『 僕とトゥーリのお話 』
暖炉の薪のはぜる音が、響く。サーラさんが僕をじっと見つめている事から
そろそろ、僕の話を聞かせろという事なんだろう。
アルトは、お腹いっぱいになったからか気持ちよさそうに眠っていた。
サーラさんと視線を合わせると、期待のこもった笑みを向けられる。
話さないという選択肢はないようだ。
いつの間にか、セリアさんもちょこんと座っているし
姿は消しているから、アギトさん達は気がついていない。
多分、サーラさん達が一番聞きたいのは
僕とトゥーリの事だろう。話せる事は少ないんだけどな……。
アギトさんを見ると、目が早く話せと言っていた。
「僕が、トゥーリと会ったのは
クットで、アギトさんからの依頼を受け取った後ぐらいです」
アギトさんからの依頼で、薬草を取りに行った時に彼女を見つけた。
「お名前は、トゥーリちゃんというのね」
サーラさんが、楽しそうにトゥーリの名前を呼んだ。
ちゃん付けは初めてだな、と内心苦笑する。
「そうです」
「会った、というのだから
そのとき初めて出会ったのよね?」
「ええ」
「じゃぁ、しばらくアルトとトゥーリちゃんと3人で旅をしていたの?」
「いいえ。トゥーリとは2日で分かれています」
「え……」
『え!?』
サーラさんの、眉間に皺がよっていく。
セリアさんは、僕をじっと凝視しており
アギトさん達は、驚いた表情を作っていた。
セリアさんの声は、僕にしか聞こえていない。
「僕は彼女に、ひと目ぼれをして
その場ですぐに、婚姻を申し込みそして結婚しました。
少し強引だったかもしれませんが……」
サーラさんの目が険しくなっている。
なぜだろう……?
「けだものになったんじゃないでしょうね?」
『けだものー』
「え? けだもの?」
意味がわからず問い返す。
「サーラは、その場で襲ったのかって聞いているんだよ」
「まさか!」
「そうよね、セツナ君に限ってそんな事はしないわよね」
サーラさんが、安堵したように息をついた。
結界がなかったとしたら、宥めながら抱いていたかもしれない事は
胸に秘めておく。
『けだものよね』
セリアさん、僕はけだものじゃないですから。
「強引にと言うのは、彼女の家族に了承をとる前に
婚姻を結んでしまったんですよ」
本当の所は違うけれど、了承を取っていないのは本当だ。
彼女の両親の了承を取るどころか、本人の了承も怪しいけれど。
「まぁ……」
『でも、それが正解かモ』
「殺す……」
「……」
「……」
「……」
セリアさんが、しみじみと頷いている。
いや……セリアさんの行動の方が、正しいと僕は思います。
クリスさん達も、口を開こうとしていたが
アギトさんの一言で、全員が口を閉じた。
アギトさんが、何を想像したのかはありありとわかる。
トゥーリの父親も、アギトさんと同じ事を言うだろうか?
言うだろうな、というかリヴァイルと一緒に殺しに来るかもしれない。
そういう時って、返り討ちにしてもいいんだろうか?
それとも、黙って殴られる方がいいんだろうか……?
