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魔法使いのエリス:三角帽子と夏の星  作者: 帆立
二章:今日から始まるエリスの修行
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第4話:シノノメ先生の課題

 朝食の固いパンと具の少ないスープを飲み干し、胃袋を満たす。

 お気に入りの三角帽子をかぶってケープを肩に羽織り、樫の杖を手にする。

 準備は万端。

 一階に降りたエリスは家政婦のバラードと鉢合わせた。

 洗濯かごを抱えた彼女は「いってらっしゃい」とエリスに呼びかけた。

 彼女の背後に子供が隠れている。

 サイズの合わない大きなハンチング帽をかぶった、髪の短いその少女は、エリスの視線から逃げるようにバラードの背中に身を潜めてしまった。

 あいさつをしなさい、とバラードに促された少女はおずおずと頭を出す。小動物の仕草に似ていた。


「こんにちは。ボクはキア・バラード」


 消え入りかけたかすれ声でハンチング帽の少女――キアはそう名乗った。

 あいさつができたご褒美だろうか。バラードがキアの肩を抱き寄せる。


「エリスちゃん。娘と仲良くしてあげてね」

「はいっ」


 同い年くらいだろうか。仲良くなれるだろうか。エリスは胸をときめかせる。


「わたしはエリス・マキナ。エリスって呼んでね、キアちゃん」

「よろしく、エリス」


 キアのささくれ立った手を取ると、彼女も手を握り返してきた。嬉しくなったエリスは鼻先が触れ合うくらいの距離まで顔を近づけてしまう。キアはぽかんと目を白黒させていた。


「キアちゃんっていくつ? わたしは十二歳だよ」

「ボクも十二歳」

「やった、同じだね。ねえねえ、シノノメ先生の修行が終わったあと一緒に遊ぼうよ。わたし、キアちゃんに街を案内してもらいたいな」

「……わかった。お母さんの洗濯の手伝いと郵便配達の仕事が終わったら」


 キアは抑揚に乏しい断片的な言葉で受け答えしていた。

 基本的に人見知りする性格なのだろう。母親同様、口数が少ない。

 わずかに口元が吊り上がったのを目ざとく見つけたエリスは、彼女が自分を受け入れてくれたのを察して安心した。最後の返事だけ微妙な逡巡があったことくらいが、気がかりといえる気がかりだった。

 ――ちゃんとあいさつできたわね。

 ――うん。

 バラードがキアの頭をなでる。夏の日差しを浴び続けてほんのり日焼けした肌は、娘を愛でる左手の薬指、その付け根だけ白く目立っていた。

 エリスはふいに母親が恋しくなった。



 ◆◆◆



 軍の近代化、機甲化に伴い、個人の資質に依存する魔法使いは兵士としての役割を終えた。

 彼らは現在、機械の心臓となる魔法動力機関の開発者として重用されている。

 選りすぐりの人間のみが就ける、魔法動力機関の開発者――魔法動力機関国家技師。

 人は彼らを魔動師(まどうし)と呼び尊敬する。

 魔法動力機関の軍事利用からおよそ三十年が経った今、それは兵器のみならず船舶や蒸気機関車などにも転用されつつある。表通りから辻馬車が消え、バスが走りだしたのがここ十数年での目ざましい変化だった。

 魔動師と魔法動力機関は文明発展の象徴だった。


「――ですよね、先生」

「よく勉強してるな。感心感心」


 魔動師と魔法動力機関のあらましを流暢に説明してみせたエリスは、シノノメに褒められて自慢げに背をそらしてた。他の科目の成績はいまいちでも、これに関する知識だけは他の同級生たちと一線を画していた。

