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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 ベニラン : 旺盛な探求心 』

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『 黒のチームと暁の風 』

* アギト視点


「てめぇ! 昨日教えた事を忘れてんじゃねぇ!」


「申し訳ありません!」


扉をくぐった瞬間、店内に声が響く。

多分、冬を初めて過ごす新人が怒鳴られているんだろう。


季節は(ウィルキス)に入った。雪の中の移動は、中々に困難な為

(ウィルキス)の間は、大体のチームが拠点に戻りそこで過ごす。


チーム酒肴は、(シルキス)から(マナキス)にかけては依頼を潰しながら

自分達の欲求を満たすための狩りをするために、各国を渡り歩き

(ウィルキス)の間は、昼は料理屋、夜は酒場を経営している。

もちろん、まったく依頼をしないという事はない。


月光は、季節が(シルキス)だろうが(ウィルキス)だろうが気にはしなかったが

この(ウィルキス)は、ハルにとどまる事になるだろう。


子供が腹の中にいるのに、寒空の下を歩かせるわけには行かない。


「どうして、お前が一番最後に来るわけ?」


私を視界に入れるなり、サフィールが不機嫌そうに声を投げた。

集合は、18時10分だったはずだ。時計の針は丁度10分をさしている。


「どうして、お前がもう座っているんだ?」


私以外の黒は、18時まで外出禁止を言い渡されていたはず。


「18時ちょうどに家を出れば、5分でここにつけるわけ」


「それほど楽しみにしていたという事か?」


「……約束の数分前に集合するのは、当たり前なわけ」


「私も、別に遅れたわけではないだろう?」


「まぁ、サーラに逢えるのは楽しみにしていたけどさ」


サフィールは、私との会話を止めサーラにそう告げた。

私に向ける表情とは全く正反対のもので、サーラを眩しそうに眺めるサフィール。


サフィールの目の中にサーラが入らないように、サーラを私の後ろへと隠すと

サフィールが、殺気混じりの視線を私に向けた。


「いいかげんにせんか。お前達は!