トゥーリの父親はともかく、リヴァイルが殴りかかってきたら
殴り返す事にしよう。僕はそう心に決めた。
「で、で、でも、合意の上での婚姻だからね?」
サーラさんが、アギトさんを宥めていた。
「私の娘と、勝手に婚姻を結ぼうものなら……。
海の底へと沈めてやる……」
『私は、報告して殺されちゃったワ』
セリアさん……。
「いや、海の底に沈めるだけでは駄目だ。
もっと、生まれてきた事を後悔させなければ……」
その目はとても真剣だ。将来、色々と苦労しそうだ
主に、クリスさん達が……。
『将来、娘の逢引場所にも出没しそうネ』
「……」
クリスさん達は、アギトさんと視線を合わせないように努力していた。
「そ、そ、それで!」
サーラさんが、アギトさんを宥めながら僕に先を促す。
「2年間、会う事が出来なくなりました」
トゥーリと、会う事が出来ない理由は言えない。
なので、会えないと言う事だけを伝える。
正確に言えば、1年と半年切ったはずだけど。
これには、アギトさんさえも黙り込んでしまった。
全員が、微妙な視線を僕に向けてくれている。
「トゥーリちゃんの、ご両親の……怒りは深かったのね」
『気の毒に……』
アギトさんが、溜息をつき苦笑をこぼした。
「まぁ……1度婚姻を結ぶと
そう簡単には別れられないからな。
トゥーリさんの、両親の気持ちは理解できるね」
アギトさんは、トゥーリの両親の味方の様だ。
これがもし、サーラさんの妊娠を知る前に話していたら
返事は違っていたのかな?
「セツナさんなら、もっと上手に動けたんじゃないのか?」
「どうでしょうね、多分無理だと思います」
「いいきるのか?」
クリスさんが、無理だといった僕に笑った。
「ええ。僕は、彼女しかいらない。
彼女しか愛せない。何度出逢っても
僕は、同じ事をすると思います。
それが間違いだと分っていても」
僕の言葉に、皆が息を飲んだ。
「間違いだとわかっていても?」
「ええ、多分」
そう、それが間違いだとわかっていても
自分自身の行動に、後に嫌悪感を抱くことになっても
僕は、また同じ事をする。
間違いだとわかっていて、その選択を選ぶ。
-……。
僕は自嘲気味に笑う。
「セツナさん……?」
『セツナ?』
セリアさんが、不安げに僕を見た。
ああ、彼女は僕が狂いかけた時傍にいてくれたから
その理由が、僕とトゥーリにあることも気がついているのかもしれない。
「彼女をね、僕はすぐに欲しいと思ってしまったんです。
全ての時間を省いてまでも……」
「……」
僕は、右腕にはまっている腕輪を手で押さえる。
「セツナ君の恋愛は、もっと穏やかだと思っていたわ」
「驚いたな……」
サーラさんと、アギトさんが呟くように言った。
クリスさん達も、頷いていた。
「僕は彼女に溺れているので」
トゥーリは違うけれど。
僕は彼女が欲しくて堪らない……。
その心も……体も全てが欲しい。
「うわぁ……。
セツナ君に、そこまで言わせる
トゥーリちゃんに、私は会って見たいわ!」
「僕の後でよければ」
「それは、2年後って事?」
「ええ」
2年後、彼女が僕の妻であるかはわからないけれど。
彼女は、1人で生きる事を考えているみたいだったから……。
「トゥーリは何処で暮らしているんだ?」
「秘密です」
「……」
「探し出されても困りますからね」
アギトさんが視線で教えろと、プレッシャーをかけてくるが
笑う事で流す。
「君は本当に、口を割らない」
話しても、そう簡単にいけるところではないけれど。
「セツっちって、様々な事に
執着がないように感じたんだけどな」
「彼女は特別ですから」
「……」
「それだけ、執着してるのに
大人しく、2年間もあわないつもりなのか?」
「会いません」
