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~執事となった俺は、メイドの人形と仲良くなる~

 なぜだろう、戻る事が出来るのなら、今すぐにでも俺を元の世界に返して欲しかった。だが、自分の頬を抓っても、壁に頭突きをしても、損傷した部分がジンジンするだけで、夢から覚めるという感覚は無い。

 一日をこの屋敷で過ごした時点で夢という括りは断たれているのは実証済というのに、俺というやつは、まだ目の前の現実を受け入れていないのだ。

 ため息を吐くと、隣からぎろりと痛い視線がこちらに向く。

「これで11回目だけど? いい加減にため息をつくのをやめたらどうなの、カエデ?」

「ん? あぁ」

 11回目と言われても、やはりため息が尽きることはない。家に帰って、暖かい布団の中で眠りたいぐらいだよ。そして、昼ごろまでぐっすりと眠っていてさ、親が用意してくれた飯を食ってから友人と遊びに行っていた日常に戻りたい。

 もぐもぐと口を動かしているカンナを眺めている俺は、ここに来た時のワイシャツは廃棄させられ、代わりに竜族の服を仕立てられた。

 と言っても、俺の立場は従僕という、いわば召使いという辺りに格付けされているので、ご飯に有りつけるのは主人であるカンナより後の時間か、前の時間である。

 急に生活環境を変えろと言われても、そんなことは無理だったため、俺は前者の行動となる。

「色々と言いたい事は沢山あるけどさカンナ。こういうのは俺の性格には合わないんだよ」

 例えば、俺が来ているこの服のこともそうだ。

 赤みが掛かった黒いスーツ。まぁ、絶対に着ることがないと思っていた俺の世界でいう、執事服だ。

 コスプレぐらいでしか着用できないだろうと思っていた服が、こんなところで着用するなんて、日本ではお目にかかれない。

 そもそも、俺はまだ高校三年生だっつぅの。こんなおっさんしか着なさそうな服なんかだれが着るかよ。

「そうなの? 私は似合っていると思うのだけれど」

「そ、そうか? なら着てやるよ」

 カンナは何も言わず、食事を再開する。

 ……えっ!? 無視ですか? そうなのですか? 実はちらっと見せてくれた少女のような表情は作り物なのかそうなのかそうなんですね分かりましたよ!!

「大体、敬語無くなってるんだけどさ? なんでだよ?」

「敬語? 従僕のくせに私に敬語を使えっていうの?」

「………」

 俺は黙るしか無かった。

 関係上、確かにカンナの方が上の人だ。だから敬語を使わなければいけないのは俺の方なのだが、如何せんか納得がいかない。

 ああ、そういえば昨日の目覚め始めはまだ軽い敬語だったっけ。今思えば遠い昔話みたいに思えてしまうよ。

「だけどカエデ、私は貴方が私に対しての敬語を使えとは言わない分、まだマシだとは思うけれど?」

「はいはい、ありがとうございますよお嬢様」

 もう振り切った俺は考えるのを止めて、少しでもいいからこの世界に慣れていこう。

「お嬢様というのは止めて…」

「?」

 急にカンナは声を沈める。

「なんでだよ? ここの屋敷からして、カンナは絶対にお嬢様だろ? 業には業に従えっていう俺の世界の諺が――」

「いいから、お嬢様というのを止めて! お願い」

 怒鳴られて俺は固まってしまう。女の子に怒鳴られたのなんて初めてだから、内心ビクビクしている。

 ふと、昨日屋敷を巡回したけれど、人という人がいなかったような気がする。こんな大きな屋敷にいて一人というのも変な話だ。

 聞きたい気持ちもあったけれど、それはもう少し俺たちの中が深まるか、カンナ自信が話してくれるまで待つしかない。

「わかったよ、もう言わないよカンナさ――」

「うん、それと絶対に“様”も付けないでよ?」

 うわ、言おうと思っていた矢先に釘を刺されたよクソっ! なに? 俺の心でも読めるのか?

