011011_自由意思【liberum arbitrium】
少々、長く暗い内容です。苦手な方は飛ばしても構いませんが、飛ばすと話が解らなくなる可能性があります。
瑠璃川が走った末にたどり着いたのが、会議室だった。すでに多くの席が埋まっている。
どんな会議室であっても机や椅子の並びはほとんど同じで、当然のように中央のVRコントロール用電源を囲むようにして、長机が置かれていた。五月の末にしては早いほど冷房が効いていた。座席に座って待っている大人たちからの視線とともに、冷たい空気が肌を刺す。
瑠璃川はそこはかとなく社長専用の椅子に座った。すると、先ほどまでの冷たい目線は無く、驚きと疑問の表情がそこにはあった。
どうやら、先ほどの眼差しは不信感に対するものだったのだろう。見れば殆どの座席には『UNITY』の社長が誰であるか知らない、外部の者や子会社の方々だった。
このような重大会議にそぐわない人間が入ってくれば多かれ少なかれ警戒心を持つだろう。社長専用の椅子に座っても隣の秘書が何も言わない時点で、ある程度察しはしたのだろう。
けれど、居心地のいいものでは無いことは確かだった。
「悪いわね、遅れて」
瑠璃川は秘書の野田に声をかける。
「既に一通りの話はしました。後は社長にご報告の上、全体で方針を決定します」
「そう。じゃ、説明をお願いします」
瑠璃川のその言葉を合図にして、会議室の電気が消される。遮光カーテンによって遮られた光が隙間から漏れ出していた。この会議の情報は漏れてはいけないはずなのに、光と入れ違いで漏れている気がした。
そんなことを考えていると、窓とは反対側のテーブルの一人が立ち、一つ大きな咳払いをして話し出した。少しくたびれたスーツの上にしわだらけの白衣を羽織っていて、緊迫した空気の中でいい感じには見えず、むしろ場違いであった。
「まずは被害者の情報から。今回の事故で二名、意識不明の状態となっています。状態は良好。生命活動は正常で、脳の最低限の活動は行われています」
「助かるのか?」
説明の途中で瑠璃川が質問をする。実際のところ、瑠璃川に必要な情報はこのことでしかなかった。それ以外の情報はどうでもよく、この後に話されるであろう外部からの攻撃の事など頭の隅にも存在しなかった。
「助かるかは……。現在、我々から言えることはありません。」
「そう……」
瑠璃川は小さな声を出すと、俯いて手を握った。そんなことをしても何もならない訳で、時間の流れとともに会議は流れていく。
「次は外部攻撃についてです。調査の結果、外縁部のサーバーを介していることが判明。街の内部にスパイがいるのだと考えられます。具体的な組織や団体は判明していませんが、今後数日以内に物理的な攻撃をしてくる可能性が極めて高いです。即急な対策を講じるため、この地域の全サーバーのセキュリティーを更新。現段階で可能な限りのレベルでの暗号の再設定を提案します」
先ほどのテーブルとは反対側、窓側の一人が説明をした。瑠璃川は聞いていようがいまいが関係なく、この会議で自分の提案が通ればその過程はどうでもいいという感じの人だった。実際瑠璃川は「暗号の再設定? 何言ってるの? 何のために?」と呟いたほどで、まったくを持って聞いていなかった。
「パスワード再設定に伴い、我々が管理するすべてのサーバーを停止させる必要があります。そのため、西湘地域全体で数分間すべての通信が機能しなくなります」
その言葉に瑠璃川は
「それってつまり……あの二人は……」
「はい、かなり高い確率で……」
明言はしなかったものの、話し手は言葉を濁して話を終わらせた。
あの二人の生命を維持しているのは紛れもなくコンピューターであり、そのコンピューターが止まってしまえばどうなるかは誰でも簡単に想像がつく。
「どうにかして……あの二人の意識を取り戻す方法は無いのか?」
瑠璃川は俯きながら、今にも泣きそうな弱弱しい声で言った。自分だけが助かり、二人は助からない。その原因のほとんどが自分にあると瑠璃川は直感的に感じていた。
