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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 女郎花 : 約束を守る 』
96/117

『 僕 と 『  』 』

* 嘔吐する描写がありますので

食前食後は、避けてください。

 僕の手を握るアルトが、僕を見上げて不安そうに瞳を揺らしていた。

その様子に、僕の顔色は相当悪かったらしい。


お米を食べるのを、僕自身楽しみにしていたのに。

なのに、実際お茶碗に盛られているご飯を見た瞬間手が動かなくなり

ご飯から視線を逸らす事も出来なかった。表現できないほどの

様々な感情に、僕の思考が飲まれていく……。心がきしむ。


バルタスさんが、助けてくれなければ

僕は叫びだしていたかもしれない。自分の感情に押しつぶされて。

バルタスさんは、人は食べれないものがあると言ってくれたけど本当の所は

僕が、精神的に食べる事が出来なかったという事に気がついているようだった。


「師匠?」


「うん?」


「大丈夫?」


「うん。大丈夫だよ」


「それならいいけど……」


アルトは、僕の手を離そうとしない。

あれだけ、夢中になって食べていたのに。


「うーん」


「どうしたの?」


やっぱり、心配そうに僕を見るアルトに笑みを落とす。

アルトの意識を、不安から切り離す為に僕も意識を切り替える。


「何を作ろう?」


「作る?」


「うん、バルタスさんが自分のご飯を作れって言ってたでしょう?」


「うん」


「だから、何を作ろうかなぁって」


「うーん」


「アルトは、何か食べたいものはないの?」


「俺は……。ロールキャベツが食べたい」


「えー……」


「だって、ロールキャベツは師匠がつくってくれないと

 食べれないでしょう?」


確かに、何処の店に行ってもロールキャベツを見た事はない。

多分だけど、カイルは面倒な事が嫌いなんだと思う。

それがこの街に来てからの、カイルという人間の感想だった。

大体のものが、何処か足りない……。


中途半端な製品は、説明不足からきていると思うのだ。

ドーナツも、から揚げもさほど面倒じゃないけれど

ロールキャベツのような、少し手間のかかる料理を伝えるのは面倒だったんだろう。


アルトに手をつながれたまま、厨房へと行くと

フリードさんがいた。その他にも何人かいる。


「すいません。厨房をお借りしてもいいですか?」


「ああ、いいぜ」


「お邪魔します」


「食材は好きに使ってくれていいからさ」


「はい。ありがとうございます」


何気なく、厨房を見渡してみるとそれぞれが料理を作り

試食しあっている。


「今日は、お客さんはこないんですか?」


「今日は定休日だ。だから、暇な奴は料理の新作を考えてる」


「僕達が、食べにきてもよかったんですか?」


「黒が定休日に来るのは、何時もの事だから

 気にする必要はないと思うけどな」


「そうなんですか」


定休日に、黒が集まって食事をする事が多いそうだ。

普段なら、厨房に料理人以外を入れる事はしないが

今日は特別だな、とフリードさんが笑っていった。


「まぁ、気兼ねなく好きなものを作ったらいいんじゃないか?」


「はい、ありがとうございます」


フリードさんとの会話を終わらせて、アルトと一緒に手を洗い

料理を開始する。フリードさんは、自分の作業に戻らず僕の隣に立っていた。


フリードさんに、ロールキャベツの材料を貰う。


「ハンバーグでも作るのか?」


フリードさんが、材料から予想した料理を口にするが

僕は首を振って、料理の名前を告げた。


「ロールキャベツです」


「ロールキャベツ?」


「はい。煮込み料理なんですけどね」


「知らない料理だな」


「美味しいんだ!」


アルトが、拳を握ってフリードさんに美味しいという事を伝えている。

フリードさんは、アルト解説に真剣な表情で頷いていた。


「セツナ、多めに作れるか?」


「作れますよ」


「じゃぁ、多めに作ってくれ。

 手伝える事があれば、俺も手伝う」


フリードさんが、追加の食材を僕のそばに置く。


「俺は何をすればいい?」


「では、キャベツの芯をとって……」


種を包みやすいように、キャベツをゆでてもらう。


「肉はどうするんだ?」


「ミンチにします」


「なら、私が手伝うわ」


フリードさんが、僕を手伝い始めたのを見て

他の人たちも、こちらの方へと集まってきた。

アルトは、試食の料理を貰って食べている。


「いえ、大丈夫です」


「その量は、1人では辛くない?」


「遠慮はなしだぜ?」


肉の塊を見て、心配してくれているようだ。

僕は大きなボールに、豚肉と牛肉の両方を入れ魔法を詠唱する。

簡単に言ってしまえば、風の魔法でフードプロセッサーのような状態を作った。


「……」


「俺は、風魔法をこんな風に使っている奴を初めて見たぜ」


「私もよ」


「俺もだ」


フリードさんも、キャベツをゆでながらこちらを凝視している。

肉だけではなく、玉葱も同様に刻んでいると。酒肴の人達の反応は

エリオさんが、魚の丸焼きを作っている時の顔と全く同じだった。


材料と調味料を混ぜ、ロールキャベツの種を作ったのは

僕ではなく、酒肴の人たちだ。


何かさせろという事で、僕が調味料を口にすると

手早く、ロールキャベツの種を作ってくれたのだった。


ゆでてもらったキャベツで、その種を包んでいく。

これは魔法ではできないので、この場にいる全員で包んでいった。

アルトは、まだ試食の料理を食べている。


手を洗っていたのは、手伝ってくれる為じゃなかったの?

