『 僕とアギトさんのお家 』
執事さんとメイドさん達に、「お帰りなさいませ」と言われ
軽く頭を下げながら、屋敷へと入る。アルトは物珍しそうに
キョロキョロとしていたけれど、そんなに、緊張している様子はなかった。
「あー、セツナ。ハルの家では玄関で靴を脱ぐ。
この、スルッパに履き替えてくれるかな?」
「スルッパ?」
「知らないかい? まぁ、ハルにしかないものだから
知らない人のほうが多いけどな」
「スリッパじゃなくて?」
「スリッパ? いや、スルッパだ」
「そうですか……」
「どうした?」
「いえ、なんでもありません。
僕の覚え間違いのようです」
それ以外言えない……。
「セツナでも、覚え間違える事があるんだな」
そう言って、アギトさんが笑う。
僕も曖昧に笑う……。どうして、スルッパなんて微妙な名前に。
アルトはさっさと靴を脱いで、スルッパに履き替えていた。
「他所の国から来た人は、靴を脱ぐのを嫌がる人が多いが
セツナもアルトも、抵抗はないんだな」
ビートが僕達を見てそう聞いた。
「そうですね、僕は靴を脱いで寛ぐ方が好きですね」
「俺もー」
「そういえば、テントの中でも靴を脱いでたもんな」
「はい」
「セツナ、アルト」
アギトさんが僕達を呼ぶ。
「ようこそ、我が家へ。
自分の家だと思って、滞在してくれると嬉しい」
アギトさんが、僕とアルトを見てそう告げる。
サーラさんやクリスさん達も、アギトさんの傍で頷いていた。
どこか、居心地が悪くてその事に返事を返す事はせずに
別のことを告げる。
「立派なお屋敷で、緊張します」
「立派な……」
僕の言葉に、アギトさんだけでなく全員が微妙な表情を見せた。
意味がわからずに、僕とアルトが首を傾げているとアギトさんが
苦笑しながら、理由を教えてくれたのだった。
「私達の本来の家は、もっとこじんまりしていたんだけどね
旅から帰ってきたら、この家に建て変わっていた」
「え!?」
僕の驚きに、クリスさんとエリオさんがやっぱり驚くよなと頷き
「驚いたよな……」
「驚いたわよね……」
ビートとサーラさんが、遠い目をしながら当時を思い出していた。
「犯罪者を捕まえる為に、ギルド職員がこの辺りまで追い詰めた時に
ギルド職員の魔法が、犯罪者に跳ね返され
そこに、ちょうど私達の家が建っていて被害を受けた……らしい」
「連絡はなかったんですか?」
普通なら、持ち主に連絡が行くはずだ。
「その時、長期の依頼を受けていてね。
戻る事が出来ないから、エレノアに一任したんだが」
そこで、アギトさんが深く溜息を付いた。
「どうやら、大工に修理するよりは建て替えた方がいいと
言われたらしいんだ。私達は、その時連絡の取れない地域にいて
ギルドが全ての金額を負担すると言ったから、建て替えておいたと
後日エレノアから連絡を貰った。長年住み慣れた家が、なくなるのは
寂しい気がしたが、住めなければ話にならないからね。
建て替えは、さほどきにしてはいなかったんだが……」
こちらの家は、魔法も使って建てるので
家を建てるのに、何ヶ月も必要とはしない。
「戻ってきたら、桁違いな家が建っていた」
「……」
「エレノアが……」
アギトさんが、1度口を閉じ開く。
『ギルドから、搾れるだけ搾り取った金で建てた。
これでこれからは、もっと慎重に行動するだろう。
アギト達の家は残念だったが、最新式の家を建てて
おいたから許してやってくれ。
前の家と比べて、少々大きくなってしまったから
サーラが全てを賄うのは、大変だろう?
私が、執事達も手配しておいた。1年目の給料はギルドから出るが
2年目からは、継続するなり新しく雇うなりして欲しい』
アギトさんが、エレノアさんの口調だろうか?