「どうしてだ? お前なら隠れて会うぐらい簡単だろ?」
「ビート、僕をけしかけるのはやめてくれる?」
「いや、そういう意味じゃなくてさ」
「どこかこう、違和感があるんだよな」
「そうですか?」
「ああ、会いたくないのか?」
「……」
会いたいに決まっている。
今すぐ、会いたい。その気持ちを、ぐっと押さえ込む。
「会いたいですよ」
僕は溜息をつきながら、言葉にする。
「あー、わりぃ」
ビートが、顔をしかめて謝った。
「ビートちゃん、ちょっと黙ってなさい」
「……」
「でも、ビートの言う事も一理あるっしょ。
セツっちなら、隠れて会いに行っても不思議じゃない」
「確かに」
「だろ?」
エリオさんの言葉に、クリスさんが同意した。
どうやら、全員がそう思っているようだ。
「僕だけなら、会いに行っていたかもしれませんね」
僕がアルトに視線を向けると
全員が、絨毯の上でクッションを抱えながら
幸せそうに眠っているアルトを見ていた。
「ああ……」
「なるほど」
「なるほどな」
「僕はアルトの師匠ですから。
約束を守る事も、教えないといけないですからね」
本当は、トゥーリに会いたくないといわれているからだけど。
『こっそり、会話してるようだけどネ』
セリアさんの一言に、彼女と視線を交わす。
セリアさんは、僕の心をのぞくようにじっと見つめ
そして安心したように笑った。
『誰にも言わないワ』
僕は彼女にだけわかるように、軽く頷いた。
「人に胸を張って話せるような、婚姻を結んだわけではないので
聞かれる事がない限りは、僕からは話しません」
僕の言葉に、アギトさんが
困った奴だなという表情を見せ、かすかに笑い
「まぁね。私に置き換えて考えてみると
セツナのした事は、殺しても殺したりないところだが……」
「アギトちゃん!」
「そんな風に、想える女性と出会えたというのは
喜ぶべき事なんだろうね」
「そうよ。アギトちゃんだって、強引だったじゃない」
「それは、サーラが魅了的なのがいけない」
甘い雰囲気に突入した2人を、クリスさん達が冷めた目で見ていた。
セリアさんは、ふよふよと浮きながら2人をじっと観察している。
セリアさん、近いですよ。
僕の視線に気がついた彼女は、エリオさんの傍へと座りなおした。
「どんな女なんだ?」
「セツっちの好みは、可愛い系と見た」
ビートとエリオさんが、トゥーリについて詳しく話せとせっつき
セリアさんも、僕をキラキラとした目で見つめていた。
「そういう、ビートはどんな女性が好みなの?」
「俺は、気の強い女が好きだな」
「俺っちは、守ってやりたくなるのがいいな」
「クリスさんは、どんな人が好みなんですか?」
「そうだな、私は物静かな人が好みかな」
『私は、彼が大好きだわワ』
それは十分知っています。
「恋人は居ないんですか?」
「……」
「……」
「……」
『あらら……』
どうやら、居ないらしい。
『3人ともそれなりに、優良なのにー。
お買い得なのにー。見る目がないのネ』
「旅から帰ってきたら、結婚してたんだよな……。
やっぱり、冒険者の妻は冒険者の方がいいかもしれないよな。
旅から帰ってきたら、違う男が居たとかありえすぎて嫌だ……。
まめに、手紙も送ったのに……俺っちの何がいけなかったんだ!?」
落ち込んだように、肩を落として呟くエリオさんが怖い。
セリアさんが、エリオさんの頭をなでていた。
「俺達のことなんて、どうでもいいんだよ
お前の女の話を聞いてんの」
ビートが、気の毒そうにエリオさんを見ていた視線を
僕にうつして、そう聞いた。
「可愛いですよ。とても可愛い……」
トゥーリの顔が頭に浮かぶ。泣き顔の方が多かったけど
少しは、笑顔を見せてくれていた。その笑顔を思い出して
