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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 姫藪蘭 : 新しい出会い 』
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 『閑話 : ハルマン 』

* セツナ視点

 リオウさんの転移魔法でギルド本部へと戻ってきた僕達を

一番最初に見つけたのは、アギトさん以外の月光のメンバーだった。


「セツナ君、何処に居たの!?」


サーラさんが、僕を心配そうに見つめながら僕の腕を握った。

クリスさん達を見ても、僕を気遣うような色を見せている事から

アギトさんが、家族で僕を探していたのはサーラさん達に

状況を説明する為だったんだろう。


「大丈夫ですよ」


僕の言葉の真偽を探るように、僕の目を見つめる。

暫く僕の腕を強くつかんでいたけれど、サーラさんは

淡い笑みを見せて、僕から離れた。


「よかった……」


ほんとに心配してくれていた、サーラさんに頷き

見当たらないアギトさんのことを尋ねた。


「アギトさんは、何処へ?」


「おやじちゃん達が、目を覚ましたから

 様子を見に行ったの」


「他の黒の方は大丈夫だったんですか?」


「わからないわ。いきなり倒れたから

 吃驚したけれど……」


「大丈夫なの。死にはしないのなの」


「そうなんですか?」


「……もしかして、ちびサフィちゃん?」


「私は、フィーなの。ちびサフィちゃんなんて

 名前じゃないのなの」


「……」


クリスさん達が、少し僕から距離をとるように後ろへと下がる。

どうやら、フィーといろいろあったようだ。


「フィー?」


僕が先を促すと、フィーが素直に頷く。

その様子を見て、エリオさんが、偽者が居ると呟いていた。


「制約を破ったからといって、すぐに強い制裁が

 発動するわけではないのなの。そんな事になれば

 黒はすぐにしんじゃうのなの」


「そうなんだ。フィーは物知りだね」


僕の言葉に、フィーは顔を赤らめて照れていた。


「……絶対偽者だ」


エリオさんが、疑いの眼差しを向けていた。


「フィーは、サフィと契約した後に

 黒と契約していた、精霊に色々聞いて勉強したのなの。

 でも内容はしらないのなの」


「フィーは努力家なんだね」


「えへへなの」


どうやら、制裁には何段階かあり

今回は、そうきつい制裁は発動しなかったようで安心した。

彼等の僕に対する質問は、僕自身のことではなく

彼等の趣味……というか、そういう感じの問いかけだったから

こんな事で、意識不明とかになられても困る。


もう少し落ち着いて、1人1人聞いてくれていたなら

僕も逃げようとは思わなかったかもしれない。

僕自身も、きっと黒の人達につられる様に舞い上がっていたのかも。


「セツナ、取りあえず金貨を

 受け取りたいから一緒に来て」


リオウさんに腕を引かれながら、受付へ行くと

ナンシーさんも、ほっとしたような笑顔を僕に見せた。


「あの騒動を、止められなくてごめんなさい」


「いえ……あれは、きっと誰も止められないかと」


「そうよね。私もそう思うわ」


ナンシーさんが、あっさりと肯定した。


「ナンシー、セツナを連れてきたわ。

 私に報酬をくださいな」


「リオウは、冒険者じゃないんだけどね」


そう言い苦笑しながらも、金貨一枚をリオウさんに渡していた。


「ハルマンが言ってたじゃない。

 だれもでもいい!! セツナを連れて来れたものに!

