『 僕達と買い物 』
* フリードとアルトの話しは
刹那の破片『酒肴とアルト』で読むことが出来ます。
朝から、アギトさんの家の訓練場所でアルトと一緒に訓練を終え
その後、アルトはクリスさんに手合わせをしてもらっていた。
僕の追い詰めるような戦い方とは違い
クリスさんは、アルトと長く打ち合う事を目的として、動いているようだ。
アルトの剣を軽く受けながら、時々不意をつくように反撃している。
アルトも楽しそうに打ちに行き、そして電池が切れたかのように大の字に寝転んだ。
ぜぇぜぇと浅く呼吸をしながら、それでもクリスさんに次の約束取り付けている。
「クリス、さん、また、一緒に訓練、してくれる?」
「ああ、いつでも相手になろう」
クリスさんも軽く汗をかいており、アルトの横で足を伸ばして座っていた。
そして僕は、ビートとエリオさんのどちらが僕と模擬戦闘をするかで
言い争っているのを黙ってみていたのだった。
結局「朝ごはんよ」というサーラさんの声で、僕はどちらとも戦う事は
なかったが、互いにお前のせいで時間がなくなったと言い争う2人に
溜息しか出なかった……。そんな、2人を沈めたのはもちろんクリスさんだ。
「その2人は、そのままでいい」
クリスさんが冷たい視線を、伸びている2人に落とし
僕とアルトを促して、朝食をとるために屋敷へと戻ったのだった。
美味しい朝食を終え、談話室でのんびりと食後のお茶をしている時に
酒肴のバルタスさんからの、お使いだという人が訪ねて来た。
ホリマラ貝を半分譲って欲しいと、頼みに来たようだ。
名前をフリードさんと言って、エリオさんの友達のようで
チラチラとエリオさんに、助けを求めていたがエリオさんは
視線をことごとくそらしていた……。
アルトは頑なに頷かず、フリードさんが耳にはめている魔道具からは
酒肴の人達だろう人の声が漏れている。なにやら、色々と言われているようだ
フリードさんは、その事に気がついていなかったようで
エリオとビートが肩を震わせて笑っていた。
気の毒に……。
何とか、アルトもフリードさんも納得する形で交渉を終わらせ
僕もずっと鞄の中に入っていた、お肉を料理してもらうことにして
フリードさんに、大きな肉の塊を渡す。
お肉を持つ手が震えていたが大丈夫だろうか……。
本人は、大丈夫だと言っていたけれど。
僕の頭の中に色々なレシピは入っているし、それなりに料理は好きだけど
やっぱり、その道のプロの人に料理してもらった方が美味しいに決まっている。
僕も自分で作るより、作ってもらうほうが好きだった。
どんな料理になるのか、今から楽しみだ。
フリードさんが帰った後は、アギトさんが今日は何をするのかと
お茶を飲みながら、僕達に聞いた。
「今日は、買い物に行こうかと思っています」
「何を買うんだい?」
「結婚のお祝いを」
「ああ……なるほど」
「そのついでに、のんびりと街を歩こうかと思っています」
「誰かを一緒に連れて行くかい?」
「いいえ、2人で大丈夫です。
街に戻ってきたばかりで、皆さんも色々と用事が
あるんじゃないんですか?」
「まぁね、色々と書類を作成しなければいけない。
その後で、ギルドかな」
「書類ですか?」
「ああ……」
アギトさん達の顔が少し曇った事から
深く聞くのはやめた。
「僕とアルトの事は、気にしないでください。
ただでさえ、お世話になっているんです」
「こちらが招待したのだから
気にする必要はないと言っただろ?」
「そうですが……」
「昼はどうする? 戻ってくるか?」
「いえ、外で食べます」
「ハルは、珍しいものが多いから
きっと、気にいるものがあるはずだ。楽しんでくるといい」
アギトさんの言葉に、頷いて夕食には戻って来ることと
