行き、3日かかると言われた行程を2日半でこなしたのだ。
「ああ、でも夜は冷えたなぁ。出来るだけこれから先は野営を避けた方が良いんじゃないか?」
「んー」
リュトの言う事は確かなんだけど、私の旅の目的地が西の方角にあるとは言うものの、“旅の途中で道が開ける”とか“行けば分かる”とか、何ともいい加減で頼りない伝承の上で行われているところもあり、出来れば先に進みたいところではある。
「リュトの言う通りだ。あんまり寒い中での野営は呑み過ぎちまう」
「よく言うよ姐御。こんな“寒い”依頼を受けるハメになったのは、誰かさんがところかまわず呑んじまうからじゃねーか」
なんか最近、シェランさんに対するリュトの言葉が厳しいと言うか反抗的と言うか、そんな風に感じるけど気のせいだろうか。
けど、リュトの発するどの言葉も納得だったりする。
「おー言ってくれるねぇ。この前までピヨピヨ言ってたのに、口は効くようになったもんだ。いいよダレフさん、アタシに任せな」
(え?)
荷台の上でノホホンとした表情を浮かべるシェランの周りに、道端の小石が浮かび上がる。
そしてそれは凄い速さで後方に飛んでいった。
ストーンバレットの魔法だ。
ギャン!
飛んでいった方向から、獣の声が聞こえた。
藪の中から慌てた獣が飛び出し、瞬く間に逃げていく。
「あちゃー、仕留め損なったか。まぁ、あれの肉は不味いからいいか」
それは魔獣化したキツネだった。
そこまで凶暴という訳ではないが、日が暮れ夜になると、たまにではあるが人を襲う事もある。
それの存在を私たちは……… 気付かなかった。
「ふふん、ギルマスから言われただろ? 最後の最後で気を抜くなって」
シェランさんがそう言ったときの、リュトの顔は見ていられなかった。
視線を落とすと、リュトの腕と足がわずかに震えている。
「まっ、日が暮れる前に村に着いたんだ。ギリギリ合格ってことに………」
「兵に掛け合ってくる」
シェランさんの言葉を遮るように、リュトは言うと、そのまま門の方へと進んでいった。
後姿に悔しさを滲ませながら………
私が声をかけようかどうしようかと悩んでいるときに、シェランさんのニヤニヤした顔が目に入った。
「んー、若いねぇ〜」
「あんな言い方しなくても………」
あんな言い方しなくても良いのに、そう言いかけた時、ダレフさんは私に声をかけて来た。
「あれでいいんじゃよ」
「ダレフさん………」
「リュト殿に足らないものは経験じゃよ。この経験に関しても多少キツい言い方をしたほうが心に刻み込まれ覚えが早い。覚える前に命を落とす者もいるのでな」
「………」
そう……… かもしれないけど。
「冒険者は危険な任務もある、いかなる時も危険予知は念頭に置いておかなければならないのさ。なぁダレフさん」
「うむ、じゃがお主もワシが教えて初めて気付いたようじゃたがのぅ」
「いっ、いや、いや! あれだ、アレ! 気づかないフリってやつだ。下手に警戒するとそれで勘付かれるからな!」
ダレフさんを見ていると、“すぐれた狩人”とか“熟練冒険者”って言葉が浮かんでくるけど、シェランさんを見ていると“世渡り上手”って言葉が浮かぶ、何故なのか………
いや、そんなことよりリュトだ。
気落ちしなきゃ良いけど………
そう思ったのと同時にリュトの大きな声が耳に入ってきた。
「おーい! みんな来てくれ!」
リュトが村の門の所で手を振って叫んでいる。
見ると数人の鎧を着た人たちもいる。
何かあったのだろうか?
だけど、声からするとあまり気落ちはしていないようだ。
良かった。
荷を引くロバさんを含め、私たちは村の門の方へ進んでいった。
「どうしたんだい?」
「いや、それが………」
なんでも、もうすぐに門を閉めるらしい。
普通は太陽が完全に地に潜った時に閉門となるのだが、今はまだ太陽が半分くらい見えている。
どうかしたら暗くなるまで開いているところもあるみたいなのに、この村はずいぶんと早く閉門するんだな。
そう思っていた時に気づいた事がある。
兵士さん達は何か疲れているというか……… 怯えてる?
それはシェランさんも気づいたらしい。
「ずいぶんと物々しいじゃないか。 魔獣でも出るのかい?」
「魔獣だったら対応も出来るんだが……… いや、気にしないでくれ。門を閉めるぞ」
一番年配の兵士さんがそう言うと、たちまち門は閉められる。
「あんた達、村の中でも夜は出歩かない方がいい」
年配の兵士さんはそう言うと、すぐさま詰め所の中に消えていった。
「何なんだ? いったい? なぁ?」
ブルブルブル!