 黒が金貨一枚を払う!!」


リオウさんは、ハルマンさんの真似をしながら告げる。


「ハルマンも少し、おかしかったから……」


「少しじゃないと思うけどね」


「……」


ナンシーさんがハルマンさんを、フォローしていたが

リオウさんがばっさりと切っていた。


サーラさん達はというと

アルトに何処に居たのかと聞いている。


「海の中」


「海の中?」


「うん。師匠が魔法で水が入らないように結界を張って

 その中に居たんだ! 魚が一杯いてすげーーきれーだった」


アルトが、耳と尻尾でその素晴らしさを表現していた。


「海の中……」


「そんな所探せねぇよ!」


「わたしも海の中を見てみたい!」


「俺っちも見たいな」



それぞれが、セツナに呆れながらも

アルトの語る海の中の話に興味を引かれているようだった。


「あ、ナンシーさん。

 俺、これ持ってきたんだ」


アルトがキューブをナンシーさんに手渡す。


「あの時入れ物がなかったから、仕方なくキューブに

 入れてもらったけど、中身は俺に返して欲しいんだ」


「いいけど。手数料がかかるわよ?」


「どれくらい?」


アルトが情けない顔で金額を聞いている。


「銅貨3枚ね」


「それなら大丈夫!」


安心したように、尻尾を振るアルトに

ナンシーさんが、穏やかに微笑み中身を聞いた。


「この中には何が入っているの?」


「ホリマラ貝」


「……」


「……」


多分、全員が耳を疑ったに違いない。


「俺、それを焼いて食べるんだ!」


アルトがそう告げた瞬間、ナンシーさんとリオウさんが絶叫した。


「食べないで!?」


「焼かないで!?」


「おい、セツナ。

 アルトが、非常識一直線に育ってるぞ」


ビートが、溜息を付きながら僕に告げる。

しかし、アルトは何時の間に貝などとったんだろう?

結界からは、一歩も出ていないし出る事も出来ない。


「アルト、ホリマラ貝なんてどうしたの?」


「師匠がリオウさんと、話している間に

 水の精霊が、珍しい貝があるからってくれたんだ」


「へぇ、フィーとにらめっこしてたんじゃなかったの?」


「ずっとはしてないのなの」


フィーもアルトも大人しいと思ったら

別のことに夢中だったのか。


「俺は外に出れないから、フィーがキューブを

 水の精霊に渡してくれて、中に入れてくれた。

 水の精霊が、この貝は人間がおいしいーって言っていたから

 あげるって、くれたんだ!」


アルトは嬉しそうに話す。


「食べちゃ駄目!」


「焼いちゃ駄目!」


ナンシーさんとリオウさんが、必死にアルトを説得しようとしていた。

ホリマラ貝は、とても美しい貝として有名だ。貝の内側を加工して

装飾品にする事が多い。魔道具の素材にも適している。


だが……その大きさが半端ではなく、海から引き上げるもの大変だ。

キューブに入れるとしても、人間は水の中では話せない。

小さいものは、浅い所でたまに見つける事ができるようだが

その質は大きいものに比べると、下がるようだ。


大きくなればなるほど、深い場所に居る。

僕のような結界を作って、もぐる事も出来るけど

水が入らないようにし、水圧に耐える強度を保ち

酸素を常に送り込まなければいけない上に、魔物からの

攻撃をも防がなければいけないとなると、魔力を湯水のように

使う事になる。だから、大きいホリマラ貝は高値で取引されている。


「アルト、どれぐらいの大きさなの?」


「えーっと」


アルトはキョロキョロと周りを見て、サーラさんを上から下まで見た後

1度頷き、サーラさんぐらいといった。サーラさんの身長は

大体、156~158ぐらいじゃないだろうか。


大物だ。水の精霊もよく見つける事ができたなぁ……と感心する。


「……」


「……」


「アルっち……流石にそれは売ろう」


全員が売るように、アルトを諭すが

アルトはかたくなとして頷かない。


「すごく大きな貝だったんだ!

 食べたら美味しいって、水の精霊が言ったんだ!

