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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 姫藪蘭 : 新しい出会い 』
82/117

『 僕とリオウさん 』

 のんびりと時間が過ぎていく。僕と用事があると

言っていたのに、リオウさんはキョロキョロと辺りを見渡し

ここが海の中だと気がつくと、アルトとフィーの方へと

行ってしまった。


目を輝かせ、海の中って素敵!といいながら

アルトに、魚の話を聞いていた。アルトも珍しく警戒心を見せずに

楽しそうに答えている。彼女の持つ雰囲気がそうさせるのかもしれない。


朗らかな優しい空気を彼女は纏っている。


アルトの隣に座っていたフィーが、おかしな行動をとっていた。

結界にベターっと顔まで張り付けて何かをしているのを

リオウさんも気になったのか、フィーに尋ねる。


「フィーは何をしているの?」


「水の精霊が張り付いているのなの。

 だから、張り付き返しているのなの」


「……そう……」


リオウさんは、微妙な笑みを浮かべていた。


「俺には見えない~」


「精霊にしか、見えないのなの」


僕としては、見えなくてよかったと思う。

張り付いているって……。セリアさんが、怖がりそうだ。

セリアさんは、指輪の中へと戻っていた。


「どうして、張り付いているの?」


アルトがフィーに不思議そうに尋ねた。


「こんな所に、人間が居るのは珍しいのなの。

 セツナとアルトだとわかって、興味が一杯なの」


「ふーん」


アルトはそれ以上興味をなくしたのか

フィーにそれ以上はなにも尋ねなかった。


リオウさんは、そう広くないこの場所をぐるっと一周して

僕のところへと戻ってくると、躊躇なく靴を脱ぎ、僕の隣へと

腰を下ろした。


「待たせてごめんなさい」


「いえ」


リオウさんは、じっと僕を見つめたかと思うと

ふっ、と笑う。


「僕の、顔に何かついてますか?」


「違うわ。ふふふ……」


肩を震わせて笑うリオウさんに、僕は首を傾げた。


「ギルド本部の混乱を、思い出して」


「……」


「あの中の中心人物が貴方でしょう? あの状態では

 きっと、私でも逃げ出していたと思うわ。

 黒は、他の冒険者の手本になる存在なのに

 あの人達ときたら! 何時もは、誰か一人はまともな黒が

 残っているはずなんだけど、よほど貴方は彼等の興味を引いたのね」


「はぁ……」


溜息とも、返事とも取れないものを返す僕にまた少し笑った。


「フィーが、力を貸してくれるなんて思っても見なかったし。

 あのフィーが、大人しい姿を見るのも初めてよ!」


「そうなんですか?」


「ええ、何時もはちびサフィールと呼ばれているのよ?」


「うるさいのなの。セツナに余計な事をいうななの」


フィーが不機嫌そうに、リオウさんを見た。

そんなフィーに、怒らないのと軽く宥める。


「貴方は、私のことを何も聞かないのね。

 総帥の事も、知っていたみたいだから

 私のことも知っているのかしら?」


「はい」


「ジャックから聞いたの?」


「深く聞いたわけではありませんが」


「そう」


目を細めて、懐かしそうにカイルの名前を呼ぶリオウさん。


「僕は、貴方に謝らなければいけないことがあります」


「私に?」


「はい」


「私は貴方に、謝られる事をされたおぼえがないけど?

