表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 女郎花 : 約束を守る 』
95/117

『 心と食べ物 』

* アギト視点

「あぁ、よく寝た気がする。腹へった……なんかない?」


暢気な事を言いながら、エリオが部屋へと入ってくる。

そのあまりにも、気が抜けた言葉に全員が何とも言えない

視線をエリオに送っていた。


「お前な、第一声がそれかよ!」


ビートがエリオを睨みつけ、不機嫌に言葉を放つ。


「なに、なんでビートが怒ってるんだ?」


「エリオ……。お前は何も覚えてないのか?」


クリスが、呆れたようにエリオへと視線を送り

ため息を一つ落とした。


「俺っちなんかした?」


エリオは、本気で首を傾げて考えやっと気がついたのか

顔を青くして、固まった。


「俺っち、何で家に居るんだ!?」


エリオの言葉に、サーラが果物をつまみながら少し怒ったように

エリオに返事をする。


「意識がないのを、フィーちゃんが運んでくれたのよ」


「えー……」


エリオはそれっきりうつむいて黙り込んでしまった。


「取りあえず、座ったらどうだ。

 体調はどこも、悪くないのか」


私の言葉に従うように、エリオは自分の席へと座る。


「どこも、なんともない」


「そうか」


見た感じ、大丈夫そうだ。昨日、サフィールにズタボロにされたエリオを

サフィールの精霊である、フィーが転移で運んできてくれた。

そのあまりにも、ぼろぼろになった姿に驚いたがサフィールは

相当手を抜いて相手をしてくれていたらしい。


「お前さ、何でサフィさんの所へ行ったんだ?」


ビートがずっと疑問に思っていただろうことを口にする。


「俺っちの、力が何処まで通用するか知りたかったから」


ビートの問いかけに、エリオはどこか不機嫌な様子を

纏いながらも答えている。


「別に、サフィさんじゃなくてもいいだろ。セツナも居るんだしさ」


「……」


ビートが、セツナの名前をだした瞬間エリオがビートを射る様に見て

そのあとすぐに自分の感情をのせながら口を開く。


「俺は、セツっちを師にするつもりはないっ!」


「エリオ……?」


今までに無いエリオの攻撃的な返答に、ビートが言葉を失った。

それは、クリスも同様のようだ。


3人の息子の中で、エリオが一番感情の制御にたけている。

魔導師であるということもその理由の一つだ。


普段は、その口調のせいか何処か軽いように見られるが

エリオは、表面に出さないだけで内面では物事を深く考える奴だ。


怒りや負の感情は、魔法を使うときには邪魔になるらしい。

だからか、そういう感情を家族内でも余り見せる事はない。

よく話すし、よく笑うし、ビートとよく喧嘩もしているが今のように

ビート達に噛み付くような、答えを返す事は余りしたことがない。


「俺は、セツっちと対等でいたんだ。今は、セツっちが何もかも上だし

 これから先、俺がセツっちの魔法技術に近づける可能性も少ない……。

 だけど、それでも俺はセツっちを好敵手だといえるぐらいには

 強くなるつもりだ!」


「……」


強くなるか……。エリオにとって今のセツナは、好敵手ではなく恋敵だろう。

宴会の日の夜、セツナと幸せそうに、ダンスを踊るセリアさんを見た。

淡い光の中を、2人だけで踊るその光景は恋人のように見えた。

そして、その光景を見ていたエリオの瞳の中にあった色は嫉妬……。


幽霊である彼女に惚れても、エリオの想いが実る事はなく

彼女の、気がかりとなるような行動を起こすなとエリオに釘を刺したのだが

私の忠告で、エリオがどのような答えを出したのかはわからない。


「エリオ、サフィールが2日後にまた来いと言っていたらしい」


「え?」


ビート達との会話に口を挟み、フィーが残していった伝言を伝える。


「なぜ……」


信じられないというような顔で、私を見るエリオ。


「あいつに、強くなりたいといったんだろう?」


「サフィさんから聞いたのか?」


「あいつが今、私に会いに来ると思うか?」


「思わない……けどさ」


女神の硬貨が、2枚も手の中にあるのだ

自宅から出てくるわけが無い。


「強くなりたいと思ったんだろう?」


「思ったんじゃない。なるんだ。

 アルトが、俺達に言い切ったように。

 俺も、強くなる。守りたい人を、守りたい時に

 守れるような力を手に入れないと、頼ってももらえない。

 俺には時間が無い……」


「時間が無い?」


「セツっちが話してただろ?