サーラさんに釘を刺されてから、部屋を後にしたのだった。
アルトと2人で行動するのは、ずいぶん久しぶりのような気がする。
海の中に逃げた時は別として……。
ハルの街は、やはり活気に満ち溢れていてあちらこちらから
笑い声や、商店の客寄せの声が響いていた。
「師匠は、どんなお祝いを買うの?」
「うーん」
日本では、贈らないほうがいいものとかあったような気がするけれど
こちらでは、あまりそういうのはないようだ。
だからといって、食器を贈っても料理をするのは料理人だろうし
ワイングラスとかなら、僕が作ったほうがいいものが出来るような気がする……。
ハルには沢山のお店が並んでいて、クリスさんが話していた
お箸の専門店も見つけることが出来た。お祝いとは関係ないけれど
僕とアルトのお箸を購入。専門店と言うだけあって、種類がとても豊富だ。
お箸もいいかな、と思ったけれど貴族なのだからお箸を使うというのは
難しいかもしれない。
「師匠、あれは何ですか?」
「どれ?」
アルトが指差す方向へ、視線を向けると軒先に大小様々な大きさの
達磨が並んでいた。
「ダルマ?」
「ダルマ?」
「にぃちゃん、惜しいぞ!
これは、タルマだ!」
僕とアルトの話を聞いていたのか、お店の人が笑いながら
僕達に声をかける。
「タルマ……?」
また、微妙なものを見つけてしまった。
「そう、タルだ」
「タルですか?」
「おおよ。これはこう……中に物を入れることが出来る」
そういって、達磨の頭と胴体を2つに分けて見せてくれた。
大きさの違うものが並んでいる所といい、達磨の中身が空洞なのといい
マトリョーシカを思い出した。なぜこんな事に……。
「こっちの一番大きな、タルマなら
にぃちゃんも、すっぽりはいっちまうぜ!」
一番大きい達磨を、手でパシパシと叩きながら商品の紹介をしてくれている。
チラリとアルトをみると、その目がいい具合に輝いているし
「師匠、あれ、すげーかっこいい!」
そうかなぁ……かっこいいのかな……。
かっこいいんだろうか?
大体、達磨って確か願いをかけながら左目を入れて
願いが叶ったら、右目を入れるんじゃなかっただろうか。
この並んでる達磨は全部目が入っている。
それも、笑っているもの、泣いているもの、三白眼のものと
バラエティに富んでいた。僕はこんな達磨はいらない。
いや、達磨じゃなくてタルマらしいけど。
店の人が、アルトを見てニカッと笑う。
「おお、見る目があるな!
タルマには、色で意味が違ってくるんだぞ!」
「意味?」
お店の人が大きく頷きながら、説明し始めた。
「赤なら、出世するように!
青なら、病気にならないように!
黄なら、金運があがるように!
緑なら、豊作になるように!
桃なら、子宝に恵まれますようにだ!」
「へぇぇぇぇ」
「……」
「この中には、何を入れるの?」
「そうだなぁ、水物はいれねぇほうがいいな。
お客の中には、米や野菜を入れる人もいるらしいし。
子供のおもちゃ箱として買っていった夫婦もいたな。
まぁ、好きなものを入れればいいんじゃないか?」
「ふーん」
「タルマは縁起物だからな、持っているだけで
運がよって来るらしいぜ!」
「すごいねー!」
「すごいだろ!」
「……」
「この一番大きいタルマの値段は、どれぐらいするの?」
「おっ、これかぁ
これは、金貨1枚だ」
「おぉぉ」
「……」
アルトが振り向き僕を見た。嫌な予感しかしない。
「師匠! 俺、贈り物これにする!!」
「……」
僕が入れるほどの大きい達磨……。
それも、桃色……目は三白眼。貰った方が困るんじゃないだろうか。
子宝はいいと思う。お祝いに適していると思うけど……。
「いや……アルト。
これはやめておいたほうが、いいとおもうな」
「えぇぇ!? どうして!