 大体、初対面よね?」


「そうです。だけど、僕はジャックから……」


「待って!」


眉間にしわを寄せて、リオウさんが僕の言葉をさえぎる。


「もしかして、ジャックに何かを頼まれてるの?」


「……はい」


「聞きたくないわ」


「……」


聞く事を拒絶する彼女に、僕は何も言えない。

俯きブツブツと何かを呟くと、勢いよく顔を上げて僕を見る。

その瞳には、何らかの決意が宿っていた。


「でも、聞かないわけには行かないわね。

 いいわよ。覚悟を決めたわ! さぁ言って頂戴」


彼女を悲しませることを告げなければいけない事に

心が重くなるが、僕も覚悟を決めて口を開いた。


「貴方が、20年前にジャックにしたこくはk……」


「待って頂戴!!!!!」


彼女が大声を上げて、僕の口を片手で塞ぐ。

その顔は、林檎よりも赤い。


「もしかして、20年前の事を謝っておいてくれとか

 言われたんじゃないでしょうね!?」


口を押さえられているので、頷く事で肯定する。


「馬鹿じゃないの!?」


僕の口から手をどけ、今度は自分の顔を両手で覆った。


「うぅぅ……ほんとに馬鹿じゃないの……。

 でも、何処かの遺跡を壊したからどうにかしてくれとか

 むかついた国の王子の額に、こっそり肉と書いたから

 消える薬が欲しいと言って来たら、法外な値段でこれを売れとか

 人のことを馬鹿にしやがったから、城の庭に魔物を置いてきた

 要請があれば、金額を吹っかけてやれとかよりはましなの!?」


いや……どれもこれも酷いものばかりです。


「あの人は、水辺に行っても非常識よ!!!

 父と母がどれ程、苦労したと思っているの!!」


僕はこれ以上カイルの過去を知りたくなくなってきた。


「ごめんなさい。本当にごめんなさい」


「……貴方が謝らなくてもいいと思うわ」


やはり顔は赤いままだったけど、その姿はとても可愛い。

初めて彼女の姿を見たとき、僕の中に彼女に対する好意があった。

それが、僕の感情ではない事は知っているけれど。

それでも、確かに可愛いと思う気持ちはある。

リオウさんだけではなく、サクラさんにもそういう感情はある。


漠然とだけど、もしかしたらカイルがリオウさんと

会う事をやめた理由は、この辺りにあるかもしれない。

僕よりもカイルのほうが

花井さんの感情を深く受けとっているだろうから。


流石に、花井さんの子孫に手を出したいとは思わない。


「それで、ジャックは貴方に何を頼んだの?」


僕とは視線を合わさず、前を向いたまま

少しぶっきらぼうに、続きを促した。


カイルの伝言をそのまま伝える。

嘘偽りなく。カイルのそのままの言葉で全部話し終えると

彼女は、深く息を吐いた。


「馬鹿ね。本当に馬鹿ね……。

 自分の口で、伝えに来なさいよ。

 そしたら、怒って……それでも……」


会える事を喜んだのに……と小さい声で呟いた。


リオウさんは、綺麗な涙をハラハラと落とす。

微笑みながら泣く彼女に、かける言葉はなく

僕は、彼女が落ち着くのを待つ。


目元を少し赤くさせ、恥ずかしそうに僕を見るリオウさん。


「もしかして、貴方も私がジャックを待って

 結婚しなかったと思っている?」


「はい」


僕の返事に、彼女はがっくりと肩を落とす。


「まず……私が彼に告白したのは、10歳ではなく12歳よ。

 あの人どうして私の年齢を、いつも、何時も間違えるのかしら?

 何度訂正しても、私の年齢を正しく覚えていないの。

 誕生日も間違えるのよ?」


「……」


「年齢も誕生日も違うわよ!って、文句を言うと

 別に、その年齢に見えるからそれでいいんじゃねぇ?

 とか、信じられない事を言うの!!」


カイル……。


「それでも、ジャックは優しかったし強かったし

 私の両親とも仲がよくて、そうね……初恋の人だったのよ。

 だから、彼が旅に出る前に告白したの。成人したら結婚して欲しいって

 彼は何時もフラフラしていたし、1度旅に出たら中々戻らないし

 彼が戻ってきてくれる何かが欲しかったのよ。黒なのに会議にもでない

 黒の制約も無効にしてしまうほどの、魔力ももっていたしね……。

 性格も非常識なら、魔力も非常識だったわ。

 私どうして、あの人が初恋の人だったんだろう?」


リオウさんは不思議そうに首を傾げた。


「話を戻すわ。とにかく、結婚の申し込みをしたのよ。

 その時は、本気で彼の事を想っていたようなきがするから」


それは遠まわしに、気の迷いだったといっているんですか?


