二十話「大人と子供の境界線とは、サンタになるか否かであると私は考えている」
文化祭をから息つく間もなく中間、期末試験を終えて師走。時間は疾く過ぎ去っていき、気が付けば冬休みを迎えていた。
二学期を振り返ってみよう。文化祭を終えてからの一年生、二年生はウイニングランもとい消化試合の様相を呈していた。あれが俗に言う「燃え尽き症候群」というものだったのだろう。冬休みでやる気や目標を取り戻してくれることを祈るばかりだ。
一方で、三年生は受験を控えてピリピリとしていた。我が校では勉学にも力を入れているため進学を選ぶ人は多く、難関私立や国立大学を受験する子は塾や予備校、学校の学習室で缶詰になっている。最近はストレスを溜め込んだ生徒諸姉に撫でまわされることが増えてきた。ネコやイヌといった愛玩動物と勘違いされていないだろうか。
また、年の瀬という仕事が増える時期に「冬休み特別講義」や「受験生のための質問教室」、「生徒・保護者との面談」といったものが加わる教師陣も多忙を極め、職員室は緊張感に包まれていた。新任教師ということで受験生の面倒を任されていない私としては少しでもサポートをしたいのだが、如何せん自分の業務だけで手一杯である。
さて、学校の事情はここまでにしておこう。
「冬はつとめて」と平安の歌人が詠んだように、冬の早朝は良いものだ。日の昇りきらない外は薄暗く、私の吐いた息が暁に立ち上って行った。コンビニで買ったホットミルクを口に含むと、ほんのりと身体が温かくなる。
自宅の鍵を開けて帰宅。玄関には私の物より僅かにサイズの大きいブーツが一足だけ揃えられている。私が中へ向かうと僅かな物音が聞こえてきた。一瞬だけ身体を竦ませるが、寝息が聞こえてきたことで安堵の息を吐く。
リビングへ至る道中、コンビニで受け取った配送物をキッチンで開封する。音を立てないよう慎重に、手早く、優しく。段ボールは適当に取り置いて内容物を取り出した。ラッピングされているため中を覗くことは敵わない。出品社が商品を取り違えていないことを祈るばかりだ。
「メリークリスマス、静乃ちゃん」
ベッドまで歩んだ私は、そっとプレゼントをベッドサイドに置いて、未だ夢の中にいる恋人に小さく声をかける。無論、返事を期待していたわけではない。
暖房の付いていない部屋が寒いのか、厚い掛け布団を被って丸まった静乃ちゃんの寝顔に微笑が漏れる。こうして見ていると、年相応にあどけない少女であるのだなと実感する。
外着からパジャマに着替えた私は冷えた体を温めるようにベッドに潜る。私はプレゼントについて知らぬふりをするのだ。サンタさんは実在するのだと。
◆
「おはようございます、紗耶香さん」
「おはよう、静乃ちゃん」
私たちの目覚めは同じタイミングだった。オルゴール調の目覚まし時計を止めた静乃ちゃんと触れるだけのキスを交わす。
「あら……?」
「どうしたの?」
朝の準備のためにベッドから出た静乃ちゃんが枕元のそれに気付いたようなので、私は惚けてみせる。
しかし、それだけで色々と察したらしい静乃ちゃんはプレゼントを胸の内に抱いた。彼女は嬉しそうな表情が隠せていなくて、それを見た私もつられて可笑しくなってしまう。
「開けてもいいですか?」
「いいんじゃない?」
「なんで他人事なんですか、もう」
飽くまでも「サンタさんからのプレゼント」という体を崩さない私に、静乃ちゃんは相好を崩した。
丁寧に包装を解いていく静乃ちゃんは中から出てきたリングケースに目を輝かせた。視線を飛ばしてくる彼女に小さく頷き、先を促す。
「これは……」
「何が入ってたの?」
「イヤリング、ですね」
静乃ちゃんは驚いたような表情をする。きっと、指輪が入っていると思ったのかもしれない。
私もといサンタさんが渡したプレゼントとは片耳用のイヤリングが二つ。小さな宝石があしらわれた金色の番。軽量かつ二センチメートルほどの大きさであるため、決して目立つようなものではない。
