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刹那の風景 第二章  作者: 緑青・薄浅黄
『 弟切草 : 敵意 』
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『 僕達とトキトナの街 』

 日がそろそろ落ちようかというときに、サガーナの国へ入り

一番最初の街トキトナについた。


ルーハスさんと会わなければ、もう一日野宿していた可能性が高かった。

ガラガラと音を立てながら、街に入るための門をくぐる。

そのとき、ギルドの紋様を見せて冒険者であることを告げた。

眠っているアルトの手の甲も確認して、通行の許可が下りる。


この街、トキトナに入るのに時間がかかる事を覚悟していたのだけど

ルーハスさんが一緒にいることで、簡単に街の中に入ることができたのだ。


門をくぐった瞬間、少し違和感の感じる視線が僕に向けられるのを感じる。

アルトと居ることによって向けられるものではなく……。

こちらを観察するような、窺っているようなそんな感じの視線だ。


ルーハスさんと話しながら、こちらを見ているのが誰かを探るために

僕は魔力で鳥を作り、リペイドと同じような形で

情報を収集することにきめ、鳥達を飛ばした。


ただ見てるだけならそれでいいし、何かがあるのなら

打てる手は打っておきたい。少し鳥達に意識を向けていたのだが

ルーハスさんが、思い出したように僕に今日の宿のことを尋ねてきた。


「そういえば、セツナ君。

 どこの宿に予約をいれてるんだ?」


「いえ、まだですが」


「3日後から、お祭りだと言っただろう?

 予約を入れてないなら、どこも泊まれないと思うぞ」


ルーハスさんのこの言葉で、僕の中の優先順位が

情報収集から、今日の宿をどうするかということになった。


「……それは困りました」


「ここに、知り合いをたずねてきたんじゃないのか?」


「いえ……」


「じゃぁ、何をしにトキトナに?

 俺は、ここに住んでいる誰かに、祭りに誘われたのだと思っていたが

 祭りのことを知らなかっただろう?」


「ええ」


「知り合いが居るわけでもない

 ギルドの依頼でもなさそうだし、何が目的なんだ?」


真剣な顔で僕に、ここへ来た目的を聞くルーハスさんに

隠す必要もないことなので、あっさりと目的を話す。


「僕とアルトは、狼の長に会いに行くつもりでいます」


僕が答えたのと同時に、馬車が止まった。

目的地に着いたらしいが、ルーハスさんは僕を凝視したまま動かなくなってしまった。


ルーハスさんが、何かを言いかけると同時に

建物の扉が開き、1人の獣人の女性が駆け寄ってくる。


「ルー! ムイムイをもらいに行くだけで

 どうしてこんなに時間がかかってるのよ!」


その声で、アルトの目が覚めたようだ。

あくびをしながら、キョロキョロと周りを確認している。


その女性とアルトの目があい、アルトは黙ったまま

彼女をじっと見つめていた。彼女の頭にはリスの耳がついている

尻尾は、可愛らしくくるっと巻いていた。リスの獣人らしい。


アルトと視線が合った女性は、ふんわりと微笑み

アルトに、ゆっくりと話しかけた。


『こんばんは、どこも痛いところはないかしら?

 すぐに、お父さんとお母さんのところに帰れるからね』


アルトを安心させるように、女性は話しかけているのだが

アルトには、その言葉が理解できない。


『申し訳ありませんが、アルトは獣人の言葉を話せません。

 それと、アルトに両親のことを言うのはできたらやめていただけませんか?』


アルトの代わりに、僕が女性に返事をすると。

アルトもルーハスさんも、その女性も驚いたように僕を見つめていた。


しかし、女性は僕を睨むと


『両親の話をするなってどういうことかしら?