アルトのほうに視線を送っても、アルトは試食に夢中だった。


「なかなか、手間のかかる料理ね」


「そうだな」


流石に、料理人だけあって僕よりも手際がよく包むのも早い。

それを鍋に並べ、味付けはアルトのリクエストでホワイトソースになった。


アルトが試食を全部食べ終え、こちらに戻ってきた時にはもう

アルトが手伝う事は何もなかった。僕も材料しか切ってない。


ホワイトソースを作らせると、この店一番という酒肴の人が作ってくれ

味見をさせてもらうと、とても美味しかった。


これで後は、コトコト煮込むだけなのだが

時間がないので、鞄から時の魔道具を取り出し煮込む時間を短縮する。


「おい!」


「ちょっと待ちなさい!」


「まじかよ!!」


時の魔道具を使った瞬間、悲鳴のような声が上がる。


「セツナ……料理をするのに高価な魔道具を使っていたら

 破産するだろ?」


「何時も使っているわけではないですよ」


僕は魔道具など買わなくてもいいのだし。

他の属性魔法を使えることを隠す為に、自分で魔道具を作って使っているのだから

懐は全く痛まない。


僕の後ろでは、「でも、時間がないときはありだよな?」という会話や

「時の魔道具が、手に入らないわよ!」というような会話が聞こえてくる。

最終的に、「時使いを探し出して、契約するのよ!」という事になっていた。


この人達に、僕が時使いだという事は内緒にしておこうと思う。

鍋の中からいい香りが漂ってきて、僕が鍋の蓋を開けると

歓声があがる。その声に、楽しみにしているという笑顔に

僕も、自然と笑みが浮かび食べたいという気持ちが沸いてきた。


フリードさんが、盛り付けて運んでくれるというので

その言葉に甘えて、アギトさん達の元へと戻ると


テーブルの上は、お茶碗がなくなってパンが盛られた籠に変わっていた。

僕のために、ご飯を下げてくれたんだろう。僕が謝ろうとするのを

アギトさんが、首を振って止め「気にするなと」言ってくれた。


僕とアルトが、席に付いたのを見計らってか

厨房から人が出てきて、僕達の前にロールキャベツが盛り付けられたお皿を

並べていく。


「これはなんだ?」


バルタスさんが、フリードさんに尋ね

フリードさんが、丁寧にバルタスさんに答えていた。

料理の内容を聞きながら、サーラさんがエリオさんだけでなく自分達の分もある事に

僕を気遣う表情を浮かべて、「これだけ作るのは、大変だったでしょう」といってくれるが

実際僕がしたのは、魔法を使って材料を細かくしただけだったことを伝えると

「酒肴のメンバーは、料理好きだから見ていることが出来なかったのね」と笑った。


アルトとエリオさんは、早速食べ始め

クリスさんとビートも、フォークで大きめに割り口へと運ぶ。


「旨い!」


エリオさんがそう口にした後は、黙々と食べ始める。

アギトさんも、サーラさんも「美味しい」と言い黙って料理を食べていた。


「セツナは、料理が上手だよな」


ビートがしみじみと、僕に感想を言ってくれるが

この料理を作ったのは僕ではなく、酒肴の人だ。


「僕は、材料を切っただけなんだけど」


「けどさ、この料理を知っていたのはお前だろ?」


