第百二話 私の騎士
「それじゃあコイツをギルマスに押しつけ……… 渡してくるよ」
シェランさんはビルツだった男を、猫首のように掴みながら私たちにそう言った。
「私は間違っていない……… 私は間違っていない………」
呟くように同じ言葉を繰り返すその男の姿を見ると、あれだけの事をしたにもかかわらず、私はどこか不憫に感じた。
「毒気を抜かれるとこうも変わっちまうもんかねぇ。言葉使いまで変わっているよ」
頭を掻きつつぼやくシェランさんに苦笑する。
シェランさんは初めの予定では私たちの逃亡……… もとい、“脱出”の手助けをするつもりで、トロンに戻る予定はなかった。
だけれども、事が事だけにギルマスのロイに報告したのち、行動を決めるそうだ。
十中八九戻ってきてついて来そうだけど………
リュトも街に戻れるかとも思ったけど、領主の命令が生きていることと、ビルツの証言によってはどのような扱いになるか判断がつかないため、今すぐには戻らない方がいいだろうと言う判断だ。
「変な証言したら、あの娘に言って神獣をけしかけるからね? わかったかい?」
「ヒイィィッ!」
シェランさんの言葉に身をよじり悶えるビルツ。
私にそんな事出来ないのに………
それにシェランさんの言葉にふと疑問に思った。
「神獣?」
そう、シェランさんは魔獣ではなく神獣といった。
「ああ、魔物化したコイツを真っ当にしたんだ。“魔”と言うより“神”に近いだろ?」
そうかも知れない。
私たちは誰一人と欠ける事なく生き残ったんだ。
だけど………
私はリュトの頭の傷に目を向けた。
先程、フェンリルの体毛が縫い付けてふさいだ傷を見たときに気付いた事がある。
フェンリルの体毛は完全に付着していた。
抜糸が必要ないほどに………
「気にすんなよ。メテル」
私の視線を感じ取ってか、リュトはいかにも気にして無い素振りで、気さくにに言う。
「冒険者に傷は付きものさ。まっ、これをフェンリルの体毛だと言ったところで誰も信じちゃくれないだろうけどな」
私はその言葉に笑うことしか出来なかったけれど、その時でも左の腕と左小指が目に入ると胸がズキンと痛んだ。
「精霊使い殿。リュト殿に笑ってくださらんか」
そこにダレフさんが私にだけ聞こえるように、そっと言った。
「え?」
「彼は騎士に憧れているそうじゃ。ロイから騎士というものを聞いた事がある。騎士の誇りは敵を倒すのみにあらず」
「………」
「守るべき者を守り。その者の笑顔を守ることこそ最高の栄誉なのだと」
そう言ってダレフさんが、あのドワーフのダレフさんが私に向かってニッと笑ったんだ。
「おーい、メテル。そろそろ行くぞー」
そんなリュトの声に、私は私に出来る最高の笑顔で応える。
「うん!」
私の騎士に、その栄誉を讃えるために。