 貴方にとって、何か不都合があるということかしら?』


女性の問いに、ルーハスさんも僕を訝しげに見ている。


『アルトは、本当の親から虐待され

 親の手によって、奴隷商人に売られました。

 なので、両親にいい感情を持っていません。

 差支えがないなら、アルトに両親の事を言うのはやめて頂きたいんです』


2人の瞳は複雑な色を宿し、何かを口にしそうになるが

ぐっとこらえて、その言葉を飲み込んだ。


「師匠?」


アルトが首をかしげて、僕に説明を求めるように口を開いた。


「今の言葉は、獣人の言葉だよ。

 アルトももう少ししたら、覚えて行こうね」


獣人の言葉だときいて、少し驚いていたが

僕が教えると告げると、納得したように頷いていた。


ラギさんが居たときは、まだ共通語も怪しかったので

混乱させないように、獣人の言語は使わないようにしていたのだ。


だけど、これから行くところは

獣人の言葉しか話せない人もいるかもしれない……。

僕はそう考えて、挨拶ぐらいはできるようにアルトに教える。


「アルト、挨拶ぐらいは覚えておこうか?

 こんばんは、は『こんばんは』って言うんだよ」


『こんこんわ』


惜しい。


「似てるけどちょっと違うね。

 『こんばんは』」


僕がゆっくりと発音すると、アルトが続けて繰り返す。


『こんわんわ』


「後もう少し」


ルーハスさんと、女性は微笑ましいという様子で

口を出すことなく、アルトを見ている。


『こんばんは』


アルトは、じっと集中して僕の発音を聞き取り

今度は、きれいに発音することができた。


『こんばんは』


「そう、それが正しい発音だよ」


するとアルトは、女性に向かって『こんばんは』と覚えたての言葉で

挨拶をした。


『こんばんは……』


女性は、自分に挨拶が来るとは思っていなかったようだが

とても嬉しそうな顔で、アルトに挨拶を返してくれた。


僕も驚いたけれど、その驚きは胸にしまって

アルトによくできましたと、伝えたのだった。

僕達の様子をじっと眺め、1つ頷き何かに納得すると

ルーハスさんに、確認の意味でアルトのことを聞いた。


「ルー、この子は保護対象じゃないのね?」


「ああ、この子がアルト君で青年がセツナ君だ。

 2人とも冒険者だ」


「そう。はじめましてアルト君、セツナさん。

 私は、コーネと言うのよろしくね」


今度は、共通語での挨拶だ。

僕達の紹介は、ルーハスさんがしてくれたので「よろしく」とだけ

言っておく。僕とアルトを見てから、コーネさんがルーハスさんに


「帰りが遅くなったのは、この2人と会ったからなのね?」


「そうだ」


「私は、どこかで遊んでいるのかと思っていたわ」


「この忙しい時に、遊ぶわけがないだろうが」


「どうかしら……」


「おい」


「まぁ、それはもういいわ……。

 一応、セツナさんに聴取はするんでしょう?」


「よくないだろ。まぁ……話は聞いておかないとな。

 セツナ君、悪いんだがこれも仕事なんだ。ちょっと話を聞かせて欲しいんだが」


「ええ、いいですが……。

 泊まるところを先に探したいんです」


僕の返事に、コーネさんが驚いたように


「え!? 貴方達……宿屋の予約を取らずにここに来たの!?」


「はい」


「今から行っても、取れないわよ?」


「……」


ルーハスさんと同じ事を言われ、僕が思案しているとルーハスさんが


「セツナ君、どうがんばっても取れないから

 詰め所の部屋を貸してやるよ。本来……保護対象者や監視対象者を

 泊める場所なんだが……気にしないなら使うといい」


「いいんですか?」


「ああ、ただ明日から祭りの準備に入るからな

 慌しくなるだろうが、野宿よりましだろう?」


「はい、ご迷惑をおかけしますが

 よろしくお願いします」


「ああ、コーネ一番奥の部屋を使えるように

 後で若いやつに準備させておいてくれ」


「わかったわ」


「お手数をおかけしてすいません」


「いいのよ。アルト君ともっとお話してみたいしね」


そういってコーネさんが、アルトに話しかけようとしたときに

「ムイー」っとムイムイが鳴いた。


アルトがその声に気づいて、ムイムイのそばに行く。

かごに指を入れて、ムイムイを触っているのを見て

ルーハスさんが、荷台に移動しかごからムイムイを取り出すと

アルトに渡した。


「アルト君、向こうに訓練場所があるんだ。

 そこで、ムイムイと遊んであげてくれないか?

