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000010_想像上の【Imaginary】

「テメェ! 人がせっかくご丁寧に答えてあげたのに、人の頭をサッカーボールの如く蹴り飛ばすなんて、一体どういう神経してるんだ!!大体、あの答えで合ってるんじゃ無いのかよ!!」




 神楽坂は蹴り飛ばされた勢いで、瑠璃川から数メートル離れた場所に転がっていた。




「は?私、その問題の答え何て知らないし、そもそも、そんなものに答えがあること自体おかしいのよ!!」




 瑠璃川は問題の出題者としてあるまじき言動をしてしまったが、答えを出すつもりでいるようだ。




「あおいくんが出した答えだから、絶対の絶対にあってるんだよ!!間違え無いんだもん!」




 ほむらが神楽坂をフォローする。正に、真剣そのものだ。




「だったら実際に計算で求めてみようか?ねぇ、あおい君っ」




 瑠璃川は人差し指を口元に当てながら、可愛く質問した。しかしながら、神楽坂にとってはそれは、悪魔の微笑みだったのであった。


 そんな神楽坂の思いを無視して、瑠璃川は空間を指でなぞり出した。


 最近は、といってもたった二年前のことだが、バーチャルリアリティーの表現技術の格段に向上した。その場に無いのに、有るかのように感じさせる、いわゆる『エフェクト』だ。


 今までは睡眠中などの脳の活動が一定の状態が望ましく、大きく、重く、多量の電気を消費していた。しかし、今となっては一辺が5㎜の立方体ほどの大きさで両耳につける。電気は人間の脳波を利用するので、実際には無限だ。


 仮想世界に行くことも出来れば、現実世界を拡張することも出来る。




「で、αの二分の五乗は……αの二分の一乗とαの二分の四乗の積だから、『α^2 √α』だね。残念、神楽坂」


「何を言ってるか分からないんだけど、みらいちゃん!!!」




 ほむらは腕を瑠璃川の腰に回して、抱きつく。瑠璃川はとても迷惑そうだ。




「いや、まだ答えは出ていないぞ。そうだろ、瑠璃川?」




 神楽坂は上げ足を取るかのようにして、瑠璃川の問題に対する批判をした。




「大体、こんなものの答えを求めたところで、一体全体、何の得になるというの?」


「あのな、お前が問題を出したんだろうがぁぁぁ!!! 責任もって解答を出しやがれぇぇぇ!!!」




 神楽坂はいつになく絶叫する。答えは一つでないが、必ず存在するという、信念の人間だ。




「そうだ、ほむらん、『虚数』ってなんだか知ってる?」




 ほむらに対し瑠璃川は意地悪な質問をした。




「『キョスウ』? 嘘つきの数字のこと?」




 ほむらは抱きついたまま瑠璃川を見上げた。まるで親子のような二人だった。




「そんな訳ないだろうが、そのくらい知っておけ!」




 神楽坂はあえてキツイ言葉をかけている。神楽坂にとってのほむらはある意味邪魔な存在で、できることなら避けたいものだと考えている。だから、わざと取っ付きにくいような、難しい、専門用語を並べに並べた、まさに地獄のような環境を作っているのである。


 その環境づくりに瑠璃川の意味もなく問題を出してくる性格は、必要不可欠であった。




「いいですよ、私には無理ですよ。あきらめますよ!! もっともこの問題が解ける方がおかしいに決まってるんだもん!!!」




 ほむらは開き直ってから、自分でも驚くほどの大声で言い放った。今は放課後の遅い時間、ちょうど運動部の帰宅が始まっているような時間だった。その大きな声でペデストリアンデッキにいた人のほとんどが、音源を探すかのようにあたりを見回した。デッキの下階のバスターミナルではバスたちが軽快なリズムで合唱を始めていた。




「ねぇ、ほむらん。あなた、さりげなく私までもおかしいって言ったわよね? いくらなんでもこんな尺度のないおかしい奴と同類にされたくないわ」




 瑠璃川はほむらの頭を完全に固定して、腰を落として顔を近づける。ほむらはその睨みつける瞳から逃げようとしても、頭が瑠璃川の正面に固定されてしまっているので、不可能なことだ。


 ほむらに向けた睨みつける瞳は神楽坂がいつも見ているような、危険なものではないが、それでも初めての人間にはその威圧に圧倒される。




「おい!瑠璃川!! 何勝手に僕の人間的価値まで下げているんだ、明らかにこの場で言うおかしさで言ったら完全に同類だ……たぶん」




 神楽坂はかなり落ちこみながら自分の人間性を確立させようと、必死になっていた。




「ご、ご、めんなさい!! 私、みらいちゃんにはそんなつもりで言ったわけじゃないの。あおいくんだけに言った言葉なの。だから許して?」




 ほむらは今にも泣きだしそうな声で、瑠璃川に助けを求めた。神楽坂が求めても無意味だがそれ以外は違った。


 瑠璃川は先ほどと同じような微笑みでほむらに言った。




「大丈夫よ、ほむらんがそんなこと言わないってことぐらい分かりきっているわ。知ってるもの、ほむらんが優しいってこと。でも、それに比べてほむらんのように信用されない人間がいるのよねぇ。誰かしら?」




 瑠璃川は先ほどの微笑みをまだ続けている。先ほどと、全くを持って変わっていない。




「だから! これ以上! 僕の価値を! さげないでくれぇぇ!!」




 神楽坂は再び絶叫する。人間は自分の価値を認めてもらわなければ生きていけない生物だ。神楽坂もそれを求めていた。しかし、与えられたものは違った。




「最初から価値のある人間なんていないわ。自分が価値を産み出さなければ下がることはない。神楽坂、あなたは生み出してすらないでしょうに」




 神楽坂の要求は静かに散った。


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