かっこいいよ!?」
「大きなものを貰っても、置き場所が困ると思うんだ」
「ああ、そうかぁ。
俺、ジョルジュさんの家もソフィアさんの家もしらないもんな」
ジョルジュさんの家は知らないけれど、ソフィアさんの家は知っている。
この大きな、達磨を贈っても置き場に困る事は無いと思うけど
どう考えても、何処に置いたらいいのかで悩むと思う……。
「なら店内に、中ぐらいのものと小さいのもあるから
見ていくといい」
「いえ、けっこうで……」
「うん!」
僕が断るよりも早く、アルトは店内へと歩きだす。
「師匠! 早く早く!」
駄目だ。僕には止める事が出来そうにない。
もう、アルトはこれに決めてしまったようだから。
まぁ……ハルにしかないものだし、笑いが取れていいかもしれない。
アルトが自分で選んだものだから、喜んでもらえるだろう。多分。
店員さんに、桃色の達磨を色々と見せてもらっていた。
持ち上げてみたり、眺めてみたり、その表情は真剣だ。
20分ぐらい、あれこれと悩みお気に入りの達磨を見つけたようだ。
「これにする!」
「おぉ、いいものを選ぶじゃないか!」
「いいよねこれ! 目がかっこいい!」
「……」
僕には、桃色で三白眼の目付きの悪い達磨にしか見えない。
「アルト、その笑っている達磨……タルマのほうが
いいんじゃないかな?」
「えー、笑ってるのよりこっちの方がかっこいいでしょう?」
「えー……」
「俺はこれに決めた!」
「そう、決めたんだ……」
「うん、ここにお菓子を一杯詰めて送るんだ」
「そう……」
もう何も言わない。銀貨1枚でタルマを購入し
店員さんが、アギトさんの家に配達してくれるというので頼んでおいた。
アルトは、ほくほくとした顔で今度はタルマにつめる
お菓子を探している。
子供なんだから、もう少し安いものでも
いいと思うよと伝えたら、ソフィアさんはずっと一緒に居てくれたから
俺が好きだと思ったものを、贈ろうと思ったんだと言われれば
それ以上何もいえない。
いろんなお店で、色々なお菓子を2つずつ購入していく。
もちろん、2つのうちの1つは自分の分なんだろう。
のんびりと、興味ある店先をのぞいたり
説明を聞いたりしながら、ハルの街をゆっくりと歩き
露天で珍しい食べ物を見つけては、アルトは躊躇なく食べていく。
僕は、結婚のお祝いの品を探しながら
手紙をくれた人達に、手紙と一緒に送る物も購入していった。
男性には、お酒。ただし、サイラスだけは別のものを用意した。
女性には可愛らしい瓶に入った、アロマオイルみたいなものを
買ってみた。花の香りがするもので瓶の蓋を開けて
部屋において置くもののようだ。
3本で1セットになっており、3本とも香りが違うから
1つぐらいは、気にいる香りがあるかもしれない。
アイリとユウイには、お菓子の詰め合わせを買う。
花屋も見つけ、リペイドにはない花の種を数種類購入した。
育つかどうかはわからないが、その辺りはノリスさん達が
考えるだろう。
アルトが手に持っている食べ物を、全部お腹の中にいれた頃
1軒のお店の看板が目に入る。
『時計屋』
高価なものだけど、いいかもしれない。
この世界の時間は、朝6時、昼12時、夜18時の
3回鐘がなるようになっている。
それにあわせて、時計代わりの魔道具が売られていた。
高価なものは1時間おきに色が変わるもの。
例えば、朝6時には白色、7時近くになると赤になっていくものとか
色については個人の好みで選ぶようだ。そして、7時になると次の色に変化する。
国に仕えている人たちは、大体がこの魔道具を持っている。
後は、3時間おき6時間おきというものもある。
