第百一話 過ぎ去りし凶星
フェンリルは咥えていた憎悪に似た“魔”を私に押し付けた。
ポイッ!? と
「お嬢ちゃん!」
シェランさんの叫び声と同時に投げ出されたそれは、私の手に触れるとシュルリと吸い込まれるようにして消えていった。
(えっ? 何ごと?)
何か……… 身体がおかしい……… かな?
「お嬢ちゃん! 大丈夫かい!?」
シェランさんはフェンリルのすぐ脇を勢いよく通ってきて、私に抱きついてきた。
もう怖くは無いんだろうか? やっぱりすごい人だこの人。
そんな事を思っていると、両肩を掴まれすごまれた。
「あれだけの“魔”を取り込まさせられたんだ! 気分は!? 体調に異変は無いのかい!?」
まくし立てるように言うシェランさんの言葉に、私は自分のお腹辺りを見ながら自分の体調を見てみる。
気分は悪く無いし、体調は……… 何か良くなっているように感じる、身体が軽いもん。
「安ズルガ良イ」
フェンリルが、そんな私たちに声をかける。
もう怒りを露わにしておらず、また四肢を合わせて落ち着いた様子で座っている。
「コノ娘ノ器 知ッテオロウ」
この言葉にシェランさんとダレフさんが同時に目を見開く。
「稀ニ見ル 悪食ヨ コヤツハ」
そう言ってフェンリルはニッと笑ったように見えた。
シェランさんもダレフさんもホッとした表情を浮かべる。
私としては、どこか納得してはいけないように感じるけど……… 悪食って。
その時、横あいから声が聞こえた。
「礼を言わせてもらう」
リュトだ。
片腕をダランとぶら下げ、痛々しくも立ってフェンリルにそう言う。
「リュト!」
リュトは左の腕が折れ、血は止まっているようだけど、左の小指が……… 無かった。
「礼ヲ言ワレル 筋合イハ ナイ」
フェンリルは特に気にした様子もなく、それ以上に無関心に言う。
それに少しムッとした私はフェンリルの言葉をかりる。
「そうよ礼なんか! 予言だって………」
「それでも!」
私の言葉を遮るように、自分の足元に向かってリュトが叫んだ。
私の言葉に怒ったように感じる。
何がだろう……… 何か気の触るようなこと言った? ………
リュトの態度に不安で、心寂しく感じたとき、リュトは私の方に振り向き言ったんだ。
「こうして“いま、生きている”のは、あなたのおかげだ。そうだろう? メテル!」
笑顔で………
私はそれでようやく安堵した。
ホッとして涙が出てくるほどに。
みんな、みんな無事なんだ。
これでやっとーー
「深淵ノ娘ヨ」
ビックリした、ビックリした。
安心したときに、いきなりでビクッとした。
心臓止まるかと思った。
ここで死ぬのは勘弁願いたいから、いきなりはよして欲しい。
あっ、心読まれてるかも………
そんな私の気持ちを(たぶん)無視してフェンリルは言った。
「魔女トイウ “成リ損ナイ”ヲ 目指スモ ヨカロウ」
魔女が成り損ないってどういう………?
「成リ行キデ アッタガ “魔”ヲ喰ラウモ 目的ゾ」
そして今度はフェンリルはリュトに向かって言う。
「小僧 人ノ身デ 我ト 会ウ事ハ モウ アルマイ “因”ヲ 軽ク見ルデナイゾ」
「……… わかった」
小さくうなずくリュトに、フェンリルは最後の最後に………
「息災デアレ」
笑ったような気がした。
フェンリルはタンッと地を蹴ると小さな土煙とともに消えてしまった。
暗い空から細長く光るものが、ゆっくりと落ちてくる。
これはリュトの頭の傷に使ったのと同じものだろう。
それが岩の上のさらに小石の上に落ちようとしたとき。
その小石がムクリと起き上がった。
「精霊さん!?」
精霊さんはその場にチョコンと座ったままキョロキョロ辺りを見渡すと、その頭にフワリとフェンリルの贈り物が降りかかる。
それを見て“?”を浮かべて考えこむ仕草を見せる精霊さん。
私はそんな精霊さんに向かって、
思いっきり飛び込んでいった。
次話で基本的にこの章は終わりになります。
色々、反省点あるなぁ