思わず顔が緩む。今頃はもう、寝ているだろうか。
「……」
「……」
『……』
「……もういい」
ビートがそう言って、頭を抱え
エリオさんは、何かむかつくっしょ、と呟き
クリスさんは、脱力したように苦笑していた。
2人の世界にいたはずのサーラさんが
顔を赤くして、自分の手で頬を押さえ
アギトさんは、僕を睨んでいた。
「アギトちゃんより、先にセツナ君に会っていたら
惚れちゃいそう……。今の表情は、ときめいちゃうわ」
『私も彼がいなかったら、とりついてるカモ』
やめてください。
「……」
アギトさんの視線が痛い。
サーラさんとセリアさんの言葉は、聞かなかった事にして
ぼくは、話を纏める事にした。
「僕とトゥーリの関係は、今のところこんな感じですね」
「たった2日の逢瀬かぁ……。
切ないねぇ」
サーラさんが、僕の気持ちを慮ってか
しょんぼりとした、表情を作っており
その横で、セリアさんもしょんぼりしていた……。
「じゃぁ、セツっちはトゥーリとやっ……」
エリオさんが何か言いかけたのを、クリスさんが転がっている
エリオさんを蹴飛ばす事で、止めた。その後も容赦なく蹴飛ばしている。
「兄っち、痛い!」
エリオさんは、ごろごろ転がり
クリスさんの足の届かない所へ移動するが
クリスさんは、無言の圧力をエリオさんにかけており
エリオさんは、うつぶせのままピクリとも動かなくなった。
セリアさんが、楽しそうにエリオさんをつついている。
「そういえば、私の依頼をクットで受け
リペイドから、薬を送ってきていたが
セツナ達は、どうやってリペイドへ移動した?」
「クットとリペイドを繋ぐ、洞窟を使いました」
「はぁ!? セツっち、あそこにはおっそろしぃ
魔力を持ったなにかがいたっしょ!?」
エリオさんが跳ねるように飛び起きて、僕を凝視する。
セリアさんは、エリオさんの行動に驚いて
胸を押さえながら浮いていた。
『吃驚したワ』
「僕達が通った時には、いませんでしたよ?」
本当はあれがいた。あれが。
僕に、腹立たしい竜紋をつけたリヴァイルが。
絶対、いつかやり返してやる……。
「嘘だろ……」
「何処かへ移動したか、寿命で死んだのでは?」
「うーーん……。
あんな馬鹿でかい魔力を持つ魔物が、そう簡単に死ぬとは
俺っちには、思えないんだけどなー」
「本当に、何もいなかったのか?」
アギトさんが、何かを探るように僕と視線を合わす。
「いませんでした」
「……」
「……」
「セツナの表情は、本当に読みにくい」
「褒め言葉として、受け取っておきます」
「忌々しい」
アギトさんが舌打ちと共に、そんな事を告げる。
「なら、クットとリペイドの行き来が楽になりそうだな」
「一応報告はしておきましたが、どうなるかは知りません」
「なぜ、洞窟をつかってリペイドへ?」
「それは、秘密です」
「……」
「……」
「リペイドの国とかかわりがあることか?」
「秘密です」
「少しくらい、教えてくれてもいいだろう?」
僕がにっこりと笑うと、アギトさんは溜息をついて諦めた。
「それで、リペイドでは何をしていたんだ?」
「花屋の店員をしてました」
「お花屋さん?」
『お花屋さん?』
「依頼をせずに、花屋の店員?」
サーラさんと、アギトさんが同時に口を開く。
セリアさんは、今度は僕の隣に座っている。
「いえ、依頼で花屋の店員をしていたんです」
僕は、その時のことを詳しく話していく。
サーラさんは、女性らしく瞳の中に興味を浮かべながら聞いていた。
花屋を手伝う事になった理由、目の前で開く花がとても美しい事
そしてジョルジュさんとの出会い、素晴らしい薔薇を使って
ノリスさんと一緒に、婚約の儀を手伝った事
そこで、時の魔法を使い、ギルドにバレてしまった事など