 取りあえず座れ」


バルタスの言葉に、私とクリスはサフィール達と同じテーブルに向かう。

サフィールが居る場所は、剣と盾のリーダーであるエレノア

サブリーダーであるアラディス、邂逅の調べのリーダーであるサフィール

そして、酒肴のリーダーであるバルタスとサブリーダーのニールが座っている。


こういう集まりになると、リーダーとサブリーダーは同じ席に付くことが多い。


「サーラ、僕のチームのサブは来ないから

 僕の隣に座るといいわけ」


「クリス、サフィールの隣に座れ」


「……」


「……」


私とサフィールのやり取りに、エリオとビートは早々に

隣のテーブルの席に座り、サーラはエレノアの隣にクリスはサーラの隣へ座る。

席順は、サフィールから時計回りにニール、バルタス、アラディス、エレノア、サーラ

クリス、私となった。私とサフィールの間にセツナとアルトが座る事になるようだ。


「どうして邪魔をするわけ?」


「なぜ、邪魔をしてはいけない?」


「……貴殿たち、いい加減に黙れ」


「……」


「……」


バルタスではなく、エレノアが私達に注意したことで

その場の空気が、一瞬にして変わる。


バルタスが立ち上がり、裏方で準備をしているメンバーも集まるように声をかけた。

周りを見渡すと、邂逅の調べ以外は全員が集まっているようだ。


全員がそろったところで、バルタスがゆっくりと口を開き話し始める。

私達とセツナの集合時間が違った理由を、ここで知る事になった。


バルタスが口にした内容は、暁の風が注目を浴びすぎた為に

子供であるアルトに、接触を図り何かしらの危害を与えるかもしれないから

アルトのまわりに注意を払うようにという事だった。


不穏な気配を少しでも感じたら、魔道具で連絡を入れ

アルトの傍から離れるなと告げる。


もし、アルトが1人で居た場合、保護するようにと命令を下す。

酒肴の若者達から、冒険者なら自分の身を自分で守るべきではという

意見が出るが、バルタスがアルトの年齢を告げると大半のものが驚き

納得して頷く。


どうやら、私とサフィールが争っている間にバルタスとエレノアで

大体の方向性をきめてしまったようだ。


セツナを追い詰める為に、総帥がアルトに手を出すかもしれないという事を

危惧しているのだろう。セツナはアルトを見捨てる事は絶対にしないだろうから。

ある意味、セツナの弱点でもある。


アルトに何かあった場合、きっと彼はその力を迷わずに振るうだろうから。

エレノアに視線を向けると、エレノアは私の視線を真直ぐに受け止め

深く頷いた。


「おやっさん、暁の風のリーダーはきにかけなくてもいいんすか?」


「ああ、彼は別に気にかけなくてもいいだろう」


「彼も若いですよねー?」


「若いが……」


バルタスが1度口を閉じ、どう告げるかを考えているようだ。


「若いが、暁の風のリーダー……セツナという名前だが

 彼は、強い。そういう場面に遭遇した場合、すぐに黒に知らせろ」


バルタスの言葉に、ざわざわと空気が揺れ

隣のテーブルに座る、エリオとエリオの友人であるフリードの会話が耳に入る。


「彼は強そうには、見えなかったが」


「リードっち、見かけで判断すると痛い目にあうぞ」


「そうか?」


「セツっちは、魔導師なのに剣で親っちと互角に戦うからな」


「……はぁ……?」


エリオの言葉に、全員の口が閉じた。

どうやら、私達のテーブルの周りの会話は全員に聞こえるように

どこかに魔道具を配置してあるようだ。


「アギト、エリオの言う事は本当か?」


酒肴のサブリーダーであるニールが、私に確認を取る。


「ああ、強さで言うならエレノアよりも上だ」


「嘘だろ」


剣と盾のサブリーダーである、アラディスが思わずといった感じで

口を挟んだ。


「嘘をついても、仕方がないだろう?」


「そうだが」


若者達の真剣な表情を見渡しながら、忠告を入れておく。


「だから、もし彼が本気で戦っている場に出くわしたなら

 その場を離れろ。手を出すな。間違っても止めようなどとは思うな。

 私でも止める事が出来るかはわからないからな。

 そして必ず、黒に知らせろ」


私の強い言葉に、半信半疑ではあるようだが各々が真剣な表情で頷いた。

私がどれ程、セツナが強いといってはみても、実際その強さを見てみないことには

