『 僕と半獣 』
僕達が居るこのトキトナの街は、サガーナの領土にあるけれど
獣人の枠の中からは外されていた。その理由は、この街が半獣の住む街だから。
「セツナは、獣人保護協会のことを知っていた……。
この街のことも、ある程度調べたんだろう?」
そう聞く、ルーハスさんに僕は軽く頷いた。
サガーナの国は、他の国とは違って王が治める国ではなく
各種族の代表が集まって、サガーナを運営しているはずだ。
それぞれの種族に長がいて、種族ごとに決まりごとも違ってくるらしい。
だけど、どこの種族も人間と獣人との間に生まれた子供を同胞だとは認めなかった。
人の中にも入れない。
獣人の中にも入れない。
そんな半獣が集う街だ。
獣人からは出来損ない。人間からは化け物と蔑まれる事が多い。
人間を獣人を裏切った、裏切り者から生まれた子供……。
だから、許されない存在として扱われるんだろう。
種族の違う獣人が婚姻を結んでも、どちらかの血を濃く受け継ぐために
半獣は生まれてこない。なのに、人間と婚姻を結んだときだけ
稀に半獣として生まれてくることがあるのだ。
獣人からも人間からも、見つかれば殺される。
そんな半獣達は、逃げながら、隠れながら
精神をすり減らしながら生きていたに違いない。
最初は、我が子の手を引いていた親も逃げることに疲れて手を離す。
救いのない時代がずっと続いていたようだ。
変化がおきたのは、獣人と人間の戦争が下火になってきた頃だろうか?
冒険者だった獣人と人間の夫婦が、仲間と共にこの街を作ったらしい。
最初は、嫌がらせを受けたり苦労したみたいだけれど……。
40年前には、焼き討ちにあっている。
エルンの国が人によって、滅ぼされたことによって
怒りが、この街に向いたんだろう……。余りにも理不尽だと思う。
だけど、根気よく各種族の長と話し合い
ある条件と引き換えに、トキトナをサガーナの一部として認めてもらえる。
その条件の一つが、奴隷商人にさらわれて来た獣人の保護だ。
食料などを補給するために、街に立ち寄ることが多く
浚って来た獣人を街に連れてくることは少ないが、仲間の分も食料を購入する為
怪しい人間を監視し、尾行し現場を抑える。
定期的に、街の周りを見回っているのもその仕事の一環なんだろう。
この街の住人たちは結束が強い。僕が門をくぐったときに感じた視線とは別に
僕を監視するような視線が、詰め所に入るまでずっと注がれていた。
顔見知りではないもの、知らない人間の行動を街に住む者達
1人1人が注意をはらっているんだろう。
ルーハスさんが、僕に知人が居るのかと何度も聞いたのは
祭りであっても、トキトナの街に来る人が少ないからだ。
元々用事がない限り、人がサガーナに入ろうとは思わないだろうし
ムイムイ祭りにあわせて、里帰りをする者達が殆どなのだと思う。
半獣が居る街に……踏み込むのは商人か物好きか……。
後は、奴隷商人か……。
人を認めても、半獣を認めない獣人。
獣人を認めても、半獣を認めない人。
獣人も半獣も、認めない人。
人も半獣も、認めない獣人。
冒険者も、通過するだけの街だ……。
一部の人と獣人……そして、半獣の住む街がトキトナだ。
「セツナは、なぜトキトナで滞在しようと思った?
大体は、ここから先のもう一つ大きな街で滞在することを選ぶ」
「僕は、その街に寄るつもりがないですから」
「……なぜだ?」
「僕達はこの先、どこの街にも村にも寄るつもりはありません。
ここで十分準備をして、真っ直ぐ狼の村を目指します」
「アルトのためか?」
「それもありますけど、一々足止めを食らうのも
面倒だというのもありますね」
「なら、一つ前の村で準備をして
ここも、素通りすればよかったんじゃないのか?
