一話「生徒から尊敬される教師に私はなりたい」
「もしかして、緊張されていらっしゃいます?」
「は、はい。かなり」
まるで似合わない小綺麗なスーツに身を包んだ私は、廊下で身を固くしていた。目の前には教室の扉。期待と不安が一緒くたになったそれは、私にとっては非常に重厚なものに感じられ、とても開けられそうにない。
春。開け放たれた廊下の窓から吹き抜けてきた風が桜の花びらを運んでくる。
今日は四月九日。小さい頃から憧れてきた「教師」としての初陣だ。担当は「国語」と、ここ二年Aクラスの副担任。
私が緊張でガチガチになっているのを見て、二年Aクラスの担任である近藤知代先生は、ふふっ、と上品に笑った。
「そういえば私も新卒の頃は緊張で固くなっていましたね。美雪先生、大丈夫ですよ。このクラスの子たちは皆いい子ですから」
「はいぃ」
柔和な雰囲気で語りきかせる近藤先生は教師歴二十年を越えるベテランということで、余裕がある。一方の私は尚も身を竦ませており、返事の声が裏返ってしまった。恥ずかしい。
「あらあら」と眉尻を下げる近藤先生の目は、まるで小動物を慈しむような目をしている。
近藤先生は手元の腕時計を一瞥し、私に告げた。
「生徒の皆さんも待ち侘びていることでしょう。参りましょうか、美雪先生」
私にとっては鉄扉にも等しい教室の扉を、いとも容易くカラカラと引いて入っていく近藤先生。
私も出遅れないように、たどたどしく追従するのだった。
◇
「皆さん初めまして、この度二年Aクラスの副担任となりました、美雪沙耶香です。一年間よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると───────
バチバチパチパチバチバチパチパチ
───────大きな拍手が私を迎え入れた。あらかじめ用意しておいた無難な自己紹介をしただけにしては、いたく反応がいい。
訝しく思い顔を上げると、クラスの生徒は皆一様に笑顔を湛え、その目は爛々としていた。どうやら近藤先生の仰る通り、ここは雰囲気の良いクラスのようだ。
「それでは次に、生徒の皆さんからも一言ずつ自己紹介をしてもらいましょう」
今年度の始業となるオリエンテーションは担任である近藤先生主導のもとで恙無く進行していく。
出席番号順に行われる自己紹介は、一人三十秒ほどの短いもの。私のように簡単に済ませる子もいれば、小粋なギャグを挟んで笑いをとる剽軽な子もいる。
私は新任ということもあり、生徒の顔と名前を一致させるのに四苦八苦していた。ただ、長年教師を目指していた私にとってそれは嬉しい悲鳴であったが。
三十二人の自己紹介もようやく最後の一人となったところで───────私、美雪沙耶香の人生を大きく左右する事件が起きた。
「楪静乃です」
自己紹介のために立ち上がった少女は、他の生徒とは一線を駕していた。
夜空を映したような透明感のある黒髪。切れ長の瞳は静謐さと聡明さを感じさせる。筋の通った鼻梁に、嫋やかさを備えた口元は、とても女子高校生が出せる色気ではない。
そして何より──
「わぁ……」
──思わず声を漏らしてしまうほどの完璧なプロポーション。学校指定のブレザーを押し上げて尚主張する魅惑の果実。腰のくびれは身長に対して高い位置にあり、如何に彼女の脚が長いことか。
まさに美の化身。私が高校生だった時はもっとこう……ちんちくりんな感じだった。いや、ちんちくりんなのは今も変わらない……?
