『 僕と総帥 』
静まり返った部屋で、僕の腕の中のフィーだけが
キョトンと首を傾げていた。この精霊は、僕の腕の中から
降りるつもりはなさそうだ。
僕の魂に、蒼露様の深い加護がかかっているせいか
クッカにも、傍にいるといい香りがするといわれた。
どんな香りかは、僕にはわからないけど
精霊にとってはとても安らぐ香りのようだ。
カイルから与えられた情報をもとに、強引とも思える手段で
自分の自由をもぎ取った。アギトさんまで巻き込む事に
なってしまったけれど、後悔はしていない。
アギトさんに、謝るがアギトさんは何も答えなかった。
だけど僕を見る目には、僕を責める感情は窺えず
サフィールさんが、フィーを呼んだ時も必死で止めに入ってくれた。
僕を守ろうとしてくれたのだ……。
口に出しては許すとは言われていない。
フィーが怒っていたように、黒の制約とは
黒全員が、背負うものになる。本来、黒ではない僕は
使ってはいけない魔法なのだから。
だけど、アギトさんの態度は僕を許してくれていた……。
エイクが、黒の事ぐらい調べておけと僕に怒っていたので
カイルの伝言の相手の事を調べるついでに、調べていた。
記憶から引き出した、ギルドの事もわかった。
どうやら、リシア、ギルド内部に関する情報は
カイルの伝言の発動が鍵だったようだ。
花井さんの一族の事も、一気に情報として受け取っている。
花井さん本人の情報とカイルの情報は、やはり謎のままだけど。
でも、こうやって世界を回っているうちに見つける事が
あるのかもしれないと思うと、楽しみなようなもどかしいような
気持ちになった。今回のような伝言はいらないけれど。
今、存在している黒は6人。この場にいるのも6人だ。
月光のアギトさん。酒肴のバルタスさん。
剣と盾のエレノアさん。邂逅の調べのサフィールさん。
そして、副総帥のヤトさんと総帥のサクラさんだ。
代々の総帥は、影にいて表には出ない。
黒以外の、冒険者は副総帥が総帥だと思っている。
今は、ヤトさんが冒険者の間では総帥だと思われているようだ。
だから冒険者の間では、黒は5人。
6人目であるサクラさんは
表向きはヤトさんの秘書ということになっている。
彼女も、自分を秘書だと言った。
最初、彼女の手の甲の紋様は黒ではなく白かったのだが
僕の魔法の発動と同時に、その色を白から黒に変えたのだった。
紋章の色が白であろうが、黒であろうが
桜の紋様の持ち主が、総帥である事を知っていた。
サクラさんの紋様は、代々受け継がれていくもので
花井さんの血によって、総帥となるものが受け継ぐものだ。
一般の黒の紋様とは色々と異なっている。
しかし、彼等の話しから花井さんが残したものが
この国に殆ど残っていない事に、衝撃を受ける。
カイルはどうして、伝えなかったのだろう。
記憶をあさってみるけれど、カイルは僕が知りたいと思う情報を
ことごとく残してはいなかった。どうでもいい情報は結構あるのに。
本当にどうでもいい情報はあるのに……。
何代か前の、総帥の頭が禿げていたなんて情報が
何の役に立つというのだろう。
黒全員に、黒の制約をつける時に僕が交わした契約は
この街の名前の、由来を教えるという事だったが
サクラさんは、胡散臭そうに僕を見ていた。
僕の話した事を、信じようが信じまいが
僕としてはどちらでもよかったから
花井さんの記憶を、見せようとは思わなかった。
だけど……。
ヤトさんのとった行動に。それを止めなかったサクラさんに
一抹の不安を感じた。彼等のとった行動は、どう考えても
花井さんの信条に反していたから。
