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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 姫藪蘭 : 新しい出会い 』

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 『閑話 : ヤト 』

* ヤト視点

 人気のない廊下を歩き、リオウと彼を見つけた庭園までたどり着く。

視界がかすみ、体の痛みを我慢する事も限界に近い……。


前総帥から話を聞き、そのあとバルタスからも話を聞いた。

いっそう夢であって欲しいと思うほどの現実に、正直どう歩いていけば

彼女達の未来を守れるのか……その道筋が全く見えなかった。


胸に刻まれている騎士の証にかけて、リオウとサクラを守ると誓ったのに。


フラフラと庭園の中を進む。この時間はほとんど人が訪れる事はないが

人に見つからない場所を選び、樹にもたれかかるように座り込む。

周りは適度な大きさの低木が並んでいて、もし人が通りかかっても分らないだろう。


痛みを逃がすように、ゆっくりと呼吸をし

今日1日あった事を思い出す。


彼が、黒の会議部屋に入ってきた時からずっとその様子を観察していた。

黒の会議に呼んだのは、リペイドとサガーナのことを詳しく聞くため。

彼が、サクラを見て目を見開くが、そういう事は今までもよくあったため

少し不快に思っただけだった。だが……彼がサクラを見ていない事は

すぐに分る。それは、サクラ自身もそうだろう。


彼の視線が、後ろの文字から天井の絵と移動し

そこに書かれている文字を読んだ時、サクラの気配が変化する。

サフィールが、彼に文字の意味を尋ねるが、彼は話そうとはしなかった。


その時、サクラが呟いた。


「私達の……」その言葉と同時に

サクラが能力を発動させる気配を感じ、咄嗟に自分の能力を使い

場を支配し、サクラの行動を縛った。

サクラの能力はなにかはしらない。

しらないが、サクラに能力を使わせるなと言われている。

彼女にも使うなと、言い聞かせてあるといわれていた。

なのになぜ、今能力を使おうとする?