彼我の差に呆然としている間にも、楪さんの自己紹介は続く。
「クラブ活動はテニス部と茶道部に所属しています。趣味は料理と読書です。今年一年……いいえ、これからどうぞよろしくお願い致します」
わーぁっ、と教室が湧く。気が付くと私も夢中で拍手を送っていた。
彼女が話したのは単なる自己紹介である筈なのに、まるで歴史的なスピーチを聞いたあとのような高揚感をもたらした。それもひとえに楪さんの持つカリスマ性の成せる技だろう。
「はい、全員の自己紹介も終わりましたし、ホームルームを始めますよ──」
近藤先生の号令で私は生徒にプリントを配布していく。
この時間は担任である近藤先生に任せるのみとなり、私の出番はなくなった。生徒とのファーストコンタクトはとりあえず順調なようだ。行く行くは皆から尊敬されるような先生に……ふふふ。
私は理想の未来像に思いを馳せる。だから気づかなかったのだ。楪さんの妖しい視線に。彼女が私を見据え、艶やかに口元を歪めていたことに。
◇
初日は顔合わせといくつかの注意事項、年間行事の説明だけで終了だ。教師陣は午後から会議が入っており、生徒達は午前で帰宅及び部活動に参加できるわけなのだが───
「きゃーかわいいいい!」
「沙耶香先生だから『さやちゃん先生』って呼んでいい?」
「さやちゃん先生のほっぺ超柔らかいんですけど!」
「皆さん!? ちょっと、きゃっ、どこ触ってるんですか!」
私は現在、数多の女子生徒に囲まれていた。指をぷにぷにと弄られ、頬を揉まれ、お尻をツンと指でつかれる。現代女子高生の距離の詰め方エグイな! と内心でツッコムが、実を言うと、こうなるのではないかと薄々感じてはいた。
というのも、私は学生時代常々「愛されキャラ」という立場で女子に囲まれていたからだ。
原因は私の容姿だろう。身長は一四〇センチにも満たず、小学生あたりから顔つきもあまり変わっていない。貧乳でお尻も薄く、中高大一貫の女子校に通っていた私は「ランドセルと防犯ブザーが世界一似合う女」という名誉で不名誉な称号を授けられた。
高校以降では「合法ロリ」というあだ名を付けられ下級生の妹たち、上級生のお姉さま方からよくセクハラを受けていた。まあ彼女たちも私も冗談のたぐいであることは分かっていたためキス以上の貞操に関わるイタズラをしてくることはなかったが。
ちなみに、その扱いが嫌だったかと言われれば嫌ではなく、むしろ滅茶苦茶に甘やかしてくれるので滅茶苦茶に甘えていた。
そんなわけで女生徒諸君から揉みくちゃにされる可能性は無きにしも非ずかなと思っていたが、まさか初日からとは。女子校ひいては私の魅力恐るべし。
私が解放されたのはそれから一時間後のこと。散々私を弄り倒していた教え子たちは各々熱烈な抱擁やボディタッチを残し、去っていった。その頃には私の衣服も乱れており、見る人が見たら完全に「事案」のそれなのであった。
◇
「ひゃー、お昼ご飯食べられるかな」
とてとてと廊下を小走りに進む姿は教師としては如何なものかと思うが致し方ない。会議までに購買でパンを買ってお腹を満たしておかなければ。
「あら、先生。そんなに慌てて何処へ行かれるのですか?」
「ふえっ?」
購買まであと僅かといったところで凛とした声に足を止められる。唐突すぎて間の抜けた返事になってしまったのが恥ずかしい。
声をかけてきた相手は──
「楪さん?」
「ふふっ、名前を覚えていただけていたようで光栄です」
「え、いえいえ、こちらこそ」
女子高生然としないその立ち居振る舞いに、私も無意識に丁寧な言動を心がけてしまう。彼女は私と頭一つ分以上背丈が違うので、私は自然と見上げる形となる。
彼女の名前は楪静乃さん。ホームルームが終わった途端、教室を飛び出すように出て行ったのは私の記憶に新しい。体調不良かな、部活に行ったのかな、用事があるのかなと疑問に思っていたのだが、押し寄せる女子の波にいつの間にかその思考が洗い流されていたことも思い出す。
「と、ところで先生、お昼はもう食べましたか?」
「へ、いや、これから食べようと......」
「あら、私もこれから食べようと思っていたところなんです」
楪さんはどこからともなく剥き出しの重箱を取り出し、可愛らしく掲げてみせた。漆塗りの施された三段のそれは、とても女子高生がお昼に食べるようなものには見えない。
「すごいね、重箱……」
「はい、張り切って作りすぎちゃったんです」
あ、手作りなんだぁ。凄いとは思ったが口には出ていない。
「いつもその大きさなの?」
「えっ、いや、えーと、まあ、そんな感じですね」
「そんな感じなんだ」
ほぇーと呆けた声が出る。やっぱり長身グラマラスボディーを維持する為には食べる量も多くないといけないのかもしれない。
「先生、私だけでは食べきれないかもしれないので教室で一緒に食べましょう?」
「うーん、お誘いは嬉しいんだけど」
手元の時計を一瞥すると、時刻は会議開始の十五分前。楪さんには申し訳ないが、丁重にお断りさせて頂こう。
「そ、そんな」
私の言葉に楪さんは一瞬驚いた顔をし、徐々にその眉尻が下がっていく───────
「うぅ、ぐすっ、先生とご飯食べたかったです……」
「ちょ、楪さん!? 」
そんなに私と食べたかったのか!?
