プロローグ
暴力系ヒロイン好きな方はごめんなさい。まだ暴力要素は少なめで、テンプレな殴る蹴る系の直接攻撃はあまりなかったりします。
耳をつんざく爆裂音。
爆炎が教室の窓を壁ごと吹き飛ばすとともに、一人の男性が放り出され宙を舞う。
そのまま力なく落下し、校庭に叩きつけられようとしたその瞬間、地面が隆起し、彼を再び宙へと撥ね飛ばす。
そこに、突如として巻き起こった竜巻が、彼をもみくちゃにしながら更に天高くへと押し上げ、快晴な空にもかかわらず、これまた突如として発生した真っ黒な雷雲から放たれた稲妻が、彼を穿ち貫き地面を抉る。
そして地に伏した彼を、半径一メートル程度の局地的すぎる豪雨が飲み込んでゆく。
彼は何故こんな目にあっているのか?
それは、些細なことであった――――――。
「本日より、君たちの教育係を務めさせて頂きます、ミスリル・オリハルコンと申します……。教育係なんて言っても、自分はしがない雇われ魔導師。君たちに教えられることなんて無いかもしれないけど、一生懸命頑張りますので、これからよろしくお願いします。」
教壇に立ち、簡単な自己紹介を済ませる。
ミスリルの挨拶に五人の少女たちは、よろしくお願いします。と口を揃えて返した。
超ド級の危険人物たちだと聞かされていたので、少々拍子抜けしていまう。
「えっと……その、見ればわかることなんだけど、一応君たちの自己紹介も兼ねてってことで、出席をとらせてもらうね? 先ずは……。」
「私だ! 」
ミスリルの言葉をはっきりとした力強い声で遮り、勢いよく立ち上がった。
「え、ええ……では、サ……。」
「サラ・サラマンダーだっ! あ、改めて、よろしく頼む。」
どこかそわそわして落ち着かない様子の彼女、サラ・サラマンダー。
「は、はい、こちらこそよろしくお願いします。サラマンダーさん。」
「サ、サラで構わない……。」
「そ、そうですか。じゃあ、よろしくお願いします。サラ。」
「うむ……。」
サラは頷くと、口をつぐみ俯いてしまった。
彼女の様子を見かねて、ミスリルは声をかける。
「サラ? 」
「な、何だ? 」
「もしかして、緊張してる? 」
ミスリルの問いに、サラは真っ赤になった顔をガバっと上げる。
その瞬間、四人の少女たちが一斉に立ち上がり、何かに備えて各々がかまえる。
瞬時に張りつめる教室の空気。
ミスリルはこの一連の様子について行けず、置いてけぼりをくらった。
口をぽかんと開け、人ごとのように眺めていた。
そんな彼をしり目に、サラが口を開く。
「大丈夫だ……大丈夫。すまない。」
四人の少女は胸をなでおろし席につく。
「先生! 」
「え? あっ! はい! 何でしょうか? 」
先生と言うのが自分のことだと言うのを咄嗟には理解できなかったが、思考が置いてけぼりをくらっていたミスリルにとって、現在の状況に思考を引き戻すのに良い謎解きになった。
ミスリルは襟を正し、緩んだ口元をしめる。
「私は、き、緊張などしていない。断じてだ! 」
「そ、そっかー……えーと、じゃ、じゃあさ、他に何かないかな? 好きな物とかこととか……。」
「好きな焼き加減はウェルダンですっ! 」
「……。」
言葉遣いとは裏腹に、意外と緊張しいの恥ずかしがり屋。
ミスリルは出席簿にメモした。
「う、うんうん。俺も良く焼いたの好き好きー。あははは……。」
サラは何故か満足げに椅子に腰を下ろすと、耳にかかった長い髪を、どうだっ! と言わんばかりにかき上げた。
「と、とても良い自己紹介だったね。で、では次、クラングラン・ノームさん。」
「……はい。」
今にも消えてしまいそうな小さな声と共に立ち上がったのは、サラとはうって変わって小柄で大人しそうな少女。
「……。」
「……。」
ミスリルと彼女、クラングラン・ノーム。
お互いを無言で見つめ合う事数十秒。
耐えきれなくなったミスリルが声をかける。
「……えーと、ノームさん? 」
「私の勝ち。」
「……はい? 」
「ゲーム。先に喋った方が負け。ふふ。」