フィーのサフィールさんを、想う気持ちにこたえる形で
僕は、花井さんの心が2人に届く事を願う。
僕だって、花井さんがどういう気持ちで
ギルドを作ったかなんて知らない。
僕がわかるのは、冒険者ギルドとギルドの医療院の理念だけ。
医療院の理念は" 人々の命を平等に救う為 "
ギルドの理念は" 人々の命を平等に守る為 "
自分の子孫に、未来永劫解ける事のない枷をつけてまで
花井さんは、自分の思想を貫こうとしていた。
縛られる事を、一番嫌っていたのは花井さんだったろうに。
この世界のために、自分の子孫に枷をつけた……。
それは、どれ程の痛みを花井さんに与えたんだろう。
花井さんがこの国を、この街をどれ程大切に想っていたかは
あの映像からも、痛いほど理解する事が出来る。
最愛の人の名を、国の名前にし。
好きな花が咲く季節を、街の名前にした。
その一番初めだと思われる、あの映像を見て
2人に、初代の気持ちが少しでも伝わればいいと願った。
誰かの為にと。弱いものの為にと、願う彼の心が伝わればいい。
それは僕のエゴでしかないのかもしれないけど。
枷をつけられた彼等には、彼等にしかわからない苦労があるだろうから。
酒肴のバルタスさんが、この記憶を与えた人物が誰かを問う。
隠す必要もないかと、正直に名前を教えた。
大部分を占めていたのは好奇心。
カイルの冒険者としての過去が
どういうものなのか、彼等なら知っているかもしれないと思った。
だけど、僕が告げた名前に全員がサクラさんを見た。
先程までは、サクラさんの目には
憤りの色をみせていたけれど、今は凍りついたような表情で
僕を凝視していた。その顔色もわるい。
彼女が何故、ここまで顔色をかえるのかわからない。
カイルはもしかして、彼女にも何かしたんだろうか?
「……どうしてジャックが死んだのか、教えてくださる?」
「どうして彼が死んだと?」
「私が聞いているの」
「……」
顔色をなくしながらも、僕を冷たい目で睨むサクラさん。
僕は、彼女の視線をただ黙って受け止める。
「セツナ。黒と白の冒険者は命を落とせばわかるようになっている」
「そうなんですか」
「ああ。だから、私達はジャックさんが亡くなった事は知っていた。
だが……あの人が簡単に死ぬ人でない事は知っている」
「なるほど」
アギトさんが、その瞳を心配そうに揺らす。
僕の恩人の名を、アギトさんは知っていたようだ。
「彼は、僕を助けて死にました」
僕の言葉に、サクラさんが大きく肩を揺らし
そして、歯を食い縛り俯いた。
僕の腕の中のフィーが、僕の服をギュッとつかんだ。
重い空気の中、バルタスさんが口を開いた。
「お前さんに、黒の制約の事を教えたのも彼か」
「そうです」
「彼は……黒の制約を無視する事ができたらしい。
わしも、彼の事をそう詳しくしっているわけではない。
黒の会議には出席せず、黒はチームを作り人材を
育成しなければならないという制約もやぶり
本当に自由奔放に生きていた、男だったらしい」
それは黒としてどうなんだ。
「だが、誰もそれを責めようとはしなんだ。
非常識な男だったらしいが……。
それでも、彼に助けられた冒険者は多い。
ここにいる黒は、1度は彼に会っているはずだ。
そして、その強さを目の前で見ている。
その強さに憧れるものも多かった。
孤高の黒。黒の中の黒と呼ばれた男だ。
お前さんの、横のアギトもサフィールも彼に憧れて
黒まで上り詰めたはずだ」
バルタスさんの言葉に驚き、アギトさんを見ると
照れたように、頷き。駆け出しの頃に救われたと話した。
「わしも、彼の強さを見ている。エレノアもな」