「そしたら彼はなんていったと思う!?」


リオウさんは、その時のことを思い出しているのか

拳を作って、震わせていた。正直もう聞きたくないんですが。


「あの、別に話さなくても……」


「聞きなさい!」


「はい」


「いえ、いいわ。見せてあげるわ。

 自分の事で恥ずかしいけど、泣き顔も見られたし……。

 今更よね」


「……」


リオウさんが僕の手を取り、目を閉じる。

その瞬間、彼女が大切にしているだろう記憶? が僕の中に流れ込んできた。


子供の頃のリオウさんとカイルが居た。カイルはそのままカイルだったけど

リオウさんは、確かに12歳には見えない。10歳前後に見える。

多分、この辺りは魔力が関係しているのだろう。

リオウさんの魔力はとても多いから。


『ジャック、私が成人したらお嫁さんにして』


『嫁?』


『そう。結婚して欲しいの』


『ああ、いいぜ。覚えてたらな』


『……』


『俺の記憶力は、お前も知っての通りだ』


『約束というのは、覚えておくものでしょう?』


『忘れるもんじゃねぇの?』


『こんな可愛い女の子に、告白されたのよ!?』


『はっ。自分で可愛いとか言う奴は大体が可愛くねぇな』


『……』


僕……もう手を離していいですか?

僕が手を離す気配を感じたのか、リオウさんが離さないというように

ギュッと手を強く握った。


『いい女になれるように! 努力するわ!』


『そうだなぁ……』


カイルがリオウさんを上から下まで眺める。


『俺は、ぺったんこは趣味じゃねぇから』


『……』


幼い頃のリオウさんは、自分の胸元を見る。

あの……本当にもうこれ以上は……許してください。


「ふ……ふふふふふ……」


リオウさんの笑いが耳に届き、とても怖い。


『こ、これから大きくなるわよ!』


『そうかぁ? あんまかわんねぇとおもうぜ?』


カイル!?


『牛乳飲むもの!』


『まぁ、適当にがんばれ』


『……』


『なんだよ。冗談だろ!?

 泣かなくてもいいだろうが!』


顔を赤くして、泣いているリオウさんに

カイルが慌てだす。


『私は本気なのに!』


『ああ、わかったよ。

 お前がいい女になって、俺が覚えていたら

 嫁にしてやるよ』


カイルは自分の服の袖で、リオウさんの涙をぬぐった。


『覚えていてね!?』


『総帥にでもなれば、嫌でも思い出すだろうさ』


『総帥……』


『お前は、いい総帥になれると思うけどな』


『うーん』


『嫌なのか?』


『嫌じゃないけど……』


『まぁ、お前の人生だから、お前の好きなように生きろ。

 俺も、好きなように生きる』


『それって……』


『なんだ?』


『なんでもない……』


複雑な表情を作って、カイルを見上げるリオウさん。

カイルは、そんなリオウさんの頭を優しく撫でた。


そこで、リオウさんとカイルの記憶が終わる。

なんともいえない気分で、リオウさんを見ると

その目に、怒りをたたえながら僕を見ていた。


「ね? この返事。

 どう考えても、私との約束を忘れる気満々よね?」


「……」


「告白した私に、好きなように生きろ。

 自分も好きなように生きるというのよ?」


リオウさんの、手に力が入り手が痛い……。


「私も馬鹿じゃないわ?

 私は、10歳じゃなくて12歳だったのよ!

 落ち着いて考えれば、大体の事は理解できる年齢よ!」


「……」


「その時は、頷いてくれた事が嬉しくて

 深く考えはしなかったけど……。こう、思い出すとどう考えても

 よい返事だとは思えない……。そして気がついたのよ

 ああ、この人は私と結婚する気はないのだと

 その時はっきりとわかったのよ。私は振られたの!!」


ワナワナと震えるリオウさんから、僕は視線をそらす。

手はまだ離して貰っていない。

 

「それを、20年たった今掘り返すのは

 私に対する嫌がらせなの!? 挙句の果てに私の結婚適齢期の

 心配!? この怒りをどうすればいいのかしら」


「……」


「ねえ? どう思う?

 どうすればいいと思う? あの人真面目にこんな伝言を頼んだの!?

 私に嫌がらせする為に!!」


そう言いながらも、リオウさんの目には涙が浮いていた。

それは、怒りでもなんでもなくカイルを悼む気持ち。

記憶を僕に見せた事で、カイルとの思い出が色々とよみがえって

しまったのかもしれない。


「もう……なぐれないじゃない。

 顔を見せたら、ふざけるなって殴ろうと思っていたのに。

 それすらもできない。彼を好きだった。今は恋愛感情では

 ないけれど、それでも私の大切な人にはかわりがなかった。

 どうして……1度も会いに来てくれなかったの?