「そうだけど」


「前食べた、シチューも旨かったし。

 アルトが、食べる事に夢中になるのはわかる気がするぜ」


ビートが僕と話している間に、エリオさんが食べ終わったのか

ビートのお皿から、ロールキャベツを奪おうとしているのをクリスさんに見つかり

殴られていた。ビートは、エリオさんを、軽く睨みまた食べ始める。


その様子に、ビートが元気がないような気がした。

何時もなら、エリオさんとひと悶着あることが多いのに。


「リードっち、おかわりはないのか?」


「黙れ」


フリードさんに、黙れの一言で叩き落されたエリオさんは

残ったホワイトソースの中に、パンを千切って入れていたのだった。


「セツナよー、お前さん酒肴にはいらんか?」


今まで黙って食べていたバルタスさんが、真剣な目を僕に向ける。


「え?」


「バルタス……」


アギトさんが、低い声でバルタスさんを呼ぶ。


「いやー。これは旨い。

 店の料理として出したい一品だ。うちに来ないか?

 アルトも食べる事が好きなようだし、これほどの料理を考える事が出来る

 お前さんにとっても、良い環境だと思うんだが」


「バルタス!」


アギトさんが、バルタスさんを睨み始めた。


「この料理は、教えてもらったものなので

 僕が考えたわけでは、ありません」


「それでも、料理は好きだろう?」


「好きですが……」


僕の言葉に、アギトさんが口を挟もうとした瞬間

アルトが、先に口を開いた。


「俺は、酒肴に入りたくない。

 俺のリーダーは、師匠だけだ」


真直ぐな視線をバルタスさんにむけ、はっきりと拒絶するアルト。

アギトさんが、「そうだろう、そうだろう」と言って頷いている横で

クリスさんが、「それは、月光にも入らないという事ですね」と言って

アギトさんに睨まれていた。


「アルトよー。旨いものがたくさん食べれるぞ?」


「師匠と2人でも、美味しいものは食べる事が出来るし

 師匠は俺の師匠なの! どうして、みんな師匠を取ろうとするんだ!

 本当に、油断も隙もないんだから!」


そういうと、アルトは眉間にしわを寄せながら

また、料理を食べ始める。


「……」


アルトの言葉に、サーラさん達は肩を震わせ

バルタスさんは、あっけに取られたようにアルトを見て

そして、その表情に苦笑いを浮かべ僕を見る。


「アルトが、セツナ離れをする頃また誘うか」


「しない!」


バルタスさんの言葉に、間髪いれずに答えたアルトに

今度は全員が、声を上げて笑ったのだった。


その後、ロールキャベツを酒肴の店に出してもいいかと

バルタスさんが僕に聞き、僕はそれに頷く。いつでも食べれるようになるなら

願ってもないことだ。その対価として、僕とアルトの食事代が何時来ても無料になる事になった。

断ろうとしても、頷いてもらえずバルタスさんの言葉に甘える事にした。


アルトに、朝、昼、夜と食べに来てもいいが

無料なのは、お代わり1回までだからなといわれている。

流石に、あの量を毎回食べられたらうちは破産すると真顔で告げていたのだった。


宴会の日の材料費は、いったいどれぐらいになったんだろうか?

