000111_空っぽの心【The EMPTY eyes】
「ったく、なんで屋台の骨組みは持って行ったて言うのに、屋根の布を忘れるんだよ!! 瑠璃川、そんなにバカだったか?」
階段を下りながら、罵声に近い不満を吐く神楽坂 碧は地下倉庫に向かっていた。
なんでも、クラスメイトが良くわからない、本当にどうしようもない間違いを仕出かしたので、その後始末をしているところだ。
今、この時期は学校の学園祭、そしてその準備期間。高校に入って数か月だろうが関係なく、生徒のみのイベントだ。
「そんなことよりこの学校、広すぎるだろ……」
校内のさまざま場所にある倉庫を回り続け、もうすでに、2㎞近く歩かされている神楽坂は疲れ果て、その場に腰を下ろした。
『ガッシャァァァァアアン……カラ、ン』
誰にでも分かる、何か、金属の物が崩れ落ちたものだ。
しかし、人が入ることはなく、すべて機械によって管理されている地下倉庫では、そんな物騒な物音はする筈がなかった。
普通なら、『誰かがいたずらで入りました』とか『地下からの不法侵入』とか、いくらでも考え着くが、この学校のセキュリティはどこそこの金庫よりもハイレベルだ。
ありえなかった。だから神楽坂はその物音に向かって、走った。
恐怖などない、あるのは好奇心のみ。
神楽坂はこの倉庫に外部から入る方法はただ一つと、考えていた。その方法はテレポート。テレポートによってでしか、入ることはできないと考えていたのだ。
「まさか、こんな時に出会えるなんて……この状況に、カンシャだーー!!!!」
神楽坂は声を裏返しながら、走る。地下倉庫までは数十メートルだったが、階段があるためなかなかスピードが出せなかった。
神楽坂はドアに手をかけ、倉庫の前の、機会に指令を出す、制御室に飛び込んだ。制御室から倉庫の中が見えるため、大きな、傾いた窓から中を見る。
そこにいたのは
「…私、どうして、ここに……何を、していたの?」
そこには一人の、黒髪の少女がいた。
少女の周りは黒い焦土となり、倉庫の中は火の海になっていた。
「え、えーと………………どちら様で?」
そこにいた少女の容姿は黒を基調とした、バロックのように派手で大胆でありながら、ロココのように繊細で緻密であった。そして、それを体現したような手の込んだ、ふわふわとした服を着ていた。
紛れもない『ゴスロリ』だ。
色白の肌とは対照的に、長く美しい黒髪は艶やかに整えられ、腰までの長さだけが和の表情を出していた。また同様に、少女の目は純粋で汚れのないものだったが、それは機械的に、強制的にそうさせられた様だった。
「あなたこそ誰? 私は……わた、し、は?」
「あ、あの、大丈夫ですか?」
今頃燃え盛る火を感知したのか、天井のスプリンクラーから轟々と水が落ち、その空間を夏の蝉のように警報が鳴き始めた。
「僕は神楽坂だ、君の名前、いや、なんでもいい!! 知っていることなら何でも!!!」
神楽坂は少女の反応から、明らかに何かがおかしいと考えていた。元々、侵入できない場所に現れたのだから、おかしいのは当然だった。それでも、その現象の副作用であるならばと、神楽坂は考えたのだった。
「私、何、死、死が、死だけしか……いや、助けて、」
その、ひどく混乱した心は強烈だった。
何かを恐れている。しかし、それが何かわからない。ただ、神楽坂が直感で分かったのは『記憶』がない、ということである。
「こんなところで火災とは……って、かぐらざか!? な、な、なんだってここにいるのよ?」
「なんだって、って言われても瑠璃川が変なものを忘れるから、こんなことになってるんだぞ!!」
「で、あんたはこの火災に何か関与していて、ありえない状況でその少女を見つけたとでも言いたいのかしら?」
瑠璃川は完全に神楽坂を火災の犯人だと疑っている。そして、突然現れた謎の少女に、僅かながら戸惑い、神楽坂の不幸に嫉妬していた。
「はぁ、息が、苦しい、は、ぁ、ケ、ホ…………」
黒髪の少女は息も絶え絶えに、苦しいと言った。その、小さな肩で激しく息をするように身もだえしていた。
「だ、大丈夫か!?」
「どけ、神楽坂、私に任せろ。……体温が高い、それに肌が色白い……かなり危険ね」
「危険って、助かるのか?」
「そんなこと言ってる暇があったら、とっとと運びなさい!! 助けたくないの?」
そこまで言われたら、もう後には引けなかった。瑠璃川は一瞬のうちに膨大な数の医療知識を検索し、何をすべきか考え出した。
無論、考え出したのは瑠璃川ではなくAIであるが、どちらにせよ、神楽坂は信じる他に道がなかった。
「大丈夫か?しっかりしっかり、しろ!!」
神楽坂は少女を背中に乗せると、地下倉庫から出るために、階段を上った。瑠璃川はなにやら、空間を指差しながら何かをしているようだが、神楽坂にはそのエフェクトは何も見えなかった。
階段を上がりきり、地上へと顔を出す。新鮮な、酸素の多い、安全な空気があることにホッと一息、胸を撫で下ろす。
神楽坂は倉庫を出てすぐの所にある、青々とした芝生の上に、今はスヤスヤと寝息をたてている少女を寝かした。
「ねぇ、神楽坂。この子の名前、分かる?」
「いや、わからない。本当に何も覚えていない様だった」
「そう……」
その少女の情報が何もない以上、何もすることが出来ない。恐らくはテレポートをしたであろう身。何か情報が無ければ偶然となってしまうことを、二人は僅かであるが思っていた。
「この、子……いや、名前をつけよう……姫、姫だ!! 姫の遺伝子から、何かわからないか?」
「姫って……そういうことをさらっと言っちゃうのは何かあるのかしら? まぁ、調べてみましょ、その……姫。いや、コード5.31_Hime_001をね」