 エリオさんに、焼いてもらおうと思っていたんだ!」


エリオさんは、アルトの視線を真直ぐに受けて「うっ」と

声を詰まらせていた。


ナンシーさんとリオウさんが僕を見る。

アルトを説得しなさいと、その目が言っていた。

確かに、冒険者としては売った方がいいとは思う。

アルトの財布の中も、そろそろ無くなる筈だし

食べてばかりでは、稼ぐ事が出来ないのだから。


アルトの耳は寝ていたし、皆から売るべきだといわれて

その目は悲しそうに潤み始めていた。


それを見て、全員が視線を彷徨わせ始めている。


「アルトの好きにすればいいのなの」


フィーはアルトの味方のようだ。


「水の精霊は、アルトとセツナを喜ばそうと思って

 持って来たのなの。貴方達が口を出す事ではないのなの」


フィーが僕の腕の中から、不機嫌そうに口を挟んだ。


「僕も?」


僕がフィーを見て問うと、フィーが頷いてアルトが答えた。


「俺と師匠にって、くれたんだ」


「そうなんだ。

 まぁ、食べればいいんじゃないかな」


僕の言葉に、ナンシーさんとリオウさんは悲鳴を上げ

クリスさん達は、やっぱりなという顔をしていた。

アルトは満面の笑みだ。


「アルト、外側は売ればいいんじゃない?」


「外側?」


「そう。魔道具の素材や装飾品になるのは

 貝殻だから、外側だけ売ればいいんだよ。

 その大きさなら、金貨15枚ぐらいになるんじゃないかな」


多分丸ごと売ると、金貨35枚ぐらいにはなると思うけど

あれだけ大きな貝だから、色々と手数料を取られるだろうな。

貝は、帆立貝みたいな大きな貝柱が美味しいらしい。

貝の中身も高級食材だが、ナンシーさん達はどうにかして

貝殻の方を欲しがっているようなので、そういう提案をしてみた。

ギルドで使うのかもしれない。


「うーん」


「そうよ。外側だけでも売って欲しいわ!」


「外側だけでも、売って頂戴!」


ナンシーさんとリオウさんが、立ち直りアルトを見ていた。


「いいよー。だけど、中身は全部俺に返してくれる?」


「ええ……。でも、報酬は格段に下がるわよ?」


「別にいい。それでも金貨15枚ぐらいになるんでしょう?」


「そうね……それだけの大きさのものなら」


「なら、それでいい。師匠に5枚、俺に5枚、フィーに5枚……。

 師匠に生活費として……3枚わたすから、俺の取り分は2枚もある!」


アルトがブツブツと、自分の取り分を計算していた。


「フィーは……もごもご」


フィーがいらないというのを、口を手で押さえて止めた。

僕を上目で見て、首を傾げる。サーラさんが、かわゆいっと

悶えているが、フィーに触れようとはしない。


「フィーが手伝ってくれたから、得る事が出来た貝だからね。

 フィーにも受け取る権利があるよ」


「だけど、フィーは精霊なの」


「それは関係ないでしょう」


「……」


「セツナ君、アルトから生活費を取ってるの?」


サーラさんが、不思議そうに僕を見た。


「そうですね」


「どうして?」


アルトには聞こえないように、簡単に魔法をかけてから話す。


「将来アルトに、大金が必要になったときのために貯蓄してます」


「……」


「多分、僕のお金から出すといっても

 受け取らないでしょうから。自分の稼いだお金なら

 そう罪悪感を感じることなく、使えるでしょう?」


「そうね……」


「僕はこの考えが浮かんだ事を褒めたいですね!」


「自分で自分を褒めるの?」


サーラさんが笑う。


「ええ、もしあの時思い浮かんでいなかったら

 全ての報酬は、アルトのお腹の中に消えていたでしょうから」


「……」


「……」


「そうね……。私もいい考えだと思うわ。

 そういうところは、セツナは母親ね」


うふふっとサーラさんが笑い、アルトがサーラさんを見て

首を傾げていた。


「セツナ、悪いんだけどハルマンにあってくれないかしら?」


ナンシーさんが、懇願するように僕を見た。


「ああ、そうですね。僕も配慮が足りませんでした」


「いえ、セツナが謝らなくてもいいと思うわ。

 あの仕事だけなら、問題はないから……。

 取りあえず、あの転移魔法陣からハルマンの所へと

 いけるから、行ってくれるかしら?」


はいと言って、歩きだそうとしてアルトを振り返る。

サーラさんが、アルトは私達が一緒にいるからと言ってくれた。

アルトを見ると、アルトも頷いていた。


「クリスさんが、向こうのお店で

 カキ氷ていうのを、食べさせてくれるって!