彼女は儚げながらも、どこか得意げに微笑む。
「……く、くっそー。負けちゃったかー。悔しいなー。」
何と言えば良いのか? ミスリルは全力で取り繕う。彼は大概なお人好しなのだ。
「クラングラン・ノーム。私もクランで良い。よろしく。」
先ほどの微笑みは消え、陶器のような冷たさを感じる。
わざとらしかったかと、ミスリルは頭を捻った。
「よろしく、クラン。あ、あのさ、さっきのゲーム……もっかいやらない? 」
クランは首をかしげる。
「いいけど、そんなに悔しかったの? 子どもみたい。カワイイ。」
「そ、そうなんだよ! 悔しくってさー。」
「じゃあ、いくよ……スタート。」
クランの合図でゲームが始まる。
十秒、二十秒、三十秒……。
正直、ルールさえ分かっていれば、やろうと思えば何時間でも続けられるゲーム。
さっきより粘って、クランに華を持たせよう。
ミスリルはそう考えていた。
しかし、一分を過ぎた頃、教室を異変が襲った。
教室が、と言うより建物が、地面が揺れ始める。地震だ。
すると、先ほどのサラの時と同様に、クラン以外の少女たちが立ち上がり構えた。
「な、何してるんだ!? みんな急いで机の下に! 」
ミスリルが咄嗟に叫ぶ。
すると、何故かピタリと地震が治まった。
再びあっけにとられるミスリル。
ふらふらと視線が泳ぎ、クランの視線とぶつかった。
「また、私の勝ち。……弱っちいんだね。先生。ふふ。」
「え? あ……うん。また、負けちゃったね。」
「ねえ、先生? 」
「な、何だい? 」
「またしようね。ふふ。」
そう言って妖しく微笑むとクランは腰をおろした。
大人しそうに見えて、意外とお茶目さん?
ミスリルは出席簿に書き加えた。
「じゃあ、次は……。」
「はいはいはーい! 次は私たち! 」
「そんなに大声を出すモノじゃあないよ……。風たちが驚いてしまう。」
一人の少女が飛び跳ねるように立ち上がると、それを追いかけるようにもう一人の少女が、やれやれと言うような困った表情で立ち上がる。
「ライカ・ジンさん。フウカ・ジンさん。ですね? 」
「はいはーい! 私がライカでー。」
「一応、ボクがフウカと呼ばれているよ。またの名を、風の王……。」
「フウちゃんは私たちと違う、ちょっと変な病気も持ってるだけだからだから気にしないでね? 」
「……噛み殺すよ? 」
「あっ! お姉ちゃんに何て口の利き方! 」
「姉……だって? 数秒先に産まれたからと言って、何だと言うんだい? 」
「またそんな生意気なこと言って! もう! お仕置きだよ! 」
フウカのほっぺたを両手でつまんでぐにぐにとこねくり回す、姉、ライカ・ジン。
「ちょ! 辞めないか! 辞め……。ご、ごめんなさい! 許して!? お姉ちゃん! 」
ライカにほっぺたを蹂躙され、涙目で許しを請う、妹、フウカ・ジン。
「ダメ! 反省するまで許さないから! 」
「そ! そんな……。 」
フウカがミスリルを見つめた。
口だけ動かして、どうやら、先生と言っているようだ。
救いを求めているのだろう。
「ま、まあまあライカさん。フウカさんも反省しているようですし……。」
「むう……まあ先生が言うなら……。」
ライカは納得してないようだが、諭され、つまむ力が僅かに緩む。
するとフウカはその隙を見逃さず、ライカの腕を払いのけ、ミスリルに駆け寄ると、背中に隠れた。
「ぐすっ……。ふ、ふふ……風を捕まえること等、何人にも出来はしないのさ。」
フウカはライカに対して、アッカンベーをした。
「フー……ウー……ちゃーーーん……!? 」
「ひい! 」
ライカの髪が、何かに引っ張られるように逆立つと、パチパチと何かが弾けるような音が教室に響く。
そして、本日三度目のクラス総立ち。
しかし、何と言っても三度目である。
「ままま、まあまあ! まあまあまあま! 」
三度目の正直と、置いてけぼりにならなかったミスリルが、教育係らしく喧嘩を仲裁しようと間に入る。
落ち着かせようと、ライカの肩に触れようとした時。
「ダメっ! 」
「え? 」