エレノアさんが、深く頷く。
「彼の非常識ともいえる魔法を、剣を見たことがあるものは
お前さんを守るためとはいえ、命を落とすという所が想像できん」
「……」
やっぱり、非常識だったんだ。
「詳しく話さんか?」
「話せません」
「……」
バルタスさんの言葉に、僕は即答で返す。
話せる事ではない。話しようがない。
「彼はもう居ない」
サクラさんの声が冷たく響く。
「だけど……ねぇ?」
俯いていた、サクラさんが顔を上げて僕を見た。
その瞳は憎悪に染まっている。
「どうして貴方が生きてるの?」
「……」
「貴方が死ねばよかったじゃない」
サクラさんの言葉に、僕以外の全員が顔色を変えて
サクラさんを見た。
「そうですね」
僕の返答に、アギトさんが口を開きかけるが
それよりも早く、サクラさんが声をかぶせる。
「貴方がいなければ、彼はまだ生きていたでしょう?」
「ええ」
僕の腕の中のフィーが、僕の腕から抜け出そうともがくのを
抱きしめて抑える。
「貴方が存在しなければよかったのよ」
「……僕もそう思います」
誰もが息をのみ、僕を見る。
アギトさんが、僕の肩を強くつかんだ。
その顔はとても険しい。
「私は貴方の存在が許せない」
「……」
「私は彼の花嫁になるために、総帥になったの」
「……」
「貴方は、私の努力をどう償ってくれるのかしら?」
「サクラ」
ヤトさんが、サクラさんを止めるがサクラさんは止まらない。
「貴方、私と結婚しなさい」
「サクラ!」
「彼がいないなら、誰と結婚しても同じだもの。
貴方、私と結婚して死ぬまで私に償ってくれない?」
「貴方は、僕を許さないんでしょう?
そんな、僕と結婚して幸せになんてなれませんよ」
「別に、幸せでなくてもいいわ。
彼を殺したという、罪悪感で一杯の貴方の表情をみれるだけで
私の心は、少し晴れるもの」
誰もが、言葉を紡げないほどの衝撃を受けているようだった。
「お断りします」
「断る権利など、貴方にはない」
「この国は、一夫多妻制を認めているんですか?」
「なにを……」
「認めてはいない」
ヤトさんが、即答する。
「僕はもう、僕の愛する女性と婚姻を結んでいる」
「嘘をついても無駄よ」
「本当ですよ。例え結婚していなかったとしても
僕は、貴方を選ばない。僕は彼女しか選びません」
僕は袖をまくり、銀の腕輪を見せる。
その腕輪を見た瞬間、サクラさんの表情が消えた。
「彼を殺しておいて、自分だけが幸せになろうというの?」
「……」
必死にもがくフィーのぬくもりが、僕を支える。
ここでフィーを離したら、フィーは何をするかわからない。
「僕は、彼の分も生きると約束しましたから」
「死ねばいいのよ」
その言葉を最後に、彼女は僕達が入ってきた扉とは違う扉へと歩く。
扉の前で立ち止まり。他の黒たちに、会議は後日にと告げ。
僕に視線を送り、「貴方が幸せになる事を認めない」といった。
ヤトさんは、僕を1度見てからサクラさんの後を追うように
この部屋を後にしたのだった。
誰も何も言わない。言わないのではなく言えないのかも知れない。
そんな中で、フィーだけが僕の腕の中で暴れていた。
「フィー」
「……許せないのなの」
「フィー」
「どうして離してくれないのなの?」
「フィー」
フィーがもがくのをやめたところで、腕の力を緩める。
「……」
その目を赤色に染め涙を落とし、僕と視線を合わすフィー。
「どうして言い返さないのなの!」
「彼女の言う通りだと、僕が思ったから」
「っ……どうしてなの?
どうして、セツナはそんな事を言うのなの?
よく考えるのなの。セツナはサフィと同じぐらい馬鹿なの?