 師匠、冷たいんだって! 俺初めて食べる」


アルト……。

いつか、食べ物で連れ去られないか心配だ。


「よろしくお願いします。

 請求は後で僕にお願いします」


「気にしないでほしい。

 アルトの反応も気になるしな」


クリスさんの言葉に、サーラさんがうんうんと頷いている。

僕も少し見てみたい気がするが、ハルマンさんが死なないうちに

助けなければ……。


「アルト、サーラさん達の言う事をちゃんと聞いてね」


「うん、師匠いってらっしゃーい」


尻尾を振って僕を送ってくれるアルトに、苦笑し歩きだそうとするが

腕の中にフィーがいることを思い出して、アルトにフィーを渡した。


「フィーも一緒に、かき氷を食べてくるといいよ」


「わかったのなの」


フィーが大人しく、アルトに抱っこされているのを見て

エリオさんが……またつぶやいていたけど、クリスさん達の笑顔は

凍り付いていた。何があったんだろうか。


「フィー。クリスさん達とも仲良くしてね」


「……セツナのお願いなら、仕方ないのなの

 気が進まないけど、仲良くしてあげるのなの」


そう言って可愛く笑うが……あの笑い方は

余り良い事は考えていないだろうな。まぁ、アルトが居るから大丈夫かな。

クリスさん達が、僕に行かないで欲しいというような視線を向けているが

気がつかなかった事にして、僕は転移魔法陣へと移動した。


その部屋は、とても広く倉庫のような場所だった。

いや、倉庫なのかもしれない。キューブがたくさん置かれていたから。


その中央辺りで、ハルマンさんが背中を丸めて魔道具を起動させていた。


「明日は……で。それが終われば次に……。

 昼は……だ。夜は……」


薄暗い部屋でブツブツと、明日の予定を繰り返している。

その予定に、休憩時間というものはなかった。

後姿が、怖い。


「ハルマンさん」


僕の声に、勢いよく振り返り血の気のない顔で僕を凝視した。


「セツナ君!!!!!!」


そして、涙を流しながら僕の傍へと走ってきたのだった。


「****!********!!!!!」


もはや何を話しているのか分らない……。

僕はハルマンさんの背中を軽く押して、机と椅子がおいてある場所へと

移動し、鞄の中からカップを2つ出してお茶をいれた。


「一息ついてください」


「し……しごとがまだ。

 明日の書類もまだ。明日は……」


「……」


こう……心の中で、謝った。心の底から。

もう少し、ハルマンさんの状況を理解して魔道具を作るべきだった。


「申し訳ありません」


僕の謝罪に、ハルマンさんが疲れた顔をして首を横に振る。


「いや、セツナ君が作ってくれた魔道具は何の問題もなかった。

 こういう状況になると、想像できなかった私の問題だ」


そう言ってハルマンさんが、ここ数ヶ月の事を話しだした。


「前の時使いは、3日仕事したら1日休みというように

 ある程度、時間を自由に使いながら仕事をしていたから

 私も出来るだろうと思っていったんだ」


「それは……」


「そう。彼の仕事はキューブに魔法をかけること。

 それ以外の時間は、自分の研究に没頭していた。

 こう言っては何だけど、ギルドで働きたいという人間は

 中々多いんだよ? 給料も安定しているし、色々な特典もある」


日本で言う所の、福利厚生がしっかりしているいうことだろうか。


「女性が、将来結婚したい人の職業1位に

 輝くほどの仕事なんだよ! セツナ君には断られてしまったけどね」


そう言って肩を落とすハルマンさん。


「申し訳ありません」


ハルマンさんは、責めてはいないんだよと笑った。


「最初は問題なく、両立できていたんだよ。

 だけど、私の仕事は各国に赴く事も多くてね。

 5日以上、リシアを離れる事もある……んだ」


それは……。


「1日、2日僕が魔道具を使わなくても

 大丈夫な量はあるけど、ある時から出張が多くなって……。

 帰ってみると、山のようなキューブが……。毎日、毎日、毎日

 時間を見つけては魔道具を使って魔法をかけて、休日も返上して

 魔法をかける……やっと終わりに近づいたと思ったら、また出張。

 帰ってきたら、終わりが見えていたはずなのにまた増えているんだ」


「……」


そう語るハルマンさんの目は暗い。

例えるなら……あれだ。あれ……。

そう、死んだ魚のような目!


「私は頑張ったと思うんだよ!?

 逃亡してもすぐに捕まる! 夜寝ていても

 足りなくなりそうだからと起こされる!!

