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繚乱ノ華

作者: 禿 子月

薄く露の付いた窓を開けると表皮を薄く削いでいくような空気が肺を満たす。

再び死の季節が巡ってきた。

窓から覗く街の景色は何時も灰色で覆われていた。

唯一違うと言えるのは院の庭に佇む桜ぐらいであった。

桜の色は季節と共に変わって行く。

春はまるで生まれ変わり、この世を謳歌するかのように薄紅に咲き誇り、夏は薫風に青葉を揺らし小さな生き物達の家となり、冬は命の蝋燭を燃やし切ったかのように沈黙する。

それは少女にとって、命の温もりを感じさせる数少ない色であった。

もう何度季節が巡ったのだろう。

未だに少女は病理という名の鎖に縛られこのちっぽけで無機質な白一色の世界に囚われていた。

いつか通っていた学校の友人達も最初こそ見舞いによく来てくれたものだがそれは何時しか端末越しになり、やがてそれさえも絶えてしまった。

両親も少女の検診の結果を作業のように聞きに来るだけとなり、窓を開けて桜を見る事が少女の日課になっていた。

辛いとも哀しいとも思えず、心の中を只々虚無が埋め尽くす日々であった。

だが、先日偶々聞いてしまったのだ。看護婦達が自分の余命はあと僅かだと大層憐れだように話しているところを。

いつか来る事だとは分かっていた筈だった。

本当なら今すぐにでも手放したい命だというのに、此処に来て少女は死を恐れてしまっていた。

死への恐怖は空白の羅列に波を立てて行き、少女は波から逃れるように再びベッドに戻り、瞼を閉じた。


──淡い桃色が視界を流れてゆく。まるで空中を流れる川のように。源流を辿って行くと鮮やかに彩られた桜の樹木が視界を覆い、その美しさに目を奪われる。

そんな少女を見て傍にいる両親が少女の頭を優しく撫でる。

少女もまた両親の愛情を感じて穏やかに微笑み返す。

幸せだった。幼き頃の夢と知りながら、その幸せを手放したくない程に。


──幸せな夢は瓦解していく。まるで花が散るかのように。


次に少女が見たものは月白の天井だった。

懐かしい夢を見た。

溺れてしまう程に甘美な夢だった。

今となってはあの頃の全てが懐かしく、愛おしかった。

目元に手を添えると案の定、泣いていた。目元にあてた手で涙を拭う。涙を拭っても、視界は靄がかかったように薄ぼけていた。

死に瀕した者は、自分の死期を悟るものだと言われているが、それはどうやら本当らしい。

少女には自分に残された時間があと僅かである事が分かってしまった。

だが、あれ程感じていた死への恐怖は無く、今は安堵と安らぎだけが残されていた。

体を起こしてベッドの横に置かれたデジタル時計を見ると時刻は午前4時2分を示していた。

夜明け前の空は青よりも蒼く、例えるならば瑠璃のように深い蒼色だった。

その時、窓の外の瑠璃色から桜の花びらが迷い込んだかのようにひらひらと舞い込んだ。花びらは一筋の軌跡を残して少女の掌に身を預けた。花びらはほんのりと温かく、白一色の世界で唯一淡いひかりを発していた。

まだ夢の中にいるのかと思った。だが、夢かどうかなんて今はどうでもよかった。

花びらをそっと掌に包み、ベッドから立ち上がる。

あれ程弱っていた体が驚く程軽かった。

廊下を小走りし、階段を二段飛ばしで駆け降りる。

中庭への扉を開くと静穏がそこにあった。


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