 私が告白したのが悪かったの……?」


ああ……彼女は、カイルが会いに来なくなった理由が

自分の告白にあったのかもしれないと思っていたのか。


唇をかみ締めて泣く彼女から、そっと手を抜き

鞄から、ハンカチを出して彼女に渡す。


「僕には、ジャックが何を考えていたのかわかりません。

 忘れていたのかもしれないし、本当は覚えていたのかもしれません」


「結婚してるんだから、忘れていたでしょうよ」


「……」


「……」


「それでも、貴方が健康で幸せである事は知っていた」


「どうして……?」


「その耳飾、カイルからの贈り物でしょう?」


「カイル?」


「ああ、すいません。

 僕には、カイルと名乗っていたので」


「そう。だから見つからなかったのね。

 そうよ、ジャックから貰ったの」


「その耳飾には、とても強い魔法がかけられています」


「え? 魔力を感じないわよ?」


「それを隠す魔法がかけられていますから」


「……」


「その魔法の発動条件は、貴方が本当に困った時

 誰かに助けて欲しいと願った時に、ジャックに届くようになっていた」


「っ……」


「きっと、彼は飛んできたと思いますよ。

 彼は、恋愛感情ではなかったかもしれませんが

 貴方を大切に思っていたようですから」


「……」


彼女が困った時は、きっと一番に助けに来ていたはずだ。

今度は僕が、この耳飾に魔法をかける。

カイルが大切に思った人を、僕が守れるように。


せめて僕ができる事を……。

彼女に気がつかれない様

耳飾に魔法をかけなおした。


ある程度時間が立ち、涙を止めた

リオウさんがハンカチを眺めている。


「私、貴方が初恋ならきっといい思い出に出来たと思うわ」


「どういう意味ですか?」


「私が泣いているとするでしょう?」


「ええ」


「こう……ハンカチを忘れて持っていなかったら

 貴方みたいに、差し出してくれるのが普通よね?」


「そうですね」


「あの人……服の袖があるだろう。

 鼻水たらしてないで、そこで拭けって言ったのよ」


「……」


「私はどうして、あの人が初恋の人なんだろう……」


そんな事真面目に聞かれても、僕にはわからない。


「もういいわ。きっとそのうち美しい思い出に

 ならない気がするけど、頑張るわ」


曖昧にしか笑えない僕を、リオウさんは困ったように

笑ってみていた。そして、その目が僕を労わるようなものに変わる。


「私は、貴方を責めないわ」


真直ぐに、自分の想いを真直ぐに僕にぶつける。

彼女が心の底から、そう言っていることがわかるほどに。


「……僕が彼の命を奪ったんですよ」


「ジャックが自由に生きたのよ」


「……」


「彼が自由に生きて、貴方を助ける事を選んだの。

 だから、貴方を責める権利は誰にもないのよ」


「サクラさんから、聞いたんですか?」


「違うわ。私はあの子に嫌われているから。

 私に全部話してくれたのは、ヤトよ」


「ヤトさんが?」


「ええ」


ヤトさんの名前を出した時に

リオウさんの頬に少し朱がさした。


「サクラさんは、ジャックの花嫁になるために

 総帥になったと言われてました。ジャックは彼女とも

 何か約束をしていたんですか?」


「していないと思うわ。

 貴方は何も聞いていないのでしょう?」


「はい」


「もし、していたのなら私を思い出した時点で

 彼女の事も思い出すはずだもの」


「……」


「私はずっと、彼女がサクラがどうして総帥になろうと

 思ったのかが不思議だった。ある時を境に私とは口も聞かなくなった。

 私とサクラの間には、色々とあったけど私にとってサクラは

 大切ないとこで、大切な友達だったのに……。

 彼女もそう思ってくれていると思っていたのに」


「僕に話してもいいんですか?」


「ええ」


「私とサクラはね、同じ年のいとこ同士だったの。

 両親同士が仲がいいから、姉妹みたいに育ったわ。

 私はサクラが好きだったし、サクラも私を好きでいてくれた」


リオウさんは、多分ね……と小さな声で付け加える。


「私達は同じ年齢だったから、学校も一緒だったし

 それに、将来はどちらかが総帥を継ぐことになる。

 その頃は、私達より魔力の強い人はいなかったから

 私達2人のどちらかがという事になっていたの。

 