アルトは、何時来ても無料と言う言葉に満面の笑みを見せていたけれど……。


何事もなかったかのように、酒肴の店を出て

僕とアルトとビートはギルドへ、アギトさん達は自宅へ帰ると言い

酒肴の店の前で別れる事になった。


アルトとビートの話すことに、相槌をうちながらギルドに入った所で

アルトより少し年上ぐらいの少年が、僕達を押しのけるようにして

ギルドの受付へと走っていった。ビートが、眉間にしわを寄せながら

その少年の背中を見ていたが、溜息を吐いただけで終わる。


受付には、ナンシーさんがいてその少年が悲痛な声で

ナンシーさんに叫んだ。


「ナンシーさん、大先生が倒れたんだ!!

 助けて! 大先生死んじゃうよ!!」


少年の言葉に、全員がナンシーさんのほうへ視線を向ける。


「まず、落ち着きなさい。

 大先生は、何処で倒れたの。今何処にいるの」


「こ、こじいんの、庭で」


「他の先生はどうしたの」


「今日は、大先生しかいないんだ!」


ナンシーさんが、他のギルド職員の人に自分が行って来るから

後を任せるというようなことを話し、受付をでて少年とこちらに歩いてくる。


「ナンシーさん、僕も行きましょうか?」


ナンシーさんに声をかけると、少し驚いた表情を作り僕を見た。


「気がつかなかったわ。一緒に来てくれると助かるけど

 いいの?」


「ええ」


アルトとビートを見ると、ビートがアルトを見てるから行って来いといってくれる。

アルトは、着いて来たそうな顔をしていたけどビートが「俺達が行っても、邪魔になるから」と

アルトを諭してくれた。渋々頷くアルトの頭を撫でてから、僕はナンシーさんと一緒に

孤児院へと向かったのだった。


少年が、早く早くと僕達を急かし孤児院へとたどり着く。

孤児院の場所は、ギルドからそう離れてはいなかった。

子供達の、切羽詰ったような声が僕達の耳へと届く。

小さい子供達は泣いていたし、アルトぐらいの年齢の子供は顔色を悪くしながら

一生懸命、倒れているだろう人物を呼んでいた。


僕達の足音に気がついた子供達が、ナンシーさんを見て安堵した表情を見せ

僕を見て、少し警戒した表情を作る。


ナンシーさんが、倒れている人物の側に膝をつき声をかけるが反応がないようだ。

僕もナンシーさんの隣に、膝をついて魔法を詠唱し体の異常を調べる。

命に関わるものではないようで、知らず知らず安堵の息をつく。


かなり高齢の方で、疲労の蓄積で免疫力が低下し風邪を引いてしまった

というところだろう。倒れたのは、熱のせいだ。


「どう?」


「熱のせいで倒れたんだと思います」


「そう」


「疲労と熱を取るための魔法と、体を休めた方が良いと思うので

 眠りの魔法を入れておきますが、夕方には目が覚めると思います」


「わかったわ」


「後、何種類か薬を出しておきますね」


僕は鞄から薬とメモを取り出し、メモに飲み方を記述し

ナンシーさんへと渡す。ナンシーさんは、薬に暫く視線を落とし

ただ一言聞いた。


「いいの?」


「ええ」


孤児院からお金を取ることなんて、考えていない。


「大先生は、ギルド職員じゃなくて

 善意で、子供達の教育をしてくださっているの」


「そうなんですか」


「だから……」


「その先は結構です」


それほど裕福じゃないという事を、伝えたかったんだろうけど

子供達に聞かせる話ではない。


「大先生を、部屋に寝かせて

 暫く、そばについているわ」


「わかりました」


「セツナは、適当に帰ってね」


「はい」


ナンシーさんは、僕に柔らかく笑って「ありがとう」と言い

ポケットから小さな魔道具を取り出し、起動させ転移の魔法を使い消えた。


