第二の人生なんて面倒臭すぎると思うんだ。
薄く目を開く。そこは夜のように暗く、雨が降ったあとのように湿気っていた。遠くから水の流れる音がする。いつも通り立ち上がろうとして、不意に身体の軽さに気付いた。異様なほど軽い身体はふにふにと柔らかく、関節が埋もれるほど肉がついていた。立ち上がってみるが上手く力が入らず、結局崩れ落ちてしまう。足がまるで自身の体重を支えないのだ。仕方なく這って進み、壁に触れる。ひんやりと冷たい壁は硬く、凹凸が激しかった。
『目が覚めたか?』
聞こえた声に振り向く。暗すぎて相手が見えない。
『少し待て、すぐに火を付けよう。』
腹に響く低音が、耳に心地良い。温かい火が付けられ、ぼんやりと相手が照らされる。
「あ?」
相手は、かなり大きい龍だった。いや、ドラゴンか。ともかくそれらに似た何かだったのだ。そいつは俺を見て頷いた。
『なんだ、変な奴だとは思っていたがやはり転生者だったのだな。安心しろ、取って食ったりはしない。』
笑みを浮かべるように口角が上げられ、長い髭が揺れる。黒のような緑のような鱗がキラリと光った。
「あぁぅあ……あぅ?」
普通に話したつもりだったが、言葉が出ない。口はしっかりと形作っていても、声帯が動いていないように感じる。
『あぁ。今のお前はまだ赤子だからな。人間はその歳ではまだ話せないと聞く。』
それでは困る、と思ったがどうやら気にしなくても良いらしい。
『俺にはお前の声が聞こえるから安心しろ。』
テレパシーか何かだろうか。まあ、異世界ならあっても可笑しくない。
『随分と馴染むのが早いな。戸惑いそうなものだが。』
異世界転生は自称神サマから聞いていたし、驚くほどでもない。目の前に龍のようなドラゴンのような生き物もいるのだし、そちらの方が驚くくらいだ。
『俺はこの辺り一体を治める龍だ。ドラゴンと一緒にしないでくれ。』
なにか、違うのだろうか。
『まったく違う。俺のような龍は神域に近いものだが、ドラゴンはただのモンスターだ。同じに見られるのはあまり気が進まない。』
そうだったのか。とにかく、何故俺はここにいるのだろう。
『人間の女が捨てて行ったのを、俺が気紛れで世話していたのだ。何を食うかなど分かる筈もないからな。仕方ないから、その辺のモンスターを狩って焼いて与えていた。』
ほら、と鋭い爪の指す方を見れば、大量の虫のような死骸があった。あれを食べていたとは、ちょっと想像したくない。
『生でも食えるかと思ったのだが、怖かったんでな。しっかり焼いてはいた。いやー、良い食べっぷりだった。』
そもそも子供に歯はないはずだ。あんなもの、食べられるのだろうか。
『食べてたぞ。人間とは不思議なものだ。』
感心したように龍は頷く。鱗に光が反射して美しく光った。黒のような緑のような鱗なのに、光が当たると金色に輝く。思ったより近くにあった鋭い爪にぺたりと掌を押し当てた。
『む?どうした?』
答えるように爪がピクピクと動く。その気になれば何でも切り裂けそうな爪が、不思議と怖くなかった。噛まれれば骨さえも容易く砕けそうな牙も、睨み付けられただけで震え上がりそうな鋭い瞳も、怖くない。
『おい、それより飯にするぞ。よく寝ていたしな、腹が減っただろう。』
言葉と共に差し出された虫のような死骸の丸焼きに、俺はただ首を振ることしか出来なかった。