サクラの行動の意味がわからず

考えている時間も今はない。今私が出来る事は

彼女が、能力を使わないように抑えることだけ。


能力を発動させながら、自分が総帥だと彼に告げる。

サクラの歯を食い縛る音が聞こえるが、私の能力は

私を中心に、部屋全体へと行き渡った。


黒のアギトをはじめとする、全員を私の能力下へ置く。

サクラに対して、力を使った事を知られるのは避けたかった。

その理由を問われても、答える事が出来ない。

サクラが能力者だと知っているのは、この中にはいない。


幸い、彼に対して能力を発動したと思われているようだ。

このまま、彼に対して能力を使ったと思っていて欲しい。

だが、私の周りにいるのは黒の紋様を持つもの達。


経験では、私よりも上の人物ばかり

手を抜く事は出来ない。後ほど受ける制裁も覚悟して

本気で彼から情報を聞きだすことにした。


エレノアの表情が、最初の能力の発動以降

変わらなかった事が気になるが……。

もしかしたら気がつかれたかも知れないな。


私の嘘は、エレノアには通用しないから。


「彼女にも、約束してもらっていいですか?」


彼の言葉に、私はサクラと視線を交わす。

サクラは、私を冷たい瞳で見つめながらも頷いた。

サクラを縛りながら、言葉を紡ぐ許可を与える。


彼は、全ての人間から約束を取り付けると

信じられない詠唱を始め、私の能力で場を支配していたにも

かかわらず、彼の動きを口を封じる事が出来なかった。


彼はこの部屋に入る前から、アギトさえも信じてはいなかったのだ。


本気で彼に殺気をぶつける。

黒の制約の一文が、外に漏れているなどあってはならない事だ。

だが……私の能力の支配下で取り交わされた制約は

容赦なく発動していく。詮索しないという制約から

彼に何かを尋ねるたびに、頭に痛みが走る。


その前に、ギルドの信条を無視し彼を縛ろうとした事への

制裁も発動しはじめている。総帥と副総帥の制約は

他の黒の紋様とは、異なる点が多い。


副総帥以上の者達だけが、課せられている制約もあるし

黒にだけ課せられている制約もある。

例えば、若手の育成などは黒独自の制約だ。


そして、サクラやリオウの一族だけに課せられているものもある。


黒の紋様の制裁は、すぐに発動する事が多いが

総帥と副総帥の制裁は、時間をかけて徐々に強くなっていく。

全てが奇麗事で、通せるわけではないのだ。時には信条を

破らなくてはいけない時もある……。


制裁が完全に発動するまでに、必要最低限の

仕事を済ませておく時間が考えられていた。


この制裁を考えた初代は、どんな人間だったんだろうか。


黒の制約を私達に課しただけでなく、彼はサクラが総帥だという事も

知っていて、彼が私と約束した事を律儀に守っていく。

この街の名前の意味、サクラの紋様の意味……。


そして、与えられた記憶だと私達に初代の記憶を見せたのだった。

多分、彼が初代の記憶を一番見せたかったのは私とサクラなんだろう。


「自由意志。素敵な言葉ですね。