面白おかしく伝えていく。
サーラさんが、薔薇の花を見てみたいと目を輝かせ
セリアさんが、男の甲斐性がわかるのねと現実的なことをいい
アギトさんが、ハルマンやナンシーとそこで会ったのかと納得し
クリスさん達は、貴族に生まれなくてよかったと話していた。
「なかなか、貴重な体験をさせてもらいました」
あの作業は、今思い返しても楽しかった。
「セツっちは、色々おかしいっしょ」
「えー、そうですか?」
「普通は、そんな依頼はうけないっしょ?」
「確かに受けないな」
アギトさんが肯定している。
チームで受ける依頼じゃないでしょう。
「ドラムさんにはお世話になりましたしね。
それに、僕としては楽しい依頼でした。
ノリスさんとエリーさんとも仲良くなれましたし」
「ああ、そうか。
リペイドの貴族からの、結婚式の招待状は
その時の人達からなんだな」
ビートが、ナンシーさんが受付で話していた事と
僕の今の話から、導き出した事を僕に告げた。
「そうです。ジョルジュさんとソフィアさんとも
その事がきっかけで、仲良くなりましたので」
「なるほどな」
「その間、アルトはどうしていたの?」
サーラさんが、口を挟む。
「アルトはアルトで、依頼を受けていましたよ」
サーラさんに答えるように、アルトが受けた依頼。
そこで、ラギさんと知り合い共に暮らし
そして、とても大切な人になった事を話す。
アルトの依頼の内容を話すと
サーラさんが、何かを言いたそうに僕を見ていたけれど
アギトさんが、視線でそれを止めていた。
「僕とアルトは、ラギさんを本当の家族のように感じていましたし
大切に思っていました……。アルトにとっても、そして僕にとっても
初めて安らげる場所を与えてくれたのが、ラギさんだった」
そこで1度僕は口を閉じる。
ラギさんの笑う顔を思い出し、胸が少し痛んだ。
「アルトが、じぃちゃんと呼んでいる人物かい?」
「そうです」
「君に、殺せるかどうか尋ねた人物かい?」
「そうです」
「そうか……君達2人が信頼をよせる人物なのだから
立派な人だったんだろうね。
私も1度、会ってみたかったな」
「僕は、会わせたくないですね」
「どうしてだ!?」
「2人とも戦闘狂なので
殺しあうまで戦いそうで、怖いです」
「あー……否定は出来ないな。
その人も、強いんだろ?」
「ラギさんは、サガーナの英雄と呼ばれた人なので……」
「ちょっと待て!」
「セツナさん!?」
「セツっち!?」
「おい……」
サーラさん以外が、驚愕の表情を浮かべていた。
「サガーナの英雄って、騎士殺しか!」
アギトさんが身を乗り出して、僕に問う。
「そうです」
「それは、戦ってみたかった……。
なぜもっと早く、教えない!!」
教えたら、リペイドまで来たんですか……?
いや、アギトさんなら飛んできたかもしれない。
「サガーナの英雄、竜の加護を受けた最強の戦士。
噂だけしか聞いた事はなかったけどな……。
早くに、引退してしまってその後行方がわからなくなっていた」
「まじかよー」
「俺っちも、会ってみたかったな」
「羨ましい」
ビートとエリオさん、そしてクリスさんまでもが
会ってみたかったと残念そうな表情を作っていた。
「……戦ったのか?」
アギトさんが、怖いくらい真剣な表情で僕を見る。
だけど、アギトさんだけでなくクリスさん達も同じような目をしている事から
あぁ……やっぱり、蛙の子は蛙なんだなと思った。
「戦ってません」
「嘘をつくな! 嘘を!!」
アギトさんが、僕の襟首をつかみ揺する。
「あ……アギトちゃん!?」
サーラさんが、僕からアギトさんを引き離してくれた。
頭がくらくらする。
「戦っただろう!」
「……」
「剣を交えただろう!?」
「……」
「どっちが勝った?