 私達の親は、私達を比べた事は1度もなかった。

 それぞれが、得意な事、不得意な事があって

 どちらが総帥になっても、支えあうようにねって言われていたの

 だから、特に総帥になりたいとは思わなかった。

 だけど、一族の一部の人はそうではなかった。

 私とサクラを比較して、色々と口を挟んできたわ」


「……」


「その時は、私のほうが魔力量が多くて……後少し勉強ができたの。

 だけど、ほんの少しの違いを愚かな人達は口に出すの。

 落ちこぼれだと、サクラを責めるの。同じ血筋なのにと。

 子供だから分らないとでも思っていたのかしら?

 サクラはだんだんと、内向的になっていった。

 それでも、私の事はリオウちゃんと呼んでくれていたの。

 12歳を過ぎる頃までは……」


そこでリオウさんは、深く息をつく。


「サクラもジャックに懐いていた事はしっていた。

 3人で一緒に遊んだりもしたの。だけど、私がジャックを想う様に

 サクラもジャックを想っている事に気がつかなかった。


 今日、ヤトから話を聞くまでね……。

 サクラは、私とジャックの話を聞いていたのね。

 だから、私を許せなかった。ジャックに告白して

 結婚の約束を交わしたように聞こえるもの。12歳だったし」


我慢していたものが、溢れるきっかけになったのだろうか。


「サクラが私と距離を置くようになって

 私達が成人した時に、言われた言葉があるの。

 自分が欲しいものを、全部持って行く私が嫌いだと

 総帥の座だけは、絶対渡さない。認めてもらうのは私で

 私が彼と結婚するのだから、て。


 ずっと意味がわからなかったのよ。私はもうその時

 ジャックに告白した事は、記憶のかなたに消えていたし

 あんな思い出、何時までも抱いていても仕方がないでしょう?」


「そうですね」


口ではそう言いながらも、リオウさんがカイルとの思い出を

大切にしている事は知っている。だけど、それを口にしないで欲しいと

リオウさんの目が訴えているから、あえて口にはしない。


「それからサクラは、必死に勉強して魔力も上がっていったわ。

 誰も口が挟めないくらい、優秀な人間になっていた。

 彼女が私の父の魔力を超えたとき、総帥の座を譲れって言ったの。

 私の両親も彼女の両親も、まだサクラには早いから

 もう少し、今の時代を楽しんだらどうだって。


 総帥の座は、そう楽なものじゃない。

 今、楽しめる時間を大切にして欲しいと伝えてた。

 だけど、彼女は聞く耳を持たなかった」


「……」


「総帥の座に着けば、ジャックに逢えると思っていたのね。

 彼に認められて、彼と結ばれると思っていたのね。

 なのに、彼は一向に姿を現さない。

 

 誰も彼を見つける事も出来ない。

 それでもサクラは、精一杯総帥として努めていたし

 その能力も努力も皆が認めていた……。

 サクラは頑張っていたと思うわ。私以外には笑顔も見せていたし

 黒の人達との関係も良好だった……だけど」


リオウさんが、言葉を詰まらせる。

その続きを僕が拾う。


「半年前、ジャックが亡くなった事を知った」


「……そう。そこから、彼女は笑顔を見せなくなった。

 ギルドの理念や信条を、無視するようになった。

 ジャックの死を悲しんで、少し感情の制御を狂わせているのだと

 私もヤトも思っていたの。私も悲しかったもの。

 私の両親も彼女の両親も悲しんだわ」


「申し訳……」


「謝ったら怒るわよ?」


リオウさんは、僕を鋭く睨み僕に謝らせなかった。


「なのに、サクラはそろそろ結婚しようと思うと言い出した。

 好きな相手ができたのかと、彼女の両親は喜んでいたわ。

 これで、サクラが元気になればいいと……。

 だけど彼女が、結婚相手に選んだのはヤトだった。

 ヤトは、彼女を必死で助けようとしていたけれど。

 彼にはもう、将来を誓い合っている人が居たの」


「リオウさんですか?」


「……そう。どうして知っているの?」


「なんとなくです」


「まぁいいわ。だから、ヤトはサクラに結婚できないと伝えたの。

 ヤトが断った瞬間、火がついたように泣いたそうよ。

 誰も自分を選んでくれないと。誰も自分を認めてくれないと。

 そんな事はないの。そんな事はないのよ。彼女が今まで総帥として

 努力してきた時間を、私達一族は全員認めている。

 だけど、今の彼女にそれが伝わらないの……。

 