 僕は。初代総帥の信条が、この先も続く事を願います」


彼が魔法を発動する前に告げた言葉

それは能力を使った私と、それを止めなかったサクラに言った事だろうから。


サフィールが、最悪の精霊を呼び出し

今まで1度も、見た事がないほどの愛らしさを発揮し

私だけではなく、サクラも驚かせていた彼と精霊の話の後


彼が口にした名前に全員が凍りつく事になる。

サクラが、ジャックを大切に思っていたことを全員が知っている。

だから、サクラがジャックを失った事に喪失感を抱いており

サクラの心がまだ完全にいえていないことを知っていた。


その頃から、サクラの様子がおかしくなっている事も。

だからのこの半年、エレノアとバルタスのどちらかは必ずリシアに

滞在している。


長い人生の中で、人は完璧ではいられない。

途中危うい時期も必ずある。そんな時こそ、普段努力している彼女を

守るのが私達だと、一族の者たちも彼女を支えようとしていた。


エレノアもバルタスも、総帥を支えようと努力していた。


だが、その気持ちはいまだ彼女には届いていない……。

そろそろ限界が近づいている事は、誰もが理解していることだった。


彼が、制約の魔法を知っていた事

サクラが総帥だと知っていた事の理由がわかり、バルタスが溜息を吐く。

黒は全員ジャックに1度は、あっているはずだと言っているが

私は会ったことがない。私が黒になった時にはもう彼は居なかったから。

訂正するのも面倒なので、口を挟む事はしなった。


冷たい声で紡がれるサクラの言葉は、全てが酷いものだった。

自分の耳を疑い、止める事すらも忘れる。

だが……彼は殆どの言葉を肯定した。自分の存在が悪いのだと。


そして、サクラが総帥になった理由を告げ絶句した。

そこまでの想いだったのか? 兄として慕っていたのではなく?

サクラは、今まで一言そんな事を匂わせた事はなかったのに。

前総帥からも、そんな話は聞いた事はなかった。

彼女は、彼と結婚の約束をしていたのだろうか?


その後も、サクラの攻撃はやまない。

止めようと口を挟むが、止まらない。


彼の腕の中にいる、精霊が暴れているのは知っていた。

彼をとても慕っているようだ、彼が精霊を抑えてくれている事が

不思議で仕方がなかった……。


「貴方が幸せになる事を認めない」


サクラがそう言い放ち、部屋を出て行く。

体を痛みに支配されながら、彼に視線を1度向けてから私も部屋を後にした。

彼の瞳は、何処までも静かに凪いでいた……。


「ヤト、貴方を副総帥から解任します」


「……」


「理由は分っているわよね?」


能力の発動が、サクラを対象にしたものではなく

彼を対象にしたものだと認識されているはずだ。

副総帥である私が、理由もなくギルドの信条を大きく外れる行為を

したことによる降格だろう。


「了承いたしました」


「ヤト、私のすることの邪魔はしないでね」


「サクラ!」


サクラの能力はなんだろうか。

何の為に、その能力を使おうとしていた?