そしてこの場に残されているのは、泣きじゃくる小さい子供達と

途方にくれたような表情の子供、そしてまだ僕を警戒している子供達だった。

自分達が信頼する大人が目の前で倒れた衝撃は、中々消えるものではないだろう。


今現在、この孤児院に大人はいないらしい。

孤児院の中だから、僕がこのまま戻っても問題はないんだろうが

泣いている小さい子供を見捨てて、立ち去るのも心が痛い。


とりあえず、魔法を使い子供達が風邪を引かないように結界を張る。

そしてその場に、座り込んだ。僕がこの場に座り込んだことで

数人が、驚いた視線を向けていたが気にしない。


今日は天気もいいから、この中も温室のように暖かくなるだろう。

次に鞄から、竪琴を取り出しゆったりとした曲を奏でる。


魔力を乗せて、心の中の不安が薄れていくように。

魔想曲を奏でていく。小さい子供達が徐々に泣き止み始め

僕の竪琴に興味を示し、僕の前に座り始める。


そして1曲弾き終わる頃には、全員が座り込んでいた。

笑いかけると、照れたように笑い返してくれる姿が可愛らしい。


「さて、他の先生が帰ってくるまで

 何か、お話でもしようかな?」


「おはなしー?」


小さな子供達が一斉に口を開く。


「うん。そうだなぁ……」


目の中にまだ涙をためながら、僕を見上げる子供達に

何の話をするか、少し迷って竪琴をゆっくりとならしながら物語を語り始める。


「むかしむかし、ある所に……海の国の王国がありました。

 そこには、綺麗な6人の王女様達が幸せそうに暮らしています……。

 海の国に住む人は、体は人間ですが腰から下は魚のように尻尾がありました」


竪琴の音にあわせ、人魚姫の物語をゆっくりと話していく。

途中慌てたように、15歳ぐらいの少年、少女達が戻ってきたが

大先生が大丈夫だと聞き、一息ついた後最初からいた子供達と同じように

座って話を聞いていた。


嵐で船が難破した所で、その表情を不安そうに曇らせ

人魚姫が魔女に薬を貰う所で、貰っちゃだめーっと声を上げ

人魚姫の声が、出なくなったところで可哀想と泣き出す子供もいた。


成人、間近だと思われる少女達は、人魚姫じゃない女性を選んだ王子に対して

色々と文句をいい。その様子を同じ年代の少年達が見て引いている。


そして物語は佳境へ……というところで

大先生以外の大人が帰ってきて、全員にどうしてもっと遅く帰ってこないの!と

理不尽な言葉を貰っていた。


時間もそろそろ、夕食の準備を始める時間になっている。

僕は、これまでの状況を帰ってきた人に詳しく伝え

そして、物語の続きを今か今かとまっている子供達に「ごめんね」と告げた。


「あした、くる?」


「おはなしのつづき、ききたいよー」


僕のまわりに集まり、僕を見上げてお話の続きをせがむ子供達に

嫌とは言えず、3日後に来る事を約束して建物の中に戻る子供達に手を振り

僕も帰ろうと孤児院を出て暫く歩いていると、知らない人に呼び止められたのだった。


「あのー。あのー」


若い女性の声に、振り返ると帽子を深くかぶり

僕を見上げている琥珀色の瞳と視線があった。


「僕に何かようですか?」


「あのー……」


「はい」


「あのですね……」


顔を少し赤くして、何かを言おうとしているようだけど

あのーから、話が続かない。


「あの、僕ね……。

 竪琴の音に惹かれて、勝手に孤児院の敷地に入ってたんだけど」


それは、不法侵入というんじゃないだろうか。


「自分の罪を、償うなら僕ではなく……」


「あわ、あわ、あわ、僕は悪い事はしないよ!!」


慌てたように、悪い事はしていないと告げる彼女。


「僕も、君が話す物語を聞いてたんだ。けど。

