序章 未来から
これって、アウトですかね……
「稀代の魔女。メイザーリンよ」
暗いぼろぼろの館。
人の隠れ家の一つに心労でいつ倒れてもおかしくない年齢の割に年老いた魔導士が声を掛けてくる。
「はい」
青い髪。黒いワンピ-スに身を包んだ魔女。メイザーリンは返事をする。
「人が魔族によって支配を奪われて、おそらく、人が人として生きておるのも僅か少数。儂もお前も僅かな同胞を探したが結局見つけれなかった」
「……………」
魔導士は金の腕輪を渡す。
「師匠? これは?」
「儂の最後の希望じゃ。これには儂の魔力で錬成した。――儂はまもなく死ぬ」
「師匠っ!!」
そんな事を言わないで下さい。そう反論しようとしたメイザーリンを師匠は手で止める。
「今から儂は太古の秘術を行う」
「……………」
太古の秘術……数人で行っても死に至る術………。
「そなたをこれより過去の世界に飛ばす」
「過去……」
「そうじゃ。――まだ魔族に世界を支配されてない時代。勇者が、魔王に敗れる前じゃ」
師匠はかつて勇者の仲間だった。
勇者が魔王に敗れ、それから魔族の人の蹂躙が一層ひどくなった。
人は今。魔族に生存権を完全に握られている。
食用。
奴隷。
道具。
そして、性欲のはけ口。
「魔王を倒すの協力するのですか……?」
過去に行って。
「いや、違う」
師匠は首を振る。
「そなたにしてもらいたいのは、魔女皇を倒す事じゃ」
「魔女皇……?」
魔王の伴侶。
そして、魔王の母親。
「……魔女皇は人間じゃ。いや、人間じゃったというべきか」
「…………」
「勇者の仲間であった彼女はある魔人に攫われて、自分の愛する存在によって…いや、愛する存在が魔人に攫われて操られ意に添わない。肉体関係を強要されて、心が壊れかかった時に術によって生まれた子が魔王になった。そして、実の子に肉体関係を強要されるという恐怖を味わい、彼女は勇者の仲間から魔族の一人に作り替えられたのじゃ」
「………っ⁉」
魔人に誘拐された。
そして、肉体関係を強要!!
しかも……。
「魔王を生まされて、魔王に襲われたなんて………」
そんなのって……。
「魔人は高らかに告げたよ。魔女皇が居れば魔王は何度も復活する。そして、何度も近親相姦させて生まれるのが魔王だと」
「……っ!!」
「魔人は候補になる魔力の高い女性に強要させて、魔王を作る。……操られていた想い人には魔王の精神が憑依していてどんなに抵抗しても逃げれないし、操られたまま女性を乱暴に抱く。儂は目の前で彼女の心が壊れたのを見せられた」
「……師匠」
その想い人というのは……まさか。
「儂じゃない。――勇者だった。魔人は…精神だけの魔王は勇者すら操り、彼女を手に入れた」
止めれなかった。
「そんな勇者が、魔王を倒せるわけがない。――自分が仲間を犯して、産ませたのが魔王。その魔王に立場ですでに負けていた」
じゃから。
「メイザーリン。魔女皇になる彼女を魔人から守っておくれ」
師匠は涙を流していた。
「あの子さえ無事なら勇者は負けない。魔女皇が魔王を生む前に精神だけの魔王を排除しておくれ」
「…………」
師匠に救われた。
魔族に殺されそうになった自分はこの人によって救われた。
「はい……」
必ず。
「必ず。魔女皇の誕生を阻止してみせます」
だから、師匠。
「弟子であり、娘である私を安心して見送ってください」
術は起動する。
必ず。
師匠のために。
必ず。
人類のために。
(必ず。成し遂げる……!!)
術は発動する。そして。
「ここは……?」
『勇者と勇者の幼馴染が生まれたアージュの村だよ』
答える声。
『ゲームのスタート地点だ』
腕輪が光言葉を紡ぐ。
「師匠の魔力……?」
『――初めましてというべきかな。メイザーリン。バットエンドの先に生まれた魔女』
「バットエンド……?」
何の事だ。
『まあ、分からないよね。――君の知ってる現代は、僕の知ってるものでは《終焉のイルージア》というゲームの勇者が魔王に敗れた先にある未来。バットエンドの世界なんだ』
イルージアというのはこの世界の名前だ。
「何を言ってるんだ……?」
げーむ? げーむとは何だ?
『ああ。知らないか。ゲームというのは物語の一種。その物語が人の敗北で終わった世界。それが君の知ってる世界。僕はそのゲームをしていたプレイヤーだったけど、まさか、好きなゲームだと思ってたらそのゲームの世界の魔道具になるとは思ってなかったよ』
腕輪が意味不明な言葉を言い続ける。
「どういう……」
『簡単に言えば、僕がこの世界で君をナビゲーションするって事だよ。よろしくねメイザーリン』
腕輪は意味が分からないままそう宣言した。
「愚かな事を……」
一人の魔人が息も絶え絶えな老人を嘲笑い、足蹴にする。
「愚かではない……儂の娘がお前を…お前達の世界を終わらせるはずじゃ……」
そう。娘を…弟子を信じているから悔いはない。
「愚かね。ホント。――魔女皇の資格を持つ者の傍で実の娘を守らせるですって。可哀想に」
笑う。
絶望を与えるように――。
「彼女が魔女皇になる未来は変わるかもしれないけど、貴方の無s目が今度は魔女皇の候補になるのよ。ひどい男ね。初恋の女性を守るために娘を犠牲にするなんて」
魔人の言葉に老人は動揺する。
魔力の高い女性。
その資格は確かに娘にも備わっている。
「魔力の高い方を魔女皇にするだけ、魔族の世界は変わらない」
貴方のした事は無駄だったのよ。
「そんな……」
世界を救う。その為に行った事が無駄に。そして、
(メイザーリン!!)
実の娘の危険を阻止しようとするが、娘を過去に送ってしまった。
悔いのない――娘を信じてたから――終わりが迎えられると信じていた老人は、魔人の言葉に大いに悔やみ、その生涯を終えたのだった。