どんな戦い方をしたんだ!!」
アギトさんの執念とも言える、問いかけに
僕は渋々答える。
「勝ち負けというよりは……。
アルトに、獣人族の戦い方を見せる為の
戦闘でしたから。アルトがラギさんから受け取った
最後の宝物です」
「……そうか」
それまでの興奮が嘘のように
アギトさんが、ゆっくりとソファーの背もたれに
もたれかかり、僕を労わるような視線を向けた。
「命を燃やして振るう剣を、セツナは受けたんだな。
振るうほうも、受ける方も……心情的に辛い戦いだな」
アギトさんの瞳が一瞬だけ、寂しそうに揺れた。
もしかしたら、アギトさんも同じような経験があるのかもしれない。
「でも、受けてよかったと思います」
「そうか……。いい出会いをしたんだな」
「はい」
僕が受けたのは、剣ではなく拳だけど。
僕は、自分の掌をじっと見つめた。
「じゃぁ、サガーナに行くのにまた洞窟を使ったか?」
アギトさんが、サーラさんの手の上に自分の手を重ねながら
僕に、話しの続きを促した。
「はい、そうです。
ラギさんを、水辺へと送った後リペイドを発ちました」
サーラさんが、アギトさんの手を一瞬強く握り
そしてその手を、今度はアルトの頭へ移動させる。
悲しそうな表情で、アルトの頭を撫でていた。
アルトを労わるように、ゆっくり。何度も……。
そんなサーラさんを、アギトさんは優しく見つめてから
僕と視線を合わせ、話を続ける。
「なるほど。短期間で北の大陸と行き来していた理由が
やっとわかった。ずっと気になっていてね」
「そこから、トキトナへ向かって
トキトナで数日滞在したんです。ちょうどお祭りをしていて
そこで、セリアさんと会いました」
「それは、セツナが倒れている時に
セリアさんから、聞いたな」
「話したんですか?」
『ちょっとだけね』
僕が隣にいるセリアさんに、問いかけると
全員が、僕の横を見る。
「えー、セリアちゃんいるの?
どうして、姿を消しているのよ!」
サーラさんが、なぜか怒っている。
『内緒にしてくれててもいいのに!』
セリアさんが、僕に文句を言いながらも姿を見せた。
「居るなら、姿を見せればいいっしょ?」
エリオが、セリアさんにそう告げていた。
「幽霊だし?」
「関係ないっしょ」
「そうかしラ?」
「そういう事は、気にしないのが一番よ!」
サーラさんがそう締めくくる。普通は気にすると思うけど
月光一家は気にしないのだろう。セリアさんは困ったように笑っていた。
トキトナでのアルトの事、ムイの事などを話し
サガーナへ向かう途中、アイリを保護した事を話す。
「狼の村からのお礼状は、その子を保護したからか」
「そうですね」
「他にはどんな事をしてきたんだ?」
「秘密です」
「セツっちは、秘密が多すぎるしょ!」
「言えない事は、言えないんです」
「セリっちも、一緒にいたんだろ?
セツっちは、何をしてたんだ?」
「獣人の子供と、お昼寝をしていたワ」
「……他には?」
「獣人の子供と、ドーナツを作って食べていたワ」
「他は……」
「獣人の子供と、蜂蜜檸檬水を飲んでいたワ」
「他……」
「獣人の子供に、勉強を教えていたワ」
「……」
「後は、耳が変で可哀想って言われていた」
「セツっち」
「セツナ……」
「セツナ君、サガーナで何をしていたの?」
「アイリ達と遊んで暮らしてました」
「……」
僕の返答に、全員が溜息をついた。
サガーナの奥へと、入れる人間は余り居ない。
だからこそ、興味が尽きないのだと思う。
だけど、僕から話せる事は本当に少ない。
というか、ほぼ話せない事ばかりだ。
「うー」
アルトがもぞもぞと寝返りを打つ。
耳と尻尾が動いている事から、そろそろ目を覚ますかな?