 ずっとかごの中で、退屈していたみたいだから頼んでいいか?」


ルーハスさんの言葉に、アルトは腕に居るムイムイを一度見て

僕を見た。僕が頷くと、嬉しそうにルーハスさんに頷いて返事をする。


僕はカバンの中に手を入れ、あるものを作る。


「アルト、これで一緒に遊ぶといいよ」


「これは何ですか?」


「ボールだよ。ムイムイに投げてあげるといい。

 少し魔法を掛けてあるからね」


アルトは不思議そうにボールを受け取ると

「行ってきます!」と言って訓練所のほうへ走っていってしまった。


「それじゃ、セツナ君は俺達につきあってくれ」


僕は1つ頷くと、ルーハスさんと一緒に、詰め所の中へと入る。

少し雑然とした感じの部屋の奥に、来客用の机と椅子らしきものが置いてある。

そこまで案内されて、座るように促された。ルーハスさんとコーネさんも座る。


ルーハスさんは、真剣な表情を僕に向け

無駄な話など一切せずに、僕に旅の目的をもう一度聞いてきた。


「これが俺達の仕事なんで

 悪く思わないで欲しいんだが、ここに来た目的を聞きたい」


「先ほどもお話したように、僕達は狼の長に会いに行くつもりです」


コーネさんが、驚いたように僕を凝視する。


「それから、僕もアルトも呼び捨てで結構ですよ」


「ああ、わかった……長に会いに行く理由を聞いても?」


「先ほど、アルトの生い立ちを簡単に話しましたが

 アルトは、獣人から生まれた子供ではないんです。

 人間の親から、獣人として生まれた」


僕のこの言葉に、2人が息を止めた。


「……」


「……」


「多分、両親のどちらかに獣人の血が入っていたのかもしれません。

 普通、獣人と人との間に子供ができる確率はとても低いと言われてますよね。

 それでも、できないわけではない。もしできた場合、獣人の血を受け継ぐか

 人の血を受け継ぐか……そして、本当に稀に半獣として生まれてしまうことがある」


半獣というのは、獣人である特徴を一部だけしか受け継がなかった人のことを言う。

耳だけとか、尻尾だけとか……。力だけという場合もある。力だけの場合

隠してしまえば、人と変わらない。


「アルトの両親は、自分の中に獣人の血が流れているのを

知らなかったんでしょう。

 親か祖父母……それよりももっと前かもしれないですが

獣人の血を持っていた。

 それが、何の悪戯かアルトに濃く受け継がれてしまったのだと思います」


可能性は……ほんとに低いはずなのに。


「アルトは、獣になれるのか?」


「なれます」


「そうか……」


「アルトの両親は、アルトを拒絶し

 家畜のように育て、そして奴隷商人に売った」


コーネさんの目が、恐ろしいほどの怒りを宿す。


「人から生まれたけれど……アルトは人の中では暮らせない。

 だけど、獣人の中では暮らせるでしょう?

 僕は、アルトに故郷をつくってあげれたらと思ったんです」


「だから、長に会いに行く……か……」


ルーハスさんが、考え込むように黙りこみ

変わりに、コーネさんが話し出す。


「セツナは、アルトを長にあずけるつもりなの?」


「それは、アルトが決めることだと思います」


「どういう意味?」


「そのままの意味です。僕はアルトの師匠だけど

 アルトが、一族の中で暮らしたいと思うのなら

 僕は反対はしないということです」


「……」


「だけど、アルトが僕と一緒に居たいと言ってくれるなら

 僕は、今まで通りアルトと一緒に居ると思います」


「別に今すぐに行かなくてもいいんじゃない?