彼の何を知りたいんだ……? 彼には記憶がないといっていた。

それでも、あの冷たい目をしていたサクラを思い出すと

彼女は、彼の中の記憶を求めるだろう事はわかる……。


転移魔法で私の前から姿を消すサクラを、追う事は出来なかった。

彼女が向かった先は、権限のあるものしか入れない場所だから


前総帥に全てを報告する為に、体の痛みを無視し部屋を訪ねる。

前総帥の家族が集まったところで、黒の会議の内容を見せる。


私が副総帥を解任された事を伝えると

複雑な表情を見せながらも、前総帥が頷き

オウルさんが、ただ一言「すまない」と呟いた。


私の心を慮るように、リオウが私の手を握ってくれた。

そのぬくもりが、私の心を少し癒してくれる。


サクラの能力が、何かを尋ねると

私が能力のことを知っている事に驚かれたが

彼等も知らないといっていた。ただ、ジャックから絶対に

サクラに能力を使わせるなとだけ言われたらしい。


あの人と同じ事を言う人が居たのだと、何処か不思議に思った。


誰もが顔色をなくし黙り込む中、リオウだけが何かを決意したように

走って、部屋から出て行く。私も退室する事を告げ

自分のできる事に集中する事に決めた。まだ時間はありそうだ。


その後、サクラが部屋に戻っているかもしれないと訪ねるが

気配はあったが、扉を開けようとはしてくれなかった。


自分の仕事を片付け、もう1度サクラの部屋を訪ね

返事がない事に、溜息を付きつつ歩いていると前総帥に声をかけられる。

リオウが戻っていない事を知り、不安になって探しに行くと


倒れているリオウのそばに彼が居た。

彼に会いに行ったリオウが倒れている。

思わず頭に血が上り、剣に手をかけるが前総帥に止められる

だが、剣から手を放す気にはなれなかった。


私達を気にすることなく、黙々とリオウを癒していく。

その時の彼の瞳は、まるでリオウを慈しむ様な光を宿していた事から

リオウに敵意がない事は分っていたが……。なぜか苛立って仕方がなかった。

体の痛みもその感情を助長していたかもしれない。


前総帥が、彼に過去を語り

彼は、それに対して絶望という光を宿した瞳で答えた。


前総帥が、自分の放った言葉に落ち込んでいたが

名前を呼びかけると、表情を暗くしながらも頷き歩きだす。


顔色のよくなったリオウを腕の中に抱き、これから彼女が

命を削らなくてもよくなったことに対して、私は彼に感謝した。


感謝の気持ちを伝えることが出来る日は、来ないかもしれないが。


オウカさんから、長年疑問に思っていたことを尋ねる。

リオウの一族は謎が多く、リオウに何かを尋ねても困ったような

悲しそうな表情で首を振る。話せないことが多いと、溜息を付くのだ。


そんな彼女を見たくなくて、そういう疑問を口にする事はやめていた。

だが……リオウの事、サクラの事を聞いておかなければと思った。

彼女達が何を心の中に抱えているのか……。私は一部しか知らないから。


複雑な想いが交差する中、オウカさんの苦悩も

リオウの選択も、サクラの努力も……無駄にならなければいいと思った。


無駄にしたくないと強く思う。

オウカさんが、私をリオウの伴侶として認めてくれている事を

嬉しく想い、その気持ちに多分こたえることが出来ないだろう事を

心の中で詫びる。私は、誓っているのだ。リオウだけではなく

サクラも守ると……。


オウカさんとバルタスの、覚悟を決めた瞳を眺めながら

私も覚悟を決める。いや、覚悟などすでに決めている。

サクラを殺させる事など、絶対にさせない。


絶望を纏う彼を、更に傷つける事になっても。

彼の命を私が奪う事になっても。


例え、この国を追放される事になろうとも。

リオウと、永遠に逢う事が出来なくなったとしても。


私はあの人との約束を、違う事は出来ない。

生涯唯1人の主君の願いを、違う事は出来ない。

私の騎士の証に……誓ったのだから。


なのに……。

どうして……。


彼を助けたのは、ジャックという冒険者だったはずだ。

なのにどうして、カイルという名前がリオウの口から出てくる。


意識が戻ったリオウから、聞いた言葉に動揺する。


なぜ、私が主君と決めた人の名前を彼が知っている。

以前、前総帥にカイルの事を知っているか聞いた。

彼は知らないと答えていた。だが、ジャックとカイルが

同一人物ではないと、疑う気持ちは沸かなかった……。

今更だが、共通点が多すぎたから。


あの人は死んだのか。彼を助けて死んだのか。

水辺へと……逝ってしまったのか……。


バルタスが持ってきた魔道具から

彼があの人から剣を学び魔法を学んだ事を知った。


なら彼は、私の弟弟子ということになるじゃないか……。

自分を傷つけながら生きている、彼に手を差し伸べるのが

私の役目ではないのか……だが、彼に手を差し伸べる事は

サクラを裏切ったように見えるだろう。