「あーそういえば、お前サイラスって知ってるか?」
ビートが何かを思い出したように、僕に告げる。
「ええ、僕の友人ですが」
「そいつ、アルトが持つに早いんじゃないかという本を
渡していたぞ」
「どんな本ですか?」
「あー……」
ビートが、サーラさんを見てセリアさんを見て
少し耳を赤くした。
「と……とにかく、1度アルトの持っている本を
確認した方が、いいんじゃねぇの?」
「うーん……」
アルトの持ち物を、見せて欲しいというのも
どうなんだろう。アルトの鞄の中はアルトの宝物だし。
「セツナさん、本だけは確認した方がいいと私も思う」
クリスさんの言葉に、エリオさんも頷く。
そこに、アルトが目を覚ましてキョロキョロと周りを見渡して
大きなあくびをひとつした。
「おはよう、アルト」
「師匠、おはようございます」
「起きた所すぐで悪いんだけどね。
アルトの鞄の中の本を全部みせてくれるかな?」
「え……」
「サイラスから、本を貰っているよね?」
「う、うん」
アルトの視線が僕と微妙にあっていない。
これは、ビートの言うとおり調べた方がいいかもしれない。
「見せてくれる?」
僕が引かないことがわかったのか
アルトは、肩を落としながら鞄から本を取り出し始めた。
アルトが積んでいく本の数に、正直驚きを隠せない。
何時の間に、こんなに本を詰め込んでいたの?
アギトさん達も、驚いたように本を眺めていた。
誰から何の本を貰ったのか、1冊1冊確認していく。
アルトは少し涙目だ。
「これは、サイラスさんから貰った」
「……」
その本のタイトルを目に入れた瞬間
サイラスに殺意が沸く。どう考えても、子供が読む本じゃない。
アルトが取り出した本を、一冊ずつ読んでいく。
アギトさんが、何を期待していたのかは知らないけれど
「つまらん」と言った言葉に対して、冷たく笑っておいた。
とりあえず、女性たちから貰った本は問題はない。
純愛をテーマにした本が多数ある。
王様や、将軍……ジョルジュさんからも本を貰っていたらしい。
こちらも問題ないけど、アルトが読むには難しいと思う。
だけど、サイラスがアルトに渡した本は、問題がありすぎる。
4冊のうち1冊だけは、アルトが持っていてもいいと思った。
結局貰ったのはいいけど、難しくて
読めていないものが殆どのようだ。
アルトは、返して欲しいと僕に訴えかけていたけれど
流石に。これはまだ早い。サイラスに怒りを感じながら
返せない事をアルトに伝えると、アルトはとても落ち込んでしまった。
アルトにとって本は宝物だから。
それが……どんな内容の本であっても。
僕は自分の鞄から、アルトでも読めそうな本を5冊取り出す。
「この本のかわりに、これを上げる」
アルトに本を渡すと、アルトの機嫌が一瞬で浮上した。
「5冊! 5冊もいいの!?」
「うん、それならアルトでも読めるはずだよ。
この本は読めなかったでしょ?」
「うん、面白くなかった」
「その本は面白いから、この本と交換してくれるかな?」
「うん!」
アルトは早速、新しい本を1冊広げている。
セリアさんは、アルトの隣で一緒に読んでいた。
「アルト、この本を貸してくれる?」
サーラさんが、アルトの本の中から1冊を手に持って
アルトに聞いている。
「うん、いいよ」
「ありがとう」
アギトさん達も、それぞれが興味ある本をアルトから借りて
読み始めていた。とりあえず、今日はこれで解放されるだろう。
僕は、内心溜息をつきながら目の前の本を見つめる。
どうしようか……。
「おい、その本をどうするんだ?」
ビートが、本を1冊手に持ちながら
僕の目の前の本を見ている。興味があるのかと思って
欲しいのか尋ねると、即答でいらないと返事がかえる。
本をどう処分するのかが、気になったようだ。
「本人に送り返します」
「そうか」
「ただ、送り返すのは相手に悪いでしょう?
なので、なにかお礼をしないといけないなと……」
「……」
ビートが、視線を彷徨わせ「そうだな」と告げると
そそくさと、ソファーへ戻って本を開いた。
全員が、本に夢中になっている中
僕は、どんなお礼がいいのか本を前に暫く考えていたのだった。
小説を読んでいただきありがとうございます。