納得は出来ないだろうが、黒の忠告を無視することも出来ないはずだ。


「どうして黒にあげない?」


アラディスが、エレノアに聞いている。

これだけの会話で、アラディスとニールは何かを感じ取ったようだ。

アラディスもニールもランクは白。ニールは黒になるには実力が足りない。

アラディスは、黒になるのを断った人物だ。彼は、妻であるエレノアを支える事に

生きがいを感じているらしい。


「……子育てが忙しいからと、断られたようだ」


エレノアの言葉に、アラディスが一瞬呆けた後笑う。


「君と同じ事を言う人間が居たのか」


「……そうだ」


「なら、仕方ない。子育ての方が大切だ」


アラディスはそれで納得し、ニールは複雑そうな表情で首を傾げていた。

若い者達は、信じられないというような事を呟き、しきりにもったいないと言っている。

息子達は、そんな周りの反応を同感だというような目で見ていた。


落ちつきがない店内に、バルタスが1度手を叩き視線を集め

ここまでで、何か質問はあるかと問う。

誰からも手が上がらない事を確認すると、私達へと視線を向ける。

何か伝える事はあるかと聞いているのだろう。


少し考え立ち上がり、簡単なアルトの生い立ちとセツナとアルトの出会いを話し

アルトに両親のことを聞かないようにと注意を促す。それと同時にアルトから情報を

聞きだすような事はしないようにと、釘をさしておく。


アルトの両親と奴隷商人に、それぞれが不快な感情を示し

獣人族の若者達は、拳を握り締めている者達が多かった。


私が席につくと、バルタスがアルトの教育上悪い事をしないようにと

半分お説教のような事を話しだす。サフィールは興味がないのか

私に視線を向け、静かに質問を投げた。


「あいつは、サガーナで何をしたのか話したわけ?」


「いや、何も話さなかった」


「何も?」


「ああ、聞けた事といえば

 獣人の子供と遊んでいた事ぐらいしか……」


サフィールが疑わしそうに私を見るが

本当に、獣人の子供と遊んでいた事ぐらいしか

彼等は、話さなかったのだから仕方がないじゃないか。


「お前のほうはどうなんだ」


サフィールは、私がセツナを紹介する前からセツナの名前は知っていたようだ。

エイクと言う、邂逅の調べに所属している獣人族の青年とセツナは

何かしらの繋がりを持っているのだろう。


「エイクは、フィガニウスをあいつが1人で狩ってきたことは吐いたけど

 それ以上の事は、話さなかったわけ。話さなかったというより

 話す事が出来ない……という感じだったけど」


「話す事が出来ない?」


「多分、あいつの情報を口にする事が出来ないように

 魔法がかけられているわけ」


「そこまで……?」


「……」


サフィールが真剣な顔をして頷く。


「バルタスとエレノアに頼まれて、フィガニウスの話を

 エイクに直接聞くために、リシアとサガーナの国境近くの

 村にエイクを呼び出したわけ」


「ああ、フィーの力を借りて転移して半日だったか?」


「そう、僕がリシアに滞在する(ウィルキス)の間に

 何かあれば、集合場所となっている村まで出向いていったわけ」


「それで?」


「その時に、エイクから面白い人間が居るから

 1度会って欲しいと頼まれたわけ。どんな人間か聞いているうちに

 エイクが口を滑らせたわけ。フィガニウスを見つけたのがあいつだと。

 そこで、どうして人間がサガーナの奥地に居るのか問い詰めたけど

 頑なとして、その理由を教える事はなかったわけ……」


「……」


「青い顔をして、僕にエイクが話した事は

 フィガニウスを見つけたのがあいつで

 狩ってきたのもあいつだということだけだ。

 なぜあいつが、サガーナの奥地にいて

 そこで、何をしたのか絶対に吐かなかったわけ」


忌々しそうに、サフィールは眉根にしわを寄せていた。


「フィーも何かを知っているけど

 僕が聞いても、秘密だといって話さない……」


「魔法がかけられていると、どうしてわかった?」


「音にならない声を、出していたわけ。

 それも、相当強い魔法で強制されている」


「……」


「解除してやるとエイクに告げると

 僕から逃げるように、帰っていったわけ」


まだ聞きたい事があったのに、とサフィールが呟いた。


そこまで徹底して隠しているものは、一体なんだろうか?

セツナはサガーナで、いったい何をしてきたんだ?