 朝食を終えたカンナは立ち上がると。「カエデ? 今日出かけるから貴方も朝食を終えたら支度をして頂戴」と言って自室に戻っていった。

 ふむ、出かけるのに俺が必要とか、(従僕はなんだか聞こえが悪いので執事ということにしておいて)執事の仕事に拍車がかかってきたな。

 街にでも出て服でも見に行くのだろうか? 母親と妹の買い物に付き合わされたことがある俺は、女の買い物が長いことを知っているので、内心憂鬱だがまぁ仕事だと思えば我慢ぐらいはできそうだ。

「それは甘い考えじゃないのですか? カエデさんは」

「へっ?」

 考え事をしていたものだから目の前に現れた女の子にびっくりをしてしまった。

「えっ!? 誰?」

 昨日探索していた時は確かに人の気配はしていなかった。だが、目の前にいる以上はこの屋敷にも住人がいたということになる。

「私が誰なんかよりも、早く朝食を取りましょうか。カンナお嬢様が支度をしている間に」

 長いテーブルに置かれた俺の朝食。出来たばかりだからか、湯気が立ち上っており美味そうだ。

 カンナが食べていたものと同じ食事を取りながら、女の子は俺の隣に座る。

「あれ? 君は食べないのかい?」

 女の子はクスリと笑いながら頭を振る。俺よりも早く朝食を頂いたのか、それなら納得だ。

 それにしても、こんな美味しいご飯をカンナは毎日食べているのか。俺がいた朝食なんて食パンと目玉焼きを乗っけただけの軽食だというのに、チクショー。

 涙が…涙が溢れて来る!

「え、ちょっと、カエデさん。なんで泣いているのですか?」

「え、あぁ。この食事がうますぎてね。元の世界にいた俺の貧富な朝食が霞んできて。この瞬間だけこの世界に居てもいいって思ったんだよ」

「そ、そうですか…」

 そうだよね、引くよね。ドン引きですよねぇ!! そりゃこんな朝っぱらから飯食って、大粒の涙なんか出したら、気持ち悪いですよねぇ!!

 飯を食い終わると、女の子は俺の前の食器を片付け始めた。

「あ、いいよ。そんなの悪いし」

「いいんですよ。私もこの屋敷の召使いですし。あ、そうか。それじゃあやっぱり任せちゃいましょうかね?」

 ニッコリと笑顔を絶やさないこの子はまるで太陽のように暖かい。

 俺は言葉通りに食器を片付けるために重ねて持っていく。女の子と話をしながら厨房に入り、汚れた食器の汚れ洗い落としながら話をする。

「そういえば、なんで俺の名前を?」

 話の切り出しネタとしたらこれが一番無難だろう。君の名前はとか変態みたいにいうよりは、こっちのほうがまだマシに聞こえるし。

「う~ん、カンナお嬢様が連れ帰ってきたカエデさんを恋人のように興奮して話すので。覚えちゃいました。それに、私と同じ屋敷の働き手として挨拶もしたかったですし」

 こ、ここここ恋人ぉ!!?

 いやいやまてまて、そんな事があるはずがないだろう。うん、あの悪魔のようなカンナが、俺のことを恋人と言っている状況が想像つかないわ。

 俺は冷静を装いながら話を続ける。

「そう言えば、君は朝食を食べるのが早いね? 一体いつから起きてるのさ?」

「私ですか? お嬢様が起きる2時間前には起きて朝食の支度をしているので、6時頃でしょうか?」

「すんませんでした」

 俺なんか、主人であるカンナよりも遅く起きているのに、この女の子といったら、主人のためにちゃんとしているのだから立派なものだ。

「これから、慣れていきますよカエデさん。あ、そういえば私の名前を言うの忘れていましたね」

「あ、ごめんなさい。お願いします」

 なんですかそれ、とクスクスと笑いながら女の子は俺に名前を明かしてくれる。いや、だって、女の子、女の子という表記の仕方も大体面倒になってくる頃だろうから、さっさと名前を明かしてもらって、女の子の表記を名前で自動更新してくれないと話が進まないだろう。