 準備が出来たら向かうと。覚悟しておけと……。

 多分、その時はもうすぐそこだ」


エリオは辛そうに顔をふせ、だがすぐに顔を上げ

そして真直ぐ私を見る。


私を踏み台にすると決めた時よりも、さらに強い意志。

恋は人を変えるか……。エリオにとって、苦しい戦いになるだろうな。

何時消えてしまうかもわからない。彼女が残している想いが何かも言わない。

だが、セツナが関わっている以上簡単に解決するものではないのだろう。


なら、強くなるしかない……か……。守るために。

エリオは決めたのか、彼女の想いを守る事を。


「親っち」


「なんだ」


「俺は、(シルキス)から、邂逅の調べに入れてもらおうと思ってる」


「おい!」


「ビート黙れ」


ビートが、立ち口を挟もうとするが止める。


「それは、月光をぬけるということか?」


「いや違う……」


エリオはそこで少し言いよどむ。

私に頼みにくい事柄なのは理解している。今までずっと断り続けてきたのだから


「父さん、私もエリオと同じように(シルキス)から

 剣と盾に入れて頂こうと思っていました」


ここでクリスが、会話に混ざり始めた。

クリスの言葉に、思わず笑みが浮かびそうになるのを抑えクリスを見た。


「おい! 兄貴もエリオも何考えてんだよ!

 今、月光に5人しか居ないんだぞ!!

 兄貴達が抜けたら、どうなるんだよ!!」


「それは心配ない。私も月光を抜けるわけではない」


「剣と盾に入るって言っただろうが!?」


「エレノアの返事は?」


「父さんが、許可するのであればかまわないと」


昨日の昼、出かけていったのはエレノアに会いに行っていたのか。


「そうか」


「親父も、兄貴も、エリオも何を考えてるんだよ!