今朝顔合わせしただけの関係なのに!?
端正な顔立ちを幼子のように歪めて目を潤ませる姿も魅力的でドキリとしてしまうが、今は見とれている場合ではない。これでは私が泣かせたみたいではないか! 無罪を主張します!
「ご、ごめんね楪さん。私もお仕事があるから……そうだ、今度埋め合わせするから、ね?」
「うっ、ひぐっ、うっ、言質とりましたからね……!」
え、言質とられたのか私。
ほろほろと涙を零す楪さんは自然な動作で私にしなだれかかり、抱きついてくる。
「せんせぇ......!」
「おっ──」
っぱいでっか!
思わず声に出しそうになったところを鋼の理性で押さえつける。なんだこれ、胸囲の格差どころの騒ぎじゃない。胸囲の暴力だ。
それにとてもいい匂いがする。いつまでも包まれていたいような柔らかい花の香り。
突然の抱擁にぼーっとしていると、耳元で囁かれる。
「先生、時間」
「じかん……あーっ!」
私は楪さんを振りほどき時計を確認する。会議開始の七分前。五分の余裕を持って集合に間に合うようにしたかった私にご飯を食べている時間はない。
「ごめん、私もう行かなきゃ!」
「沙耶香先生!!」
背を向けかけた私を楪さんは焦ったような声音で呼び止める。
「はいっ」
「ぐぇっ」
ドンッと胸に押し付けられたのは先程の重箱。結構、いや、かなり重い! 思わず受け止めてしまったが、これを私にどうしろと。
「会議の後にでも食べてください。お弁当箱は明日返してくださいね。それでは失礼します」
「ちょ、えっ?」
私が言葉を返す間もなく嵐のように去っていく。
結局その重箱を持って職員室へ行く羽目になり、たくさん食べられるんですねぇ、と周りの先生方に暖かい目で見られてしまった。恥ずかしい。
◇
その日の夜。
お弁当は会議後に食べきれなかった。家に持ち帰り晩ご飯、冷蔵して翌日の朝ごはんにもなったそれは非常に見た目も味もよく、頂いてしまってよろしかったのでしょうかと気が引けるほどだった。
ただ、その重箱弁当の中には私の顔を引き攣らせるものが含まれていた。
『沙耶香先生へ
お返事いただけたら嬉しいです。
メールアドレス ○○○@✕✕
SNS ID @△△△
ぜひ遊びにいらしてください
住所 ◇市☆☆マンション〇〇号室
楪 静乃』
達筆で書かれたそれは、明らかに楪さん自身の個人情報。
三段弁当の最上段に唯一収められていたその紙は異様な威圧感を放っていた。おかずやらご飯やらを期待して蓋を開けた私が悲鳴を漏らしたのは想像に難くないだろう。
試しにSNSのIDを検索にかけてみると、見事に楪さん本人のものがヒットした(本当に本人かどうかは不確定ではあるが、概ね信頼できると判断)。ちょっとドキドキしながら投稿を遡ると、殆どが自作料理の画像であったり、知人との取り留めのない会話であったりと可愛いものだった。
ちなみに最後の投稿は
SIZUNO YUZURIHA
待ち続けていた人がすぐそばに。慎重に、大胆に。
内容はよくわからないが、力強い言葉だというのは感じられる。出会いの季節だから気合い入れてるのかなぁと考えながら、そっとブラウザを閉じた。
この時点で楪さんに対する評価は「何を考えているのかよくわからないニュータイプ系美少女生徒」。
私は弁当箱を洗いながら、ぽけーっと楪さんについて考えるのであった。
◆
「…………」
「楪さん?」
「ぷいっ」
「かわい……じゃなくて、どうしたの楪さん?」
翌日の放課後、私は弁当箱を返そうと楪さんに声をかけた。すると楪さんは私を横目で睨み、すたすたと歩き去ってしまったのだ。慌てて追いかけ、行き着いた先は誰もいない空き教室。夕陽がカーテン越しに差し込むだけのここは薄暗く、ともすれば妖しい雰囲気を醸し出している。
楪さんは私が部屋へ入ったことを確認すると、手近な机に腰掛けた。その目はちらちらと私を覗いており、如何にも「話しかけてください」オーラを出していたので声をかけたものの、ぷいっと顔を背けられてしまった。
「なんで返してくれなかったんですか」
「返すって、お弁当箱のこと? ああ、もしかしてもっと早めに返した方が良かったかな。ごめんね──」
「違いますっ、お弁当箱はどうでもいい──ってことはないですけど、私が言いたいのは何故メールやSNSで返事をいただけなかったのかってことです!」
「お、お、お?」
キッと私を見据えた彼女は徐に立ち上がり、私との距離を詰めてくる。
私は後退したが、すぐに壁際へと追い込まれた。
───────ドンッ
「ぴぃっ!」
「答えてください。先生」
人生初壁ドンは生徒からの脅迫だった!