あれに、セツナを責める権利はないのなの!」
「僕が彼の命を奪ったのは、本当だから」
「フィーは、彼にありがとうっていうのなの。
セツナを助けてくれて、ありがとうっていうのなの!」
「……」
僕が、僕自身が彼女の言葉が正しいと認めてしまっている。
僕が居なければ、カイルはまだ生きていたんじゃないだろうか
心のどこかで、そう呟く僕が居る。言い返さなかったのではなく
言い返せなかったのだ。
彼女の言葉が、僕にとって理不尽なものだとわかっていても。
彼女の願いが結婚ではなくて、別のものならば……。
また暴れ始めたフィーに、自分の思考を中断させる。
「だから、離すのなの。
半殺しにしてくるのなの」
半殺し……。
どうして、精霊はこう物騒なんだ。
「……いや、それはやめてくれるかな?」
「駄目なの。決めたのなの」
「フィーは、サフィールさんの契約精霊でしょう?」
「そうなの」
「なら、フィーは僕の事で動いてはいけないよ?」
「どうしてなの!?」
信じられないという顔で僕を見るフィーが
とても可愛らしく思えた。
「フィーは、サフィールさんと共に歩いていくんだから」
「……」
「サフィールさんは、フィーの初めての契約者でしょう?」
「そうなの」
「なら、余計に僕よりも
サフィールさんを大切にしないと駄目だよ」
「だってなの。
セツナは特別なのなの」
「フィー。フィーは僕と契約しているわけではないんだ。
僕の感情にのまれてはいけない」
サクラさんに、敵と認定された今。
僕の立場はどうなるかわからない……。
もし、サフィールさんと敵対する事になった場合。
フィーの心が、傷つくのが嫌だった。
精霊にとって、初めての契約者は
大切で特別な存在らしいから……。
「フィーは、いらないのなの?」
その瞳を、怒りから悲しみへとかえる。
「違う。そうじゃないんだよ。
フィー。僕にも僕を心配してくれる精霊がいる。
フィーと同じぐらい、可愛くて大好きな僕の精霊が居る」
「……」
「だからね、こう考えるんだ。
もし、僕の契約している精霊が違う人の所へ
行ってしまったら、僕はとても悲しいだろうなって」
フィーが目を見開いて、サフィールさんを見た。
サフィールさんは、困ったような顔でフィーを見ている。
「サフィールさんは、フィーが大好きだよ。
フィーもサフィールさんが好きでしょう?」
「好きなの」
「サフィールさんが、フィーを諦める前に
サフィールさんの腕の中へ、戻るんだ」
諦めるという言葉に、体を振るわせる。
それでも、何処か悩むように俯くフィーに
僕は鞄から、蒼露の葉と飴を取り出す。
「フィー。これをあげる」
「これなの~!!」
「【その葉は、薬にはならないけれど
僕の魔法を刻んであるからね。僕の精霊と話す事が出来る。
クッカは、友達が居ないからフィーが友達になってあげてくれる?】」
蒼露様が、枯れ落ちた蒼露の葉を魔道具として使えることを
教えてくれたのだ。色々と僕の魔法がかかっている。
薬としては使えないけれど、その葉が魔力を帯びているから
魔道具の素材としては一級品だ。枯れた葉は今は蒼を取り戻していた。
「なるのなの!!
フィーも、お姉さまとお話したいのなの!」
「お姉さま?