何時もと違う口調で、そう語った。
「暫く、空いた口がふさがらなかったな。
少々大きくなんてものじゃない……。
元の家の荷物は全て、倉庫に入れられていたのだが……。
内装や家具まで全て、エレノアが揃えてくれていたからね
昔のものは必要なもの以外は、いまだに倉庫の中だな」
「エレノアちゃん、趣味がいいから
なおしたいともおもわなかったしね」
「そんなわけで、家は立派だが……。
緊張する事はない」
アギトさんが苦笑し、サーラさんが頷いた。
「ありがとうございます。
暫くお世話になります」
「お世話になります」
僕とアルトが頭を下げる。
「別に、ずっといてくれてもかまわない。
私達は、そのほうが嬉しいしな」
そう言ってアギトさんが笑い、全員が頷いていた……。
-……。
ビートが先に部屋へ案内するからと、僕とアルトを促して
歩きだす。
「ここがセツナの部屋で、隣がアルトな。
続き部屋になってるから、廊下に出なくても
そこの扉から、両方の部屋へと行き来できる」
ビートが部屋の説明をしてくれるが、その部屋はとても広く
鏡花が持って帰ってきた、旅行パンフレットの高級ホテルの
ような感じだった。だが、何処か温かみがある。
「こっちが寝室。こっちが風呂と手洗いな。
アルトの部屋も、似たような感じだから説明はいらないだろ?」
ビートがアルトに尋ね、アルトが頷いていた。
「遠慮せずに、風呂とかも使えよな。
セツナ達は、風呂好きだろ? この部屋も好きに使ってくれ。
洗濯したい物は、あの籠に入れておくと洗濯してくれるから」
ビートが色々と説明してくれるのを、黙って聞き
何か質問はあるかといわれたが、今はないと答えておいた。
「俺の部屋は、お前の部屋の前
アルトの部屋の前が、兄貴だ。アルトの隣の部屋がエリオだな。
親父とお袋は、この廊下の突き当たりだ」
「え!?」
「あ?」
ビートがなんだ? というように僕を見る。
「この階は、ビート達家族の空間じゃないの?」
ちなみに、この家は3階建てだ。
「そうだぜ?」
どう考えても、家族のプライベートフロアーに
僕達が泊まるのはおかしい。
「いや、やっぱり宿を借りるから」
「なぜだ?」
「なぜって……」
「あぁ……。
2階に客間もあるけどさ、不便だろ?」
「何が?」
「一々、2階まで降りるのが面倒だろ?」
「……」
それは、僕やアルトに用事があるたびに2階に下りるのが
面倒だという事だろうか……。
「親父達がいいって、いってんだから
気にすることねーよ。色々世話になってるしな。
遠慮するなよな」
ここまで言われたら、断る事など出来ない。
「お言葉に甘えさせてもらうよ」
「ああ、それがいい。
そのほうが、親父達も喜ぶ」
夕飯まで、汗でも流してゆっくりしてくれといい置き
ビートは自分の部屋へと戻っていった。
「師匠、リペイドのお城よりすごいね」
「……」
アルトの言う通り、最新式というだけあって
設備がものすごく整っているように思える。
「じゃぁ、お風呂でも入って着替えるかな」
お風呂にお湯を張り、のんびりとお湯につかる。
アルトも気持ちよさそうにつかっていた。
今日ハルについたばかりなのに、たった半日で
詰めこまれる様に、色々な事がありすぎた。
本音を言えば、暫く引きこもっていたい。
アルトが肉を食べたいといわなければ
本気で、海の中に引きこもっていたかもしれない。
「アルト……今日は色々あったね」
まだ終わっていないけど……。
「うん。楽しかった。魚図鑑も買ったし。
エリオさんが、魔物図鑑も買ってくれたし!