サクラをこれ以上追い詰めたくはない。


サクラの道を、どうやって照らせばいいのか分らない。

どうすれば……彼女を止めることが出来るだろうか

どうすれば……。


「っ……」


体の痛みに、体を起こしている事もできなくなり

冷たい地面に、崩れるように倒れる。

体が痛いのか、胸が痛いのかもうわからなかった。


痛みで意識が朦朧とする中、自分の紋様を見る。


黒の紋様の1/4が消えている。

今回は、まだ警告ですんだことに安堵する。

多分、即、紋様が消える事はないとは思っていたが

不安はあった……この痛みを

何時まで耐えなければいけないのかは、分らないが……。


制裁が警告ですんだ事に、安堵したせいか

私の意識はそこで途切れた。


意識が途切れる瞬間、リオウが優しく笑う顔が浮かぶ。


リオウが彼に伝えた言葉が、彼に真直ぐ届けばいい。

せめて、リオウの言葉が彼に届けばいい。

私はそう願うことしか出来ないから。




-……。



喉の渇きを覚え、うっすらと目を開けるとそこはベッドの上だった。

私の背中を労わるように、優しい手がゆっくりと撫でてくれている。


そのぬくもりに、思わず弱音を吐きそうになるのを

ぐっとこらえた。


「エレノア」


「……君は何をしている」


「……」


「……」


「母上」


「……なんだ」


「私をここに運んでくれたのは

 母上ですか?」


「……そうだ」


なぜか、幼い頃から私がどこかで動けなくなっていると

母がいつの間にかいて、私を家へと連れて帰ってくれる。


この部屋に戻ってくるのは、本当に久しぶりだ。

母上と呼んだのも……久しぶりなような気がする。


ギルドでは、副総帥のヤトであり、黒のエレノア。

親子であっても、母は私と距離を置いていた。


なのに、やはり倒れていたら来るんだな。

その事に、なぜか笑いがこぼれた。


痛みが残る体を、起こし枕に背を預けながら

母と視線を合わせた。


「私はもう幼い子供ではありません

 そのまま、捨て置いてくれてもよかった」


「……ここは、君が帰ってくる家だ」


「……」


「……ここでは、私が君を守ってやれる」


「私は、もういい大人です。

 自分の事は自分で守れます」


「……そういう言葉は、倒れなくなってから言うといい」


「……」


「……ヤト。総帥は何を探している」


「何のことですか?」


「……私もバルタスも気がついている。

 アギトとサフィールは、冬の間しか戻ってこないから

 知らないだろう。ヤト、彼女は何を探している?」


「わかりません」


いや、本当は知っている。

彼女が、ジャックの死から必死に何かをしているのを

そばで見ていたのだ。


「……君はなぜ、彼女をかばう。副総帥だとしても

 そこまでする必要はないだろう。

 君が心を寄せているのは、リオウだろう?」


俯き何も答えない私に、母が水を入れたグラスを渡してくれる。

その水をゆっくりと飲みながら、喉の渇きを潤す。


母は、近くの椅子に腰掛け足を組んでいた。

その姿は、息子の私から見ても優雅だ。

貴族の血を引いていながら、私を生み育てる為に家を捨てた。

優秀な騎士を輩出する家だったらしく、母も幼い頃から

騎士になるべく育てられたらしい。


1人の騎士と結婚し、私を身ごもるが

その騎士は殉職。


お腹の子を下ろして、後宮へ入れと当時の王に言われたらしい。

後宮に入り、側室としてそして、王の騎士として仕えよと。

母はそれを拒絶し、この国へと逃げてきて冒険者になった。

表向きは、実家から勘当という事になってはいるが

逃亡に手を貸したのは、母の父親、私の祖父だったらしい。


だが、支援は一切なかったそうだ。

国を支える騎士の家系、祖父もそれなりの立場のある人だ

母の逃亡に手を貸すだけでも、大変だっただろうなと今では思う。

子供の頃は酷く恨んだ事もあった。


1人で私を育てる。それはどれほど

母にとって過酷な事だったんだろうか。

私が居なければと、何度思った事だろうか。


母は、余り表情を変えないが

それでも、私との生活は悪くないと

時おり笑ってくれる笑顔が好きだった。


母を追って、騎士団を脱退し同じように冒険者になった

人達が母の周りに集まり、妙な趣味に嵌って行き

今のチームが出来上がった。世界最強の武器と防具を作るとか

そんな夢物語のような事を、追いかけている母達が私は好きだった。


私はもう、チーム剣と盾は抜けてしまったが……。

あの時の、記憶は今でも色あせてはいない。


実験と称して、使えない武器を持たされ

魔物と戦わされた事も、一生忘れない。


「……くだらない事を考えてないで

 質問に答える」


まるで私が考えている事を、見透かしているように

呆れた視線を私によこす母。


「話せる事はありません」


「……質問をかえるか?