6時間おきのものが一番安い。
なので、時計がいるかと言われれば、いらないような気がするけど
部屋に1つあると便利なんじゃないかなっと思った。
「アルト、時計屋にはいるよ」
「おぉ! 俺も欲しい!」
「え? アルト時計欲しかったの?」
「師匠の持ってるのかっこいいし!」
僕が持っているのは、僕が能力で作り出した懐中時計で
機械式時計になっている。トランスルーセントになっており歯車が動いているのが
見えるものだ。日本にいた頃、ネットで見て一目ぼれした時計を作ってみた。
1日1回、ゼンマイを巻かないといけないけどその手間がなんとなく好きだ。
魔法で作り出したものだから、時間が狂う事はない……。
その辺りは、便利なんだろうな多分。いや、カイルの能力が
非常識なんだろう。
この世界にある時計は、魔力で動いているので
魔力が切れると、勿論時計も止まる。機械式の時計はないようだ。
時計の中が、どうなっているのかは僕は知らない。
扉を開けて、店の中に入ると老紳士という感じの人が顔を上げて
僕達を見て、腰を折った。
「いらっしゃいませ」
「時計を見せてもらいたいんですが」
「どのような時計をお探しでしょうか?」
「その辺りは、まだきめていないんです」
「そうですか、では何かありましたら
お声をおかけくださいませ」
「はい、ありがとうございます」
僕はアルトに、手にとって触らないように心話で注意する。
アルトは時計の値段を見て、目を見開きながらコクコクと頷いた。
アルトは興味深そうに、色々な時計を見て周っている。
セリアさんも興味があるのか、アルトと一緒に行動していた。
僕はといえば、エイクさんには掛け時計。
ジョルジュさん達には、置時計を探している。
エイクさんが、負担に思わない程度の金額のものと
ジョルジュさんのは、貴族の部屋に置くものとして
恥ずかしくないようなものを探していた。
「時計はお好きかな?」
うろうろと、歩きまわっているアルトに時計屋の主人が声をかける。
何か注意をされるのかと、アルトは少し緊張した面持ちで返事を返していた。
「うん。好き。音が好き」
「ほうほう」
主人は目を細めて、アルトを見て
時計の説明をいたしましょうか? と主人に言われアルトは迷うことなく頷いていた。
「この時計は……」
アルトにされている説明を、僕も耳に入れながら
1つ1つ時計を見ていく。
エイクさんに贈るものは決まった。
「この時計は、ハト時計といいましてな
長い時計の針が、12のところで止まりますと……」
鳩時計の説明に、僕もその時計のほうを見る。
時計屋の主人は、時計の裏側に手を持っていき
針を12のところまで移動させた。
すると……。
『グアァァーー!』という声が時計から響いた。
あの気が抜けるような、「くるっぽ」とか「ぽっぽー」とか
鳩の声ではなく、断末魔みたいな音が響いたのだ。
「……」
「時計が吼えた!!」
『すごいワ!』
そしてゆっくりと、両開きの扉から何かが出てきた。
何かが……。
「おぉぉぉ! なんか出てきた!」
『でてきたワ!』
鳩じゃない。どう見ても鳩じゃない。
鳩じゃないという事は、これは、鳩時計じゃない……。
そう思うけど、その感情はそっと心の中にしまっておいた。
音と同時に、出てくるのではなく。音が鳴り終わってから
出てくるらしい。僕は、何も言わない。視線を目の前の時計にそっと戻した。
「こうして、時計の中にいる鳥が鳴いて時間を教えてくれるのです」
今のは鳥だったんですか?
どう見ても、鳥じゃなかった気がするんですが!!
鳴いているより、吼えていたんですけど!!