 なら問題だ、と鞘に収まった太刀で自分の肩を叩きながらシノノメは続ける。


「魔動師になるための条件を全部言ってみろ」

「自力で魔法を操れる人、いわゆる『魔法使い』であるのが必須条件です。それに加えて大学で魔動師に関わる単位を修めて卒業して、国家試験に合格するのも必要です」

「他には?」

「えっ? えっと……まだあるんですか?」

「もう一つは一等市民、もしくは貴族であることだ」

「そんな条件、わたし初めて知りました」

「文面にはない。慣習としてそうなってるのさ」


 事実、魔法動力機関国家技師の資格が定まってから現在まで、富豪の一族である一等市民と貴族以外の人間がその資格を得られた例はただの一つとしてない。魔動師は皆、名門の出自である。


「だから仮に魔法使いであったとしても、四等市民のヴリトラみたいな被差別層出身の人間は魔動師にはなれない。そもそも大学にすら入れない。生まれた親のもと次第で、そいつの運命はだいたい決まってしまうのさ」


 シノノメの言外から皮肉以上の感情を受け取ったエリスは「はい、わかりました」と神妙にうなずいた。うっかり私情をこぼしてしまったうえ、幼い少女に気を遣わせてしまった負い目か、シノノメは自嘲っぽく苦笑した。


「さて、座学はこのへんにして実践に移ろうじゃないか」

「実践って、ここでですか?」


 二人は港湾都市アクア第一北区のはずれ、林の奥深くに踏み入っている。

 木々が雑多に生い茂る中、二人の立つところだけ木が伐採されて広い空き地になっており、直射日光が降り注いでいる。シノノメ自身や彼の元一番弟子ヴリトラが魔法の修行に利用していた場所だという。注意深く周囲を観察すると、古い傷のついた幹や、的のついたわら人形といった道具がそこかしこにあった。

 エリスが興味津々といった様子で修行場を調べている間、シノノメは屈んで歩きながら足元の木の実を拾っていく。硬い皮に包まれた木の実は彼の手の中でがちゃがちゃと音を鳴らしていた。


「魔法使いとしての社会への貢献が認められなければ、魔動師になるのは無理だろうな」

「『貢献』とは具体的にどういうものですか?」

「わかりやすい例がここにいるだろ」


 彼が自分を指差す。


「俺みたいに、世界征服を企む魔王をぶっ倒して戦争を終わらせた奴とかさ」


 双眸が闘志で燃えたぎっている。


「お前の場合はもっと簡単だから安心しな。これからの一ヶ月間で成長した姿を俺に見せてみろ。そしたら推薦状を書いてやる。魔王を倒した英雄の推薦状だ。実質、魔動師の道へと続く切符に等しい」

「成長、ですか」

「曖昧な表現でも困るだろうから、具体的な課題を一つ出そう」


 鞘に納まった太刀の切っ先をエリスに向ける。


「イモ娘。お前の魔法『転換術』で俺を倒してみろ。それが課題だ」


 威圧の波動を浴びたエリスの肌が痺れ、総毛立つ。

 エリスはその気迫で否応無く実感させられた。

 彼が、魔王を討ち滅ぼした英雄の一人、魔法剣士シノノメであることを。

 シノノメは片手に握っていた木の実を一個、真上に放り投げる。

 頂点に達してから腰の辺りまで落下してきたそれを、太刀の鞘で横薙ぎに叩いてエリスめがけて弾き飛ばした。


「イモ娘って言わないでください!」


 エリスが杖を掲げて叫ぶ。

 一直線に飛んできた木の実が目標の彼女から逸れて茂みに落ちた。

 シノノメは再び木の実を弾き飛ばしてくる。


「こっ、こっちにこないで!」


 耳元で風を切る甲高い音がする。

 エリスから逸れて幹にぶつかった木の実が木っ端微塵に砕け散った。


「イモムスメー。避けてるだけじゃ俺は倒せないぜ」

「先生を倒せだなんて、無茶に決まってるじゃないですか」

「怖がるな。精神を研ぎ澄まして転換術を意のままに操れ。凪いだ海を思い描け。魔法を己が意思で完全に操る。それが熟達への第一歩だ」

「むっ、無理だよ。できるわけないよ」

「ほれほれ、次は二個同時にいくぜ」

「先生、もしかして楽しんでます?」

「ばっ……んなわけねーだろ! これは修行だっつーの、うん」


 ――先生、ひどいです。絶対楽しんでるよ。

 軽快な調子で太刀を振るうシノノメへの恨み言を、エリスは心の中で繰り返していた。

 息継ぎする暇もなく次々と木の実が撃ちだされる。エリスは転換術をむやみやたらに使ってどうにかこうにかそれらの方向を曲げていた。ケガをしたくない一心で魔法を唱えているせいで、木の実は見当違いな方向に飛んでいく。シノノメにはかすりもしない。