フィーの方が年上じゃないの?」
「精霊は、生まれた順番できまるのではないのなの。
フィーは中位精霊なの。お姉さまは上位精霊なの。
だからお姉さまなの」
ああ、何時生まれたかは関係なく
上位精霊は、全て姉なのか……。
「ドキドキするのなの~」
どうやら、サクラさんが半殺しにされるのは
避けることが出来たようだ……。
サクラさんとの今後を考えると、気持ちが沈むけれど
僕にはどうする事も出来ない。
フィーが僕の腕から降りた。
「フィーがサフィを大好きでも
セツナの傍に、行ってもいいのなの?」
不安そうに僕を見上げるフィー。
「もちろん。僕とも友達になってくれると嬉しいよ」
「なるのなの! フィーはセツナのお友達なの!」
フィーは安心したように笑い、サフィールさんの元へと走る。
サフィールさんは、ほっとしたような表情を見せてフィーを抱き上げた。
その顔はとても優しい。
フィーは袋に入っている飴を見せて
サフィールさんにはあげないのなのっと
意地悪を言っている姿を見て、思わず笑みがこぼれた。
「セツナ」
「……」
アギトさんがずっと、僕の肩に手を置いていた。
アギトさんが、僕を気遣うようにそれでも力強く告げる。
「セツナ。彼と君との間に何があったのか私は知らない。
だけどねセツナ。私も、君と出会えてよかったと思う1人だ。
だから、フィーと同じように彼に感謝をするよ」
「……ありがとうございます」
それ以上、僕は何もいえなかった。
アギトさんは1度、深く息を吐いてから口を開く。
「それでね、セツナ」
アギトさんの口調がかわり、肩をつかんでいる手に力が入る。
少し痛い……。
「その腕輪は、何時、何処で、誰と結婚したのかな?」
「……」
「ガーディルであった時は、腕輪はなかったよな?」
何処か迫力のある笑顔で、僕にそう尋ねるアギトさん。
アギトさんの手は、話すまで離さないというように
がっしりとつかんでいる。
「……」
そんな僕達の空気を、バルタスさんが楽しそうに見つめて
何かを思い出したかのように、僕の名前を呼んだ。
「そうじゃ、セツナよ。
フィガニウスをどうやって殺した?
エイクは、複数人で狩ったと言っとったが……。
貰った肝臓は、綺麗だった。複数人で狩れば内臓はある程度
傷ついているものじゃが……。全く傷がついてなかった。
どうやって殺した」
「……」
「……皮も綺麗だった」
バルタスさんとエレノアさんが、フィガニウスのことを聞く。
その目は真剣で、とても怖い。
「……」
「お前、他にも何か知らないわけ?
精霊語で、何を話していたわけ?」
サフィールさんが、僕に追い討ちをかけるように
自分の欲求を満たすための質問を投げかけてくる。
全員で、僕が話したくない話題を避けてくれるのは嬉しい。
その心遣いはとても嬉しい……だけど……。
「サフィ、精霊語の会話は内緒なの。
詮索すると、沈めるのなの」
え……何処に?
「私の質問が先だ。
バルタス達は、黙っててくれないか?」
「お前さんは、同盟組んだのだから
いつでも聞けるだろ」
「……私も聞きたい事が」
「お前も、精霊と契約してるわけ?」
「サフィ、お前ではなくてセツナなの。
人の名前もおぼえることが出来ないのなの?」
だんだんと、よくわからない状態になってきた。
声をかけようにも、どうかけていいのかがわからない。
それに、怖い。本当に怖い!!
アギトさんの手が一瞬離れた瞬間、後ろの扉から外へ出て
一目散に転移魔法陣へと走る。捕まると色々面倒な事になりそうだ。
「セツナ!! 何故逃げる!?」
逃げ出した僕を、アギトさん達が追いかけてくる。
というか……黒の制約は、どうなっているんだ!?
転移魔法陣で下まで降りると、いきなり現れた僕に
ナンシーさんが驚きの表情を見せた。
視線を動かしていると、エリオさん達とアルトを見つけ
同時に、アルトも僕に気がついたようだ。
すごく幸せそうな顔をして、胸に本を抱きしめている。
アルトのほうへと、歩き出そうとした瞬間、転移魔法陣が光り
5人中4人の黒が姿を見せた事で、フロアーが驚きに包まれた。
「セツナ! 何故逃げる!
何時、誰と、何処で、結婚したのか答えろ!」
何故そんな大声で、僕のプライベートを暴露するんですか!?
アギトさんの声を聞いて、サーラさん達が驚きの表情を浮かべていた。
まずい……。
向こうへ行くのもまずい。
「セツナよー。お前さんまだ肉を持っているじゃろ!