心の中で何を思っても、考えても自由だ。
自由って素晴らしい。
「かっこいぃぃ!」
『さすがに、ハルね! おもしろいものがあるのネ!』
「……」
アルトとセリアさんは、とても気にいったようで
時計屋の主人も、嬉しそうに目を細めていた。自慢の品だったのかもしれない。
「当店の人気商品となります」
「いいなぁ。俺も自分の部屋があったら買うのに!」
「ほっほっほっ」
アルトの言葉は聞かなかった事にした。
ジョルジュさんに贈る時計を、2つにまで絞り込んで
どちらを選ぶかで悩んでいると、ちょうど僕の後ろ辺りに置かれていた
大きな置時計の前で、時計屋の主人とアルトそしてセリアさんが止まった。
その置時計の大きさは、僕の背丈ぐらいあるんじゃないだろうか?
「この時計も、珍しいものなんですが……」
僕も、その時計の方へと体を向けアルト達の後ろに立って
時計屋の主人の話を聞く事にした。
「仕掛け時計のひとつになりますが、長い針が12のところに来ますと。
もう少し前に、来てもらえますか?」
主人がアルトの背中を押して、時計の前へと誘導する。
アルトと一緒に、セリアさんも一緒に移動していた。
「そう、この辺りで見ていてくださいませ。
少し腰を下ろしてもらえると、よく見えると思います」
その時の時計屋の主人の顔は、ラギさんが悪戯をする前の顔とそっくりだった。
嫌な予感がする……。
「では、時計の針を動かします」
主人の言葉に、アルトが期待に満ちた目を向けながら頷いた。
そして、主人が時計の針を12のところへと移動させた瞬間
『ギャァァァァ!!!!』
凄まじい叫び声と共に、置時計の下の扉が開き
人の形をしたものが、いきなり飛び出した。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
『ギャァァァァァァァァ!! また出たワ!!』
その姿は、まさしく日本の幽霊……。
長い髪で顔をが隠れており、ホラーそのものだった。
髪の色は黒ではないけれど。
「ぎゃぁぁ!」
『でた!!』
アルトとセリアさんが、同時に青い顔をして叫び
逃げようとするアルトを受け止める。この仕掛けを動かす前に
時計屋の主人が、小さく結界を張っていたのに気がついたので
商品を壊す心配は、なかったけれど……。
「し、し、師匠!! と、とけいから! 幽霊がで、でた!」
『セツナ、セツナ、セツナ、幽霊、ゆうれいが、ゆうれいが!』
「……」
「……」
時計屋の主人は、肩を震わせて笑っている。
「ここまで、楽しんでもらえますと
説明したかいがあります」
「いえ、楽しんでいるというより
怯えているようですが……」
僕にしがみついて離れない、2人をみながら返事を返す。
「ほっほっほっ」
「……」
「この仕掛け時計は、子供には大人気です」
いや、絶対に人気はないはずだ。
手馴れた様子で、結界を張っていた事から
今回が初めてということではないようだ。
「この時計を、購入しようとした方はいるんですか?」
「もちろん、いらっしゃいますよ。
この時計の仕掛けは、お好きな時間に設定する事が出来ます。
特に、貴族様がお買い上げくださることが……」
「……」
どんな用途につかうのかは、考えない方がいいようだ。
プルプルと震えるアルトの背中を、宥めるように叩く。
アルトの耳がぺたりと寝ていることから、相当怖かったようだ。
「怖がらせてしまったお詫びに、お茶とお菓子はどうですか?」
時計屋の主人の言葉に、アルトがそっと顔を上げて主人を見る。
「お連れ様は、もう少し時間がかかるご様子。
私とでは、不服かもしれませんが一緒にお茶でもどうですか?」
アルトは僕の顔を見て、僕が頷くと
時計屋の主人と一緒に、ソファーのあるほうへと移動して
お菓子を食べながら、今の時計について色々と文句を言っていたのだった。
そして、真剣に店の心配をしていた。
「あんなの見たら、お客さんが居なくなるよ!」
「ほっほっ、あれを見たお客様は
2度と来ない方が、おおいです」
「ええー! 時計売れない!」
「いいんです」
「いいの?」
なにやら、信念があるようだ。
「はい。貴方様は、とても丁寧に時計を見て下さっていた。
だから、特別にお見せしたいと思ってしまったのです」
「普段は見せないの?」
「はい。2度と来て欲しくないと思うお客様にしか見せません」
「……俺もう、ここに来ちゃ駄目なの?」
「いえ、特別だと申し上げましたでしょう?