 私とヤトは、お互いの両親に結婚の許しを

 貰おうかと考えていたのだけど

 サクラが落ち着くまで、待とうということになった。

 私が結婚すれば、サクラが壊れてしまうような気がして」


サクラさんは、色々と張っていたものが切れてしまったんだろう。

努力して総帥の座に着き……カイルを待った。だけどカイルが

何処にいるのかも分らない。そして、死亡したという事実だけを

彼女に知らせる。


手に入れようとしたものが、次々に零れ落ちてしまう現実に

サクラさんは、苦しんでいるのかもしれない。


今の彼女に、リオウさんと同じ事を伝える事はできないと感じた。

それに、彼女は僕の声に耳を傾けない。


リオウさんが、僕を真直ぐに見て。

その手を僕の胸の辺りへと添える。


僕の心に、語りかけるように。


「私が貴方に逢って言いたかった事は

 サクラの言葉を真に受けないで欲しい。

 

 ジャックが死んだのは、貴方のせいじゃない。

 貴方が殺したわけじゃない。貴方が責任を感じる事じゃない。

 ジャックがそう生きたの。ジャックがそう決めたの。

 貴方は、ジャック以上に幸せになって欲しい。

 彼はきっとそう願うだろうから。


 サクラの想いは深いのかもしれない。

 だけど、だからと言って人の不幸を願っていい理由にはならない。

 サクラは間違っているの。貴方は間違ってはいけないわ。

 貴方がここに在る事を、ジャックが願ったのだから」


『唯生きるな。楽しめ』とカイルは言った。

生きる事を楽しめと。リオウさんも同じ事を言う。

何も言う事が出来ない僕に、リオウさんがやさしく笑った。


「だけど、ジャックのような冒険者にはならないでね。

 あれは、非常識の塊だから」


それ以上僕を追い詰めないように、気遣ってくれる彼女に

僕も、軽く返事を返す。


「真似したくても、僕には無理ですね」


「普通はそうよ」


そう言って、肩をすくめた。

リオウさんは、1度目を伏せ次に上げたときには

彼女はもう笑ってはいなかった。


「セツナ。サクラがどう動くか分らない。

 ヤトは自分が動く事で、サクラを止めていたの。

 サクラの持っている力は、大きいものだから。

 だけど……サクラがヤトを離したわ」


「……」


「貴方に何をするか分らない。

 私達も、貴方を守るように努力するけれど

 私は、ギルドにそう深く関われなくなっているから

 大きく動く事は無理なの。セツナ気をつけて。

 サクラの狙いは貴方だから……。


 だけどね……セツナ。

 私が、身内がこんな事を言うのは卑怯だとは分っている。

 分っているけど……」


「リオウさん。僕はこれでも黒に認められる冒険者なんです。

 そして、カイル……いえ、ジャックから、色々と教えてもらっています。

 そう簡単には、やられません。リオウさん、僕の事よりも

 ギルドの事に力を向けてください。サクラさんに何かあった場合

 次の総帥は貴方なのだから」


「……」


「サクラさんが、僕だけに狙いを定めている間は

 僕からは何もしないでしょう」


「それは……」


「だけど、僕を狙う事で僕以外の誰かが傷つく……。

 もしくは、傷ついた場合。僕に生きる価値がないと分っていても

 僕は、彼女を許さない」


正直……花井さんの子孫を傷つける事はしたくない……。

だけど、アルトやアギトさん達が僕に巻き込まれて傷つく事は

許容できない……。


「セツナ……」


「それだけ覚えていてくだされば結構です。

 自分の身は、自分で守れます」


「……」


「唯……彼女が総帥としての力を

 僕に向けない事を……願います」


「それは、どういう意味?」


その事を話そうとするが、声に出す事ができない。

どうやら、僕にも何かしらの枷がかけられているらしい。

その理由は分らないけれど、話す事はできないようだ。


怪訝そうな表情を僕に向け、リオウさんが口を開こうとした時

僕とリオウさんの会話を、フィーが止めた。


「そろそろ帰りたいのなの。

 水の精霊とのにらっめこも飽きたのなの」


「そうですね……何時までも逃げ回っている