それから、どうやって仕留めたのかも話せ」
「貴殿が、フィガニウスの角を持っていると聞いた。
私に譲ってはもらえぬか? あれは……最高の……。
それから、あの魔物を……」
「お前! 「ハル」の横にある文字は読めないわけ?」
「サフィ、何度言えばわかるのなの?」
「師匠! エリオさんがね……!」
「セツっち!? 結婚してたのか!?」
「セツナ君! 結婚してたの!?」
「セツナ……お前……」
「師匠、この本ね!」
「セツナ、私は何も聞いてないぞ」
アギトさん、話してないのだから当たり前でしょう!?
「あーくそう、頭が痛い。
セツナよ、フィガニウスの最上級の……」
「頭痛が……。
角は……槍の……」
「フィー、この頭痛を止めてくれない?」
「無理なのなの」
「師匠……俺の本が……」
「セツナ君!!!!!」
混乱した状態のところへ、新しい声が混ざる。
向こうから、ハルマンさんが猛スピードで走ってきていた。
何処か様子がおかしい。切羽詰ったような……。
必死の形相で……。リペイドであった時よりも痩せているし
頬もこけている。そして目の下にはものすごい隈が出来ていた。
「セツナ君、いったい何処に居たんだい!?
何故、何処のギルドにも立ち寄らなかったんだい!?」
「セツナ、答えるんだ。嫁は何処に居る!
結婚したなら、知らせてくれても……」
「セツナ君、本当に結婚してるの!?」
「フィガニウスの……」
「角が……」
「あの文字の……」
「セツナ、お前新婚なのに……」
「師匠! この本のね……」
「頭痛が……」
「セツっち、嫁さんどんなおん……」
「なんか、腹の調子まで……」
「お前の精霊は……」
ナンシーさんも、そして他の冒険者も唖然として
この騒動を眺めていた。というか、殺気立っていて
誰も止めに入る事が出来ない状態となっている……。
「私が先に、話を聞くといっているだろう!」
「お前は、黙ってるといいわけ」
「セツナ君、私は最近働き通しで……休みが」
「師匠! この本が……」
アルトが大人達に負けないように、ぴょんぴょんと跳ねながら
僕に本を見せようとしていた。
「……」
もう嫌だ。暫く1人になりたい。
そう思った僕は、ここから逃走する事に決めた。
お供はアルト1人だけでいい。
「……」
アルトの頭に手をおき、短く詠唱し
僕はギルドから逃亡した。
飛ぶ瞬間、様々な人の僕をとめる声が聞こえたが
戻ろうとは思えなかった……。
「おぉぉぉぉぉ!!!!!」
アルトが、胸に迫る感動を言葉にしているようだ。
僕もはじめて見る海に、何処か懐かしさを覚えるような
疲れた心が癒されるような……そんな印象を受ける。
逃亡した先は海の傍。
そろそろ、日が沈もうとする時間帯。
アルトは、本を胸に抱え海に心を奪われていた。
暫く目を閉じ波の音を聞いていたのだけれど
だんだんと、騒がしい空気が漂い始める。
何事かと思い、鳥を飛ばして情報を収集すると
どうやら、黒達が僕に懸賞金をかけたようだ……。
どうしてそこまでするの!?
僕を見つけてつれてきたものに金貨1枚……。
そして、ハルマンさんが黒からの依頼を受理していた。
ありえない……。
ここにいると見つかるのは時間の問題だ。
僕はアルトを抱えると、海の中へと入っていったのだった。
「師匠!?」
驚くアルトに大丈夫と告げ、ここにいると危険だから
暫く海の中に姿を隠す事を伝える。
風の結界を、スノードームみたいな形にして
水が入らないように空間を作る。酸素も供給されるようにしてある。
ある程度の深さの所まで歩き、ここまで来れば見つからないだろうと
厚めの布を出し引いて、靴を脱ぎ寝転がった。
アルトはキョトンとしていたけれど、結界の周りに沢山の魚が
泳いでいるのを目に入れると、キラキラとした瞳で結界に張り付いていた。
「すげー。海の中ってこんな風になってるんだ!