カキ氷も食べて、貝も食べれる! お金も手に入った!」
「……」
アルトにとっては、いい1日だったようだ。
まだ終わっていないけど。
「師匠それでね、盾が50回連続で壊せたら
動植物図鑑が欲しいんだ」
「……」
アルトが期待のこもった目で僕を見ていた。
魚図鑑を買うと決めた時には、もうアルトの中では
動植物図鑑を狙っていたに違いない。
「いいよ。50回連続で壊せたらね」
「やった!」
嬉しそうに笑うアルトを見て
僕も、笑みを返していた。
お風呂から上がって、新しい服に着替え
遠慮せずに、洗濯物を籠の中へと入れておいた。
鞄の中から、お茶のセットを取り出して
僕とアルトの分のお茶を入れる。
アルトは自分の鞄から、お菓子を出そうとしていたが
夕食が近いようだからと、止めると悲しそうに耳が寝ていた。
鞄から、ギルドで受け取った手紙の束を取り出す。
そして、サガーナから送られてきた証が入った箱を取り出し
あけると、そこには耳飾が2個入っていた。
アルトも鞄から受け取った手紙を出して、読み始めている。
アルトに届いていた手紙は、ロシュナさん、ハンクさん
アイリとユウイ、コーネさん、王妃様、ジョルジュさん、ソフィアさん
サイラス、エリーさんとノリスさんから届いていた。
僕は、ロシュナさん、ハンクさん、ディルさん
エイクさん、アイリとユウイ、ルーハスさん
王様、王妃様、将軍、サイラス
ジョルジュさん、ソフィアさん、エリーさんとノリスさんだ。
とりあえず、王様と王妃様、ロシュナさんは後回しにして
手紙を呼んでいく事に決めた。
最初はハンクさんから。
ハンクさんからの手紙は、連絡が取れない事への苦言。
文章から、アルトだけではなく僕の事も心配してくれていたようだ。
とても分り辛いけど……。
ディルさんからの手紙は、ムイが成長した姿を見てきた事への驚愕と
餌の契約を結ぶ事が出来たという報告と、えさ代についてのお礼が
書かれていた。ムイは元気に育っているようだ。
エイクさんは……色々と謝罪が書かれた内容だった。
簡単に言ってしまえば、ごまかす事が出来なかったと言う事だ。
誰をというのはもう、今更だ。
メリルさんと結婚して、冬の間は狼の村でゆっくりするらしい。
アイリとユウイは、ムイの成長と楽しかった事や嬉しかった事。
僕やアルトが居なくなって、寂しいという事が書かれてあった。
だけど、光の精霊が一緒に遊んでくれるらしい……。
光の精霊、それでいいのだろうか。精霊は謎だなぁ。
ルーハスさんからの手紙は、ディルさんがトキトナに来た事の
衝撃が綴られてあった。今まで、長が来た事は1度もなかったらしい。
暫く混乱していたようだ。先に、連絡するべきだったかな?
アルトが、ムイを手放した事で寂しがっていないか
コーネさんが、心配していたと書かれてある。
手紙の内容も、多少混乱していたけど……多分僕に報告してくれたんだろう。
将軍からの手紙は、酒の事しか、書かれていなかった。
サイラスの手紙はよく分らない。女を紹介しろとか
サフィールさんの言葉じゃないけれど、頭が沸いてるの? といいたい。
アルトのほうにも、サイラスから手紙が来ていたはずだ。
「アルト、サイラスからの手紙はなんて書かれてた?」
アルトへの手紙の内容がきになり、アルトに尋ねる。
「……元気かとか、あまり意味のある事はかかれてなかった」
アルトの態度に、最初何かを隠すようなそぶりを見せた。
だが、人の手紙の内容を詮索するのもどうかと思うので
ここでは、そう深くは聞かずにいたのだが……。
ビートからの報告によって、アルトの手紙の内容も知る事になる。
『アルト、俺が渡した本は読んだか?
セツナには、内緒だぞ! 言うなよ!』という口止めの手紙だった。
僕がその事を知るのは、もう少し後だ……。
ジョルジュさんとソフィアさんは、結婚式に出席できたらして欲しい
と言う内容で、ジョルジュさんからの手紙は簡潔に
ソフィアさんからの手紙は、近状報告とぜひぜひトゥーリさんも
一緒にと熱烈に要望が書かれてあった。
トゥーリはともかく、残念だけど
僕とアルトは、出席できそうにない。
一瞬転移で戻るか考えたけれど。
長距離を転移できる魔導師はいない。ハルからリペイドに飛んだとして
どうやって来たのかという事になると、後々面倒な事になりそうだ。
それに……。
ジョルジュさん達の、結婚式を見た後
セリアさんの依頼に行くとなると……色々と複雑だ。
セリアさんは、僕達や月光と楽しく過ごしている。
だけど、湖で心の中を不安で一杯にしていた彼女を見た。
僕は、セリアさんが悲しく笑う姿をこれ以上みたいとは思わなかった。
ジョルジュさんとソフィアさんには、悪いけれど
2人はこれから幸せになれる。祝福してくれる人も沢山いる。
僕とアルトぐらいは、セリアさんの傍にいても許されるだろう。
2人のお祝いの品を、送るのを忘れないようにしなければ。
エイクさんの所にも、送っておくべきかな……。
迷惑をかけたようだし……。
エリーさんとノリスさんは、たまには連絡が欲しいと書かれてあった。
もしよかったら、依頼として珍しい花を見つけたら苗か種を送って欲しいと
書かれていた。珍しい花ってどんな花なんだろう?