身長差がありすぎることも相まって、私を見下ろす楪さんの顔には暗い影が落ちていて素直に怖い。
私は防衛本能からか、自身の躰を抱きしめる。
すると楪さんはニンマリと不敵な笑みを浮かべた。
───────な、何か言わなきゃ殺される!!
「あ、あの、生徒と教師が個人的な連絡先を交換するのは保護者の皆様から倫理的に問題があると指摘される場合が多い昨今でありますからメールや電話番号などの個人情報は勿論のことソーシャルネットワークサービスでの交流も私が教師である以上持つことが出来ないので無理ですごめんなさい」
完成された早口言葉のようにすらすらと述べることが出来た。国語教師が必死に作り上げた本音半分建前半分の理論に反論はできま──
「つまり、私と連絡先を交換したくないということですか」
「したくないわけでは……いや、有り体に言えばそうなるですかね」
「ふぅー」
楪さんは私に壁ドンした状態で深くため息をつく。すんすん、うわ、息めっちゃいい匂い。ミントとかの香料ではない。なんだこれ、もしかして楪さん自体の口臭か。甘い花のかほり。いかん、生徒の口臭がいい匂いとか変態が過ぎるぞ私。
「沙耶香先生」
不意に名を呼ばれる。
途端、彼女の顔を見上げるために元々上を向いていた顔が更にグイっと持ち上げられる。
痛い痛い痛い、首筋! 人生初アゴクイの首角度がエゲツナイ!
「私の目を見ても、同じことを言えますか?」
「目って……」
ゾッとした。
楪さんの目は暗く澱んでいたのだ。
覗いていると引き摺り込まれる錯覚をおぼえるほどの深淵。
「連絡先、交換して頂けますよね。先生?」
「ア、ハイ」
気づくと勝手に口が「喜んでオッケー」を出していた。体は屈しても、心までは屈しないんだから!
◇
『沙耶香先生こんばんは』
「こんばんはー」
『お時間大丈夫ですか?』
「うん、お風呂から出たからあとは寝るだけ」
その日の二十三時頃、楪さんとチャット形式のSNSで会話をしていた。こうして文面だけで見ると、本当に礼儀正しくていい子なのだなと思う。いや、二十三時に教師へメッセージを送る子が「いい子」かどうかは判断しかねるが。
『そういえば、昨日のお弁当はどうでしたか』
「すごく美味しかった! あれは楪さんが作ったの?」
『はい、料理が趣味なので。押し付けるような形になって申し訳なかったのですが、気に入っていただけたようで何よりです』
「もしかしてなんだけど、あのお弁当って私のために作ってくれたの?」
『秘密です』
さりげなく弁当の真意を探ろうとした私だったが、ごまかされてしまった。まあいっか。
そして、弁当について探りを入れられるのを嫌ったのか、楪さんは話題を変えてきた。
『ところで先生は今、パジャマを纏っているという認識で宜しいでしょうか』
「うん」
「それがどうかしたの?」
『見せてもらってもいいですか』
「ん!?」
どういうことだ。
「それは私が着ている状態でってこと?」
『無論です』
無論なんだ。
『写真を撮って送っていただければとても嬉しいです』
『決していかがわしい目的ではないですよ。私の母が服飾デザイナーをしておりまして、私もよくデザインを手伝わされているんです。しかし、つい先日母に与えられたパジャマのデザイン課題が終わっておらず、行き詰まっているのです。そこで、沙耶香先生のパジャマ姿を見れば何かしら参考になるかもと思いまして、先の発言をさせていただきました』
急に饒舌になったな!
ただ、彼女が私に固執する理由の一端を垣間見た気がする。要は「世にも珍しい合法ロリツルペタぼでーに興味を持った」ということだろう。なんだかこの言い方だと語弊があるような気がするけどまあいいか。
それにしても服飾か。凄いな楪さん。将来はデザイナーになるのかな?