 君が、彼女達を守るのは

 君が、騎士の証に忠誠を誓った人の為?」


私の心臓の辺りを指差す母。


「……君の心臓の真上に彫られた騎士の証。

 その中に刻まれた、契約の花」


どうやら、見られてしまったようだ。


「そうです」


「……君は何時の間に、主を定めていたのやら」


苦笑するように笑う母。


「……君が、騎士の証を彫っていた事にも驚いたが

 主を定めていた事も驚いた。私は君を騎士にするつもりは

 なかったのだが」


「私は、貴方を尊敬していますから」


騎士の人生を、私のために捨てながらも

騎士としての生き方を捨てる事はなかった母。


騎士姿の母を見た事はない。

見た事はないが、颯爽と人の為に戦う母の姿に

子供の頃、何度憧れを見ただろう。


「……それはありがとう。

 だが、冒険者としてだけでよかっただろう?」


「自分でも、よくわからないのですが

 あの人と出合った時、なぜか刻みたくなったんです」


騎士の証を心臓の上に彫ったのは、憧れ。

だが、あの人と出逢ってこの人が自分の主だと心が訴えた。

だから、頼み込んで騎士契約をしてもらったのだ。


あの人は、竜騎士の契約じゃあるまいし……と

微妙な表情を浮かべていたけれど。


「……騎士の血か……」


「そうかもしれません」


「……君が主と出会ったのは

 君が黒になるか悩んで、旅に出ていたとき?」


「……」


母の問いに、脳裏にあの人がよみがえる。


ギルドマスターから、そろそろ黒になるつもりはないかと

問われたのは正直嬉しかった。だが、当時の私は周りの黒と比べても

劣っていたし、母と模擬戦闘をしても4本に1本しかとる事が出来ない。


そんな私が黒になったところで、何が出来るというのだろうか。

そんな鬱々とした悩みを、抱えながら暮らしていた時

母からある程度の金と旅の袋を渡されて、家を追い出されたのだ。


『……暫く1人で、生きてこい』


そういえば、冒険者として登録してからすぐに母のチームに

所属したので、1人で旅をするという事はなかった。


ハルの学院を卒業し、冒険者となったと同時に

母が私に干渉してくる事は一切なくなった。

全てが自己責任。己の頭で考え、己の意志で動けこれが母の信条。


それまでも、余り口出しする事はなかったが

やはり、私が間違った道を選びそうになった時は

力ずくで、正しい道を説いてくれた……。


半分……死にかけてはいたが。

そんな私を、様々な所で助けてくれたのが今の義父だった。

感謝してもしきれない。そんな母が、口を出した。


私はよほど酷い顔をしていたのかもしれない。


船に乗り、余り足を踏み込んだことがない北の大陸へと向かう。

チームで旅する事と、1人で旅することの違いに最初は戸惑いつつも

数ヶ月して、1人の旅にもなれてきた頃に大型の魔物に襲われた。


何かに気をとられて、集中力を欠いていたところを

攻撃されたのだった。剣を抜く暇も魔道具を使う暇すらなく

腹を貫かれた後、大きく吹っ飛ばされる。


北の魔物には、気配がないものが居ると知識では知っていたが

遭遇するのは初めてだった。


これはもう駄目だなと、半分諦めながらも

剣を抜くが、立ち上がる事が出来ずに体が沈む。


魔物が近づくのを感じながら、ここまで育ててくれた母に心の中で詫びた。

やはり、私は黒になる資質はなかったようだ……。


『俺っの拳は~♪ 骨をも砕くぅ~♪』


目を閉じようとした時、妙な声が聞こえたと思ったら

私を襲った魔物が、骨を砕かれて死んでいた。


魔物同様、人の気配などなかったはずだ。

一瞬で大型の魔物を殺してしまうほどの人間……それも素手で。


きっと死に際に見るという、自分に都合のいい夢だろう。

誰かがそんな事を話していた気がする。


だが、その人は私に話しかけてきたのだった。


『おい、お前、殺してやろうか?』


普通は、反対じゃないのか?

助けるかどうか聞かないか?


『できれば、生きたいが……。

 だが……この傷ではもう無理だ』


『なに!? お前自殺願望者じゃなかったのか!』


『違い……ます……』


何処をどう見れば、自殺願望者に見えるというのだろう。


『こんな危険な森に、1人で入っていくからよー。

 死にたいのかと思ったぜ。あの魔物は、獲物を甚振ってから

 食うからな、流石にそんな場面見たくないだろう?

 だから、俺が殺してやろうかと思ったんだが、違うのか』


『……』


『ああ、なら先に治しちまうか』


そういうと、信じられないぐらいの魔力を練り上げ

風の魔法で、私の怪我を見る見るうちに治していく。


『それで大丈夫だろ?』


『は……い。ありがとうございます』


こんな力技のような、風の魔法を使われたの初めてだ。

繊細さの欠片もない……。だが、傷は全ていえていた。


冒険者かと思い、手の甲をみるが

何の紋様も浮かんでいなかった。

これほどの魔力がある人間が、何故こんな所にいるのか

不思議に思いながらも、彼にその事を尋ねる事は最後までできなかった。


彼に助けられた私は、森の奥にあった彼の家でやっかいになる。

口も態度もわるいが、彼の人となりを知るにつれて何処か惹かれていった。

その強さに、魔力に……幼い子供のように憧れた。


私の旅の目的を告げると『自分探しかよ』つまらないといわれた。

命を助けられた事への恩は、命で返すという事を伝えると『重い』といわれた。


そして十分動けるようになった頃、『帰れ』といわれた。

私はその時、帰るつもりなど更々なく彼を主と定めていた。

その事を告げると、お前は『犬』かといわれた


それでも引き下がらない私に、苦笑しながら言ったのだ。


『命の借りを、命で返してくれるのはいいけどよ

 お前、俺より弱いよな。お前が死に掛けるたびに、俺が助けて

 お前はその恩を積み重ねていくのか? そして最後は腹を切るか?