 月光を潰すきかよ! 母さんも何か言え!!」


「私は何も言わないわ。

 クリスちゃんは、クリスちゃん。

 エリオちゃんは、エリオちゃんの人生があるもの」


「っ……。月光はどうなるんだよ……」


1人喚いているビートを無視して、話を進める。


「なら、邂逅の調べと剣と盾と同盟を組む必要があるな」


「親っち、いいのか?」


「父さん、申し訳ありません」


「高みを目指すのだろう?」


「はい。父さんを踏み台にするために」


「目指す。親っち達をこえるために。

 セツっちと並ぶ為に……」


「わかった」


私の言葉に、クリスもそしてエリオも席を立ち

月光のメンバーの一員として、リーダーの私に深々と頭を下げたのだった。


あの日、私を踏み台にすると闘志を見せた3人。

その後、どう行動するか楽しみにしていたのだが


クリスは、ギルド最強の黒エレノアの元へ

エリオは、苦手にしていた魔導師最強のサフィールの元へ行く事を決めた。


月光の今の状況、そしてこの時期だからこそ2人の背中を押したのだろう。

クリスとエリオはいい。本当の意味で、自分の目標を見つけその足がかりを見つけた。

エレノアもサフィールも、手加減なく鍛えてくれる事だろう。


クリスの場合は、先ずアラディスを相手にしなければならないだろうが


「お前はどうするんだ、ビート」


呆然と2人を見ているビートに、私はそう声をかける。


「どう、するって、月光はどうするんだよ。

 今月光は、家族しかいないんだぞ? 兄貴とエリオが抜けたら

 どうやって活動するんだよ……」


途方にくれたようなビートに、サーラが優しく笑いかけ

ビートを諭すように、言葉を紡いだ。


「ビートちゃん。私のお腹の中には貴方の妹がいるわ」


「知ってる……」


「子供がいる状態で、旅をするのは(シルキス)先には無理になるわ」


サーラの言葉に、ビートがはっとしたように私を見る。

ビートも気がついたようだ。


「私は、子供が生まれるまで月光としての活動を休止する。

 受けるとしても個人依頼ぐらいになるだろう」


「そ……」


「クリスとエリオは、その期間、同盟を組む予定の

 邂逅の調べと剣と盾に居候という形で、経験を積む事にしたようだ。

 お前はどうするんだ? 月光としてここで個人依頼を受けてもかまわないし

 学びたい事があるなら、学院へ行ってもかまわない。他のチームに入って

 旅したいというのならば、私から頼んでもいい」


「兄貴も、エリオも……なんで……」


月光としての活動を休止するということに、気がついたのかということを

ビートは言いたいのだろう、自分だけが気がつかなかったことに

劣等感のようなものを抱いているようだ。


「なんでって、言われても俺っちはお前の兄だからっしょ?」


「確かにな」


「意味がわかんねぇよ」


「親っちは、ビートが生まれる前も母さんの傍についていたって事」


「エリオが生まれる前もついていたな」


「あら、クリスちゃんが生まれる時もついていてくれたわよ」


「……」


(シルキス)まで、時間があるのだから

 ゆっくり考えたらいいんじゃない? ビートちゃんの進む道を」


「進む道?」


「そう」


「そうだな、すぐに決める必要もない。

 クリス達の時は、他のメンバーもいたから活動を休止するという事は

 できなかったが、今回は私も体を休めるつもりでいる」


チームの休止許可が、総帥から下りるといいのだが……。

降りない場合は、誰かメンバーを入れなければいけなくなる。

その時は、酒肴から誰か借りるか……。


メンバーの育成……。正直な所、新しい人間を育てる気にはならなかった。

ギルド本部に問い合わせていた内容の返答が、今日の朝届く。

覚悟していたとはいえ、その返事を聞くのは胸が痛んだ。

今伝えるか一瞬悩んだが、先延ばしにしてもいい事はなく。

全員がそろっていることから、ここで告げてしまうことを決める。


「ギルド本部から、ドグ達の安否が届いた」


私の言葉に、全員が私を見つめる。全員の瞳の中にある色は

生きていて欲しいという願い。


「全員が命を落としている」


「嘘だろ!!」


「……」


「……」


ビートが真先に叫び、クリスとエリオは俯き歯を食い縛った。

サーラは、肩を震わせている。冒険者として、自分達の判断の元

受けた依頼で命を落としたとはいえ、長年付き合ってきた仲間を亡くすというのは

何度経験しても辛いものだ。


「嘘を言っても仕方が無いだろう?」


「ドグさんも、マキスも弱くない。

 他のメンバーだって……。」


「そうだ、その他にも邂逅の調べからも数人亡くなっている」


「そんな……」


「まだ確定とは言い切れないが、私とサフィールで調査に向かう可能性が高い」


私の言葉に、サーラは涙を落としながらも真剣な表情で私を見る。


「私も行くわ」


「駄目だ」


「絶対に行くわ」


「子供がいるだろう?」


「安定期に入っているから、動いても大丈夫よ」


「駄目だ」


「置いていったら、後から1人でもついていくわ」


「……」


「調査でしょう?

 魔物には近づかないのでしょう?」


「多分、近づけないだろう」


「なら、私が行っても問題は無いはずよ」


「サーラ」


「アギト、私は絶対に一緒に行くわ」


何時に無く、譲らないサーラの態度にどうしたのかと

彼女の瞳にその理由を探る。


私から、決して離そうとはしないその瞳の中の色を見て気がつく。

私が、冒険者を辞めると言ったことを彼女はまだ気にしているようだ。

説得は無理だろう……。


「わかった。無理だと思ったら置いていく」


「私も無理な事はしないわ」


「……お前達はどうする?

