第十話 宿
私が部屋の鍵を開け、ノブに手をかけた時、後ろから女将さんの声が聞こえる。
「何やってんだい! はやくおし!」
するとバタバタとした足音と共にカウンターにいたメガネの男の人が慌てた様子で現れた。
「すっ、すいません。こっ、これを」
メガネの男の人はそう言って、明かりの灯ったランプを差し出す。
「ありがとうございます」
私はランプを受け取り頭を下げそう言うと、男の人は少し驚いた表情を浮かべる。
「優しい娘さんのようだね」
メガネをかけているので気付かなかったが、優しい眼差しを浮かべている。
「い、いえ」
照れた私は、少し慌ててそう言った。
「何やってんだい! こっちは忙しいんだよ!」
女将さんの声が響く。
私と旦那さんは、ビクッと身体を震わせると、旦那さんが慌てて返事をした。
「はっ、はい〜!」
そしてまたバタバタと階下に向かっていく。
私は呆気にとらわれながら見ていたが、小さく笑いながらため息を吐くと、部屋の中に入った。
私はランプを燭台の上に背伸びをしながら置くと、ようやく落ち着いた気分になった。
階下からの喧騒は、ほとんど聞こえない。
部屋に置かれているベッドは、私の村のようにワラで出来てはおらず、木で作られている。
その上に腰をかけてみる。
ワラのベッドのようにお尻がズレることもない。
(こんな立派なベッドで寝ていいのかな?)
そんな事を思っていたら、髪留めになっていた精霊様がポンとした音と共に姿を元に戻して、私の目の前床の上に降り立った。
そしてテクテクと小さな足で歩き出し、しばらく私の前をウロウロと歩き回っていたが、再び私の前に来るとパタンと仰向けに倒れ込む。
「精霊様?」
私が呼びかけると、精霊様はすぐに起き上がって、フヨフヨと宙を漂うと、ベッドの上に乗っかり、私の方を向きながら布団の上ポフポフと叩いた。
はやく休めと言っているらしい。
「はい、そうですね。今日は疲れました」
私がそう言った時に扉の外から声が聞こえた。
「嬢ちゃん開けておくれ。食事とお湯を持って来たよ」
女将さんの声だ。
「はい」
扉を開けると、女将さんが片手に料理を乗せたお盆と、もう片手にお湯の入ったバケツを持っている。
「はい、ごめんよ」
女将さんは部屋に入って来ると、テーブルの横にバケツを置き、テーブルの上に料理を乗せる。
「簡単なものだけどね、しっかりと食べておくれ」
「はい、ありがとうございます」
頭を下げると同時にお腹がクゥーと鳴る。
「その様子じゃ今日はロクに食べていないんだう? 冷める前にはやくおあがり」
女将さんは優しげな笑みを浮かべる。
「は、はい…… すいません…… 」
顔を赤くして俯きそう言うと、女将さんは「それじゃあね、寝る時は鍵を掛けなさい」とだけ言い、部屋を出ていった。
私はテーブルに着くと、木のスプーンを手に取り、スープから頂いた。
ストックなくなってもうた。