リュトの質問にロバさんが答える。
頭を左右に振っているところから、ロバさんも知らないらしい。
「まっ、ともかくもうすぐ日も暮れる。少し先に酒場があるはずだ」
この荷物の持ち主とは明後日に会う予定だが、その会合の場所をこの村に一軒だけある宿屋にと決めていた。
そして、だいたい村にある一軒の宿屋と言ったら、それは同時に酒場でもあった。
また呑むつもりだろう、本当に呆れる………
もう、慣れてきたけど。
けど私のそんな気持ちなどお構いなしのようで、蔓延の笑みでロバさんの方へ顔を向けた。
「コイツにも飼葉を食わせたいしな」
うん、それにはまったくもって同意する。
一番の功労者はロバさんと言っていい。
一番のお荷物を運んでくれたと言っていいだろう。
「お嬢ちゃん」
「はいぃぃぃ!」
シェランさん、急に話しかけるんでビックリした。
おまけに私を見るシェランさんの目がどことなく座っている。
怖い、目を逸らしとこ………
「変なこと考えてないかい?」
「い!? いえ、いえ!」
ブルル!
ほ、ほら! ロバさんも頭を振ってるし、別に変なことなんか考えてないんだから。
「フーン。まっいいか」
冷や汗と共に心臓がバクバクする。
シェランさんは勘が鋭い時がある、気をつけねば。
「気をつけろよ。メテルは顔に出やすいから」
耳打ちする様にリュトが小声で話しかけてきた。
顔に出やすいって? え? なに?
そんなことまでわかるの?
「(タンジュン)」
精霊さん……… ヒドイ………
「ここじゃな」
ダレフさんの声で前を向く。
宿屋に到着したようだ。
村の宿屋にしては立派な建物でかなり大きい。
それと同時に気づいた事がある。
この村の家を含めた建物はどれも立派で大きい。
だけど家から出ている煙はまばらで、宿屋と一緒になっている酒場もシンと静まりかえっている。
その時、酒場の出入り口から年配のおじさんがランタンを片手に出てきた。
「あの………」
「ヒッ! ヒイッ!」
リュトが声をかけただけで、凄く驚かれた。
そこまでまだ暗くないのに。
「宿を頼みたいのですが………」
「あ、ああ、お客さんね。どうぞ、どうぞ」
顔が青いまま、宿のご主人であろうその男性はランタンを軒先にかけると、慌てた様子で店に招く。
「あっと、その前にコイツと荷物を置く場所を教えて欲しいんだが」
「あ、えっと! そ、そうですね! 裏に納屋がありますんで荷馬車と一緒にそちらへ。おーい! お客さんだ」
ご主人の声で中から同じくらいの年齢の女性が現れる。
「は、はい。いらっしゃい………」
奥さんだろうけど、この人もなんか顔色が悪く
焦っている……… というか酷く怯えている?
あの門兵さんみたいに。
「どうしたんじゃあ、いったい」
ダレフさんも思わず声に出してしまったようだ。
「とにかく中に入ろう、リュト頼む」
シェランさんの呼びかけで、リュトはロバさんを納屋の方へ連れて行き。
私は宿屋へ入っていった。
あれ!?
宿屋に入ると鼻腔がくすぐられる。
料理の匂いではない、香が焚かれていたのだ。
「香を焚くなんて変わった宿屋ですよね」
私は何となくシェランさんにそう言った。
「ああ、そうだね。教会みたいで辛気臭い」
そのシェランさんは嫌悪感をあらわにそう言った。
教会が嫌いなのだろうか?
私もあまり好きとは言えないが、嫌っていると言うほどではない。
ただし、教会の人たちには気を付けなければならないとオババには教わっている、その理由も含めて。
「ああ、すいません……… ちょっと最近、事情が………」
この宿のたぶん女将さんだろうけど、オドオドしてて酷く怯えている。
本当にいったいどうし………
その時、外から奇怪な声が響いてきた。
女性のようであり男性のような、嗚咽とも慟哭とも言える、いやそれらがすべて混じったような深い悲しみを含んだ声。
それを聞くと不安感や焦燥感が湧き上がってくる。
(気持ち悪い)
気分も悪くなってきて、私は思わずその場にしゃがみこんでしまう。
「ヒィィ!」
それはこの宿の女将さんも同じだった。
慌てふためき酒場に置いてあるテーブルに身を隠そうとしていた。
「なんじゃあ!? この声は!」
耳を塞ぎながらダレフさんが叫ぶ。
その横でシェランさんが声のする方向を目を見開いて唖然とつぶやいた。
「ーー嘆きの精霊」