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十三話「女心は秋の空に例えられることもあるが、私は割と一途だと思う」

 暑さも寒さも彼岸までというが、秋彼岸を目前に控えた九月の半ば。秋雨や台風の影響もあってか例年よりも冷涼だ。秋服への移行は始まっており、校内でも長袖の生徒をちらほら見かける。


 さて、夏休みが明けて間もない今日この頃。学校は新たなイベントに向けて活気づいていた。


 学園祭。


 体育祭と並ぶ、二大祭の内の一つ。説明するまでもないと思うが、部活やクラス別で出し物をし、わいわいと騒ぐアレである。


 ただ、この学園祭もそんじょそこらにあるようなものではない。

 まず規模が違う。九月の上旬から準備が始められ、開催は九月の下旬から一週間。会場も校舎だけではなく近くの市営体育館や商店街にまで及ぶ。お金のかかり方が半端ではない。

 また、生徒の出し物も非常にレベルが高い。昨年までの例を挙げると、文学部と読書部の合作で文庫本レベルの厚さの書籍を販売したり、美術部が美術館を借りて展覧会を開いたり、料理部がレストランを開いたり、吹奏楽部がホールでコンサートをしたり……。まさしく「祭り」の名を冠するに相応しい。


 学園祭全般の流れは学園の経理部や広報部に任せているため教師の出る幕はあまりない。それこそ、生徒の動向を監督するくらいだろうか。

 大変なのは生徒の方だ。特に文化系統の部活動に所属する子たち。早いところでは夏休みから動き始めているらしいが、それでもてんやわんやだ。私のクラスの子も、短い休憩時間に鬼気迫った表情で走り回っていたりする。


「将来がかかっている子もいますからね。皆必死なんですよ」とは先輩教師の言だ。外部からの来客が多い学園祭では、企業の人事部が金の卵を探しに来るとのこと。お目にかなった生徒は卒業後にスカウトを受けて就職することも珍しくなく、そういった点でこの学園祭はキャリア形成の一部でもあるのだろう。


 ただひたすら先輩や同級生に甘えていた高校時代の私とは大違いだ。意識の違いに気後れしてしまう。


 以上の理由で文化部諸姉が多忙を極めている一方、運動部諸姉はどうなっているかというと、こちらは比較的余裕がある。中等部向けの勧誘企画としての体験活動や、地域密着を目指したレクリエーションなど準備にそれほど時間を要するものはない。よってこの子たちはクラスの出し物に重きを置くことになる。


「というわけで二年A組のクラス展示を決めていきます」


 教壇に立って指揮を執るのは我がクラスのメインヒロインこと静乃ちゃんだ。一時的なイメージチェンジとして採用したのか、縁の厚い眼鏡とポニーテールで清涼な委員長感を醸し出している。どんな姿になっても惚れ惚れしてしまうほど美しい。可愛い。


「我がクラスは文化部に所属している方が二十名。クラスの約三分の二を占めています。よって、準備に要する負担は各々が大きくなるものと思ってください」


 放課後に開かれた「学園祭に向けての二年A組会議」に参加しているのは副担任の私を含めても十二名。担任の近藤先生は文化部顧問なのでそちらの指導に当たっている。

 空席の目立つ教室で皆一様に渋い顔をした。


「他クラスに合同企画を持ち込みたかったところですが、どこも既に出し物を決めて経理部へと申請済みのようでしたので、私たちは単体で何かをしなければなりません」


 その言葉にとうとう唸り声をあげる子まで現れ始めた。

 がんばれ。負けるな。


「出し物の内容ですが、演劇、喫茶店、お化け屋敷、作品展示系統のものは文化部や他クラスとの被りに配慮して、あまり前面に押し出したいものではありません。そもそも十数人で七日間回転させることは不可能に近いかと」


 あー終わった。

 天を仰いだり、十字を切ったり、やってられないと両手をあげたりする子が現れる…………この子たちリアクションがいいね。


「────しかし、ここで一つ、私に提案があります」


 諦め祭りモードの教室に響く静乃ちゃんの声。

 彼女は眼鏡を軽く持ち上げると、挑戦的な笑みを浮かべる。


「準備にそれなりの余裕があって、少人数でも実践可能で、私たちも学園祭を楽しむことが出来て、さらに、学園全体の利益にも繋がる出し物────この学園祭の必勝法を一つ、皆さんに提示いたします」


 ◇


 会議を終えたその日の夜。私はすっかり習慣となったチャットで静乃ちゃんとの時間を過ごしていた。


「そういえば今日の眼鏡ポニテすごく可愛かったよ」

『気づいてくださったのですね。ありがとうございます』

「あれだけ可愛ければ誰だって気づくよ」

『そうですか? 嬉しいです』


 んふふー。

 こうして文面上でやり取りをするだけでも顔のによによが止まらない。


『差し支えなければ紗耶香さんもどうですか、眼鏡とポニーテール』

「えー私そんなに似合わないと思うよ」

『そんなことないですよ。私は見てみたいです』

「え、えー、もう、しょうがないな~」


 口角が緩んだまま私はベッドからピョンと飛び降りると、伊達メガネとシュシュを探しに行く。

 ドレッサーから可愛めの奴を選び、いざ自撮り────────というところで手が止まった。


 ……もうちょっとオシャレな私を見せたい。静乃ちゃんにはもっと可愛い私を見てほしい。


 お風呂上がりの私はすっぴん。そして色気のないプリントTシャツ。

 以前の私ならば適当に妥協した姿を平然と静乃ちゃんに晒していたわけだが、今の私は心構えが違う。


「ねえ、ちょっと時間ちょうだい」

『どうかしましたか?』

「気合を入れたい」

『え、はい』


 その後あれでもないこれでもないと一人で衣装合わせをしてメイクしてヘアスプレーで前髪を整えて自撮りをハイライト加工して写真が出来上がったのは日付を回る頃。


「ど、どうかな……?」


 明日も学校だというのにかなり時間を食ってしまった。もう静乃ちゃんは寝てしまっただろうか。


『とってもとっても可愛いです。保存してもいいですか……?』

「えー照れちゃうなー。でも静乃ちゃんならいいよ」

『ありがとうございます!』


 秒速で返信が来た。どうやら待っていてくれたらしい。

 どうしようニヤニヤが止まらない。これからお風呂に入りなおしてメイクとヘアスプレーを落とさなければならないのだが、静乃ちゃんに褒められたというだけでそんなものは些事と化す。


 なんか、いいなぁ、こういうの。


 ぼふん、とスマートフォンを抱えてベッドに飛び込む。

 私はふやけた笑みを浮かべながらバタバタと悶えるのだった。


 ◆


「こういう紗耶香さんもいいですね」


 今しがた送られてきた写真をみて自室で一人、得心します。

 ポニテと眼鏡で知的な幼女を演出してくるのかと思いきや、清涼感のあるオフィスウェアと軽く施された化粧という組み合わせで完全に予想を裏切られました。


 あどけなさの中に感じる仄かな色気。なるほど、素晴らしいです。携帯端末を握りしめて待ちわびた甲斐がありました。


 ここ最近ますます魅力的になりつつある紗耶香さんに私の理性も削られっぱなしです。

 …………いや、ダメです耐えられません紗耶香さん可愛すぎます。


 保存した写真をパソコンへと取り込みデスクトップの背景にし、更にプリンターへ出力します。画質は最高で。


「うん、可愛いです」


 印刷された紗耶香さんをそっと秘密のアルバムにしまい込んで、私は自分でもちょっと引くくらい蕩けた顔をしながら眠りへとつきました。

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