俺が声を掛けたことで、予定が狂った?」
「いえ……僕は、最初からトキトナに滞在する予定でしたから
ルーハスさんと居ることで、面倒な手続きをしないですんだので
感謝していますよ?」
僕の言葉に、ルーハスさんは苦笑し
コーネさんは、呆れた表情を浮かべた。
「なぜ、トキトナに?」
「アルトに、半獣の街を見せたかったからです」
ルーハスさんの手に力が篭る。
「……それは……どういう意味だ」
少しトーンの低くなった声を出すルーハスさん。
コーネさんは、黙って僕を見ている。
「僕の旅の目的は、世界を見ること
アルトの旅の目的は、勉強しながら自分の夢……。
もしくは、やりたいことを見つけるために旅をしているんです」
「……それが?」
「将来アルトが、このまま冒険者を続けるのか
違う職に就くのか……それは僕にはわかりませんが
様々なものを見て、そこに居る人と話してみて
初めてわかることもあるじゃないですか?
各国の歴史や、人間、獣人の歴史や……。
色々経験して、これから先のことを考える糧として欲しい」
「だから、不憫な半獣の歴史も教えたかったって?」
「いえ……」
「……」
「僕もアルトも、故郷というものを持っていない」
「そうなのか……?」
「ええ。一応家はあります。
居心地のいい国ですし、そこで暮らしてもいいかとも思います。
だけど……いつ何があるかわからないでしょう?
北は、帝国が領土を広げるために戦争が激しくなっていますし
こちら側、南は落ち着いているようには見えますが……。
クットあたりが危ういですよね?」
「……」
「クットの今の王は、獣人を保護する法を作った。
だけど、国民がそれを納得しているかといえば半々ではないでしょうか?
第一王子は、今の王と同じ考えを持っている方のようですが……。
第二王子は、反対の考えを持っている」
「よく知っているな」
「そうなると、次の王が誰になるかで
サガーナとクットの関係が一気に悪化する可能性もある。
そんな、落ち着かない情勢の中で将来落ち着きたいと考えた時
どこに暮らすかという選択肢は、多いほうがいいと思った。
僕は、この街をその選択肢の中に入れたかったんです」
ルーハスさんとコーネさんが、息を呑んだ音が聞こえる。
「お前は、半獣がどういう扱いを受けているか
知っていてそういうのか?」
搾り出すように、声を出すルーハスさん。
「知っています。半獣がこの街から向こうには
サガーナ側には、踏み入れてはいけないことも知っています」
「そこまで知っていて、なぜ!?
そんなことがいえる!?」
「強い街だと思ったから。
ここに住む人の心は、とても強いと思ったから」
「……」
「住む場所が、帰る場所がなければ
作ればいいじゃないか、その言葉から始まって
実際作るのは、本当に苦労したんだと思います。
未だに……色々問題は残っているんでしょうが
それでも、一生懸命楽しく暮らそうとしている様子がわかる。
僕も、この街が獣人や人間を恨んで、鬱々とした陰湿な街なら
さっさと、通り過ぎようと考えてましたけどね」
「鬱々とした街……そんなとこに住みたくないだろ」
「まだ着いたばかりなので、第一印象というところですけど」
脱力したように、微妙に笑うルーハスさん。
「なら、バートルとリシアにも行くつもりなのか?」
「はい、バートルは初めて獣人が騎士になったんですよね?」
「ああ……最近みたいだがな」
「獣人の冒険者も増えてきましたね」
「そうだな……」
「可能性は、0ではありません」
何のとは、ルーハスさんもコーネさんも尋ねなかった。
半獣が、獣人や人間に受け入れてもらえる日が来るかもしれない。
「そうかもな……人間が獣人を弟子にしてるんだ
可能性は、0じゃないかもしれないな」
そういって、ルーハスさんは今度はちゃんと笑った。
「セツナは、半獣をどうおもう?」