 行くなら、私とサフィールの命令は絶対に聞け」


軽く溜息をつきながら、サーラと同様

命令して止めてもついてくるだろう息子達に一応尋ねる。


「俺は行く」


「俺っちも行く」


「私も行きます」


「そうか」


子供が生まれる前に、5人で旅をするのはこれが最後になるかもしれないな。

(シルキス)にはビートはわからないが、クリスとエリオは、出て行くことが決まった。

(マナキス)には娘も生まれている。


気を抜く事はできないが、月光として行動するのも悪くないか。

サーラが心配だが、置いていっても追ってくるだろう。

なら、私が守れる場所に居てくれるほうが安心だ。


まだどうなるかは、わからないがサフィールもいるなら

どうにかなるだろう。魔物には近づかない、これが絶対の条件……。


それぞれに青い顔をしながらも、ドグ達の事は覚悟を決めていた

所もあるのだろう。思ったよりは、取り乱した様子は無い。


「そういえば、セツっち達はどうしたんだ?」


1度大きく息を吐き出し、エリオは自分の感情を切り替える。


「アルトの時計を買いに行った」


「昨日行くって、言ってたっしょ?」


「昨日は、私との模擬戦で動けなくなっていた」


「……親っち。子供相手なんだから手加減しよう」


「クリスとビートと戦っていたら、セツナとの訓練を終えた後に

 混ざりたそうにしていたから、入れてやった」


「アルっち……」


エリオが、手元に届いた軽食を取りながらアルトに対して呆れている。


「私とサーラは、お昼をバルタスの店でセツナ達と食べるが

 お前達はどうする?」


「何を食うの?」


「米だ」


「あー、アルっち楽しみにしてたもんな。

 俺っちもいく」


「お前はいま、飯を食ってるだろう?」


「これだけじゃ足りないっしょ?」


「……お前、邂逅の調べでの食費は自分で払え」


「破産するっしょ!!」


「うるさい。なら食うな」


エリオは、横暴だ横暴だといいながら、もそもそと目の前にある

食事を平らげていく。サーラがその様子を苦笑して眺め

「エリオちゃんの食費は、サフィちゃんに渡したほうがよさそうね」と言った。


「クリスとビートはどうするんだ?」


「あ、俺も行くぜ」


「私も行きます」


クリスはともかく、ビートが来るとは正直思わなかった。

そんな私の思考を読んだように、ビートが視線を背け


「頭を冷やせばわかることだろ……。

 親父は止めたんだ。それを押し切って、行ったのはマキス達だ。

 ギルドの依頼でもなかった。自分で選んだ行動の結果そうなった。

 親父のせいじゃねぇよ」


「私を慰めるなど、100年早い」


「けっ、慰めてねぇ!」


ビートは、そう言葉を残すと自分の部屋へ向かった。

サーラが、嬉しそうに目を細めてビートの背中を追っていた。


「なら、昼の鐘がなる頃バルタスの店で集合にしよう。

 私は、ギルドへ顔を出す」


「了解~」


「わかりました」


「アギトちゃん、私も行っていい?」


「ああ」


簡単に準備をし、サーラと共にギルドへと向かう。

ギルドでは、エレノアと会いクリスの事を少し話し

近いうちに同盟を組むということで、話がまとまる。


総帥に、活動休止を許可された場合

そのチームのメンバーは、同盟を組んでいるチームに

預かってもらえる。それは、リーダーが何らかの理由で

メンバーを率いていけなくなった時の措置だろう。


ただし、受理された日から1年しか認められない。

1年をこえて、活動できない状況だと判断された場合

チームを解散するか、リーダーを変更するかの選択を迫られる。


エレノアには、まだ時間があるから総帥が落ち着いてから

申請するようにと忠告を貰った。確かに、今の段階で申請しても

余りいい方向へ流れるとは思わない。


その後は、サーラ、ナンシー、エレノアでお茶をすると言われ

私は、ギルドで販売されている魔道具を見ながら時間を潰す。

そろそろ、バルタスの店を向かうためにサーラを迎えに行くと

3人はまだ話していたのだった。


サーラが私を見つけ、2人と別れ目的地へと向かうと

クリス達もセツナ達も、すでに店の中に居たのだった。


「親っち、遅いっしょ!」


「まだ、昼の鐘はなってないだろ?」


「そうだけどさ」


エリオの文句を聞き流し、セツナ達のほうへ視線を向けると

アルトが嬉しそうに、クリスに時計を見せている所だった。

私達が傍に行き、席に付くと私達にも時計を見せてくれた。


「おー、アギトよー。飯を運んでもいいか?」


バルタスが、厨房からそう尋ねる。


「ああ、頼む」


「任せておけ」


料理が運ばれるまで、どうでもいいような事を話す。

セツナもアルトも楽しそうに、笑いながら料理が来るのを待っていた。


バルタスが返事をしてから暫くして、目の前に料理が運ばれる。

炊き上がってすぐのご飯の香りが、腹を刺激して小さく腹の虫がないた。

全員の前に、ご飯と卵が並べられその他のおかずも美味そうなものがそろっている。


「よし、食うか」


私の言葉に、それぞれが神に祈りを捧げてから箸を持ち茶碗を手に取った。

エリオは、小さな器に卵を割り醤油という調味料をまぜご飯にかけ

口の中にかきこみ、旨い旨いと一心不乱に食べている。


その様子を見れば、私達が飯を食わせてないのかと思われるから

止めろといっても止めない。もう少し、落ち着いて食えないのか?