 わけにもいかないですね……」


僕が溜息を付いて、そう呟くとリオウさんが

声を出して笑った。アルトとフィーの気がこちらに向いた事で

自分の感情や疑問を、瞬時に押し込めたようだ。


「大丈夫よ。本部に帰っても追いかけられる事はないわ」


「そうなんですか?」


「ええ、アギト以外の黒3人は全員医療院へ

 運ばれているはずだから」


「え……?」


「みんな馬鹿なの。愚かなの。

 制約の警告を無視するのが悪いのなの」


「……」


「セツナが逃げたのに、対価を払って

 その自由を束縛しようとしたから、制約の制裁が発動したのね」


「大丈夫なんですか!?」


「さぁ……制約が発動するのを、私ははじめて見たから

 わからないわ。今頃、私の両親が何とかしてるんじゃないかしら」


「馬鹿は、ほっとくといいのなの」


そう言いながら、フィーは僕の傍に来て

抱っこしろと腕を上げていた。アルトは、本やノートを

仕舞い終わったようだ。


僕がフィーを抱き上げると、リオウさんが僕の腕をつかむ。

僕が首を傾げると、それはそれは素敵な笑顔で僕を見た。


「金貨一枚。私が貰ったわ!」


「……」


黒たちの対価は、リオウさんに支払われる事になるようだ。


「そういえば、アギトさんは大丈夫だったんですか?」


「ええ、月光は家族全員でセツナを探しているはずよ」


「……」


「大切にされているわね。

 ちょっとあの執着は怖いけど……頑張って」


「やっぱり僕は、1年ぐらい海の中で暮らそうと思います」


「えー師匠、俺は肉を食べるんだ」


「えー……僕は、帰りたくない」


「駄目よ。金貨を貰って孤児院に寄付するのだから

 協力しなさい」


金貨の使い道を、はっきりと提示されたら帰らないわけには行かない。


「……了解しました」


「よろしい」


リオウさんは少し、僕に同情するような視線を向けた後

魔法を詠唱し、転移の魔法陣が展開される。

行き先はギルド本部だ。彼女の魔力はサクラさんよりも上。

魔力制御の指輪をつけ、隠してはいるが……。


彼女は3種使いだろう。

花井さんとリシアさんの血を、色濃く継いだのかもしれない。

そしてその心も……。僕よりもギルドをといった時

彼女は、僕を優先するとは言わなかった。彼女にとって

守るべきものの優先順位が、ギルドだという事だ。


アギトさん達に、トゥーリの事をどう話すか考えながら

頭の隅では、サクラさんの事を思い気持ちが沈む。


僕に出来る事は余りない。

唯……サクラさんが、総帥としての力を間違った方向へ

使わないように心の中で祈った。


魔法陣が発動する瞬間、リオウさんが何かを思い出したように

口を開く。


「セツナ、ハルマンだけは早いうちに助けてあげて。

 あのままいくと、死んじゃうから」


「何があったんですか?」


「貴方、時の魔法をハルマンしか使えないようにしたでしょう?」


「ええ」


「だから、ハルマンにしかあの仕事が出来ないの」


「……」


「自分の仕事と、毎日大量に送られてくるキューブの山に埋もれて

 半分発狂しかけているから。出来れば、早く対処してあげて欲しい」


「……」


「必死に貴方を探していたようだけど

 貴方、ジャックと同じね。全く見つからなかったわ。

 後……1週間……うーん、5日かな?

 見つからなかったら、きっとハルマンが冒険者に

 依頼を出していたと思うわよ」


「早急に、どうにかします」


依頼を出される前に、リシアについて本当によかったと思う。

あの噂のまま、依頼を出されたら……下手したら殺し合いに

なっていたかもしれない……恐ろしい。


「お願いするわ。ハルマンは優秀な人だから

 いなくなるとヤトが困るの」


そう言って、頬を染めながらもその心を素直に表に出す事を

押し止め表情を引き締める。


リオウさん達の心が、サクラさんに届けばいい。

僕が言えることではないけれど。僕が願える事ではないけれど

心からそう思った。



 

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