ミスリルの手を、見えない何かが払い飛ばした。
衝撃で尻もちをつく。
鈍い痛み。
ぼろぼろに破れた袖口。
結局、ミスリルは、あっけにとられて置いてけぼりをくらったのだ。
ライカとフウカは、口をぱくぱくさせているミスリルに駆け寄る。
「先生! 大丈夫!? 」
「あ、ああ……大丈夫。ちょっと、びっくりしただけ。」
「と、咄嗟だったとは言え、すまない。服をぼろぼろにしてしまった。」
「え? あ、ああ。ああ。いいよいいよこのくらい。逆にオシャレ? みたいな? あはは。」
「そうだよー。ふうちゃんが止めてくれなかったら先生は……。」
ライカが視線を逸らす。
良くわからないが、一体どうなっていたのかと、一抹の不安がよぎった。
「そんな……。あ、あの……お姉ちゃん? 」
「なあに? フウちゃん? 」
「ご、ごめんね? 」
「ううん。お姉ちゃんこそごめんね? 」
二人はお互いの手をとり合い見つめ合う。
ミスリルは立ち上がると、気まずそうに教壇へと戻った。
「と、とても仲の良い姉妹だってことが伝わる、これまた良い自己紹介でしたね。ライカさん、フウカさん。よろしくお願いします。」
二人はミスリルに顔を向ける。
「私たちも、ライカとー。」
「フウカ。で構わないよ、先生? 」
これからよろしくね。と双子ならではの呼吸か。口を揃えて応えてみせた。
とても仲の良い姉妹。フウカの病気には何か思い出しそうなので触れない。
意味深なメモが加えられた。
「それじゃあ、最後だね。レイニー・ウンディーネさん。」
「はい。レイニー・ウンディーネと申します。」
すっと立ち上がり、佇む。それだけで、どこか華がある落ち着いた雰囲気の少女、レイニー・ウンディーネ。
頭を下げる所作だけでも、思わず見入ってしまう。
「ウンディーネさんは、級長を務めているんだよね? 」
「はい、僭越ながら。」
「いやいや、頼りない教育係で申し訳ないんだけど、これから何かと手伝ってもらったりすると思うから、その時はよろしくね。」
「とんでもございません。こちらこそ、名ばかりの級長。至らぬところも多々ありますが、寛大なご指導、よろしくお願いいたします。」
「いやいやいや……。」
「いえいえいえ……。」
二人で恐縮しあってしまう。
「ところで、先生? 」
「はい、何ですか? ウンディーネさん。」
「わたくしのことは、その……レイニ……と……。」
ミスリルには途中の声が聞き取れなかったが、ここまでの自己紹介でピンとくるものがあった。
「ああ、うん。よろしくね? レイニー。」
「い、いえ……その、わたくしのことは……。」
「レイニーのことは? 」
「……レイにゃん。と。」
「……レイにゃん? 」
「は、はい! わたくし、その……猫ちゃんが大好きでして、将来的には猫ちゃんになりたいと思っておりまして、日々、どうすれば猫ちゃんになれるのか研究しておりまして……おりまして……おりまして……おりまして……! 」
「……。」
十数分後……。
「ですから、みなさんに猫ちゃん扱いしていただこうと言う結論に至ったしだいでございます。」
「なれるといいね! レイにゃん! 」
「……! はいっ! 」
猫! うん、猫!
そう、猫なのだ。一見意味不明なメモを加えて、彼の出席簿は完成した。
その出席簿に、どこからともなく一滴の滴がポツリ。
反射的拭ってみると、それは水のようだった。
一体どこから? と天井を見上げるが、雨漏りなどはありそうもない。
何より、ここ数日は雨など降っておらず、今日にいたっても、雲一つない快晴だ。
不思議な事もあるもんだと、首を捻ったミスリルは、同時にあることに気が付く。
教室内のじめじめに気が付く程に湿度が高いのだ。
異様な現象にミスリルは戸惑うばかりだったが、彼の戸惑いと、教室の湿度を払うように、サラが口を開いた。
「レイ! 」
サラの声に、ハッと我に返るレイニー。
クラン、ライカ、フウカの三人が教室の窓を開けると、舞い込んできた不自然な突風が、湿気を吹き飛ばしていった。
ありがとうございました。