001101_光の乱射【Blind firing of the light】
神楽坂と瑠璃川は教室を出て食堂に向かう。食堂は三ヶ所ありメニューも異なっていて、三週かけて変わっていく。21種類ものメニューはさすがに多すぎる。
普段、瑠璃川は食堂を利用せずに弁当を持ってきている。これは奢らされるんじゃないか―――。そう思った神楽坂は仮にも社長である瑠璃川がそんなことしないと、考えることにした。
「何、考え込んでるの。そんなで友達なんていないでしょう?」
「酷いな! 僕にだって友達くらい……」
そこまで言いかけて神楽坂は言葉を濁した。神楽坂は高校に入る時に浪人している。中学での同級生は学年が上で、高校に入ってから2ヶ月も経っていない神楽坂が新しく友達を作ることは難しい。
一応、中学の後輩が同級生になったが、それを友達と言ったところで瑠璃川にバカにされるに決まってる。
「へー 友達なんて居たんだ。誰? 会ってみたい」
「誰って、志那水俊也だよ。って言って分かるか?」
「ん、調べる。へぇ、足速いって良いねぇ。
中学の時に100mで大会記録出したんだね」
瑠璃川は浮いている薄く蒼白い、VRのエフェクトのインターフェースを見ながら言った。
下から上に文章が流れ、左右には志那水の写真が浮いている。記録を出した時の新聞の記事のようで、大きくはなかった。
「写真を見るのは止めとけ。会ったらガッカリするぞ」
「ガッカリ、ねぇ。神楽坂で失望するくらいならまだましね」
そう言った後、瑠璃川の周りに文字が飛び交い、外側から何も見えなくなった。文字のエフェクトは黒く厚みこそ無いが、幾つもの層になれば暗黒に変わる。
瑠璃川が暗黒に包まれて一瞬、直ぐに文字は消えて瑠璃川が現れた。
「……。何やってるんだ?」
「カッコいいでしょ、この『Information Blindness』のエフェクトって便利なのよ」
手を腰に当て、胸を張る瑠璃川。大きいとも小さいとも言えない物は、当然強調されても大きくも小さくもない。
「どうやら、志那水は北の食堂にいるらしいわね。行こっか」
「わかったよ。胸は強調しなくていいから、瑠璃川」
瑠璃川は顔を真っ赤にして、右手で左肩を左手で右肩を掴んだ。廊下の白い壁や柱が、さらに床のリノリウムの照り返しで、眩しく輝いている。
瑠璃川は廊下の窓――つまり北――を背にして立っていて、順光だった。その事もあってか、赤くなった瑠璃川はまるで、眠い目を擦りながら見る朝焼けの様だった。
「そ、そんな下品で低俗で、無益で……えっと、下品な事なんてしてないわよ! 大体、そう感じる方が悪いのよ……」
「事実は事実だろ? 下品を二回言ったことも含めてぇぇええ、ゴメンゴメン、悪かったぁぁああ! 髪を引っ張るな引っ張らないで下さい」
そして瑠璃川と神楽坂は北側の食堂に向かった。瑠璃川が髪を引きながら神楽坂を連れていく。
元々、工科科の校舎は学校の北側にあって、食堂に近い。校舎から伸びる渡り廊下を通って食堂まで行ける。
広い校舎は移動が不便になったりする。しかし、校舎間の渡り廊下には動く歩道が設置されていて、そこそこ速く移動できる。極稀にそこを走って行ったり、速度を弄ったりする使い方が間違っている人もいるが、問題なく使っている。大きな学校と言えども、人数は大都市のラッシュに比べたら少なく、混雑はない。
今も神楽坂は髪を引っ張られ、瑠璃川の歩く……走る速さに合わせて、動く歩道を走っている。
「なぁ、そんなに急いでも変わらないだろ?」
「ゆっくり行け? 動く歩道が終わったら手を離そうと思ってたのに……もしかして、Masochist!?」
瑠璃川がそう言った所で動く歩道が終わり、目の前に机と椅子が並び、食べ物の香しい匂いが二人を包む。
その匂いにつられて、瑠璃川が髪を離してさっさと行ってしまう。出遅れた神楽坂は少し髪を整えた後、瑠璃川の後を追った。
食堂と言ってもそこはファミリー向けのレストランで、合成革でできたソファや天井から吊られている照明が、まさしくそれを表していた。もうすでに席に着いてしまった瑠璃川の所に行くために中に入って行くと、二十種類はあるんじゃないかと言うぐらいにドリンクバーの機械が並んでいた。
メジャーな飲料水はもちろん地域限定の飲み物や各地の名水と、需要が全く無さそうな物までが並んでいた。
「何してるの? 早く来なさい」
瑠璃川が急かすようなので、急いで神楽坂は席に向かった。別に急いでいた訳ではない、ただ、リノリウムではなく絨毯だったのがいけないのだ。
神楽坂は絨毯に足を取られ、四三歩揺れながら前に進んだ後、倒れた。
起きようとして上を見上げると、そこには人が立っていた。普通科の女子の制服を着ているがそれを思わせない色気があった。
その制服のスカートは全体にプリーツがあり、一本、水色の線が入っている。膝より高い位置までの靴下はなぜか、白と黒の縦ストライプで脚線美を強く強調している様にも見える。
セーラー服の上に着ているクリーム色のサマーセーターに、橙のスカーフとそれを止めている金色の校章が、レストランの照明を反射して光っている。
それらの統一された規格の服を、明らかに外国の、ブロンドの髪を持っている女子が身に纏うと、変わった雰囲気が出る。
この人の為に制服が決まったのではないかと言えるほど、決まっていると絨毯に膝を立てながら神楽坂は思った。
「あなたが、神楽坂、碧? ドジッ子なの?」
女子は金色の笑みで神楽坂を見ながら手を差し出した。神楽坂はその手を取って立ち上がる。
「はじめまして、私は天津美佳。あなたに聞きたいことがあるの」
「えっと、なんでしょう?」
「じゃあそこに座って。志那水さんの隣に」
服が似合うことは必然的だったようだ。