 三個同時に飛んできた木の実をかわしたとき、へその辺りが弱音を吐いた。

 ――おなか減った。

 腹に手をあててさする。

 油断したそのとき、四個まとまって飛んできた木の実がエリスの額ど真ん中に直撃した。

 乾いた音が林にこだまする会心の一撃。

 大きくのけぞって天を仰いだエリスは、そのまま仰向けに倒れた。


「よっしゃ、大当たり! イモ娘もまだまだ甘ちゃんだなー。今日はここまでにしといてやるよ。さて休憩にすっか……おい、聞いてるか。んなところで寝てると風邪ひくぞ。おい、エリス? おいおいおいエリスってば!」


 意識が遠退く間際、顔面蒼白で肩を揺するシノノメが霞んだ視界に映っていた。



 ◆◆◆



 日が暮れる時刻。

 エリスはシノノメの背中で意識を取り戻した。

 

「起きたか。ったく、最近の若者はひ弱でいかんな。もっとイモ食って体力つけろよ。お前にもしものことがあったら兄貴にどやされるのは俺なんだからな」


 散々自分勝手な文句を垂れてからシノノメは安堵の息をついた。なんだかんだでエリスを案じていたらしかった。

 エリスは額に手を触れる。攻撃が直撃した部分はまだ脈打つ痛みが残っている。

 涙をにじませる。痛いからではない。

 涙がシノノメの服の背中に染みていく。


「ごめんなさい。わたし、学校でものろまだったから」

「……いや、俺のほうこそすまなかった」


 しおらしく謝るエリス。

 感化された彼も素直に謝罪した。


「次からは一個ずつ投げてやるからな」

「まだ続けるんですか!」

「魔法動力機関を完成させるには強い精神力と精密な技術が不可欠だ。自分の力すらろくに操れないうちは魔動師なんて先の先の先の先だ。俺は親戚の義理やよしみで贔屓してやるつもりはないぜ。兄貴の思惑なんて知ったことか」


 エリスとシノノメは線路沿いの道を歩いている。

 汽笛が空に響き渡り、エリスが反射的に顔を上げる。

 線路の向こうからやってきたものを目にした途端、彼女の瞳に輝きが宿った。

 煙突から煙混じりの蒸気を吐きながら、黒い巨体が駅のプラットホームに滑り込む。仕事帰りとおぼしき乗客たちを降ろしてから新たな乗客をいくらか乗せ、二人を追い越して線路の向こうに消えていく。

 地鳴りと轟音が収まるまで、エリスは力強く走る蒸気機関車のとりこになっていた。最後尾の車両が視界から見えなくなるまでその勇姿を見送っていた。


「蒸気機関車や蒸気船は、軍の戦車にも使われている大型の魔法動力機関が組み込まれているんです。おかげで燃料の消費が従来の半分以下まで減ったんですよ。機関が大きすぎるせいで自動車に組み込むには――って先生、聞いてます?」

「あそこにいるのは……」


 朗々と語るエリスをほったらかしてシノノメは駅のほうを見ている。

 そこには家政婦のバラードがいて、周囲をきょろきょろと窺っている。

 ホームから外へ出て行く人たちを逐一確認していって、人の流れが途絶えると彼女は失意のどん底といったふうに肩を落とした。シノノメは彼女のもとへ駆け寄って「レア」と下の名を呼んだ。


「レア。どうした」

「シノくん。キアが、キアが帰ってこないの」


 今にも泣きだしそうなレア・バラードがシノノメの胸にすがりついた。

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