 自分のふがいなさを嘆いて。俺は強い。騎士なんていらねーんだよ』


言い返す事も出来ずに黙っていると、溜息を付き


『お前は弱すぎるから、俺が鍛えてやるよ。

 騎士はいらね。お前は俺の弟子、それでいいだろ?』


長年生きてきて、弟子を取るのは初めてだなと呟いていた事から

彼は結構な年なのかもしれないと感じた。

頑なに師と呼ぶのも、師匠と呼ばれるのも拒絶したカイル。


人には名前というものがあるんだ、名前を呼べ名前をといって

カイルと呼ぶ事になった。


彼の、カイルの弟子になって3年ほど共に過ごしただろうか

戦い方を教わり、様々なことを教わった。カイルは恐ろしいほど

博識だった。女遊びにも連れて行かれたし、恐ろしいほど酒も飲まされた。

気に入った酒は、店を買い占めるかのごとく購入し非常識な鞄に

詰められていた……。3年という期間は、私にとっては短かった。


私も、それなりに強くなり、カイルには1度も勝てた事はなかったが

それでも、今の黒と比べてもいい勝負を出来るだけの力はついた頃


カイルに冒険者に戻れといわれたのだ。

私は、カイルの騎士だから傍を離れないということを必死で伝えるが

カイルは頷かなかった。


『俺が見ても、お前は強くなった。そう簡単に死ぬ事はないだろう。

 お前が、俺に命を預けるというのなら、俺の変わりに守って欲しい奴らがいる』


『私は、カイルの騎士だ!』


『俺は騎士を必要としていないといっただろ?

 俺の娘……娘同様の奴がいる。その2人を守ってくれ。

 お前は黒になれるだろう。なら、あいつらの傍にいて

 助けてやってくれ、2人の行く道が楽になるように手を貸してやってくれ

 2人のうち1人が、いつか総帥になるだろう。その時、お前が総帥を守れ』


カイルは総帥家族と親しい関係だったのだろうか……。


『俺はもう、あの街には戻らないって決めたからな』


そう言って悲しそうに笑った。

なぜ、街に戻らないのか、その理由を聞く事は出来なかった。

その目が聞くなと言っていたから。


『総帥というのは、籠の鳥だ。

 あの一族の、上部は様々な枷がかけられている。

 だからこそ、家族以外に信頼できる人間が必要だ。

 お前がその存在になれ』


『……』


『主の大切なものを守るのは不服か?