そして
ロシュナさんからの手紙を読む。
最初の方は、お礼とか僕達の状況を尋ねる事が書かれてあった。
連絡が取れなくて、心配をかけてしまったようだ。
『連絡が中々取れないから、ハンクがうるさくてね。
セツナ君のほうにも、手紙がいっていると思うけど
余り気にしなくていいからね。本当にうるさいよ……』
所々に入る、ロシュナさんの愚痴に苦笑が浮かぶ。
僕達がいなくなってから、蒼露様と代表を交えて色々と話し合った結果
数年に1度、蒼露の樹が病にかかっていないか調べて欲しいとの事だった。
『他の代表から、反対する声はなかった。
その辺りは安心して欲しい。長い間、不安に感じていた事が
なくなり、皆が感謝していた。これから先、同じことがないとは言い切れない
セツナ君が、アルト君の師匠であるという事を利用するような形にはなるが
アルト君を通して、私達の国と専属契約を結んでもらえると嬉しいと思う。
この手紙を手にしているという事は、答えをもう貰っているとは思うが
もし、了承してもらえなくとも蒼露の樹の事だけは
考えてもらえるとありがたい。
専属契約を結んでいようが、いまいが私達からの贈り物は
セツナ君に対する、サガーナからの感謝の気持ちとして
受け取ってくれるかな。
人間が、サガーナで行動するのは大変だろうから
アルト君と共に、サガーナに来る事もあるかもしれないからね。
サガーナからの贈り物だが……。
サガーナの代表全員が認めたものに、渡す証をセツナ君に贈る事になった。
その耳飾は、サガーナの代表と同じもので色違いになっている。
獣人族なら、その耳飾を見ればその意味するところは分るはずだ。
セツナとアルトの師弟の証として使えるように
同じものを入れておいた。つかってもらえる事を願っている』
代表と同じ意匠……。
箱の中の耳飾を見て、ロシュナさんもつけていた事を思い出す。
ロシュナさん達がつけていたのは、蒼露の葉が意匠になっている中央に
青色の宝石がはまっていた。僕達がもらったのは深緑だった。
すごいものを貰ってしまった気はするが、僕とアルトがこれ以上
誤解される事がないのは嬉しい。アルトの負担も減る事になる。
僕は、アルトの耳飾に掛けてある魔法と同じものを
貰った物にかけなおす。
「アルト、今つけている耳飾を外して
こっちをつけて」
ロシュナさんの手紙の内容を、アルトに伝え
アルトの耳飾にかけてあった、全ての魔法を解除して
新しいものを、アルトへと渡した。アルトがつけたのを確認して
僕以外が外せないように、また新しく魔法をかけた。
僕も古いのを外して、貰ったものをつける。
魔法は、アルトとトゥーリとの心話魔法をかけてある。
アルトは、尻尾を振りながらまた手紙を読み始め
僕も続きを読む。
『アルトの生存報告は、私かハンク好きなほうでいいが……。
多分、アルトの事だから自分からハンクに送る事はないだろうね
そうなると、やはりハンクがうるさいから……。
できれば、私とハンク交代で手紙をくれるようにお願いしてもいいかな。
アルトの方の手紙にも、書いてあるけどね。最後に、セツナ君からも
アルトの近状やセツナ君自身の事も、たまには教えてくれると嬉しい。
蒼露様は、眠りについてしまわれたけど私達の話は聞こえているようだ。
蒼露様に報告もしたいから。
ああ、そうだ。お酒は各村のお酒を送っておいた。エイクがうるさかったが
セツナ君は、飲んでみたかったんだろう? エイクの言うように
私達のお酒は、人間には強いから飲み過ぎないように。また欲しくなったら
連絡してくるといい、君の分なら何時でも用意してあげよう。
それでは、君達2人の行く道に幸在る事を願っているよ。
ロシュナ 』
ロシュナさんからの手紙をたたみ、お茶を一口飲んだ。
「アルト、ロシュナさんとハンクさんに
手紙を送るときは教えてくれるかな?」
「うん。でもどうして?」
「僕の手紙も、そこに一緒に入れてくれると嬉しい」
「了解~」
アルトは僕を見て頷き、また手紙へと戻る。
手紙をもらえて嬉しかったようだ。どんな事が書かれているのやら。
次に王妃様からの手紙を読む。多分専属契約について
書かれているだろうと思ったのに……内容は愚痴だった。
最初から最後まで、王妃様の近状報告と愚痴だ!
便箋用紙びっしり、6枚全て!!
王妃様としてそれはどうなんだろう……?