 あ、ちなみに、俺は元の世界だと色々なゲームを嗜んでいるから、例題としてまた上げると、???と名前欄が、その女の子が名前を自分の名前を言ってくれるだけで、クエスチョンマークは名前に変わるのだから、そりゃあ、早く女の子から名前になって欲しいよな。

 そう言えば、まだやりかけのギャルゲーとか処分になっちまうんだろうなぁ。あ、前振りが長い? 失礼しました。

「カルネ。これがお嬢様から与えられた名前です」

「与えられた?」

 カルネは頷くと。

「さっき、私に朝食を食べないのかって言ってくれましたよね? 私には必要ないのですよ」

「なんでさ?」

「私、機械人形オートマタなんですよ」

「オートマタ?」

 え、まじ? こんな人形があってたまるかよ。ちゃんと動いてるじゃねえか。ていうか、人間そっくりに精巧な作りをしているし、ぶっちゃけていうと、カルネは人間だって思ってたんだけど?

「あ~! その顔は疑ってますね。全くしょうがないですね」

 そう言ってカルネは服のボタンを外してその裸体をさらけ出した。

「ぶほっ!!? ちょカルネ!?」

「はは~ん、貴方、未経験ですかそうですか。純粋ですねぇ~。それだったらお嬢様とキスをしたときもバックバクでしたか?」

 カルネは俺の反応を面白がって近づいてくる。あの、その…当たっています!!

「ん?」

「わかります? 私にはみなさんのように心臓はありません。みなさんのように年を取ることはありません。そして、私以外に、オートマタはいません。絶滅というよりは、作ってくれる人が全員死んでしまったんですよ」

 カルネは服を着て、笑顔でそう言った。

 だが、その笑顔が、俺には何処か寂しいような表情でいて、少しだけ悪い気持ちに思った。はしゃいでいた自分がバカみたいだった。

「ですが、私にはお嬢様がいるし、最近はカエデさんもいますし、楽しいですよ?」

「…カルネ」

 パァっと笑顔で振りまく太陽の気が、人形のように作られたものなのだろうか、俺はいつしかカルネの心を分かってやりたいなって思った。

「それじゃあ、支度をしてくるよ」

 そう言って、俺は厨房から出ていこうとすると。

「あ、待ってくださいカエデさん」

「え、なに?」

 チュッと、唇に柔らかいものが触れる。

「あはは、やっぱりピュアですねぇ。赤くなって可愛いですね」

 ケラケラと笑いながらカルネは俺に指を指す。

「ばばばばばばば、バカヤロー。面白がりやがって、コノヤロー、絶対に許さねぇぞ!」

 脱兎のごとく俺は厨房から逃げ出した。カルネの顔を直視していられなかったからだ。

 さっさと、支度をして行ってしまおう。

 うん? ていうか、これから仕事仲間として毎日一緒になるんだから出会わないようにするのは不可避じゃないかよ。

 チクショー、人形のくせに可愛いぞコノヤロー!!

 俺は用意されていた服を着て、カンナの部屋に向かって。支度を済ませたことを伝えた。

「分かったわ、それでは行きましょうか」

「あいよ、それで? どこに買い物に行くんだよ」

 俺はのんきなことを言っていると、ジトリと目を座らせる。

「呑気なものねカエデは。まぁ、いいわ」

 カンナはぴしゃりと一括。うわぁ、さっきまでの日溜まりが嘘のように寒さでかき消されたよ。

「今から行くのはエルフの村よ。それと、先に行っておくけれど、遊びに行くのじゃないわ」

「え? じゃあ、何をしに行くんだよ?」

 ピタリとカンナの足が、屋敷の入口で止まり、俺の方へと向き直ると。

「失った信頼を取り戻しに行くの」

 その横顔は、昨日見たカンナの表情ではなかった。重苦しいような雰囲気、まるで、先人たちの間違いを正しい方向へと向けるための、決意に満ちた表情だった。

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