ふと視線を感じて、周りを見渡すと

獣人族の若者達が、私とサフィールを見つめている。

その表情は、怖いくらいに真剣だ。


彼等は、何か知っているんだろうか。

途中から、バルタス達も私達の話を聞いていたようだ。

バルタスに視線をやると、バルタスが軽く頷き獣人族の若者達に声をかけた。


「お前達は、何もしらんのか」


バルタスの言葉に、獣人族の若者同士視線で会話をし

そして、その中の1人がバルタスへと返事を返した。


「おやじさん、暁の風のリーダーとその子供がサガーナで何をしたのか

 俺達は知ってる。だけど、それを話す事はできない。この事は

 どの獣人に聞いても同じ答えが返る。俺達は絶対にその事を話さない。

 話せば、俺達はサガーナの加護を失う。

 だから、獣人族にその事を尋ねるのは止めて欲しい」


「……」


私達が思うよりも、はるかに強い拒絶。


「俺達から言える事は、獣人族はセツナとアルトの関係を認めているという事だけだ」


「そうか」


彼は、バルタスに頷きそして私、サフィール、エレノアと順番に視線をうつし

そして、仲間達のほうへと視線を向けた。


これ以上話をする気はないという意思表示だろう。しかし……。

獣人族は、自国の情報や国の代表の言葉を独自に手に入れる術があるようだ。

ナンシーは、全く情報が入らないとぼやいていたが……。


「いろいろ気になることが多いわけ……」


サフィールが溜息をつきながら、呟いた。

それは私も同感だ。だが、真相を知る事はどうやら出来なさそうだな。


バルタスが、私達に他に気になる事はないかと視線で尋ねるが

私もサフィールも、そしてエレノアも首を横に振り無いと答える。


バルタスが頷き、自分のチームの若者達に気合を入れるように叫んだ。


「お前ら! 気合を入れて料理を作れ!!」


バルタスの言葉に、若者達が一斉に返事を返し

各々の仕事へと戻っていった。


この場の空気が、雑然としたものに変化していく。


「おい、セツナの皿にはフィガニウスを倍にして盛っておけ」


「がってんだー」


バルタスやニースが、指示を出し慌しく動き始める。

テーブルの上に、皿やカトラリーが並べられていった。


「おやっさん、フィガニウスは5種類を

 1つの皿にまとめて盛っていいだろ?」


「ああ、それでいい」


「おやじ、酒が足りない」


「おい、お前、下に降りて持って来い」


「ニースさん、食材何をつかうんで?」


「俺の事は気にするな」


「了解ー」


「野菜の盛り合わせができたぞー

 各テーブルに運んでくれ!」


「了解~」


「おい、ホリマラ貝を半分残しておくのを忘れるな!」


「今日調理したほうが、旨いんだけどな」


「おやっさん、アルトに聞いてみてくれよ」


「そうだな、アルトが来たら聞いてみよう」


厨房から旨そうな香りが漂い始め、エリオが腹が減ったーっと

ぼやき始めた。ビートがそんなエリオを横目で見つつ

フリードに話しかけている。


「それにしても、フリードもそうだけどさ

 酒肴のメンバーは、全員どこかに傷があるようだが

 なんかあったのか?」


「あー、フィガニウス争奪戦があったんだ」


「……なんだそれ?」


「暁の風のリーダーから、肉を預かっただろ

 その肉を誰が調理するかで揉めた」


「……」


「……」


「話し合いじゃ埒が明かないから

 勝ち抜き戦をする事になった」


「そこまでして、調理したいものか?」


「調理したいにきまっている!

 あの肉を調理できる機会なんて、どれ程あると思う?