 私にも、休息が……休息が必要だ!」


逃亡したんですね……。

リオウさんが、ハルマンさんのことを優秀だと言っていた事から

元々忙しい人だったんだろう。忙しい所に、ハルマンさんにしか

出来ない仕事が増えた。


どちらの仕事にも、ハルマンさんが必要だったに違いない。

話し終えたハルマンさんは、抜け殻のようだ……。


抜け殻のようなハルマンさんに、声をかける事はせず

倉庫の中をまわる。右側のキューブは魔法がかけられている。

左側のキューブはまだのようだ。


倉庫の中央に魔法陣が刻まれており、魔法がかけ終わったものは

自動的に右側に転送されるようにできていた。その後、左側のキューブが

この中はいる仕組みになっているのだろう。


もう面倒だから、この部屋にキューブが運ばれてきたら

自動的に魔法がかかるようにしてしまおう。

魔力は、補ってもらわなければいけないけれど。

ずっと壊れないのも非常識なので、3年に1度更新という形でいいだろうか。


僕の詠唱の声を聞きつけ、ハルマンさんがこちらを振り返る。

部屋全体に、大きな魔法陣が浮かび上がった事に驚き席を立った。


「セツナ君?」


左側に魔法がかかっていないキューブが

集まるようにできているから

その魔法はそのままにして、その場所で魔法がかかり

かかったものから、右側へ転送されるようにしておいた。


僕の詠唱が終わり、魔法陣が刻まれると同時に

左側のキューブが次々に、右側へと転送されていく。

その光景を、ハルマンさんが目を見開いて眺めていた。


「セツナ君……どうなっているんだい?」


「この部屋にキューブが転送されてくると同時に

 キューブに魔法がかけられるようになっています。

 魔法がかけられたキューブは、右側へと転送されます」


「……」


「魔力を補ってもらう必要はありますが

 ハルマンさんが、この仕事をする必要はもうないですね」


「本当に?」


「はい」


「は……ははははは。はははははは!」


ハルマンさんが笑い出し、仕事から解放されると叫び

僕を褒め、そして座り込んだまま動かなくなった。


「ハルマンさん?」


声をかけて揺らすと、体が傾いだ。

慌てて、ハルマンさんを支えるが……ハルマンさんから聞こえてきたのは

ぐぉぉぉーーーっといういびきだった。


どうやら、安心して寝てしまったようだ。

もう1度心の中で謝り、ハルマンさんに癒しの魔法と能力を使い

蓄積された体の疲労を癒した。これで明日の朝は、元気になっているはずだ。


寝てしまったハルマンさんを、支えるようにして

受付のあるフロアーへと、転移魔法陣で移動する。


ナンシーさんが、僕達を見つけて青い顔をして飛んできた。


「ハルマン!? セツナ何があったの!」


「安心して寝てしまったみたいです。

 内容は、後でハルマンさんから聞いてください」


ここで話すわけにはいかない。

ナンシーさんがじっと、ハルマンさんを見ている。


「本当……幸せそうに寝ているみたい。

 よかった……」


そう言って、溜息を落とした。


「起こさなければ、明日の朝まで目が覚めないと思います。

 先程、書類がとか言われていたので、起こしたほうが

 いいかな、と思ったのですが」


余りにも気持ちよさそうに寝ているために、ためらった。

起こす係りは違う人にしてもらおうと思ったのだ。


「いいわ、このまま寝かせておくから」


「いいんですか?」


「ええ、キューブの仕事がなくなったのなら

 時間はあるはずだから」


「申し訳ありません。

 もう少し丁寧に話を聞いて置けばよかった」


「謝らないで。私達も甘く見ていたのだから」


そう言って肩をすくめた。アルト達はカキ氷を食べに

リオウさんは、何処かへ行ったそうだ。

ナンシーさんが、顔色が悪かったから少し心配だわ

と呟く。顔色が悪かった理由には心当たりがあるが

本人が隠しているとなると、話す事は出来ない。


僕はハルマンさんを近くの部屋へと運んだ後

ナンシーさんから、金貨12枚を受け取った。


「アルトから預かったキューブの中身を

 確認したの……。ギルドの職員が驚いていたわ。

 これだけ大きい物が運ばれてきたのは久しぶりだって」


「そうですか」


「金貨21枚で引き取る事になったわ。

 アルトに2枚、フィーに7枚、貴方に12枚ね。

 貴方の金貨が12枚なのは、アルトの分5枚が加算されているわ」


「アルトは、3枚とらなかったんですか?」


「生活費が4枚で、残りの1枚は預かっていて欲しいのですって」


ナンシーさんが、その時のことを思い出しているのか