「どうとは?」
「俺は、半獣だ」
ルーハスさんの告白に、少し驚く。
僕は人だと思っていたから。
「俺はずっと人だと思っていた。
アルトと同じように、俺の両親は人だったからな。
父が魔導師だったから、俺も魔力が多かった。
魔導師になろうと思って学校にも行っていた……」
その時のことを思い出しているのか
少し目を細めながら、淡々と話すルーハスさん。
「だがな、ある日獣に変わったんだ。
あの時の、衝撃は今も忘れらない。
周りに誰も居なかったし、俺1人だったから
何もなかったことにして、人として生きてきた。
俺はまだ幸せなほうだろう。アルトみたいに虐待されたわけじゃなく
愛情を持ってそだててもらえた……。だから余計にいえなかった。
親を泣かせたくなかった……でも嘘をつき続けているのも辛かった」
「……」
「俺は、俺で居ることのできる場所がなかったからな」
-……自分が自分でいることのできる場所……。
「周りは獣人を蔑んで、俺にも同意を求めてくる……。
俺の正体がいつか知られてしまうんじゃないかと
怯えながら暮らしていたな……。
普通は、自分達と同じじゃないものを受け入れようとは思わない」
「……そうですね……」
「親が俺に結婚を勧めたときに
俺は冒険者になって家を出た。結局、親を泣かせることになったが……」
「……」
「だけど、なぜか後悔はしていない。
あのまま、あの場にいて本当の俺を知ったら……。
きっと、今より苦しむだろうからな……」
コーネさんが、心配そうにルーハスさんを見ていた。
「冒険者になって、旅をして
そしてここを見つけた。その時も悩んだな……。
人としてこの街に住むか、半獣として住むか……」
人としてなら、サガーナから出された条件を飲む必要はないんだろう。
半獣としてなら……サガーナに入ることはできなくなる。
「だけど、俺はもう嘘をつきたくなかったからな
冒険者になったのは、居場所を見つけるためだった。
半獣として登録し、この仕事を選んだのは俺だ。
人間の中で育った俺は、人間が嫌いになれなかったし
俺の中にも、獣人の血が流れていると思ったら
獣人を嫌うことができなかった」
ルーハスさんが、コーネさんを見て軽く笑う。
「俺は、今の仕事に誇りを持っている。
だが……お前を見て、俺のやってきた事は
本当に正しかったんだろうかと思った」
「……」
「俺には無理だ。
どれほど、不憫だと思っても……。
弟子にはできない。保護はするが、それまでだ……」
「それが、ルーハスさんの仕事でしょう?」
「そうだが」
「保護することが、ルーハスさんの仕事であって
育てることじゃない。サガーナの国ギリギリで
浚われた人を助けることができるのは、ルーハスさん達だけです」
「……」
「それに僕は、アルト以外の弟子をとるつもりはありませんから」
「そうか……。そうだな……」
「そうです」
どこか吹っ切れたようなルーハスさんに
コーネさんが、少し拗ねたような顔をしてルーハスさんに文句を言った。
「私には、関係ないことは話すなって言っておいて……。
ルーのほうが、関係ないことをはなしているじゃない」
「あー……。まぁそれはそれだ」
「ふんっ」
「あー……。それで、セツナは半獣をどう思う?」
「どうも思いません。空から降ってきたり
突然、現れたりするわけじゃないんでしょう?」
「……当たり前だろう」
「それなら、この世界の人や獣人から生まれたのなら
この世界の住人ということで、いいじゃないですか」
「……この世界の住人か……」
「そんな感じでいいんじゃないでしょうか」
「……そんな感じでって、軽いわね!」
コーネさんが、笑う。
つられて、僕も笑った。
本当は、こんな軽く言うべきことではないのかもしれない。
だけど……僕には、こう言うのが精一杯だったんだ……。