 あの……続きが気になって、でも僕、明日国に帰らないといけないんだ。

 自分勝手な、お願いだと思うんだけど……知りたくて」


「……」


「海の国のお姫様は、それからどうなったんだ?」


琥珀色の綺麗な瞳を、キラキラと輝かせて子供のように僕に尋ねる彼女に

僕は思わず、声を出して笑ってしまった。


「あは、あははは」


「わ、わ、笑うことはないだろうっ!!

 僕もあんな物語を聞いたのは、初めてだったんだから

 気になったんだ……続きが……」


僕を誰かがつけてきているのは

気がついていた。ずっと、声をかけるかどうするか悩んでいたんだろう。

先程よりもっと、顔を赤くしてプイッと僕から視線を逸らした。


「時間がありますから、場所を変えて物語の続きを話しましょうか?」


「いいの!?」


「ええ」


黄昏時の海辺で、結界を張り竪琴を奏で物語の続きを話す。

その瞳を、楽しげに揺らしながら僕の話を夢中になって聞く彼女。

その姿が、鏡花を思い出させてどこか懐かしい気持ちになっていく。


「海の国のお姫様は、海の泡となって消えてしまったのでした」


そして物語は、終わりを告げる。


竪琴の音も、余韻を残しながら消えていく。

目に涙をためて、はぁーと深く息を吐く彼女。


「悲恋ものだったんだね。

 子供達が聞くには、ちょっと残酷かなぁ?」


「この物語には、終わり方が2通りあるんです。

 子供達には、もう1つのほうを話そうと思っています」


「もう1つの終わり方は、どんな終わり方なんだ?」


僕は、空気の精霊……を風の精霊にかえて話す。


「そのほうがいい、いいね。

 どうして、僕には泡になったほうを話したの?」


「なんとなくです」


「ふーん」


「子供達と同じ方がよかったですか?」


「君さー、意地悪なところがあるよね!?」


「そうですか?」


「そうだよ!」


「他意はありませんよ」


「どうだか」


口を尖らせながら、彼女は急に黙り込んで海をじっと見つめ

ポツリと呟いた。


「風になって、この世界を彷徨うより……。

 僕は、泡となって……この世界から消えたいと願うな」


「え?」


何処か影を落とした言葉に、僕は彼女を凝視する。

僕の言葉に我に返ったのか、彼女が慌てて話しだした。


「あ、だってさ

 一目ぼれして、声を奪われて、歩くたびに足が痛くて

 王子様が他の女に目を奪われてるのを眺めて……さ

 僕なら、貰った剣で刺してるよ! 迷わず刺してるっ!」


「……」


「刺す事が出来ないで……死ぬなら……。

 もう2度と、王子様の姿なんか見たくないよー。

 風の精霊になったら、何時出会うかわからないしぃ

 鼻の下が伸びた王子様なんて、見たくないよっ!!」


拳を握り締めて、力説する彼女に僕はまた笑みが浮かぶ。


「あー、その顔はまた僕を馬鹿にしてるだろう!」


「してません」


「絶対にしてる!!」


「疑り深いですね」


「どうせ僕は、お子様だよ!!」


「僕はそこまで言ってませんけど」


「初恋もまだだよ!!」


僕はそんな事は一言も聞いていない。


「まぁ、そのうちすればいいんじゃないでしょうか」


「やろうと思って、できることなの!?」


「努力次第ですよきっと」


「むぅー。僕は絶対、この物語のような王子様は選ばないと思う!」


「僕もそれが良いと思いますよ」


「やっと、意見があった」


そう言って、楽しそうに笑う彼女に僕も目を細めた時

遠くから、聞こえてくる声に自分の体が冷たくなっていく感覚に陥る。


「あ、僕を探してる」


「……」


「そろそろ、行かないと。

 このお礼は、今度あった時に絶対にするからね!