ユージンさんが、生意気だとか
キースさんが、小言ばかり言うとか
サイラスが、ノア嬢に振られて荒れていたとか……。
ジョルジュさんに、せっかく服を作ってあげたのに
青い顔をして受け取らないとか……。
そんな事は……僕にとってはどうでもいい事ばかりなんだけど
なぜか、その様子が想像できて笑っている僕が居た。
「師匠どうしたの?」
「うん? 王妃様からの手紙が面白くてね」
「ああ、俺の手紙にもいろいろと書かれてた」
「面白かった?」
「うん。王妃様って変わってるよね」
「……そうだね」
悲しい事に、否定する事が出来なかった。
王妃様からの手紙を、封筒へとしまってから
王様からの手紙を読み始める。
ロシュナさんと同じように、挨拶そして感謝の気持ちが
綴られており、そして本題へと入っていく。
『多分、リリアの手紙は自分の事だけになりそうだと感じたので
私からも手紙を送っておく事にする』
さすが王様だ。王妃様の事は全て分っているらしい。
まぁ……あの国は、全員が1つの家族みたいなものだから
王妃様が、少々変わっていても……きっと差し支えはないんだろう。
有事になれば、王妃様も自分の役割を果たす事が出来る人だ。
王妃様が、楽しく笑えているという事は
リペイドにとってはいい事なんだろう。
『まず、専属契約の返答を急かしてしまってすまない。
この手紙を受け取っているという事は、セツナの返答が
どうであろうと、専属契約の話は聞いているだろう。
私としては、断られる事は考えたくない。なので、よい返事をもらえたと
仮定して、話を進めて行きたいと思う』
断っていたら、この手紙を読むのが辛かっただろうなと考えて苦笑する。
『特に私達から、依頼するという事は余りないとは思うが
セツナが分けてくれた薬を、生存報告と一緒に定期的に送って欲しい』
お城から出る時に、月光に頼まれて納めていた薬と同じものを
お礼として、置いてきていた。
『次に、勲章は送り返さなくていい。セツナの気持ちは聞いているからな。
だが、将来リペイドで永住しようと決めた時は歓迎するという事を
知っていて欲しい。王としては、仕えてくれる事を望むが
個人としては、飲み友達としても歓迎する。将軍も同じ事を
言っていたぞ』
王様はいいけど、将軍の飲み友達は遠慮したい。
『色々と苦労はあると思うが、
2人が望む場所へ、辿りつける様に願っている』
王妃様とは違い、王様の手紙はほぼ必要な事で纏められていた。
『追記。リリア及び将軍からの依頼は、無視してくれてかまわない』
最後の一文に、思わず笑う。
王様からの手紙を封筒にしまい、冷めたお茶を飲み干した。
扉を叩く音が聞こえ、返事を返すと
クリスさんが、部屋へと入ってきた。
「そろそろ、食事なんだが
都合が悪いなら、もう少し遅らせるが?」
クリスさんが、机の上の手紙に視線を落とす。
アルトはご飯と聞いてすぐに、手紙を鞄にしまいこんでいた。
「いえ、読み終わりましたから。
大丈夫です」
「そうか? なら行くか」
僕も手紙を全て鞄にしまってから、クリスさんと一緒に
部屋を後にした。クリスさんに案内されて部屋に入ると
絨毯の上に、ちゃぶ台が乗っていた。
いや……昭和初期の香りがするとか、そんな感じのものではない。
ダイニングテーブル的なものを想像していたから、意表をつかれた
ような感じだ。
僕達が最後だったようで、謝ると謝る必要はないといわれた。
全員がそろった所で、食事が始まる。
「遠慮しないで、食べてね!」
サーラさんが僕達にそう告げ、アギトさん達がお祈りを済ませたところで
食事が始まる。僕の前にはお箸……。お箸があったんだ。
そうだよね、普通作るよね。簡単に作れるんだから……。
アルトはお箸を一本ずつ両手に持っている。
アギトさん達は、僕達の様子を観察するように見ていた。
僕は心の中で、「いただきます」と呟きお箸を右手に持って食べる。
僕が普通にお箸を使えたことで、アギトさん達がつまらなさそうな
表情を浮かべていた。
「セツっちは、箸が使えたのか」
エリオさんが、残念そうに僕に聞く。
「普通、アルトみたいに両手に持って
食べようとするんだけどな」
ビートがアルトを見て、笑っていた。
アルトが僕のまねをして、お箸を持とうとするが