そんな瑠璃川を無視して、向かいのテーブルの中央に座っている人が口を開いた。
「瑠璃川君。君がこの街の支配権を持ってから、街の産業は活発になり人々は自分たちの研究の成果を身をもって喜んでいる。それも、君がこの街の様々な障害を取り払ったからだと私は十分に理解しているよ。その答えとして君のわがままを受け入れているだろう? しかしながら、今回は君の駄々に付き合っている暇はない」
「……っ。え、ええ。そうね。私だってバカじゃないもの。そのくらい理解しているわ、あの二人は助からない」
向かいのテーブルに座っていたのは三上グループの代表、三上クラウディアの父親でもある。
この街の行政権をUNITY社に買収されてからは力は弱まっているものの、未だに世界に対して絶大な権力を保持している。それはUNITY社に対しても多大な影響を及ぼし、瑠璃川がわがままを言っている形になるのはこのためである。
「今回の会議で決定するのは二つの問題のどちらを解決するのかという点です」
今度は三上グループ側の一人が起立して発言した。まるでこの会議の進行を自分が持っているかのように振る舞っていた。
どうやら、長方形に組まれた長机の4辺には全く違う団体が並んでいるようだ。長辺には各分野の研究者が座っている。瑠璃川から見て右側が廊下側、左が窓側だ。
今回の議題である、二つの事件に関する分野の研究者達が呼ばれたようだ。
「外部からの攻撃は未知数であり、被害を想定できません。しかしながら、少なくとも数十人の被害者が出ることは確実です。より多くの住民を救うため、早急にセキュリティーを強化していくべきです」
しっかりとしている方の研究者はセキュリティー強化を積極的に提案していた。
そんなことを聞き流しながら、そういえば、三上クラウディアは何処にいるのだろうと、瑠璃川はふと思った。しかし、会議室を見渡しても彼女の姿は見えない。
ただでさえ知名度が高くて目立つ小田原工科高校工科科の制服の上に、制服の色とは相反する黄色のジャージをいつも来ている三上だ。見渡しても見つからないなら病院に行った方が良いくらいだが、もう一度確認した。
それでも、見知った顔はどころか、女子は瑠璃川ただ一人だった。
「そろそろ決心はついたかね? 大切な親友たちを失うのは辛いだろうが、どちらを選択しても失うのはほぼ確実だ。あの二人も他人に迷惑を掛けながら死んでいくのは耐えがたいだろうな」
「親友……。確かに、そうかも知れないわね。でも、我々があの二人を助けることが出来ないのは事実でしょ!」
瑠璃川はその言葉を言い放ちながら、一筋の涙を流す。自分達はあの二人を救うことは出来ない。その事を自分で自分に言い聞かせ、再確認をした。
私達は魂である自由意思の研究を放棄していた。肉体と魂が揃えば、幾らでも生命を生み出せ、秩序が崩壊する。その事を未然に防ぐため、2年前に全て封印した。
しかし、今回はその放棄は重大な過ちだったのだと、瑠璃川は強く後悔している。あと一年もあれば自由意思の秘密は全て解明されただろうが、誰もその解を見つけることは許されなかった。
だから、我々にはあの二人を助けることが出来ない。
「私はあの二人を助けることが出来ないし、方法ですら考え付かない。だから、決めたわ。この街の代表として、全サーバーのパスワード再設定を……」
「遅れてすまんなぁ。ほんま悪いなぁ、この建物すごいひろいもんで迷うたんやぁ」
突如として、厳重なパスワードが掛けられているドアが開き、そこから微妙な雰囲気の関西弁が流れる。会議室は瑠璃川を除いて完全にフリーズしてしまった。瑠璃川はその姿を見て一瞬だけ止まり、言葉を飲み込んだ。
「三上クラウディア。随分と度胸のある大遅刻ね、バカみたい。それにその変な方言は何なの? 放言は慎みなさい」
「……すいませんでした。ふざけて悪かったです」
クラウディアはその場で小さく頭を下げると、瑠璃川から見て右側、あの二人あの命を預かっている側に座った。それも真ん中に。
