010000_地下の一室【The room of the underground】
日の照る南の方角に向かって、1/3π――つまり60度の傾斜になっている校舎。それと二階で繋がっている食堂でさえも、奇抜で、未来派の建築様式である。
何故、壁が傾いているのかという点でも、採光の関係で日が傾いているなら、建物も傾けよう。ただそれだけの理由で、この街の偉い人が無理矢理取り決めたらしい。
もちろんそのなかにいる、IT関連に弱いほむらはとても場違いで、居心地が良くなかった。
「よみちゃん、食べ終わった?」
「……ぇ、うん」
「じゃ、着替え探しにいこー! オー!」
「……ぉ、おー」
二人とも、量の違うご飯を食べたのにも関わらず、食べ終わったタイミングが同時な事から、いかにほむらが大食いかが分かる。
「……こんなところにエスカレータなんて、どこに行くの?」
「へ? どこって、お部屋だよ」
どこに行くかと聞かれれば、ホテルと言うか、学校の宿泊施設だ。約1000人の生徒が在籍している小田原工科高校。その人数プラス大会参加者や観客、さらに月移住計画の研究者や関係者が宿泊をする。
それほどの人を泊めるためには、それ相応の容積の建物が必要だ。校舎の南側にあるのだが、そこだと校舎が日陰になってしまう。さらに学校自体、高台にあるので、あまり高い建物は建築できない。
それをどう考えたのか、地面に穴を掘ったのだ。
「……随分と長いのね。すごい、未来みたい」
「そう? 私には分かんないな。この辺の建物、みんな変な形なんだもん」
薄暗かったエスカレータを下り終えようするとき、目の前に突如としてオレンジ色の閃光が二人を包んだ。深さで言えば最深部だが、地上と同じかそれ以上の眩しさだった。
梅雨に入る前の気まぐれの晴れは天に昇る太陽の光を、そのまま隠すことなく、差し出していた。
「ここがロビー、的なところ。なんで地下に埋めないで、穴を開けたんだろ? ねぇ、よみちゃん」
「……ぇ、それは人のいるところに、光が必要だからだと、思うよ」
「ふ~ん。でも、私、光合成はできないよ」
「……ぁ、そうじゃなくて、そのぉ……」
単純に、理屈が分かってしまえば地下に穴を開ける理由は理解できる。月見里にはそれがすぐに分かった。しかし、ほむらには分からない。
人間だって、光に当たれなければ死んでしまう。それに、どの部屋にも窓があるのと同様に、地上にももちろん必要だ。普通はそんなこと出来ないので、せいぜい、一階二階。人が住まないなら地上50メートルの大深度地下だろうと建築できるが、大金がいる。
そのため昔から、居住施設を地下に作ることは滅多にしなかった。
「……窓が無いところで、火が点いたら大変でしょ? だから、じゃないかな」
「へ? どうして? 何で、何でそんなことになるの?」
「……そ、それは火が……」
ここまで言って月見里は察する。恐らく、この続きを言っても、分からないのだろうと。
「火が、どうなるの⁉」
「……いや、火じゃなくて、ねぇ。ほむらさん、口と鼻を塞いだら……分かるかな?」
ほむらは月見里がそう言った後、自ら口に手を当て、鼻を摘まんで、数十秒そのままでいた。
しばらくして、足をバタバタさせ始め、遂に諦めて口と鼻を解放した。ほむらは「し、死んじゃうとこだった……」なんて言いながら、直ぐに息を整えて月見里に言ったら。
「よみちゃん! よーーく分かったよ」
「……わかってくれて、良かったよ」
太陽光が差し込んでいると言えど、所詮は地下。そこまで明るくはならず、窓辺の金属に反射して神々しい。
「よみちゃん。行こっか」
「……う、うん」
二人は再びエスカレータに乗って、上の階に向かった。最深階は針のように尖っている末端だ。大した空間はなかった。