くすくすと笑っていた。


「なんでも、自分で持っていたら全部食べそうだって。

 その1枚で、ジョルジュさんとソフィアさんにお祝いを

 買う予定なんだって」


「ああ、なるほど」


「2枚のうち、銀貨5枚で本を買っていたわよ」


「植物図鑑ですか?」


「魚図鑑よ」


「えー。僕から奪う気だったのにどうしたんだろう?」


「新しいのが入ったの、そこに積んであるのを見つけてね。

 内容が新しくなって、魚の種類も増えていてページ数も

 増えているって言ったら、すぐ欲しいって」


「なるほど。僕の本は古いですからね。

 なら、僕も一冊貰います」


ナンシーさんから、魚図鑑を受け取り鞄の中へしまう。


「セツナ、どうしてアルトに魔物を売るように言わないの?」


真面目な顔でナンシーさんが僕に告げた。


「冒険者として、暮らしていくなら

 我慢も教えないと駄目よ。食べてばかりでは将来困るのは

 アルトなのよ」


「そうですね……。

 アルトはまだ12歳なので、僕としては色々興味を持って

 楽しく生活して欲しいと思っているんです」


そうまだ12歳なんだ。

楽しい事だけを追い求めてもいい年だ。

普通なら、冒険者なんてしていない。


それに、僕は12歳のアルトにそれ以上の訓練を課している。

それが、アルトの命を守るためだとしても

アルトが苦痛に思ってないとしても、アルトにとって酷じゃないだろうか

と思わなくもないんだ。


ならせめて、アルトが食べる事を楽しみとしているのなら

アルトが止めをさしたものに関しては、アルトが好きにするという

約束をした。流石に……エブハリみたいなものは2度と食べたくないので

食べたくない魔物は僕が、止めを刺すようにしている。


文句を言われるが、食べたくないものは食べたくないから。

ナンシーさんは、目をぱちぱちと何度か瞬かせた。


「12歳……そういえば、そうね。本部に入ってきた時は

 年相応に見えたのに、しっかりとした受け答えをしてるし

 アギトから見せられた、戦闘はどう見ても12歳には

 見えなかったから忘れていたわ」


「……」


「そう、まだ12歳だったわね。

 可哀想な事言っちゃったわ。沢山食べて、沢山遊んで

 心の中に、楽しい事を一杯詰め込む年頃よね」


ナンシーさんが落ち込んだように肩を落とした。


「それでも、冒険者ですから

 ナンシーさんの言われる事も、正しいと思います。

 だから、ナンシーさんはこれからも売れといってあげてください」


「えぇー。それって、私嫌われないかしら?」


「その分僕が、甘やかしますから」


「ちょっと! それはずるいんじゃないの!?」


「そうですか?」


「そうよ!」


「まぁ、適度に売れとは言ってみますけどね。

 欲しいものも、多々あるようですし」


「ギルドとしても、気をつけておくわ。

 アルトの年齢に、印を入れておかなきゃ……」


そう言って、ナンシーさんは何かしていた。


「そういえば、氷なんてどうやって作るんですか?」


「冬の氷を、保存しておくのよ」


「へぇ……」


「ジャックさんが考えて、ギルドに売ったのよ」


「……」


「貴方の話は聞いたわ」


「そうですか」


「あの人の非常識な話は沢山あるの。

 私は面識がないんだけど、それでも逸話は色々聞いているわ」


「……」


「いつでも教えてあげるわよ?」


「いえ、結構です。

 僕の中にあるものだけで、いいと先ほど気がつきました」


「なにそれ」


そういって、ナンシーさんが笑う。


「まぁ、気になったら来るといいわ。

 本当か嘘か分らないものもあるけど、聞くだけなら

 楽しめると思うから」


「はい……」


興味はあるが、今はいいかなと思った。

そのうち聞く事があるかもしれないけれど。


「そういえば、カキ氷貴方も食べた事がないんじゃないの?」


「ええ、ありません」


この世界ではない。


「1度食べてみるといいわ。

 冬に食べるものじゃないけど……。

 リシアにしかないから、冬でも人気はあるのよ」


「確かに、寒そうですよね」


「冬に食べると、体が凍りつきそうになるわね!」


アルトはどんな感想を持って、帰ってくるんだろう。

少し楽しみにしながら、僕は人の少なくなったギルドで

ナンシーさんと話していたのだった。



読んで頂き有難うございます。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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