すると直ぐに、クラウディアの隣に座っている先ほど最初に説明をした研究者が立った。
「えー 例の二人の意思を復元する方法として、専門家をお呼びしました。自由意志研究の第一人者、今は亡き瑠璃川結衣氏の第一助手で……ええと、三上グループの……。え、もういい? はい、終わります」
「どうも、三上クラウディアです。例の二人の救命方法として専門的な立場から見解を述べさせていただきます」
クラウディアは眼鏡に手を当て、くいっと上げて言った。その碧眼は瑠璃川の方をまっすぐに見てきた。
いつもの黄色いジャージは着ておらず、長い銀髪のツインテールと紺の制服とがすっかり決まっていて、瑠璃川と同級生であることを感じさせなかった。
「自由意志の研究者として私から言えるのは一つだけ。あの二人は助からない。それだけです」
「クラウディアさん? そんなことはもう十分わかっているわ。それを言うためだけにここに来たのでは無いのでしょう?」
瑠璃川の言葉にクラウディアは口元を緩めた。
「ええ、そうです。自由意志の研究データがほとんどない今、簡単なこともできません。データは消され、実験器具も廃棄され、残された研究者も下っ端である私を残して、他界してしまいました」
「二年前の事ね」
二年前、瑠璃川の母である瑠璃川結衣が行方不明になった。その直前に研究データがすべて消去されていたことが研究者の間で広まった。それと同時に同様の事件が幾つも起きた。それをきっかけに多くの研究者が研究から遠ざかっていった。そして今に至る。
「多くの研究者が殺されるなんて事が無ければ、今頃簡単に二人を救えたのに……。そうでしょ、瑠璃川さん」
「ちょっと待って、研究者が殺されるってどういうこと?」
瑠璃川は座りながらにして、足が竦むのを感じた。何となく悪い予感がしたのだ。そもそも、救えないことが分かっているのに、こんな長い話をする必要はないはず。瑠璃川は不信に思いながらも、話を聞いてた。
再び、クラウディアが口を開く。
「私、知っているのよ。今回の被害者である天津さんと瑠璃川さんが、二年前の事故の後に世界を回っていた理由を……ね」
「それがいったい何だって言うのよ!」
「研究者が亡くなった日時に、同じ街にいた。この事実をどう取るかはお分かりですよねぇ」
確かにその事実はあるし、そこから考えられる事も直ぐに思いつく。だが、思いつくのは妄想であって事実ではない。
「その判断は間違っているわ。私がそんなことをする訳無いじゃない……」
「そう判断されたから、友人を失うことになったのでしょ? そうでない世界もあったというのに」
クラウディアは自由意志の研究者としては最後の一人だ。複雑系と呼ばれる幾多の化学反応によって導き出される、量子的かつ確率的な一つの決定された選択。そのメカニズムを解明するのが主な研究内容だった。最後にクラウディアの言った『そうでない世界』とは違う選択をした世界の事なのだろう。
違う世界があるとしても、その世界とは干渉できない。
いや、違う。すでに異世界と干渉しているじゃないか。光学異性体のアミノ酸を持つ月見里さんは、明らかにこの世界のものでは無い。
しかしながら、あてになるかも分からない物を頼って良いものかと、瑠璃川は戸惑った。それでもこの会議で結論を出さなければならない。
「瑠璃川さん、早く決断してください」
どこからか、決断の催促の声が上がる。
決めた。最善策はこれだろう。これ以外にいい案も浮かばない。
「今から36時間後。6月2日午前4時00分に我々の所有する全コンピュータ―のセキュリティーを再構築。以降は現場に一任します」
36時間。これだけあれば何とかなるだろう。これで駄目だったら諦めるしかない。瑠璃川はそう決心した。
瑠璃川は立ち上がり、クラウディアを連れ、誰よりも早く会議室から出て行った。
「クラウディアさん。あなた、知ってたのね」
「ええ、干渉する現場を見たもの。ふふ」
三上は面白そうに微笑んでいた。
一応、決定論的な解釈で進めますが、仕組みは出てこないので悪しからず。