時計に興味を持ってくださっていたから、お見せしたのです。
いつでも、遊びに来てくださいませ」
「うん。お金がたまったら時計を買いに来る!」
「ほっほっ。未来のお客様ですな」
アルトの話を、時計屋の主人は笑いながら楽しそうに聞いていた。
ジョルジュさんに贈る時計も決まり、アルトのほうへと移動する。
その途中で、懐中時計が並べられているのを見て足が止まった。
「お決まりですか?」
「はい、あの掛け時計と置時計をください」
「贈答用ですか?」
「はい」
「では、そのように箱詰めしますので
少し、お時間を頂きます」
時計屋の主人が、掛け時計と置時計を手に取り
奥の部屋へと運ぶ。奥に人がいて、箱に入れてくれるようだ。
「商品をお出しいたしましょうか?」
懐中時計から目を離さない僕に、時計屋の主人が声をかけてくれる。
「そうですね……。
これと、これを見せてもらっていいですか?」
蓋付きの懐中時計2つ。
金色と銀色のものを見せてもらう。
蓋には何も描かれていないシンプルなもので、時計も文字盤と針
そして、小さな宝石が見栄えよく配置されていた。
「この2つも包んでもらってもいいですか?」
「畏まりました」
「先に代金を支払いますので、時計を触らせてもらってもいいでしょうか?」
「もちろん、お好きになさってくださいませ」
金色も銀色も値段はそう変わらない。
1つ金貨2枚というところだ。掛け時計と置時計の分の代金も支払う。
懐中時計の1つを持ち上げ、時計を見ているように見せかけながら
懐中時計の中の宝石に魔法を込める。1度だけ、命の身代わりとなるように。
同じようにもう1つの時計にも魔法をかけた。
後、壊れないように時の魔法もかけておく。
「ありがとうございます。
包装をお願いしてもいいですか?」
「はい、しばらくお待ちください」
掛け時計と、置時計はアギトさんの家に配達してもらう事にして
懐中時計は、鞄に入れて持ってかえる事にした。
時計屋の主人が、また何時でもいらしてくださいと
穏やかな笑みで、僕達にお辞儀をしてくれたのに頷いた後
時計屋を後にする。
僕とアルトはまた、街をフラフラと歩く。
「師匠、懐中時計は誰にあげるの?」
「王様とロシュナさんだよ」
「どうして?」
「色々と貰ってしまったからね」
「ふーん。俺も、何か送ろうかなー。
王様には、本とか貰ったし」
「そうだね、気になるなら送ったらどうかな。
きっと喜んでくれるよ」
「じゃぁ、お菓子を買う事にする!」
アルトが張り切って、美味しいお菓子を探しているのを
横目で見ながら、ふと近くの露天に売られている首飾りに目がいった。
トゥーリに似合いそうだと思い、手に取るが
困ったように笑う彼女の顔が頭に浮かぶ。
「かわないのなの?」
「え?」
「かわないのなの?」
僕の横で、フィーが僕の顔をじっと見つめて首を傾げて立っていた。
「フィー?」
「そうなの」
「どうしてここに居るの?」
「伝言を頼まれたのなの」
「僕に?」
「そうなの」
「誰から?」
「アギトなの」
「なにか、困った事でも起きたの?」
「ホリマラ貝は、新鮮な方が美味しいから
今日の夜、みんなでご飯を食べる事になったのなの」
「ああ……」
「サフィ達は、18時まで外に出る事が出来ないから
集合は18時30分なの」
「それはいいけど、フィーはサフィールさんと
一緒に居なくていいの?」
「いいのなの」
「そう」
「サフィと居ても退屈だから
セツナに会いに、ギルドに行ったのなの。