 守ってくれないか? 俺の娘達を』


そう、頼まれれば断ることなど出来ないではないか……。

冒険者に戻ることを条件に、騎士契約をして欲しいと願った。

『竜騎士契約かよ』と渋っていたが、契約を交わしてもらえた。


生涯唯1人の主を、私はここで得たのだ。


別れ際に言われた言葉。


『サクラという娘は、能力者だ、だが絶対にその能力を使わせるな。

 お前の能力とは相性がいいだろう。

 あいつにも、あいつの家族にも言い聞かせてはあるが

 魔がさすということもある。そんな時は、お前の能力で封じ込めろ。

 頼んだぞ』


『御意』


『やめろよ! お前! 騎士みたいだろうが!』


『……』


別れが寂しくないといえば嘘になるが

カイルは、気にすることもなく手を振って消えたから

仕方ないかと諦めることが出来た。


私の胸には、彼から託された願いが刻まれている。

それは命をかけて守り通すという誓い。


3年間も、ギルドに立ち寄ることなく過ごした私に

母は心配しているだろうと、その時に気が付いた。

連絡を取ろうという、考えすら浮かばなかった。


ハルに戻った私を見た、母は……博物館にある顔を覆う面というものの

鬼面のような表情をしていた……。何時も表情の変わらない母だけに怖い。


鬼面のような顔で、剣を抜き手加減することなく剣を振り下ろす。

3年前なら、吹き飛ばされていただろうが、母の剣を危なげなく受け止める。


『……連絡ぐらい、いれるべきだろう?』


『申し訳ありません』


心の底から謝る。


『……』


『……?』


剣をあわせながらも、表情を緩め笑みを見せた母に首を傾げる。


『……強くなった』


私が強くなったことを、心から喜んでくれた母。


『……よく戻った』


『ただいま帰りました。母上』


その後、ギルドを長期間離れていたことで

ランクを下げられるかと思ったが、母との戦闘を多くの冒険者と

黒達もみていたことから、ランクを下げられる事はなく

数ヶ月依頼をこなした後、黒のランクへと上がった。


3年の間に、総帥が入れ替わっており

カイルが話していた、リオウとサクラとも会うことが出来た。

その後、前総帥にギルドで働かないかと誘われ

そのほうが、2人を守りやすいので悩むことなく了承する。


母は、胡散臭そうに私を見ていたが

反対する事はなかった。


カイルに、『かわいいぜぇ~。惚れるなよ?』と釘を刺されていたのに

私はリオウに、心を奪われることになる。


カイルとの約束は、2重の意味で私の大切な誓いとなった。


-……。


3年間の私の生き方を、母に話すつもりはない。

彼の願いも、私の誓いも語るつもりはない。


だが、母は納得しないだろう。

1度深く息を吐き出し、簡単に当時の事を話す。


「そうです。

 命を落としかけていた、私を救ってくれました」


「……腹部にあった傷か。

 よく生きてたな」


「死を覚悟しました」


「……命の借りを、命で返すか」


「はい。ただ、彼は強いので

 騎士はいらないといわれ、余りにも私が弱いので

 弟子にしていただきました」


「……そうか」


「はい」


「……なぜ、主のもとを離れた」


「それが、彼の願いでした」


「……君が、私達のチームを抜け

 ギルドで働き出したことに、関係があるのか?」


「話せません」


「……」


「……」


「……己の行いに、恥じる所はないのだな」


「ありません」


母の目を真直ぐに見てそう告げる。


「……そうか、なら私は何も言わない。

 己が信じる道を進め」


母も真直ぐ私を見つめ、そう言葉にした。


「申し訳ありません」


「……何故謝る」


「私は……」


厳しい表情で私を見ていた母の表情が

悲しそうに、歪んだ。


「……君が決めたことだろう。

 君が己が意思で誓いを立てたのだろう。

 己の心に恥じることがないのなら、謝る必要はない。

 君がこの国を、追放になろうとも。

 誰かのために、守るべきもののために

 泥をかぶると決めたのなら、それを貫き通すがいい」


「……」


「……私達の事は、心配しなくてもいいのだから。

 私は、君を信じている」


答えることが出来ない私に、それ以上何も言わず

母は、静かに部屋を出て行った


私は自分の胸の上に右掌を乗せる。


私の師であり、主であるカイル。

その彼が命をかけて助けた、セツナ……。


『もしよ、お前の前に弟弟子が現れたら

 酒ぐらい奢ってやれよな』


『そんな予定が?』


『ない!』


『……』


『ないが、もしもがあるだろう?

 俺も、先のことをはわからないしな。

 まぁ、俺が弟子を取ったらお前の事は話さない』


『なぜ……』


酒を奢ってやれといいながら

どうして、話さないのか意味がわからなかった。


『偶然の出会いってのが、面白いだろう?』


『それは、出逢わない確率の方が高いのでは?』


『それはそれで、縁がなかったんだろうさ』


『この広い世界で、たった1人の弟弟子と

 出逢う可能性は、ほぼ0に近いと思います』


『だからこそ、お前の前に姿を見せたら

 酒を奢ってやれって、いってんの』


『そんな日が来たら

 カイルのことを悼みながら飲みますよ』


『俺を勝手に殺すな! 俺は死なない!』


『確かに、そう簡単には死にそうにないですね』


そう言って2人で笑った。


彼とは……。


酒を酌み交わすことも。

共にカイルを悼むことも、出来そうにない。


その反対に、私は彼を更に傷つけるかもしれない。

許して欲しいとは言わない。言えない。


「すまない……」


彼の絶望に満ちた瞳を思い出し

自分の存在を、自分で否定している姿を思い出し


届くことのない言葉が、口から漏れる。

助けてやれなくてすまない。私はサクラを選ぶから。


「……」


哀しみと、痛みと、無力感で押しつぶされそうになる心を

私は必死に、立て直すのだった。





読んでいただき有難うございます。




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2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
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