サーラは、アルトの卵を割ってご飯の上にかけてやっていた。

アルトがサーラに、礼をいいご飯をスプーンですくって恐る恐る

口に運び、何度か咀嚼して飲み込むと美味しいと言って夢中で食べだした。


アルトとエリオの姿は、そっくりだった。

獣人と人間でなければ、兄弟にみえるかもしれない……。


米はそう癖も無い穀物で、嫌いだという人間は少ない。

パンが好きか、米が好きかで別れるがそのあたりは好みの問題だろう。

アルトは気に入ったようだ。


セツナの感想はどうだろうかと、セツナに視線を向けると

セツナは、箸を持ったまま固まっていた……。


「セツナ?」


セツナの顔色は酷く悪い。私の呼びかけに全員がセツナを見て

食べるのをやめる……。いや、セツナの様子に驚いて手が止まったというのが正しい。


「セツナ君? 大丈夫?」


セツナは箸を持ち、茶碗に手を伸ばそうとするがその手は宙に浮いたままだ。

その手がかすかに震えている……。こんなセツナを見るのは初めてで

アルトすらも、食べるのを止めていた。


「師匠?」


「セツっち?」


「おい、大丈夫か?」


私達の言葉に、セツナは何も答えない。

ただ、茶碗を凝視してピクリとも動かなかった。


どうすればいいのかと、もう1度セツナに声をかけようとした瞬間

バルタスがセツナの背後へとまわり、セツナの目を自分の手で隠した。


「あ……れ……?」


セツナが小さな声で呟く。


「セツナよー。人間には、食べれんものがあるようだ。

 それを無理して食べると、体を壊すらしい」


「……」


「お前さん、ちょっと厨房へ行って

 自分の好きなものを作って来い。この飯はわしが食う。

 かまわんか?」


「はい……申し訳ありません」


「謝る必要はない。厨房には、若い奴らがいる

 材料は好きに使ってかまわないから、自分の食べたいものを

 作ってくるといい」


「はい」


セツナの返事に、バルタスがゆっくりと手をどける。

セツナの顔色は、まだ少し悪かったが先程よりは良くなっていた。


「師匠……」


アルトが心配そうに、セツナを見て声をかけた。


「大丈夫。アルトも僕が作ったものを食べる?」


「食べるー」


「じゃぁ、アルトの分も作ってくるよ」


「俺も行ってもいい?」


セツナが心配なアルトは、自分が食べる事よりも

セツナから離れるのを嫌がった。多分、アルトもあの状態のセツナを

見るのは初めてだったのかもしれない。


「ああ、アルトも行って来い。

 好きなものを作ってもらって来い」


バルタスの言葉に、アルトは頷いて席を立ち

セツナの傍に行きその手をとった。


「セツナよー。わしの分も作ってくれ」


「はい。アギトさん、申し訳ありません……」


「いや、食べれないものがあるのは仕方がないから

 気にするな。体調は大丈夫か?」


「はい、大丈夫です。

 少し、席を外しますね」


「ああ、無理するなよ」


「はい」


「セツっち! 俺っちのぶんもぉぉぉぉ!!」


エリオが、場を明るくするようにセツナに自分の分も頼んだ。


「了解しました」


セツナは笑ってアルトと一緒に、奥の厨房へと消えていった。


「良かったのか? 厨房には料理人以外いれないんじゃなかったのか?」


「今回は特別だ。セツナには、気分転換が必要だ。

 若い奴らも、うまくやるだろう」


「……」


「アギトよ。暫くセツナに米は見せるな」


「どうしてだ」


「あの状態は、米が原因ではなく

 セツナの心の問題だ。無理して食わそうとすると心がやられる」


「そんな……」


サーラが小さく、悲鳴のような声を上げた。


「わしのチームは、大なり小なり問題を抱えている若者が多い。

 チームに引き取ってすぐの、若い奴が飯を前していきなり泣き出したり

 固まったり、気絶したりする事もある」


「なぜだ……」