かく言う私はファッションに一日の長がある。子供過ぎず大人過ぎないデザインの服を身につけるよう意識しているのだ。パジャマも例外ではない。
楪さんの参考になるのならば私のファッションセンスをお披露目するのは悪い気がしない。
むしろ俄然やる気が出てきた。
「そういうことなら力になってあげる。ちょっと待ってね、自撮りするから」
『おほっ』
……?
まあ、タップミスかなにかだろう。意味は読み取れないが悪い返事ではなさそうだ。
さて、自撮りをするといったものの、どうしようか。
パジャマを写すのは大前提として、顔を写すか否かが問題となる。
「顔が写った写真を楪さん以外の誰かに見られる可能性を考慮すると顔出しには抵抗が……」
うーん。
「顔は写した方がいい?」
『どちらでも構いませんが、私個人としては写っていた方がありがたいです』
「了解。なんとかしてみるね」
私は一度チャット画面を閉じてカメラアプリを起動する。腕を伸ばしケータイのカメラレンズに目線を合わせると、カメラを持つ腕とは反対の手で───────目元だけを隠した。
「撮れたよー」
「(画像を送信しました)」
『ありがとうございます。保存してもいいですか?』
「いいよー」
「今日の用事はこれだけかな? もう遅い時間だから早く寝なよー」
『はい、ありがとうございました先生。おやすみなさい』
「おやすみー」
ポチッと端末の電源を落とし、私も寝る準備に入る。今頃楪さんは私のファッションセンスに感銘を受けていることだろう。ふっふっふ。
深く考えず自撮りを送ってしまったが、楪さんなら正しく使ってくれるはず。
「改めて楪さん凄いなぁ」
料理もできて服のデザインもして。部活はテニスと茶道と言っていたし、万能人間か。
どんな服をデザインするのだろう。私の写真が参考になってくれればいいな、と心を弾ませながら私は眠りに落ちていった。
◇
翌日、楪さんは怜悧さを伺わせる美麗な目元にクマをつくっていた。
「楪さん、もしかして寝不足?」
「ええ……深夜に張り切ってしまいまして」
「張り切るって、デザインを? 早く寝なさいって言ったのに」
「デザイン……私と沙耶香さんの将来設計……ふふふ」
「何か言った?」
「いえ、お気になさらず」
楪さんの不自然な態度に、私は首を傾げた。
◆
日は巡り、いつの間にか五月に突入。職務に慣れたことで緊張も解け、ようやく教鞭をとる楽しさも感じることができ始めていた。
相変わらず生徒達からは撫でられたり抱きしめられたりする。
楪さんとのチャットは続いており、内容は取り留めのないことがほとんどだ。お互いの趣味や好きな食べ物、その日の出来事などなど話題に欠かない。
加えて、楪さんは度々私の自撮りを要求してくる。要求のレベルも上がってきており、最近はナース服やチャイナ服、果ては小学校の制服を押し付けられる。コスプレ衣装の一種なのだろうが、何故毎度毎度、私のサイズぴったりの衣装を用意することが出来るのだろうか。というより楪さんに衣装を貸してもらって撮影って服飾デザイン関係ないような気がしてきた。
◇
「先生、この週末は空いていますか」
「空いているかどうかは楪さんの要求次第によって変動しますねー」
「なぜ棒読みなのですか……」
内容も聞かず迂闊に「空いている」と言ってしまうと変な用事を入れられたりする。伊達に二十うん年生きていないのだ。
「仮に、どのようなお誘いなら予定が空くのでしょうか」
「うーん、一緒に図書館に行こうとかだったら大丈夫かな。運動しようとか旅行しようとかのお誘いだった場合『体調を崩して用事をキャンセルする』予定が入りますねー」
まあ本当のところ、そんな回りくどい事はせず嫌なら嫌とハッキリ断るんだけど。
楪さんは私の軽口に、得心したように頷くと花が咲いたような朗らかな表情を見せる。
楪さんはそっと、私の耳元に唇を寄せてきた。おまけにその両腕は割れ物を扱うように私の矮躯を抱きしめる。
あいにく放課後の教室には誰もいないので、この行為を咎める者はいない。
逃げる間もなく密着された私の心臓は理由も無くバクバクしている。
彼女は一体何を───────
「───土曜日、私とデートしませんか、先生」
ほ、ほぉ~!