 覚えておいて!」


「……気にしなくてもいいですよ」


「気にするの! あ、まだ名前を聞いてなかった。

 名前を教えてくれる?」


彼女に名前を教えるか、一瞬考える。

偽名を教えるか……否か。だけど、彼女の期待のこもった瞳を見た瞬間

僕は、素直に自分の名前を口にしていた。


「セツナといいます」


「セツナ……セツナねっ! 僕は……」


出来れば、彼女の名前は聞きたくなかった。

何処の誰かも知りたくはない。

このまま、楽しい時間を共有した人で終わって欲しいと願った。

だけど、僕の願いは叶わない。


「僕は、ガーディル69番目の勇者アシェリーって言うんだ。

 何時もは、ガーディルかエラーナにいるんだけど……」


そこで言葉を濁す。

アルトとトキトナへ向かう途中の街で、勇者の噂を聞いた。


「大怪我をしたと噂で聞きました。

 もう大丈夫なんですか?」


「うわー。そんな事まで噂になってたのかっ。

 大丈夫だよ。療養目的ということで、無理やりこの国へ来たんだ。

 ハルには、沢山の美味しいものがあるって聞いたから!

 1度来てみたかったんだ。もう少し……早く君とあえてたら

 もっと楽しかっただろうなっ」


無邪気に僕に笑いかけてくれる彼女……。

僕が、勇者をしていたなら彼女は今ここにはいなかった。

僕がそう告げたら、彼女は僕を恨むだろうか?


抗えない運命に、僕が関わっている事に気がついて僕を責めるだろうか。


君が、僕を殺したいほど憎むなら……僕は君に殺されても良いと思ったんだ。

だけど、僕には守るべき者がいる……。


だから、君が僕を殺そうとするのなら僕は君を殺すと決めた。

そう、あの時そう決めたんだ。


アルトの居場所が僕である限り……。

トゥーリが、僕の妻である限り……。


【フタリガボクノソバデ、ワラッテイルカギリ】


僕が幸せを享受することで、誰かが犠牲になったとしても

僕は、今ある大切なものを手放さないと決めた。


【ダレヲ、ギセイニシテモ】


痛みも、悲しみも、不安も、恐怖も

憎しみも……そして、罪悪感も全てを無理やり押し込めた。


【ボクハ、コロサレナイ】


【コロシニクルナラコロシテシマオウ】


琥珀色の目をした、屈託なく笑う少女アシェリー……。

69番目の勇者……。なぜ彼女が、69番目の勇者なんだろう。


どうして、一番会いたくない人間に会ってしまうんだろう。

この世界も広いのに……。


僕に心許さないでと願う、僕は僕の幸せを守るために

僕はまた君を犠牲にして、僕の幸せを手に入れるだろうから。


一緒にいた時間は、1時間ほど。

その短い時間は、とても楽しいと感じたんだ。

たぶん、彼女もそう感じてくれていると思う。


だから、僕はもう二度と君には逢いたくない。

このまま、別れる事が出来たなら

僕はまた、君を心の奥底へ沈めてしまえると思うから。

だけど、僕の願いは叶わない。


「だから、僕と友達になって欲しいんだっ!」


彼女の願いが、僕の胸を抉る。


「僕は、冒険者ですから

 もう、会う事はないと思います」


「それでもっ!

 僕は、君と友達になりたい!