ベッドの中から静乃ちゃんの様子を眺めていた私は這い出るように立ち上がり、静乃ちゃんの手からイヤリングの片方を摘まみ上げる。
私は彼女の頭を寄せて、その耳たぶに装飾具を挟んだ。静乃ちゃんは私から離れると自身の耳元に手を添える。宝石の輝きが小さく揺れた。
「静乃ちゃん、残った方を私にも付けて」
「………はい!」
静乃ちゃんに付けてもらったイヤリングは共鳴するように私の耳元で揺れた。
「お揃いだね」
私が言うと、静乃ちゃんは感極まったように抱き着いて来るのだった。
時刻は午前七時を少し過ぎたころ。コートを羽織った私と部屋着姿の静乃ちゃんが向かい合っていた。
「それじゃあ行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃい。頑張ってください」
「ごめんね、クリスマスも一緒に居たかったんだけど……」
「お仕事ですから仕方がありません。立派に働く紗耶香さんは素敵ですよ」
天使のような言葉を放つ静乃ちゃんの胸元に飛び込んでイチャイチャしていたいという思いを理性で抑える。
静乃ちゃんの耳には未だにイヤリングが揺れていた。気に言って貰えて何よりだ。ちなみに、私は着けていない。教職に関係のない華美な装いは禁止されているためだ。折角のペアリングではあるが、デート以外での普段使いはできそうにない。
行ってきますのキスを終えて扉を開けると、冬の曇天、ちらつく雪が私を出迎えた。
◆
仕事を終えて帰宅する頃には雪が路面に積もっていた。サクサクと新雪を踏んで帰路を辿る。
道中でケーキを購入してから玄関をくぐる。教会歴では日没を日付の変わり目とするため既に「クリスマス」は終わっているのだが、高揚感の抜けきっていない私は連日の贅沢をすることにしたのだ。ちなみに昨日も晩餐の後にケーキを食べている。
「ただいま~」
「お帰りなさい、紗耶香さん。お風呂を沸かしておきましたよ」
「ありがと~。あ、ケーキ買ってきたよ」
「またですか? 食べますけど」
晩ご飯を作っていた静乃ちゃんは呆れたような声を出すが、その口元は緩んでいた。女の子はケーキ好きだもんね。
お風呂から上がって静乃ちゃんと食卓を共にする。今日の晩ご飯は鶏の照り焼きとコーンスープ、カリカリのトースト。静乃ちゃんの料理を生涯にわたって食べられると思うと、私は本当に幸せ者だ。
「冬休みの宿題は進んだ?」
「はい、順調です。紗耶香さんの仕事納めまでには全て終えられそうです」
「いいね、年末年始はどこに行こうか?」
「スキーとか如何ですか」
「アクティブだねー……旅行がいいなぁ」
「それでは、北国へスキー旅行に行きましょう」
「静乃ちゃんはとにかくスキーがしたいんだね」
カッコよく滑る静乃ちゃんを横目に雪だるまでも作っておこう。ただ、北方の地へ行くことには賛成。この時期は食べ物がおいしいのだ。特に魚介類。
年末年始についてあれやこれやと話していると、静乃ちゃんの耳元が小さく煌めいた。
「まだイヤリング付けてたんだ」
「はい、気に入っちゃって」
「ずっと付けてたら痛くならない?」
「鈍痛はありますが……この痛みのおかげで、紗耶香さんが傍にいない時でも紗耶香さんを感じられますから」
なんと健気なことだろうか。はにかむ静乃ちゃんに、私は何度でも恋をする。
「それに、紗耶香さんには可愛いと思ってもらいたいです」
「うん、十二分に可愛いよ」
黒髪に金の装飾は映えている。我ながら……いや、サンタさんは良いチョイスをした。
しかし、付けすぎて炎症を起こしてはダメだからと窘めると、静乃ちゃんは残念そうな顔をしながらイヤリングを外した。
「今度の旅行の時に二人で一緒に付けて行こうね」
「ふふっ、楽しみです」
何ということはない、とある冬の一幕。恋人になった私たちは、小さな幸せをゆっくりと育んでいるのだった。




