010010_環境音【Environmental sound】
この街の外縁部の特別な地域に、ある施設がある。そのエリアは街の外はもちろん、内からの立ち入りを取り締まっている。
二重のゲートが敷かれ、内側では情報の流失を、外側では武器の流入を防いでいる。外側から完全に内側へと侵入するためには、2回ゲートを越えなければならない。
そのエリアにある、とある施設で『ジリリリ』という黒電話の重いベルの音が響いていた。内側のようにすごい技術が使われていないエリアでも、稀に見るレトロな電話だ。
その電話を一人の高校生が取った。
「こちら、楯速です。…こんな時分に何用ですか?」
『学研都市内部の電源が喪失した。そちら側からの復旧を要請する』
電話の向こうの声は必要なことだけを素早く言った。早すぎて聞こえない人がいるのではと、思うぐらいだが、そこまででもない。
「一体、何が起きたのでしょうか?」
『サイバー攻撃を受け、システムダウンとなった。原因は外部からの攻撃。それならば、そちら側の復旧は可能でしょう』
「左様で……」
電源が喪失しているのに関わらず、電話ができている時点でおかしいと思うだろう。しかし、それは違った。
黒電話のような前世紀のテクノロジーがサイバー攻撃を受けたとしても、問題は無い。
そもそも、サイバー攻撃はネットを混乱させるが、ヒモでは混乱させる要素がないのだ。
『こちらとしても、貴方を頼る以外に道は無いのだよ。敵が邪の道で攻めんとするなら、私達も邪の道で守らんとする必要があるのだから』
「つまり、私達は邪、悪人であると……」
『そういう意味ではない。例えだよ。では、宜しく頼むぞ』
再び、受話器からは『ツー、ツー』と鳴く声が聞こえた。
高校生――楯速颯也はその受話器を置いて古びたパソコンの前に座る。電源を入れて、起動までの長い時間をただ座って待っていた。
「邪の道、か」
楯速がパソコンの前でぼーっと待っていると、背後から手が伸びてきて首のあたりで交差して止まった。
「何、ぼーっとしてんだ?」
「奏夢様。私はただ、厄介ごとを頼まれただけですので……」
肩にかかる腕の重みを動かしながら、楯速は後ろを振り向く。そこには、銀の髪をした美少年がいた。
肩よりも下、一つに束ねられた白銀の髪は女みたいに長いものの、女々しさを感じさせないカッコよさとつよさがあった。
髪を束ねる黒いバンドや、白い首とは対照的な黒い首輪は髪の色によって引き立てられ、とてもおしゃれに気を使ってるとわかる。
「堅苦しい奴だな。同学年なんだから、タメでいいだろ?」
「そういう訳には……ただでさえ、私よりも奏夢様の方が三年先輩なんですから」
例えば、瑠璃川や美佳、ほむらのように、この地域では浪人や留年は珍しくない。学力と権力があれば基本的にはこの街から追い出されることはない。
「ただ俺が、好きな事して三年も経っただけだぞ? ちゃんと勉強した颯也の方が偉いと思うけどな」
「そうだとしても、私が奏夢様を尊敬していることには、変わりありません! どんな神様が現れようと、私は奏夢様だけを信じます」
「はいはい、そうだったな。で、厄介事って?」
白銀の髪の持ち主である影宮奏夢は楯速の言葉をスルーし、話を反らした。
もう何回目だよってくらいに、あの様な言葉に動揺せず、慣れた口調で言った。
「………………」
「おーい、聞いてるか?」
「は、はい! 先程、内部から連絡がありまして……」
楯速は先程の内容を言えず、俯いて口を閉じた。
外縁部の地域では、内部の一部の情報しか入ってこない。内部の電源が喪失している状態で、その情報が外部に漏れたら、それだけで一大事だ。戦争が始まってしまう。
外縁部の本来の機能は武器を入れない事ではなく、情報を出さないことであった。向こう側が裏道で連絡した内容を、簡単に口外して良いはずがない。
例え、神であろうと。
「奏夢様。この情報が広まると、私や奏夢様は直ぐに暗殺されるでしょう。ですから、絶対に口外しないと約束してください」