 アルトが大きくなって、1人で長に会いに行ってもいいと思うけど」


「それも考えたんですが……」


「何か困ることでもあるの?」


「僕とアルトが一緒に居ると、獣人の殆どの方がアルトを保護しようという

 行動に出られます。そのことに、アルトは過剰に反応してしまう」


「……」


「人間にしてみても、獣人にしてみても

 僕達の関係は、まだ(・・)ありえないものなんでしょうね」


「まだ?」


「この先、どうなるかわからないでしょう?

 リペイド、バートル、リシアのように

 獣人と共存している国もある」


「……だけど、弟子にしようとは思わないと思うわ。

 人は人に、獣人は獣人に自分の持っているものを残したいと考えるもの。

 私は、人間を嫌いではないけれど……。

 弟子にできるほど信じることができるかと問われたら、信じることができない」


師は弟子に、自分の知りうることを継承させることが目的だ。

だから、自分が培ってきたものを継承させるとしたら

同族にということなんだろう。


同族……。居ない場合はどうするんだろうか。


「それに……」


コーネさんが、話を続けようとしたときにルーハスさんが口を挟んだ。


「コーネ。その話は今必要か?」


ルーハスさんに窘められる。


「ごめんなさい……。ちょっと、違う方向へ行ってしまったわね。

 セツナ、続けて」


僕は頷き、続きを話す。


「とにかく、アルトが獣人に対してあまりいい感情を抱いていないんです。

 僕のことを、信頼して好きでいてくれるのはとても嬉しい。

 だけど……もし、僕が明日死んでしまったら……アルトは頼る人が居ない。

 一応、僕達にも家があり、僕達を支えてくれる人は居ますが……」


「獣人の知り合いが居ない……ということか」


「はい」


「それに、獣人でしかわからない悩みを抱えたときに

 獣人の知り合いが居ないというのが不安なんです。

 同族の長に、認めてもらうことができれば

 アルトが帰ることのできる場所が増えるでしょう?」


「そうだな」


サガーナへ、行こうとは思っていた。

だけど、その思いが強くなったのはラギさんと暮らしてからだ。

アルトに、獣人のことを教えてくれていたラギさん……。


アルトとラギさんをそばで見て、アルトに獣人の知り合いが

必要だと思った。同族の知り合いが……。


「1人で行動できるなら、1人でも生きていける。

 問題なのは、1人で生きていけるようになるまでの間なので……。

 もちろん、僕も簡単に死ぬつもりはありませんが……。

 死なないとしても、何が起こるかわかりませんからね」


「そうか……だがな……。

 ここから先は、人にとって居心地が悪くなる一方だぞ?」


「でしょうね……」


ルーハスさんが、足を組みなおし

少し疲れた顔で、僕にサガーナの現状を語ってくれる。


「冒険者といっても、サガーナの依頼は

 獣人の冒険者が受けるからな。人の冒険者が請け負う事はめったにない。

 だが、まだ中央ぐらいまでは商人も足を運ぶし、他の国から依頼を受けた

 冒険者が立ち寄ることもある」


「……」


「だが……奥に行けば行くほど、閉鎖的になり

 人を憎んでいる獣人が多くなる……。

 この街は、獣人と人とを分ける……境目だ。

 サガーナの国で、人と獣人が暮らすことのできる街がトキトナだ

 いや……違うか……違うな……」


ルーハスさんが、自嘲気味に笑い。コーネさんが俯く。


「ここは、人の中にも、獣人の中にも入れてもらえなかった

 者達が暮らす街だ……」


声に寂しさを滲ませながら、ルーハスさんがそう呟いた……。



読んでいただきありがとうございました。

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僕達の小説を読んでいただき、また応援いただきありがとうございます。
2025年3月5日にドラゴンノベルス様より
『刹那の風景6 : 暁 』が刊行されました。
活動報告
詳しくは上記の活動報告を見ていただけると嬉しいです。



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