000011_終着駅かつ始発駅【Terminal and Terminal】
神楽坂とほむらの二人は瑠璃川の拘束からようやく解放され、二人揃って帰りの電車に乗ろうとホームにかかる橋の上で時刻を確認していた。6面12線の馬鹿デカい駅は南口からの生徒と、北口からの『UNITY』のサラリーマンでごった返していた。
「おい、ほむら。そんな知らないところに来たみたいに、おどおどするな」
神楽坂は先ほどとは全く違った、縮こまっているほむらに向かって言いながら、肩を腕の中に入れ自分の方へと引き寄せた。
別に好意がある訳ではない。ただ単に『めんどくさい』それだけだった。
学校直結のこの駅は駅構内の面積だけで約10,000㎡ある。サッカーのオールコートが100×50なので倍近い。そんな中をほむらは迷うわけだ。そんな想像がつきにくい空間に、約1000人の学生と、10,000人のサラリーマンがいる訳で……
そんな中で人探しなんて考えたくない。それにこの駅は西湘地域のほとんどの駅とつながっていて、要するに、どこにでも行ける。そうなると余計にめんどくさくなる。まさに『はぐれホムラン』
「ご、ごめん。私、ちょっと苦手かな。こういう、黒い背広」
「だったら見なければいいだろ」
肩を抱いたまま、神楽坂たちは目的の『大雄山‐谷峨方面』のホームに降りた。そしてそのまま電車に乗った。
電車に乗っても落ち着かないほむらは座れる座席を探そうと、あちらこちらに移動してはぐれそうになっていた。
「おい、ほむら!! こっちだ、二人分空いてるぞ」
ほむらよりも早く、座席を見つけた神楽坂は大きく、だるそうな声で言った。電車の発車まであと七分ほどあったので、そこまで人はいなかった。
「あー、もう! もっと寝れるようなところが良かったなー」
「何考えてんだ! お前は!! 電車はあくまで公共の乗り物だぞ、車両の角の三人掛けで十分だろうが」
ほむらは座席に座っても、足をバタつかせながらダダを捏ねる。
「だって、三人掛けじゃ、横になれないでしょ?」
「なれないでしょ? じゃないんだってぇぇぇぇ! そんなに七人掛けのロングシートじゃないと嫌なのか? てか、ならなくていいぃぃぃぃ!!!」
神楽坂はほむらのあまりの態度に絶叫する。そのフォルティシモな声の圧力にほむらは急に静まり返った。
「わ、わかったよ。いいもん! あおいくんが居るから」
「そうか、だったら少し、黙ってろ」
『西湘第四計画線 大雄山‐谷峨方面。まもなく発車いたします』
二人を乗せた電車は高いとも低いとも言い難い、特徴的なVVVFインバーターの音を出して行った。
電車が完全に駅を出て眼下を見ると、宇宙的なイメージを持つ二次大戦中にイタリアで流行した『未来派』という、100年前のデザインを利用した建造物が乱立していた。
その景色の中、ほむらが唐突に言った。
「ねぇ、あおいくん」
「なんだ?」
神楽坂が関心なさそうにしていると、ほむらが開いている左手を左側から掴み取った。力強く、強引に。
「さっきの、虚数とか、いったいなんなの? みらいちゃんと二人して私をバカにするなんて、私、あおいくんだけは許さないよ!!」
「いやいや、二人でバカにしたとか言っときながら、悪いのは全部僕ですか? おかしいでしょうがぁぁ!」
ほむらは右手で神楽坂の左手を掴みながら、左手で神楽坂の右手を取った。
神楽坂の両手の主導権を手にしたほむらは、頬を軽く膨らませて言及する。
電車はどの車両も乗車率100%だった。1㎡に四人のことだ。
「ねぇ、あおいくん」
「今度はなんだ?」
神楽坂の手を握りしめたその手は、震えていた。細かく、細く。
「私、駄目、もう。一人はいや、絶対。私ね、守って貰わないといけない。あおいくんに守って貰わないといけない。怖いの、いつも命を狙われているような気がして…… それで、それでね、あおいくんが私を嫌いになるのは嫌なの。ねぇ、守ってよ、あおいくん!!!!」
ほむらはそう言って泣き崩れた。周りに大勢の人がいるのにも関わらず泣いた。周囲の目線が一斉に集まった。神楽坂は申し訳なく思った。
(そんなに気にしなくても……もう一年近く危険な目に合っていないじゃないか)
「僕も、怖いさ。守ってほしいさ、ほむらに守ってほしいさ。一度、命を救ってくれたじゃないか。守ってほしいじゃない、守り抜くんだ、互いに」
「それって……」
ほむらは神楽坂を見つめた。ぎらぎらと目を輝かせながら。
「いつまでも守る。そして守ってくれ」
その言葉はほむらにとって長年の夢がかなったように聞こえた。守ってくれる、守ることが出来る。それだけで。
ほむらの涙はいつの間にか止まり、神楽坂の胸へと笑顔で飛び込んでいた。神楽坂はその異様なまでに感情の波が激しいことに、為す術も無くただほむらの動きに動かされていた。
「じゃ、じゃあ…… あおいくんは私の事、認めてくれるんだね?公認の彼女になれるんだね!!!」
「は!? あ、いや、そんな、つ、つもりで言ったわけじゃなくて、その、あくまで、えっと、その……」
突飛なことを言い出すほむらについていけない神楽坂は、勘違いの対処でさえも不可能なほどにまで動揺していた。
(今言ったのって、好きって意味になるの? こんなに人がいるのに? こんなタイミングで? 明らかにシュールな告白だよね? こんなのでいいわけないよね?)
「ねぇ、あおいくんどうしたの? 知恵熱中症?」
「それは知恵熱だろうが!熱中症にそんなものはない!!」
「え? あ、あれぇ? そうなの? んんー」
彼らにとって、5分と満たない一駅間は、何分にも、何十分にも、何時間にも感じていた。