 酒肴全体で、狩りに行っても影すらつかめなかったんだぞ!」


フリードの迫力に、ビートが顔を引きつらせている。


「で、リードっちは負けたわけだな」


席に付いているという事は、調理できなかったという事だろう。


「……苦労して交渉してきたのに……」


エリオの言葉に、がっくりと肩を落とすフリード見て

朝の出来事を思い出した、エリオ達はフリードを慰めていたのだった。


「それにしても、遅いわけ……」


サフィールが時計を見て、苛立ちを言葉に乗せる。

時計の針は、18時50分をさしていた。約束の時間から20分ほど過ぎているのに

セツナ達はまだ現れない。


サーラが不安げな表情をみせ、クリスが様子を見に行こうかと席を立ちかけた時に

店の扉が開いた。


「遅くなってしまい、申し訳ありません」


店に入ったと同時に、謝罪の言葉。


「お前は、約束を守る事が出来ないわけ?」


謝罪したにもかかわらず、サフィールがセツナに噛み付く。


「サフィ、殴るわよなの」


「……」


そんなサフィールに、返事を返したのはセツナに抱っこされているフィーだった。


「怪我した人を、助けて遅れたのなの。

 それは、悪い事なの? 食事の時間が少し遅れただけなの。

 それは命にかかわる事なのなの? 理由も聞かずにセツナを責めるのは

 どうかと思うのなの」


「ぐっ……」


フィーの言葉に、サフィールが黙り込む。


「セツナは大丈夫なのか?」


「僕達は大丈夫です。

 屋根の修理をしていた人が、はしごを降りる時に足を滑らせたみたいで

 その方を治療した後、家まで送ってきました」


「そうか」


何かに巻き込まれたのかと思ったが、どうやらそうではないようだ。

サーラがほっと息をついていた。


「お待たせして申し訳ありませんでした」


もう1度深々と頭を下げ謝るセツナとアルト。

そんな2人に、バルタスが気にするなと伝え2人の傍へと向かい


その場で、バルタスがセツナとアルトを全員に紹介する。


「リードっちどうした?」


エリオの言葉に、フリードを見ると耳辺りを押さえながら

顔をゆがめている。


「裏に居る、女達の声がうるさい」


「まだ、魔道具いれてんの?」


「ああ、俺も時間が来たら厨房に入るからな。

 酒肴の奴らは、店に出るときは全員みみにいれてるぞ」


「何で、女達が騒いでるんだ?」


「あいつが、いい男だからだろ」


「……なる」


「……あぁ、なるほど」


エリオとビートが、苦笑しながら納得したような返事を返した。


18歳で赤のランクでチームのリーダ。将来黒を約束されている力の持ち主で

容姿もいい。態度もいい。雰囲気も穏やかだときたら女達の目の色が変わるのも

理解できる。特に酒肴は若い者達が多いチームだ。


バルタスのほうにも、その声が聞こえているのだろう

苦笑を浮かべながら、セツナとアルトに簡単に名前を紹介していく

月光は省かれ、チームの名前とリーダー、サブリーダーと順番に呼んでいき

呼ばれたものは、手を上げるなり、頭を下げるなりと本人で在る事を告げていく。


裏に居る者たちも、名前を呼ばれるとひょこっと顔を見せていた。


全員の名前を呼び終わったところで、バルタスが自分の名前を告げ

昨日の事を詫び、そして遠慮せずに料理を食ってくれといってしめる。


アルトは目を白黒させながら、名前と顔を覚えようとしていたようだが

途中で諦めたようだ、だが……セツナはどうやら1度の紹介で

全員の名前と顔を覚えたようだ。


セツナの頭の中は、本当にどうなっているんだろうか……。


バルタスが席に付くよう促し、アルトが外套を脱ぎセツナに渡す。

その時にバルタスが、アルトに残りのホリマラ貝をどうするのか聞いていた。


今日食べた方が美味しいと聞いて、アルトは残りの貝の調理も任せる事に

決めたようだ。バルタスが最高の笑顔をアルトに見せていた。


「後悔はさせんからな!」


「楽しみにしてる!」


どうやらアルトは、自分と同じ匂いをバルタスに感じたのかもしれない。

悩むそぶりも見せずに、簡単に頷いたのだった。

アルトは、機嫌よく尻尾を振りながら私の横に来て、椅子に座った。


アルトの様子をじっと見ていたフィーが、セツナに抱っこされたまま

自分の分の椅子を、セツナとサフィールの間に運ぶように求める。


セツナが優しく、フィーを下に降ろし

「ありがとうなの」と、照れながらセツナに礼を言うフィーを

サフィールが呆然としてみていた。


「フィー……。その服はどうしたわけ?」


そういえば、何時も着ている服ではない。

(ウィルキス)でも寒そうな、薄い服を纏っていたが今は暖かそうな服を着ている。


フィーもセツナに外套を渡し、セツナが自分とアルトとフィーの外套を

外套掛けに掛けていた。2人の父親のようだ。


アルトは私の隣で、店内を興味深そうに見渡し

フィーは、サフィールの前まで移動して


「セツナに買ってもらったのなの!」


そう言って、嬉しそうにくるっとまわる。

ふわっとした感じの暖かそうなスカートを翻し、頬を赤く染めた。


フィーの腕の中には、女子供が好きそうな熊のぬいぐるみが抱えられており

よく見ると、靴も新しいものだ。髪型も何時もとは違っていた。


サーラが小さな声で「かわゆい」といい悶えている。

その場にいる、者達も何時もと違うフィーの様子をみて

驚愕の表情を浮かべていた。エリオは、真顔で偽者だと呟いている。

その呟きに、フリードが頷き返しているのを見て笑いをこらえた。


「どうして?」


「最初は、寒いからって外套をもらったのなの。

 でも、外套を脱いだらやっぱり寒そうだからって

 服も買ってくれたのなの。その服とあう靴もなの!」


「……精霊って寒さを感じたわけ?」


(ウィルキス)は寒いし、(サルキス)は暑いのなの。

 でも、精霊は病気にならないから気にしないのなの~」


「……」


サフィールが珍しく面白い表情を作っている。

初めて知った、衝撃の事実そんな表情だ。


「サフィ?」


「どうして、もっと早く言わないわけ!!!!?」


サフィールが叫ぶ。

フィーは、こてんと首を傾げ不思議そうにサフィールを見ていた。


「フィーは、別に気にしないのなの」


「……」


サフィールが落ち込んだように俯き、溜息をつく。

サフィールが、フィーを本当に大切にしているのを全員が知っている。


精霊は人間とは別次元の存在だ。

寒さや暑さを感じるとは、サフィール自身も考えたことがなかったんだろう。

フィー自身、その事に対して全く気にしていなかったようだし。


だが、寒いのにずっとあの服でいたフィーを思うと

大切に思っている分だけ、なんともいえない気持ちになったんじゃないだろうか

きっと心の中では、もっと早く尋ねておけばよかったと後悔している事だろう。


「このくまさんは、お姉さまとおそろいなの~。

 背中に、荷物を入れることが出来て背負う事もできるのなの」


落ち込んでいるサフィールを歯牙にもかけず、フィーはひたすら

自分の持ち物をサフィールに見せる。よほど嬉しかったようだ。


「明日、服を買いに行くわけ」


そんなフィーに苦笑を落とし、抱き上げ膝の上に乗せる。


「そうなの?」


「色々あった方が、楽しいだろう?」


「楽しかったのなの」


セツナとの買い物は、楽しかったようだ。


「なら、明日は買い物に行くわけ」


「うんなの~」


サフィールが頭を撫でながら、言った言葉に

フィーはそれは幸せそうな笑顔をサフィールに見せたのだった。




* 読んで頂きありがとうございました。

* バルタスは、呼びかたを「おやじ」にしました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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よろしくお願いいたします。
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