ルーハスさんは、自分の居場所を見つけることができた。
僕は、そのことを羨ましいと思った……。
「そういえば、ルーハスさんが
変化した姿って、どの種族になるんですか?」
僕の質問に、ルーハスさんが口を閉じる。
反対に、コーネさんが嬉々とした表情を見せた。
「ルーはね!」
「コーネやめろ!」
「ルーは、私と一緒だよ」
「あぁぁぁ……」
がっくりと、肩を落とすルーハスさん。
「俺のイメージが……」と恨めし気にコーネさんを見る。
「なるほど、お似合いですね」
「あ!? 喧嘩うってんのか!」
ルーハスさんが、僕を睨む。
「いえいえ、コーネさんとお似合いですね」
「どういう意味だ……」
「そのままの意味です」
「……」
コーネさんの顔が見る見るうちに赤くなった。
「べべべべべべつに! 私はルーのこと好きじゃないわ!?」
声が裏返っている……。
僕の言った意味がわかったんだろう。
ルーハスさんが、慌てた様にコーネさんに言い返す。
「……俺にも選ぶ権利が……!」
「わ! 私にだって選ぶ権利があるんですから!」
仲のいい恋人同士のように、言い合いをする2人を見ながら
僕は、何かを忘れているような気がした……。
「あ、アルトを迎えに行かないと」
僕が、思い出したようにそう告げると。
2人も一緒に行くと言い出し、3人で訓練所に向かった。
そして……そこで見たものは……。
「あはははははははー」
「ム”----イ”ーーーーーー」
アルトが凄いスピードで走り回り、ムイムイがボールをくわえたまま必死の形相で
アルトを追いかけていた……というか……無理やり走らされているというか
ほぼ……空中を歩いているというか……。
「……セツナ……あのボールというやつは
あーいう遊びなのか?」
ルーハスさんが、信じられないという表情で眺めている。
「いえ……もっと穏やかな遊びのはずなんですけどね」
僕が想像していた遊び方とはぜんぜん違っている。
ボールに掛けた魔法が、ちょっとまずかったようだ。
アルトがボールを投げ、ムイムイがボールをくわえると
ムイムイとボールを、アルトの元に戻るようにしておいたのだが……。
そして、そのボールをアルトがとって……また投げると……。
だけど思ったよりも、ボールが戻ろうとするスピードが早かったようだ……。
アルトが逃げ回るものだから、ボールがアルトに追いつこうとして
ムイムイが、強制的に走ることになっているんだろう。
ムイムイも、ボールをはなせば走らなくてもいいんだけど……はなしたくないらしい。
「あははははー!!」
「ム”-----------」
アルトの笑い声を聞いて、こちらまでおかしくなってくる。
アルトのあんな笑い声を聞いたのは、本当に久しぶりだ。
アルトの楽しそうな様子を、僕とルーハスさんがほのぼのと見ていると
コーネさんが、ルーハスさんに怒ったような声で話しかけた。
「ねぇ、ルー……」
「なんだ?」
「あのムイムイは、お祭りの景品よね?」
「そうだが」
「アルト君は絶対、ムイムイをお友達認定しているわよ」
「……大丈夫だろう」
少し顔色を悪くして、ルーハスさんがこたえたときに
アルトが……「ムイ。がんばれ!」と声を掛けた。
それに、ムイムイが「ム”イ”ー」と返事を返していた……。
「ほら! 名前までついているじゃない!」
「……」
「ムイムイも、返事をしているわ!」
「……」
「どーーーするのよ!!!!」
「どうしよう」
先ほどよりも、更に青くなるルーハスさん。
「ムイムイが、お肉となって出てきたら
アルト君はきっと泣くわよ!! お友達がお肉になるんだから!」
「……」
「……」
コーネさんの、お肉発言に僕まで言葉が出なくなる。
「……」
「……」
「……」
ほぼ日が落ちた中……楽しそうに走り回る1人と1匹。
それを、ただ呆然と見ている僕達。
読んでいただきありがとうございます。