第百三話 馬車の上で
これは後日談となります。
私たちはいま、馬車に揺られている。
秋も半ばで、風はやや冷たい。
だけど私は、今日の日差しのような陽気な気持ちで一杯だった。
あれからひと月が経過した。
私たちは西に続く街道沿いにあった、小さな宿場町でリュトの療養もかね、そこにしばらく滞在していた。
そこに、つい先日にシェランさんが現れたのだ。
シェランさんはあれからの事を教えてくれた。
ビルツを領主に渡したとき、王都のからたまたま役人が来ており、すぐさま事件の解明に動いたそうだ。
当然ながらフェンリルが現れたなど聞き入られる筈もなく、役人に呆れられたがビルツの証言と後の鉱山の状況から、フェンリルでは無いにしても何らかの狼を模した巨悪な魔獣の出現があったとされた。
一人の騎士の犠牲と気がおかしくなる程に魔術を使ったビルツの活躍により、その魔獣を退けたと言うシェランさんの主張で収まりを見せたと言う。
領主であるアビリアムはずっと沈黙を保っていて、シェランさんの言葉に何も言及せず、うなずくばかりだったそうだ。
ただ、彼は犠牲者に対しては街の住人としてでは無く、働き手として心配していたらしく。
犠牲者となった人たち(実際にはグールたちだが)の人数に驚き、“働き手を集めなければ”と一人でブツブツ、ぼやいていたらしい。
そして、そのすぐ後で冒険者ギルドの方に労働者の募集がかかったようだが、また魔獣が現れたら対処出来ない事を理由にロイは断っているみたい。
そしてリュトはその魔獣に殺されたことになっている。
そのリュトも暖かな日差しのなか、笑みを浮かべているような朗らかな面立ちで、いま私の目の前にいる。
(オヌシハ ワシト “因”ヲ 結ンダ コトニナル)
(オヌシハ 人トシテ 天寿ヲ 得ルコトハ デキヌ)
あの時のフェンリルの言葉が脳裏をよぎる。
あれは……… いったい………
その時、急にヌッと影がさした。
目の前に赤い水玉模様の傘を持った、毒々しいキノコが現れる。
精霊さんだ。
「あっ! すいません、考えごとを………」
最近、精霊さんは私が考えごとをするとこうやって顔を覗かせる事が多い。
心配してくれているのだろうか?
「メテルってばさ。眉間に皺寄せて考え込む事多いよな〜」
リュトが戯けて私に言う。
「もー、人が真剣に悩んでいるのにぃ」
「ハハッ! 悪い、悪い」
そう言って笑うリュトが、眩しい。
あの頭の傷は完全に塞がったが、怪我をしたあたりの髪の毛が、その部分だけフェンリルと同じ白金になり、それで……… なんか………
カッコ良く見えてしまう。
(オヌシノ ツガイカ?)
あの時のフェンリルの言葉がよぎる。
日差しのせいか、急に頬が熱くなった私は、頭を振ってその言葉を振り払う。
そして目を開けたとき。
目の前にニヤニヤした表情の精霊さんがいた。
プイッと視線を外しても、顔の正面についてくる。
ちょっとイラッとした私は、指先に魔力を出して、さりげなくキノコのお尻に近づけた。
あの一件以来、私は普通の魔法の扱いがちょっとだけ上手くなったのだ。
小さな雷のような私の魔力は、パチリと弾ける音がするとキノコの焼ける香ばしい匂いと共に、精霊さんが飛び跳ねる。
その後、精霊さんはすごい勢いで抗議してきたけど、人の心を勝手に覗くのが悪いんだ。
ツーンだ。
その様子を見て、リュトとシェランさんから笑われてしまった。
リュトとシェランさん、それと馬車を扱っているダレフさんは、私の旅の途中まで付き合ってくれると言った。
また同じような目に遭うかも知れないと言っても、それなら尚更とさらに強く押し込まれてしまった。
旅は道連れ………
お爺さんの言っていた言葉を思い出す。
最初、私は一人で旅するつもりだったんだ。
木枯らしが舞うなか、私は心の内に、お爺さんに報告した。
“彼らと共に、旅に行ってきます” と。
他の作品に取りかかるので、この物語の続きはしばらくお休みです。