そこに、酒肴のメンバーが来て
アギトに伝言をしていったのなの。セツナを探すつもりだったから
ついでに、連絡してあげるといったのなの」
「なるほど。それで、フィーが僕に教えに来てくれたんだね。
サフィールさんには、伝えなくていいの?」
「サフィのところへは、酒肴の人が行っていると思うのなの」
「そっか。ありがとう」
「いいのなの~」
僕は手に持っていた首飾りを元の場所へと戻す。
「可愛いのに、買わないのなの?」
「うん」
困らせるだけなら、買わないほうがいい。
フィーはものめずらしそうに、露天のものを見ていた。
僕はあることを思いつき、フィーに似合いそうな髪留めを探す。
白い花がついた髪留めを1つ選び、代金を支払った。
「フィーおいで」
露天から少し離れたところで、フィーの後ろに回って
髪留めをつけた。フィーが振り返り僕を見つめる。
「……」
フィーは悲しそうな目で僕を見ていた。
「ありがとうなの……」
「うん」
「でも、魔法はかけて欲しくなかったのなの」
「……」
フィーの髪留めに、僕は1つの魔法をかけた。
フィーにとっては、その魔法は気に入らないものだろう。
「髪留めはすごく嬉しいのなの。
でも、この魔法は嫌いなの!!」
真直ぐ僕を見て、魔法を解除しろと言うフィー。
だけど僕は、魔法を解除するつもりはない。
「その魔法は、フィーの大切なものを守る魔法だから」
「……わかっているのなの」
顔をゆがめたフィーの頭を、数回撫でると
僕にギュッと抱きついてきた。
「でも、フィーはセツナも大切なの」
「うん。ありがとう」
「うんなの」
落ち込んだ様子のフィーを
少し罪悪感を抱きながら見る。
そして、関係のない事だけど気がついてしまうと
気になってしまうのだ。
精霊ってどうしてこう薄着なんだろうと……。
見ていて寒い……。
「フィー寒くないの?」
「寒いのなの。でも、精霊は病気にならないのなの」
クッカと同じ事を言う……。
僕は溜息をつきながら、鞄からクッカに着せたものと同じケープを作り取り出す。
「寒いなら、暖かくしたほうがいいと思うんだよ」
「そうなの?」
「うん」
フィーにケープを着せ、前をしっかりとあわせて
リボンを結ぶ。
「暖かいのなの~」
幸せそうに笑うフィーに、僕も笑みがこぼれる。
少し浮上してくれただろうか。
「そうだ。クッカにも渡したけど
フィーも、こういうの好きかな?」
クッカと同じ、背負えるくまのぬいぐるみ。
僕の我侭で、フィーに悲しい思いをさせてしまったから。
できれば、悲しい気持ちのままでいてほしくない。
「かわいいのなの!」
「クッカと色違いのおそろいになるけどね」
「いいのなの!?」
「うん」
「嬉しいのなの~。
ありがとうなの!」
「背中のこのボタンを外すと
小さいものなら、入れることが出来るからね」
「金貨を入れておくのなの!」
「……」
大金を持つのはどうかと思ったが
フィーに、手を出すのは無理だろう。
安全といえば安全な場所かもしれない。
後で、サフィから返してもらうのなの、と笑っているフィーに
僕は微妙に笑い返した。
アルトが両手一杯にお菓子を抱え、僕のそばに戻ってくる。
僕の隣にフィーが居る事に驚いて、フィーがお菓子の山を見て
目を輝かせているのを見ると、お菓子の1つをフィーにあげていたのだった。
読んでいただきありがとうございました。
* タルマ、時計などは想像が色々入りまくっています。
* 文章をつけたし。