001011_効果音【Sound effects】
窓の方を見れば、新緑の芝生が日の光によって輝いている。その芝生の上には等間隔に突起があり、いつも昼になると自動で撒水する。
実際に太陽光を反射しているのは水なのだが、緑の上に架かる虹色の流れを見ていると、まるで夢でも見てるんじゃないかとも錯覚させられる。
特に今日みたいな素晴らしい半日のように。
「あおいくん、外ばっか見てないで、話を聞いてよ!」
「ん? あぁ……嫌だ」
「嫌だじゃ無いんだよ! たいへんだったんだよ、どこにもいないし! そんなに困らせて何がしたいの?」
ほむらは神楽坂の頭を叩く。それも『ポカポカ』という効果音付きで。
当然、頭蓋骨を叩いてもそんな音は出るはずない。瑠璃川が怪しいと思って見てみたら、月見里にVRを使用するための道具を渡していた。
あとで、この部屋で展開されたエフェクトを調べれば、分かることなので放っておく。
「あのー、お取り込み中悪いんだけど……ほむらにこの事言っていいかな?」
「女の子が話を聞いてって言うのに、話す相手を間違えるだなんて……ホント、最低」
「え……」
そういう訳で、仕方がなくほむらの話を聞くことにした。
振り返ってほむらと向かい合おうとすると、さっきまでいた所にいない。神楽坂がどこだろうと探す。すると、神楽坂の袖口を握りしめ、それはそれは近い、リンゴ一個ぶんの間を開けて、ほむらが寄り添っていった。
二人の身長差は8寸程。近くにいれば死角に入るくらいの差だった。
「で、お話し、と言うのはどういったもので御座いましょうか?」
「あわわ……あおいくんが私に敬語だなんて……『ぽっ』
いや、そうじゃなくって。私、ずっと探してたんだよ! あおいくんの事! それなのに、どうして、どうして、はじめて会うような、ここの学生じゃない女の子と一緒にいるの?
他に誰がいても私があおいくんの一番だったら、それで……『ぽっ』」
「そうか、心配してたのか……ちょっと一ついいかな?」
「ん? 何」
神楽坂はほむらの両方に手を置き、目の高さを合わせ言った。そして半歩後ろに下がって、後ろを見て言う。
「やっぱりお前か、瑠璃川! さっきから変なタイミングで、変な効果音出してるのは!」
「いやいや、私じゃないし。ひ……月見里さんよ」
「え?」と独り驚いた神楽坂は一歩後ろによろめく。そして、よろめく神楽坂を支えたほむらは目を輝かせ、月見里の方を一心に見つめる。
「……ご、ごめんなさい。練習のつもりだったんだけど……」
『練習』つまり、VR装置の動かし方の練習。原理さえ分かってしまえば誰でも簡単に扱える。イヤーカフみたいに耳につけるのが主流で、中にはネックレスや帽子、さらにカチューシャ形の物もある。
効果音はある程度操作ができないと使えないが、難しくはない。それなのに、ほむらは飛び出して「すごい、すごい! どど、どうやったの? 私のやりたかったことって出来るんだね!」なんて言ってる。
「そうか、練習か。瑠璃川じゃないならいい」
「それはどういう意図で言っているのか、とても気になるのだけれど」
ほむらと月見里が話をしているが、実際にはほむらが月見里に一方的に喋っていて、月見里はただ受け答えをしているだけ。会話とは言わない。
そんな明るい光景を見ながら瑠璃川は腕を組ながら、壁から壁へ、壁から壁へと何度も往復して「うーん」と唸っていた。話す二人に対して、唸ってる方は対称的に暗い。
目を閉じていたのか、壁へ向かって止まらずに、壁に顔面から『ゴン』と本物の音で激突。声は出さないものの、うずくまってって、また唸る。
そして、瑠璃川は顔を上げて回りを見渡し、回りを確認する。さっきから二人は話し込んでいるので、神楽坂の方を見た。
すると、その奇妙な行動の一部始終を凝視していた神楽坂の目と、額を少し赤くしながら徐々に赤みが顔に広がっていく瑠璃川の目が、重なった。
次の瞬間、瑠璃川は立ち上がって、神楽坂のネクタイを引っ張って顔を寄せ、言った。
「……たの、ね」
「い、いえ! わわ、わたくしはあなた様が壁に顔面から激突することなんて、見ていません! いや、記憶にございません!」
「……嘘よ。みてた、でしょ?」
瑠璃川は少し下を向いて黙り混む。勿論、ネクタイを掴んだまま。神楽坂としては落ち込む瑠璃川に対して「もう少し捕まれても」と思っていた。思っていたのだ。
しかし、黙り続ける瑠璃川を見て、神楽坂は罪悪感に押され言葉を発する。
「すまない。でも、ここは瑠璃川お得意のトップシークレットで……ってって! く、くるしい! やめろ、ネクタイをそう引っ張ったら……う、うぐぐ」
「引っ張ったらどうなるのかしら?」
瑠璃川はネクタイを上に引っ張りながら、横に振ったりして首を絞める。そして、いきなりネクタイを離し、ほむらの方を向いた。
神楽坂は顔を青くして咳き込む。
「ねぇ、ほむらん。何か用があったんじゃないの? 心配ってだけじゃそんなに走り回らないでしょ?」
「へ? ……えっとーなんだっけ、あ! 工科科の特進の人があおいくんと未来ちゃんを探してたんだよ!」
「「あ、」」
二人は勿論、朝からクラスに行っていない。瑠璃川は会議があって、神楽坂は瑠璃川の後始末によって、謎の少女と遭遇した。
そして、教室には何も届いて居らず、数十人の生徒が駄弁ってるだろう。
「あんた、任せたって言ったのに、何もしてないって一体どういうことかしら」
「いや、僕は瑠璃川のミスをフォローしようと、いくつもの倉庫を走り回ったんだぞ! 何もして無くはない」
瑠璃川はその言葉を聞いて一瞬固まり、床に落ちている水酸化ナトリウム水溶液とエタノールの瓶を拾って棚に戻す。
「ついてこい、神楽坂。時間がないぞ!」
「ちょ、待って。えっと、ほむら、月見里のことよろしく頼んだ」
先にドアのロックを瑠璃川が解除して、神楽坂があとに続く。
ドアが閉まる直前、神楽坂が隙間から顔を出してほむらに言った。
「くれぐれも、月見里が他の生徒に見られないように。制服があればいいんだけどな……仕方がない、じゃあ」
重い金属のドアが閉まり、電子音が鳴って『ガチャ』と四回ほど音がして、『シュー』と圧力がかかる音がした。
ここで、神楽坂はあることに気づく。
「あのさ、この扉。閉めたら中から開かないんじゃ……」
「そんなこ……あ、セキュリティ掛けたままだ」