「そうだな……。

 例えば、親に捨てられた者は、最後に親ととった料理を食べる事が出来なかった。

 旅をしていて、盗賊に襲われた奴はその時に食べていたものが食べれなくなった。

 後は、故郷や村を追われたやつが、その村の料理を食べれなくなっているものも居た」


「……」


「飯と辛い出来事が結びついて、その時食べていたものを見ると

 当時の思い出がよみがえり、身動きが出来なくなるといったところか。

 後は……故郷の食べ物の記憶、親が作ったものであるとか

 恋人が作ったものである味の上書きを、無意識で嫌がっていたものもいたな。


 その傾向が強いのは、1度死を覚悟し死を受け入れたものが

 陥ることが多いようだ。もう1度生きる覚悟を決めるのは

 相当、心に負荷がかかるのだろう。心の傷と真正面から向き合う事になるからな。

 心の傷がいえてくれば、自然と食べれるようになる者もいる」


『やっと、殺してもらえる』セツナがクリス達に

話していたことを思い出す。


「セツナが、それに当てはまるかはわからないが

 あいつは記憶がないのだろう?」


「ああ」


「なら、セツナもなぜ米が食べれないのかわからなかったんだろう。

 だが、セツナの心が拒否反応を示した。セツナにとって米は

 なんらかの形で、あいつの心に深く関わっている可能性が高い」


「……」


「飯を食うという事は、生きると言うことだ。

 米を食えなかったからといって、死ぬ事はないが

 それが呼び水となって、食べ物を食べる事が出来ない状態に

 陥る奴も居る。セツナはただでさえ、食べる量が少ない。

 気をつけてやれ」


「……わかった」


バルタスの話を聞き、考え込む私に

バルタスが私の肩を、数回叩く。


「何かあれば相談に来い。

 こういう経験は、わしの方が上だ。簡単に考えるなよ。

 へたをうてば、命を奪う可能性がある事を心に刻め」


「……」


「俺っち達は、どうすればいいんだ?」


「別にどうする必要もない。今まで通りでいい」


「お米の事は、いわないほうがいいのかしら?」


「そうだな、セツナが話題にしない限りは

 話題にする必要はないだろう?」


「そうね……」


サーラがバルタスに頷いた。


「お前達の重荷になるようなら、わしに預けろ」


「重荷になどならない。

 セツナもアルトも、私達の家族の一員だからな」


サーラが、私の言葉に頷き、エリオが、セツっちは親っちみたいな親は

欲しくないと思うと言い。ビートがエリオに賛同し、クリスは苦笑していた。


「セツナが気にしないように、お前達はしっかり食え」


「俺っちはもう食べた。次はセツっちが持ってくるものを食べる」


「お前はよー、もう少し食べる量を抑えたらどうだ」


「親っちと同じ事を言うのか!?」


重い空気を振り払うように

バルタスとエリオが、ぎゃぁぎゃぁと話しているのを

眺めながら、私はセツナのことを考える。


ハルに来るのは、初めてだと言っていた。

セツナは、何処で米を知ったのだろうか。

もしかしたら、ジャックが米を持っていた可能性はあるが。

黒の部屋の出来事といい。米のことといい……。


ハルはセツナにとって、辛い記憶を掘り起こす場所でしかないのだろうか……。

先程のセツナの顔色を思い出し、苦い想いを腹に落とすように茶碗に盛られた

飯を口へと運ぶのだった。


 




* 読んで頂きありがとうございます。

* エリオの話しは【刹那の破片:気持ちの行方】で

詳しく書いています。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



html>

X(旧Twitter)にも、情報をUpしています。
『緑青・薄浅黄 X』
よろしくお願いいたします。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