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000101_神を見る筒【The pipe which watches God】

 西暦2045年、05月31日、02時45分。西湘地域の『山北第六天天文台』に一人の少女がいた。


 少女は星を見ていた。星というよりか、惑星の方が正しいだろう。その前の日、30日は土星が衝となった日だ。それと同じころ、31日の02時51分41秒にその月二回目の満月、『ブルームーン』となる。


 ちょうど、その二つの天文現象が同時に起ころうとしている。時間にしてあと6分程。



「そろそろ、時間」



 黒髪の少女は、ある実験を行おうとしていた。科学史に残るような大きなものだ。少女は自分の現在の質量を量るため、クリーム色のサマーセーターを脱ぐ。腰まで届く、艶やかな後ろ髪がセーターと絡み合い、脱ぐのを邪魔する。


 実験を行うにあったって、別に珍しい現象が起きていなければいけないという訳ではない。


 少女は灰色の制服のスカートを下しながら、ブラウスのボタンを外す。速い、とても速い。少女の慣れた手つきは目を疑うほどだ。




「こんな日を選ぶなんて、私、怖いのかしら? 駄目ね」




 小さく、細く呟く少女がこんな日を選ぶのは理由がある。それはただ単に、空が好き、星が好き、宇宙が好き、という単純なことだった。


 少女の趣味はその域を超えるほどだ。中学を卒業した後、『大きい天文台で星を見たい』という理由だけで、海外の大学に留学。三年ほど勉強しながら星を見ていると、国際連合宇宙局(UNOOSA)からのオファーがあったという。それを保留にしてまで、ここに住めるのはこの街のいいところだと少女は思う。


 体に一糸も纏わず、自身の質量を量る少女はその姿のまま、計測した値で計算をする。




「チッ、49.8020グラムも多くなってるのね……仕方がない、髪を切ろう」




 少女はおもむろに鋏を取り出し、髪を切る。こめかみから落ちていた胸にかかるほどの髪の束を、無造作に切り取る。


 そんな少女の名は月見里つきみさと 黄泉よみ。今年で十九になる星陰せいいん学園の一年。この街では珍しくもない留年生だ。




「実験器具の設定は……んっ、異常なし、か」




 月見里は再び服を着る。脱ぐときと同じように、速い。満月まであと二分だ。




「記録。ビデオ番号A-026、およびB-351、C-942。これより、量子状態の物質による空間移動実験を開始する。


 検体、月見里黄泉は自身を量子状態に変換し、再び粒子状態に変換するときの位置情報の変化を用い、俗にいう『テレポート』を行う。


 自分がこれから行うことは国際法違反だが、それでもなお、人類の英知の為、自身の命が絶とうともなすべきこと。


 奏夢そら、あなたはそれでも、私を愛することが出来るの? 私がこの世から永遠に、形もなく、存在も価値も、すべて、失った私を心から、思ってくれるの?」




 少女の最後の言葉はこの世を愛する最初であった。




「装置を起動、全電源を加速器に接続。粒子の加速を開始。」




 機械を操作しながら、ビデオで記録を取る少女の目には涙があった。




「最高速度に到達。全エネルギー解放。電場、磁場、ともに正常。粒子の光速化を開始」




 少女は機械の前の、大きい筒の切れ目に体を入れる。先ほどから加速している、粒子が放出される場所だ。


 少女が行おうとしているのは正に、神の力というべきものだ。不確定性原理によって、運動量を光速という上限のある確定値に持っていくことで、位置の不確定さを最大限に大きくするという原理だ。


 簡単に言えば、速すぎて、どこに行くか予想ができない物になるという、危険極まりない、人間によって禁じられた行いだ。


 だからこそ、少女は死の恐怖に怯え、震えていた。


 少女の手には安全装置が握られている。直前で粒子の運動を止めることが出来る、そんなものだ。




「すべてに準備は整ったわ、あとは私の脳のバックアップをすれば問題ない。ロボットだろうと存在できるのならそれでいい」




 少女は目を閉じる。前日の30日、自分が行った最後を思い出す。




『影宮。本当に悪いと思っているの?』



『はい、おもっています。思っていますとも』




 影宮は本当に思っていたのだろうか、と月見里は不安になる。




『今回のことはいいです。ただ。私と真剣にお付き合いをするのならば』




 私は確かにそう言った。なぜそんなことを言ったのか、いまだに分からない。ただ、言うべきだと思ったからだ。




『はい? 告白……なのか?』




 影宮はこのときすでに、私の思いを知っていたのだろうか? 私の命が消えて無くなってしまうと知っていたのだろうか? 月見里は自分の運命に怯えている。だからこそ、背中を押したり、止めて欲しかった。




『何度も言わせないで。自分と私どっちなの?』




 自分を捨ててまで私を守ることが出来るのか? それが月見里が出した最初で最後の質問だった。


 少女は目を開ける。手を開き、その手から小さなボタンの着いた箱が落ちる。もうすでに、安全装置は働かない。そして粒子が光速に達する。


 光の粒子は筒の中から飛び出した。月見里は光とともに虚空に消えた。





 西暦2045年、05月31日、02時51分40秒。人類は神にまた一歩、近づいた。すべてを見ていた黄色いジャージは一言、呟いた。




「三上グループから行けって、言われたけど、なんなの? これはぁぁああ!!! ただのイチャイチャじゃない、まったく」

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