師匠すごい! すごいよ! 魚が沢山泳いでる!!」
「そうだね……すごいね。静かで癒されるよね」
「師匠、魚図鑑貸して欲しい!」
「あれ、エリオさんに買ってもらったんじゃないの?」
「エリオさんには、魔物図鑑を買ってもらったんだ。
魚図鑑は、師匠からもらえるから」
「……」
魚図鑑は、自分で買うつもりはないらしい。
セリアさんが、指輪の中から姿を現し
一瞬、気遣うような視線を僕に送りその後ニヤリと笑った。
「面白かったワ」
「なにがでしょうか……」
「あんな混乱は、早々お目にかかれないワ」
「……」
「私が居た時代の黒とは、全然違っていて
驚いたけど……。彼等は自分の欲求に忠実ネ」
「セリアさんの時代の黒は、どんな感じだったんですか?」
「颯爽としてたわヨ?
あんな、愉快な感じじゃなかったわ」
愉快……僕にとっては、全然愉快ではない。
「そうですか。きっと時代が変わったんでしょうね」
「元気を出すのよセツナ!」
「ええ……ありがとうございます」
疲れている僕を1人にするためか、セリアさんはすぐに
アルトの隣へと移動する。アルトが魚図鑑と魚を見比べながら
セリアさんと楽しそうに話していた。
多分……水族館ってこんな感じだったんだろうなと思いながら
僕は頭の上を泳ぐ魚を、ぼーっと眺めていた。
どれぐらい時間が過ぎたのかはわからないけど
日は落ちたようだ。この中は、ぼんやりと明るい。
「師匠、まだ帰らないの?」
「僕は暫く、海の中で暮らそうかと思う」
「えー? どれぐらい!?」
「1年ぐらい」
「えー!! 俺お腹すいた!
1年も持たないよ!!」
「ご飯ならほら、一杯泳いでるよ……」
「俺、今日は肉が食べたいんだ」
「……」
「肉」
「そう……海の中は肉はないしね……」
「うん」
「そろそろ帰ろうか」
そう思い動こうとした瞬間、頭の中に声が響いた。
『セツナ……?』
聞いた事がない人の声。
『私は……』
その人の名前を聞いて、驚く。
「師匠?」
動きが止まった僕を、心配そうに見るアルト。
『今からそっちに行きたいの。
フィーの力を借りるから、その結界に私も入れて』
『了解しました』
僕が結界に手を加えた瞬間、フィーを抱いた女性が
結界の中に転移してきた。
「セツナ見つけたのなの」
フィーが嬉しそうに笑った。
「初めまして、セツナ、アルト
私は、リオウといいます」
「初めまして。リオウさん」
「初めまして?」
フィーがリオウさんの腕から降り
アルトに抱きつく。僕と同じようにいい香りがするのなのと言っていた。
蒼露様は、アルトにも何かしらの加護をくれたようだ。
「クッキー?」
アルトはどうやらクッキーを食べたようだ。
「違うのなの」
「ふーん。精霊なの?」
「そうなの。フィーなの。
フィーと呼んで欲しいのなの」
「うん、わかった。
俺もアルトでいいよ」
お互いの自己紹介が終わったら、アルトとフィーは
魚を見ながら、お菓子を食べ始めた。
どうやら、フィーが持ってきたようだ。
「少し、セツナと話がしたかったから
サフィールから、フィーを借りて貴方を探していたの」
そう言って朗らかに、彼女が笑う。
淡い桃色の髪と淡い緑の瞳をしたリオウさん。
その姿は、花井さんの伴侶のリシアさんにそっくりだった。
読んで頂き有難うございました。