上手にもてないようだ。
「こういう悪戯は、どうかと思いますけどね」
「もちろん、セツナとアルトだからに決まっている」
アギトさんが、料理をつまみ始めた。
僕はアルトに持ち方を教えながら、溜息をついた。
「おい、フォークくれ~」
お箸で、1口2口食べてから
エリオさんが、メイドさんにそう告げている。
「お箸を使わないんですか?」
「俺っちは、箸苦手なんだよな」
「慣れると、お箸のほうが便利だと思うんですけどね
エリオさんの、お箸の持ち方が微妙に違うので
食べにくいのかもしれないですよ」
「エリオちゃんは、何度言ってもなおらなかったの!」
サーラさんが、可愛い表情で怒っていた。
エリオさんは知らん顔だ。ビートもフォークを頼んでいる。
「アルトもフォークをもらう?」
お箸を使おうと躍起になっているが
料理を口に運ぶ前に落ちるので、アルトの眉間に皺がよっている。
「うーん」
僕を見て、自分の手元を見て悩んでいるようだ。
「お箸は、ゆっくり練習すればいいんじゃないかな」
「うん。フォークで食べる」
クリスさんが、アルトのフォークも頼んでくれた。
「セツナさんは、箸のままでいいのか?」
「はい。僕はこのままで。
お箸は何処にでも売っているんですか?」
「ああ、雑貨屋で売っているが
箸の専門店もあるから、欲しいならそちらに行ってみるといい」
お箸の専門店……。
「この箸も、ハル以外では見たことがないな」
アギトさんとサーラさんは、そのままお箸を使うようだ。
クリスさんもお箸派らしい。
「旅先でも、箸でも良いかと思うが……。
箸はすぐに折れるからな」
アギトさんが、アルトのお皿に食べ物を載せながら
そう呟いている。
そう簡単に折れるものではないと思うんだけど。
僕の不思議そうな視線に気がついたのか
アギトさんが、とてもいい笑顔で答えてくれた。
「そこの馬鹿2人が、馬鹿をした時とかに
思わず力がはいってしまう事が多くてね」
「……」
「……」
僕は、そっとアギトさんから視線を外した。
料理はとても美味しかった。アルトは途中からまた
お箸の練習をしていたけれど、口に入らないと眉間にしわを寄せ
そして、限界に達するとお箸で刺して食べていた……。
その様子を見て、アギトさん達が笑う。
クリスさん達も、同じような事をしていたと言われてまた笑っていた。
家族の団欒。そんな雰囲気の食事に少し胸が痛かった。
日本でも、家族で食卓を囲むことなど殆どなかったけれど。
それでも、父がいて、母がいて、祖父がいて、鏡花がいて僕がいる。
覚えている食事風景は、こんな感じだった。
日本の事を思い出しながら、お酒を口に運び
視線を感じて顔を上げると、サーラさんと目があった。
サーラさんが口を開く前に、アルトが怒ったように僕を見る。
「師匠! お酒飲みすぎ!」
「えー、まだそんなに飲んでないよ!?」
「もう5杯も飲んでる!」
数えてたの?
「……まだ5杯しかのんでないよ?」
「駄目っ!」
アルトに、お酒を没収されてしまった。
エイクさんめ……本当によけいな事を言ってくれたものだ!
アルトは、僕から没収したお酒をアギトさんへと渡していた。
アルトにお酒を没収されてしまったので、仕方なく水を飲む。
「セツナ君は、もう食べないの?
口に合わなかった?」
「とても美味しい食事でした。
でも、もうお腹一杯です」
「そう? 遠慮していない?」
「大丈夫です」
そう言って笑うと、サーラさんは淡く笑い返してくれた。
やっぱり最後まで食べていたのは、エリオさんとアルトで
食事が終わると、暖炉のある部屋へと移動し
暖炉の前にソファーが置かれているが、この絨毯はふかふかで
気持ちがいいのと、サーラさんとアルトは絨毯の上に座っていた。
アギトさんとクリスさんと僕は、ソファーに座り
エリオさんとビートは転がっていた。
メイドさんが、お茶を入れてくれそれぞれの近くに置いてくれる。
2人が転がっている所を見ても、眉1つ動かさないのを見ると
何時もこんな感じなのかもしれない。
「あー。家はいい」
ビートがしみじみ呟く。
それぞれが、のんびりとお茶に口をつけ暖炉のぬくもりに
癒されているようだった。
読んでいただきありがとうございました。