部屋の前に着くと、ほむらは開錠のために機械に触れる。ドアノブの上に付いている四角い箱のような、のぺっとした機械だ。
指紋、という訳ではなく、機械と脳との間に回路を作る物だ。手まで流れる微弱な、個性のある、脳波で個人を特定する。
「これって、よみちゃんは出来るのかな?」
「……それは瑠璃川さんに聞かないと。で、でも、私のは皆と勝手が違うみたいだから……」
「そだね、聞いてみよっと」
ほむらは覚束ない操作で空間に触れる。「確か、こうやって」とか「ぁ、間違えた……」なんて言いながら、結局は月見里に助けてもらってなんとか繋がった。
ツー、ツー、と呼び出し音が鳴る。数秒たって音が止まった。
『……はい、こちら瑠璃川。ってほむらさん、電話使えたのね』
『えへへ。よみちゃんに助けて貰ったんだ。良いでしょ』
『そう。で、何用かしら? まさか月見里さんに何かあったんじゃ無いでしょうね?』
『そ、そんな、こと……それより、よみちゃんってロックとか外せるの?』
意識越しの会話でも瑠璃川の異様な圧力は、月見里がほむらに心配の目線を送るくらい、強い物だった。
『外せるかって? その程度の簡単な事なら出来るわ。だた、複雑なデータは操作出来ないわよ』
『分かったよ。ありがとね!』
『……いや、別に。あと、月見里さんに制服を着せたら、あの部屋に戻るように。いい?』
『うん! じゃあね』
トゥー、トゥー、と低い音が流れる。通話が終わった。
ほむらは月見里に会話の内容を話して、ドアのロックを解除させた。
問題なく開けられることを確認した二人は部屋へと入る。
太陽光が差しているので電気は点けない。
「ちょっと待っててね」
「……うん」
「よみちゃん、身長いくつー?」
「……えっと、確か。151㎝だったかな?」
「私、2㎝まけた⁉」
ガサガサと物音を作りながら、ほむらはクローゼットの中から予備の制服を取り出した。
その間、月見里はベットに腰掛け、部屋を見渡していた。特に変わったところも無い、普通のホテルの一室のような間取りだ。ベットは二つあって、一つはキレイにベットメイクされているが、もう一つは掛け布団は落ち、シーツは目くれ上がっていて、酷い有り様だった。
因みに月見里はベットメイクされたベットの角に、崩さないように座っている。
「ちょっと着てみて! あ、見ない方がいいよね?」
「……ごめん。気遣わせるの、悪いよ」
「いいって、いいって。終わったら呼んでね」
そう言いながらほむらは部屋を出る。二人の背格好は同じなので、制服もそんなに心配する事は無い。そう思っているのかは分からないが、ほむらはそのあと5分くらい月見里を待った。
部屋の中から『ほむらさん、入って良いよ』と声が聞こえたので、ほむらは再びドアのロックを解除して、中に入る。
「……こんな感じで良いかな?」
「さっきのお人形さんみたいなのも良かったけど、やっぱ、よみちゃんは制服も似合うね!」
制服といっても普通科の制服。黄を基調とした鮮やかな色彩は、先程のモノクロの月見里とは全く異なる。
大きな襟とプリーツスカートは紺色で、襟には白、スカートには水色のラインが入っている。
月見里は胸元のスカーフをしていなかった。ほむらはその橙色のスカーフを手にとって、首に巻いてあげた。
「首、キツくない?」
「……首は大丈夫だけど。胸が……」
「? 大丈夫ならいいや。あおいくん逹の部屋に行こう!」
「……は、はぁ」
ほむらは張り切って『ドア。解除!』的な事をやった。しかし開かなかった。
ロックが解除されなかったのだ。
直ぐに月見里が変わって機械に触れるも、全く反応せず、沈黙を守ったままだった。
「どうしちゃったのかな?」
「……さ、さぁ?」
こうして二人は部屋に閉じ込められてしまった。