しかし、先程、神よりも影宮を信じると言ってしまった楯速は、有言実行。影宮は信用して、確認を取った。
「ふむ。そこまでの危険性なら、やはり停電か。それも、システムダウン的な……」
「な、なぜそれを!? もうそんなに広まっているのですか?」
影宮は楯速の前にある、やけに長いデスクに腰掛けた。
「なぜって……ローテクの電話を使ってた時点で、向こうの電源が無いってのは分かるだろ。で、それを知ることで殺されるってんなら、内部の人間に取って不都合なこと、なんだろうな」
「……流石、奏夢様。鋭い観察力です」
「まあ、状況証拠だし、合ってるとは思わなかったがな」
電源を入れたパソコンが漸く起動した。枠で区切られたディスプレイは青い背景を写し出し、幾つかアイコンが並んでいた。
楯速が停電の詳しい理由を調べようと、色々操作を始めた時、影宮が横からシツモンした。
「ところで、俺がここに来た理由なんだが……」
「確かに、奏夢様がこの部屋にいることは珍しいですね」
楯速や影宮が居るこの建物は二人が通う、星陰学園に程近い。学校の目の前を流れる酒匂川の河川敷に、二階建ての一軒家の様な、未来都市に似つかわしくない建物が建っている。
そこには、影宮と親しい関係の人が出入りしている。もちろん、楯速も含めて。
影宮は基本、居間的な所で好き勝手しているか、誰かと何かしらしているので、パソコンのある部屋にはあまり入らない。
内部の人間から頼まれる厄介事も、楯速がパソコンでなんとかしてしまうので、影宮の出番はない。
影宮いわく、『適材適所』
「今日、学校で黄泉を見なかったんだけど、なんか知らないか?」
「月見里さんですか? 私も見てませんが……」
「まぁ、あいつのことだ。単なる杞憂かもな」
楯速ががパソコンに何かを入力している横で、影宮は部屋を歩き回って、天井まで届く本棚を見つめた。パソコン関係の本に、科学知識の本がすべての棚を埋めていた。
「奏夢様は、月見里さんの事をどの様に思っているのですか?」
「どうかな? 三年前、留学先で知り合ったし……俺がこっちに戻るってときに、勝手に来たし……
あいつの飽きる癖がある以上、俺はあいつが飽きるまで相手してやるだけだ」
「……そう、ですか、」
二人は喋る事を止め、冷却装置の風の音だけがその空間に伝わっていた。
楯速は物凄い速さでタイピングしているが、そこまで詳しくない影宮には『スゴい』と言うだけで、分からない。影宮の方も、分からない分野よりは分かる分野をやろうと、本棚から分厚く少し古めの、物理学に関する本を読み始めた。
二人とも、完全に自分の世界に入っていた。
『カタカタカタ、カタ。カタカタ、カタ、カタカタカタ』
『パラ…………………………パラ、』
ファンの音の中にキーボードを叩く音とページを捲る音だけがあった。
『カタカタカタ、カタ。カタカタ、カタ、カタカタカタ』
『パラ…………………………パラ、』
長い時間が流れ、外からは午後の授業が終わった生徒達の喧騒が聞こえる。この時間になると、この建物にも人が集まり出す。それまでは、午後の授業を受けなくても良い三人――楯速と影宮に月見里だけが好き勝手に出入りしている。
「ふぅ……終わった。どうやら、遠隔操作で電源が切られただけでしたね」
「そっか。でも、電源が落ちるだけで内部の方は何も出来ないんだよな」
「確かに、危険なことです」
そんな事を二人が話している時、部屋の外から大きな音が聞こえた。玄関の方だ。
恐らく、誰かが凄い勢いでドアを開けたのだろう。
「誰か来たみたいだな」
「そうですね」
二人は部屋を出て、居間のソファに腰掛けた。
廊下の方からドタドタと走る音が聴こえ、居間のドアが勢いよく放たれた。
「そら! そうや! オーディション、オーディション受かった!!!」
ドアの所に立っていたのは一人の少女だった。
星陰の制服に身を包み、肩まであるポニーテールを揺らしながら、その場で何度も喜びのジャンプをしていた。