 ガーディルやエラーナに来た時は

 連絡して欲しいんだ」


「僕は……」


拒絶されるかもしれないと、不安に揺れる瞳を見て

言葉を紡ぐ事が出来ない。


「……駄目かな……僕は、友達がいないから……。

 今日、こうやって話してもらえてすごく嬉しかったんだ。

 仲間はいる。僕によくしてくれる。でも、勇者としてなんだ。

 僕は、僕は……意地悪でも僕を見てくれる友人が欲しい」


必死に僕と友達になりたいと告げる彼女に

僕は何もいえなかった。彼女もまた孤独の中にいる。

その気持ちは痛いほどわかるんだ……。この世界に独りぼっち。

僕と同じ……。帰る場所のない君、僕がその原因。


その僕に、友達になって欲しいと頼むの?

僕は……君を犠牲にして自由に生きているというのに。


「駄目……?」


さっきまで、キラキラと輝いていた琥珀色の瞳が

暗い色に染まっていく。


「いいえ、僕でよければ友達に加えてもらえると嬉しいです」


「本当!!」


「ええ」


心が痛い。


「じゃぁ、これ、これをあげる!」


そう言って、彼女は指から指輪を1つとり僕へと渡した。


「お守り! 君の……セツナの旅が順調に進むように」


「ありがとうございます」


「あの、あのさ、君の指輪を貰ってもいい?」


僕の手の指輪を見て、彼女が小さな声で呟いた。


「僕の、僕の故郷では特別な友人と持ち物を交換するんだ。

 だから……」


そこで彼女の言葉が途切れる。よく見ると彼女の手は

自分の服の裾を強く握って震えていた……。


僕は一時的に、ピアスに魔力制御の魔法をつけたし

指輪を外し、指輪の魔力制御の魔法を無効化して彼女に渡す。


「僕から君に。君が何時も幸せであるように……」


僕の指輪を受け取った彼女は、それはそれは幸せそうな

笑顔を僕にくれた。そんな笑顔を見せてもらえる資格など僕にはない!!

僕は叫びだしたくなる心を抑えながら、笑い返したのだった。


「じゃぁ、僕はもういくね。

 今度は、もっとゆっくり会えることを願っている!」


そう言って、走り出す。彼女は1度も僕を振り返らなかった。

その背中を見て、僕は僕を哂う。


なにが幸せであるようになんだ。

何が……何が!!


ごちゃごちゃに入り混じった感情に

どう整理をつけていいのかわからない。


「ぐっ……」


どうする事も出来ない感情に

体まで、引きずられたのか……殆ど吐くものなどないのに

嘔吐する。セリアさんが、そんな僕の背中をさすってくれていた。

その手のぬくもりは感じる事はないけれど。


水で口をすすぎ、魔法で処理をしてから

力尽きたように、その場に沈む。


「……セリアさん」


「なぁに?」


セリアさんが僕の呼びかけにすぐ答える。


「今日の事は、誰にも言わないでください」


「……」


「お願いします」


「分ったワ」


「……」


セリアさんは、僕を心配そうに見ていたけれど

すぐに指輪に戻っていった。何も聞かず、僕を1人にしてくれた事に

安堵する。暫く、その場から動く事が出来ず黙って波の音を聞いていた。


僕の心は疲れきっていて、何も考えたくなかった。

お米が食べれなかった事も、彼女と出会ってしまったことも。

僕の心に重く沈んでいく……。


「……」


『風になって、この世界を彷徨うより……。

 僕は、泡となって……この世界から消えたいと願うな』


彼女のこの言葉が、僕の頭の中に残って消えない。

たぶん、僕が蒼露様に告げた言葉と同じ意味になるんじゃないだろうかと

そう感じた……。


『帰りたいところに帰れないのなら

 何処にも帰れなくていい』


そう、僕達が帰りたい場所は……僕達が生まれた場所なんだから。


アギトさんの家に、帰るとアルトが僕に怒り出し

アルトを宥めた事は覚えている。みんなと一緒に食事を取ったことも。

だけどその後、何時寝たのかは全く覚えていなかった……。




* 読んで頂きありがとうございました。

* アンデルセン童話「人魚姫」を参考にしています。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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