001001_ヒトって何?【What is the Homo sapiens?】
生物学的危害とは医学や生物学の実験、あるいは手術等の医療行為においての廃棄物の処理方法についてのものである。大まかに分けて、汚れを拭いたもの、怪我をしやすい尖ったもの、血液等の体液の三つに分かれる。それぞれ、黄、橙、赤の色がついている。
しかしながら今回は黒。当然前にあげた三つに分かれるものではない。黒は古来より死を表している。つまり、今回の検査結果は人類の死の危険を警告するものだった。
瑠璃川は慌てた。機械が勝手に判断したことを鵜呑みにすることなど、科学の道を志すもの、あってはならなかった。
「どけ!! ど阿呆ッ」
瑠璃川は焦っていた。曲がりなりにも、自分が責任を取る立場であるが故に、事態の収束を強く求め過ぎた。
瑠璃川はいきなり馬鹿にされて状況を上手く読み込んでいない神楽坂を踏み台にし、棚の上の方にある『エタノール 99.9%』と書かれた茶色く透明な瓶を取り出した。
もちろん、実験に使うためであって、調理用や食用、拷問用では絶対にない。誰でも断言出来ることだ。
「最後に問う、あなたは何?」
「……ぁ、あの……えぇと……」
神楽坂と同じように状況が飲み込めてない少女『姫』は右手に瓶を構えた瑠璃川に対して、何も答えることが出来なかった。当然、さっきまで話していた女の子がいきなりエタノールを持って、良くわからない質問をしてきたのだから、ビックリして当然。驚かずに受け答える方がおかしい。
「もう一度問う、お前は何だ!」
先程とは血の色を変えた瑠璃川が瓶をしっかり構え、質問した。右手に瓶をしっかりと構えていたが、左手は小刻みに震えていた。
「……私、人間なんだと、思う。証拠は何もないけど、私が信じて、誰かが認めてくれれば、それで人間なんだと思う」
「笑わせるな! 人間がそんな簡単だったら、この世のロボットはどうなんだ! あの鉄クズにだって意思はある。人間だと思うことだって出来る。そんな……そんな簡単なことで人間、語ってんじゃないわよ!!」
瑠璃川は俯きながら、狂ったようにその言葉を放った。足元をふらつかせながら、前のめりになった。そうしながらも、右手にある瓶は高く上げられていた。
神楽坂は咄嗟にその腕を掴んだ。
「瑠璃川やめろ!」
「離せバカ! こいつを人間と認めるのか? 人でない、正体不明の物体に。認めるなら消えろ、嫌なら認めるな!」
「少し、頭を冷やせ」
瑠璃川は掴んだ腕を右に凪ぎ払った。丁度、右側には先程まで『姫』が寝ていたソファがあった。
しかし、瑠璃川が前のめりになっていた為に、本来なら立っているはずの神楽坂までも、巻き込まれて倒れそうになった。咄嗟に神楽坂は左手で何かを掴んだ。右は瑠璃川の腕を持っているので、左で掴んだ。
それでも、二人ぶんの体重とエタノールの瓶の重さの二人は、その体勢から持ち直すことは出来なかった。瑠璃川が大きくフラついたせいで、二人は向かい合って倒れた。フラついて瑠璃川の髪がふわっ、と揺れて僅かに石鹸の匂いがした。
「わっ、うわっ!?」
ドーン、と音はソファなので無いにしても、正しくそんな感じで二人は倒れた。神楽坂は徐々に回りの状況を理解していった。
まず、瑠璃川は神楽坂の下敷きになっている。まぁしょうがないことだ。不可抗力ってやつ。
次にさっき掴んだ左手を確認する。細い筒のような布。桜と赤とオレンジのチェック柄、その布は瑠璃川の制服のネクタイだった。
問題は顔だ。何故か包み込まれるような気がして、これは何だと考える。瑠璃川が下敷き、という前提で考えたが、答えが出る寸前で思考を神楽坂は止める。
「分かったわ、答えが。私が冷静じゃなかった」
「答えって……何? 今、この状態は不可抗力で、ええと、あれだ、偶発的な……ねぇ?」
神楽坂はとっさに頭を持ち上げ、包み込みから逃れた。
「そんな野蛮な事じゃないわ。このことは不問にする。あんたも黙ってること」
「は……はい、黙っています! で、何が分かったんだ?」
神楽坂は無かったことにするなど考えてもいなかったので、一瞬、言葉に詰まった。もうすでに二人とも立ち上がり、瑠璃川は襟元を整え、ネクタイを締める。
そして、優等生らしい服装で言った。
「人間、こうでなくっちゃ! 異性を感じても、自我で抑える。人間だけが出来る凄いことよ」
「……は……はい?!」
瑠璃川は頭上にハテナマークを浮かべている神楽坂を無視して、空間にある切り取られた平面を見つめる。
そこにはERRORという文字と、Biohazardの文字がチカチカと踊っていた。その文字のしたの方、小さな字で何かが書かれていた。
成分調査結果。端的にただそれだけ、リンク先があるこのように、色だけが違っていた。瑠璃川はその文字に触れる。
「こ、これは……」
突然、目の前にたくさんの記号が表れる。上から適当に見ると『D-Met』『D-Lys』『D-Glu』と、良くわからない記号が並ぶ。そしてすべての記号に『D』が付き、その『D』がすべて赤く点滅していた。
「どうやら、異世界の住人ね。神楽坂、お前の考えは近かったってところかな♪」
目を見開いた瑠璃川は手を目の前の記号にかざした。すると、みるみる点滅する『D』が『L』という記号に変わっていく。もちろん、点滅などしていない。
すべて赤く無くなると『Biohazard』や『ERROR』の表示が消え、新たに四角とヒトの名前らしき文字が出る。
そこには……
月見里 黄泉
『No Image』
本来なら、顔写真が出るその四角には何一つ、少女とこの世を繋ぐものがなかった。